騎士団
「……家がない?」
「あの、あの魔物に壊されてしまったのが家です」
食後、啓介は落ち着いて彼女から話を聞いていた。
魔物との出会いが二度目であることも驚いたが、金もない家もないとは恐れ入った。
――と、女性にとっては冗談ではすまないだろう。不幸に不幸を重ねてさらに不幸を上塗りする、泣き面に蜂というレベルではない。
「そういや、騎士団にも報告書があったッス。未知の魔物が云々って」
「騎士団のほうでも?多いのですか?」
「数件ほどだけど、数日で暴れ始めるって言っていた……と情報流出はこれ以上やめておくッス。明日になったら報告かな」
啓介の言葉に、リアはおずおずと手を挙げ、言った。
「あの……もしかして騎士団の人ですか?」
「今日から騎士ッス」
「はぁ……」と、女性は些か警戒心を強めた。
「あぁ、やっぱり嫌われてるんスね」
「知らないで入ったんですか?」
啓介は素直に肯定した。
そこへ、アウレトーラが不思議そうに訊いた。
「騎士団は憧れる人が多いと知識にあるが、どうして嫌われているのかね?」
「ん、なんか団員が犯罪者と内通してたとか言ってたッス」
「それだけじゃないんです。騎士団の人々はほとんどは悪くないってみんなわかってますけど恨まずにはいられないんです」
「……教えたまえ。飯の値段分だ」
有無を言わせぬ要求である。
リアは自分の服をぎゅっと強くつかんだ。
「私の友達が、殺されました。数人の男にもてあそばれて。友達の名前はアリシア。この商業都市の長を国より拝謁された貴族の娘です」
もてあそばれて、という意味がわからないほどに、啓介は初心ではない。
思わずごくりと喉を鳴らした。アウレトーラは一瞬のなんのことだかわからない様子だったが、すぐに知識と結びついたらしい、嫌悪感を顔に出している。
「アリシアは快活な女の子でした。どんな人にも元気よく接して、どんなにどん底でも引き上げてくれるような、太陽のような子でした。当時騎士では、騎士団内部の浄化をはじめていました。一人だけではないと考えて、それは当たっていて、仲間は捕まった男、ルセインを口封じしようとした。だが殺してしまえば、それは騎士団内部に蔓延る悪いものがいると言っているようなもの、そこで薬を使い、頭をおかしくさせ、正常な言動ができないようにしようとしたらしいのです。それで――悲劇が起こりました。薬を使われたルセインが……逃げ出しまして、そのうえあろうことか、薬は仲間の一部へと降りかかり、人間の理性を奪った。その結果――その結果」
「……わかるから、もう言わなくていい、ありがとう」
啓介の言葉に、リアは頷いた。
「あの……騎士団はやめたほうがいいです。とても苦労されると思います。差別されちゃうかもしれません。すごく傷つくかもしれないですし……助けてもらったのにこういうのはなんですけど」
「期間は一年しかいないッスけど?」
「ううん……新人ですから、そこまでどうこうされはしないと思いますけど。やっぱり気に食わないって人は多いでしょうし。そうなると……」
「アウレトーラに被害が及ぶかもしれないッスね」
啓介はアウレトーラを見る。腕を組んで、ふんと鼻で嗤った。
「私を心配する必要はないぞ」
「それは無理な話ッスね」
どや顔かましたアウレトーラに、ぴしゃりと言ってのける啓介。
「……な、何故だ」
「師匠の、それも命の恩人ともいえる人の娘ッス。……そもそも大切な家族のようなものだし、全身全霊で護るッス」
啓介は笑顔で言った。ぶわりとアウレトーラの体がゆでだこの様に真っ赤になっていく。
呻くような声を数秒ほど発したかと思うと、アウレトーラは頷いた。頬を押さえて、ふいと反対方向を向いた。
「とりあえず騎士はどうするかってところ……なにやってるんスか?」
くすくすと笑い、アウレトーラを見るリアに啓介は問うと、ハッと我を取り戻して、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「いやぁなんていうか初々しいなぁって、ふふ♪」
「はぁ」啓介は気の抜けた返事をする。
「まぁ……とりあえずどうするかッスね。騎士団、辞めるべきかな」
「……待て」
頬を押さえながら、アウレトーラが顔を戻し、啓介へと真剣なまなざしを向ける。
「私を理由にするな。……邪魔、したくないんだ」
「邪魔になんて思わないけど」
「思わないかもしれないけど、邪魔になってるということはあるんだ」
それから円を走るような会話が始まる。
それを止めたのは、リアの膝を叩く音である。二人の視線が集まると、決意に満ちた表情で言い放った。
「――わかりました。恩返しです。一肌脱ぎます!」
「え?」
「情報誌へと救ってくれた人ということで記事を乗っけてもらうように依頼します。一応、知り合いがいますから。街の英雄です。悪いようにはされないでしょう。プッシュしまくります」
再びリアは膝を叩いた。先ほどよりも大きな音が響き、深く息を吸うと声を張り上げた。
「ただしぃ!そう、重ね重ねご迷惑をおかけすること、恐れ入るところでござますがぁ!」
――少しの間、宿とごはんをください。
切実な言葉に、室内が沈黙した。
次の日は晴天だった。爛々と輝く太陽と、形のはっきりとわかる真っ白な雲が空を流れていく。啓介は昨日よりも少し早めに騎士団へと向かった。とにかく昨日のことを報告せねばと急いでいた。
第三騎士団本部へと入ると、出迎えたのは目の下に隈を作ったアレックスだった。
「……おはよう」
死にかけた人間が言うとこうなるだろうなぁ、といった感じの声だった。
「おはようございます、なんかあったんスか?」
「昨日町中に魔物が出たらしい。それで現場に急行したらすでに倒されていた」
「……そッスか」たぶん己のことであろう、と口を再び開きかけたところで。
「倒したヤツに事情聴取したいのに目撃者がいねェェェ!クッソ!出会いがしらにコークスクリューぶち込んでやる!」
げに恐ろしきかは徹夜明けのテンションというやつだろうか、鬱憤をぶちまけるようにアレックスは叫ぶ。
「それは困る」啓介は思わず言葉がこぼれた。
やべぇと口を噤んだ。訝し気なアレックスがこちらを見ている。
「んあ?なんか言ったか?」
「いやいや、なにもぉ?三室啓介は沈黙していたッス!沈黙に定評があるってよく言われるッス」
我ながらドヘタなごまかしっぷりである。
バレるか……?と啓介はアレックスを見るが、アレックスは何も言わずこちらをじっと見つめたかと思うと、歩き出した。
「今日は訓練を受けさせるとよ。そういや歩きながら言っておくぞ」
「はい」
「……騎士団にはトラブルメイカーというか、存在がトラブルなやつがいる。五人だ。ヤバイのは銀髪の男。髪が長い。そして殺戮者。こいつは日常は静かだが、もう何かとヤバイ。金色の髪の女だ。いつも独りでいるか同じ金髪の少女がいるか、だ。あとの三人は、接しなければ問題はないから、優先順位的には後だ。名前は銀髪はグレゴリー。金髪はエイミー。とにかく気をつけろよ。他は触れなければ大丈夫だ」
「わかりました」
啓介が頷いたところで、アレックスは足を止める。廊下の先を指し、
「まっすぐ行って右だ。教官がいる。俺は寝る。もうさすがに無理だ」
と言い残し、啓介の返答を聞かずにふらふらとどこかへと去っていった。恐らくは寝に行ったか、帰るためか。
啓介は言われた通りに向かうと、中庭へと到着した。
すでに何人かが剣を振るっている。
「おう、新入りの――そう、コスケだな」
「ケイスケです」
かけられた声に返答しながら振り向くと、鎧を着こんだ筋骨隆々の男が立っていた。啓介も日本人としては背が高いほうであるハズなのだが、男は頭一つ分は大きい。
「すまんすまん。教官のアデル・ドーロだ。失礼するぞ」
そういってアデルは啓介の肩に手を置き、身体を触り始めた。
「うお!?」と驚くが、接触はすぐに終わり、うんうんとアデルは納得したようにうなずいた。
「なかなか良い師がいたようだな」
「……まぁ、良い師ではありますが」
ひゃっほう、最強の槍使いにするぞ。いや剣だろう。軍略も教えてやろう。魔法よ、一心不乱に魔法を教えなさい!よし体作りだ。わかったよ、嘔吐ならまだいける!全力疾走倍プッシュだ!
過去の強く鮮明に刻まれた記憶が思い出された。強くなるならこれ以上ないが、人間にとってこれほど最悪な人たちがいたのだろうか。
「で、剣を振るって何年になる」
「四年です」
と、啓介の返答を聞いてアデルは驚いた。引き気味ともいえる。
「……すげぇギリギリのところを攻めた体づくりだな。一歩間違えれば逆効果ってところを縫うようにやってたってことか」
「……えぇ、ギリギリでした」
「おう、なら期待できるな。というわけで、今回は単純な体力づくりから始めたいと思う。なに、装備をつけたままで山を登るだけだ。俺についてくれば迷うこともない。というわけで――準備しろ!」
周囲の人間が剣を止めて、歩き始めた。
「ほれ、アイツらについていって教えてもらえ」
背中を叩かれて、啓介は走り出そうとしたところで、すぐに止めた。
「すいません、その前に話があるんスけど」
「ん?なんだ、手短にな」
「昨日の魔物、倒したのは俺ッス……」
「なんだと? 報告を頼む。……ちょっと待ってろ」
そういってアデルは広場から外に出たかと思うと、一枚の紙を手に戻ってくる。
「報告書を書く方法なんて知らんだろう、口頭でいい、まとめて出しておく」
「ありがたいッス」
「あと昨日走り回ったやつらに謝っておけ、報告連絡相談、これは当然なものとして心に刻んでおけ」
「はい」と大きくうなずくのを見て、アデルはペンを取り出す。
啓介は昨日の顛末を順に説明し、被害者であるリアを保護したことを説明する。
言い終えるとアデルは嬉しそうに頷いた。
「人を助けたか、お手柄だな。まぁそれでも報告忘れはダメだ。新人だからまだ多めにみるが、今度やったら俺の拳骨が降るだけじゃすまなくなる。つわけで、もう行け。装備は中庭を抜けて左に曲がればすぐに見つかる」
「ありがとうございました!」
頭を下げた後、啓介は走り出した。