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アウレトーラ

「不作どころか、飢饉というやつだな」

リリィ・アンポジリーニはファイルを投げた。ファイルは机を滑り、ぎりぎりのところで停止する。そこには一枚の紙が挟まれている。

ミラン王国王領南部に位置する、商業都市エーレ。そこは国にとって重要な都市なため、第三騎士団の駐屯地とされている。

リリィは騎士団人事の一人として、面接を行うために、面接会場である第三騎士団本部の屋敷にある一室で、机を前に椅子に座っていた。

面接対象は一人のみ。この現状にはとある理由があり、それがどんなに応募しようとも人がこない足かせとなっている。

ならばと、入団条件の身分項目を緩くしたのだが、騎士というやつは見栄が必要である。試験難易度を強め、団員は知識人であることをアピールしようとした。

結果:合格者一人。

試験問題作ったヤツでてこい。合格倍率が百を超えたぞ。

一人ということはそれだけ期待できるということである。だが――問題はこの男。

ケイスケ・ミムロとかいう、もろ外国から来ましたと主張する名前も大問題だが、さらに追い打ちをかけて

学歴:なし

職歴:なし

と来ている。

「なんてことだ!」とリリィは思わず叫びたくなる。この男、ミムロは試験を満点合格しているのだ。その上身体能力は騎士内部でもトップクラス。

欲しい――が、こんな地雷みたいなものを入れていいものだろうか、内部で爆発しないだろうかと不安になってくる。

だが人手はない。あと十……いや二十ほど欲しい。人手不足に連続徹夜ランキングなど、笑い話ではないネタが騎士団内部に蔓延している。特に事務は地獄だ。

「とにかく……とにかくこの男をなんとか入れても大丈夫だと証明するんだ……!」

決心して、外にいる騎士へと声をかける。

少し待つと、ノック音が響いた。

「入れ」端的に言えば、素直に男が入ってくる。黒髪の素直そうな青年だ。

年齢は――成人しているか、していないか。幼さは残るが、彼の顔には努力の気配が見える。

「では」

まず、彼のことを問う。そして、そこから騎士団入団理由を聞き、真偽掴む。

畜生。これも人手不足ってやつが悪いんだ。リリィは心の中で涙目になりながら、この目の前の男を、どうにかして入団させる口実を考えていく。




「一応住居と職は手に入ったッス」

集合住宅。横に長い二階建ての屋敷を縦に割ったような家の一つに、二人は居た。

啓介は目の前の少女へと合格証明である紙を誇らしげに見せた。そこには『騎士試験合格』と書かれている。

気だるそうな黒髪の美少女。白と黒。彼女を表現すれば、それだけで済むだろう。白磁のように白い肌、黒いゴスロリ、黒い皮製のレースアップブーツ、黒いリボンは二つに髪を束ね、束ねられた髪は横たわる彼女の周囲に大きく広がるほどに長い。

彼女――アウレトーラは片手でピースを作り、啓介へと突き出した。

「やった」

「おうとも、これで生きることに苦労しないッスね」

「ニート継続だよ。ニートの夜明けというやつだ」

途端、啓介はため息をつく、予想していたうちの一つだから、ため息だけだ。

「……やっぱそっちっすか。っていうか、夜明けなら仕事見つけろって感じッス」

「ダメダメだなケースケ。それではニートではなくなってしまうではないか」

ふふんとどや顔をする。

啓介は呆れる他ない。それにぴくりとアウレトーラは反応し、不満そうに頬を少し膨らませた。

「ただで食う飯は働く者の高級料理に勝るのだ」

啓介は思わず額に手をやった。

「なんでこんな感じに育ったのやら……」

「ケースケ、君は勘違いをしている」

「え?勘違いっスか?」

アウレトーラは頷いた。

「母様は意外とズボラだ。これは完全に血筋なのだよ。――そもそも母様が言っていたことだ。私はそれをやってみたいだけなのだ。なにしろ領域ではいつも母様のお世話ばかりだったからな」

「アウリュアレ様が?」

「そう、ケースケがいなければ、ベッドで寝ころび菓子をぼりぼり、お尻をぼりぼ……」

刹那、アウレトーラの動きが停止した。そこから、彼女の瞳が漆黒から翡翠へと変わる。

さっきとはうって変わって、にこやかな表情で言った。

「母様すごく美人。すごく妖艶。ケイスケくんもそう思うでしょう?」

「……なにやってるんスか、アウリュアレ様」

「何言ってるのよ、私アウレトーラ。男を翻弄する妖艶な美女アウリュアレの娘。ケイスケくんいつもドッキドキ。股間もバッキバキ」

「『意識を一時的にのっとるのは負担が大きい、次にやるのに時間がいるから危機が来たときのみ、気を付けて行いましょう』と言ったッスよね?」

思わず言葉を強めて啓介は言う。それに押されたのか、アウレトーラはうなだれる。

「……はい」

「うら若い少女の体で下ネタ言うべきではないッスよね?」

「ごめんなさい……あ、でも私もうら若」

「は?」

「ごめんなさい」

マジな説教を受け、彼女は自然と正座となっていく。

怒ると地味に怖い。キレると英雄がビビるほどに怖い、悪魔も魔王も邪神も驚きすくむのが三室啓介という男である。

「だから残念な美女なんスよ」

ジト目で啓介は言った。戒めろと言葉に含んでいたのだが、アウレトーラは血走った眼で身を乗り出す。

「美女よね、私まだ美女よね、この体何百年と生きてるけど老化傾向ないわよね!?」

「……飯作るッス」

すっと立ち上がる啓介。追いすがるアウレトーラ。

「お願い、『老化してないッス』って言って、できれば『パクリと食べちゃいたいッス』も追加で言って!」必死である。実年齢=彼氏いない歴千年を超えると、こうなってしまうのだろうか。首根っこを掴まれ、それに抗い、手を外そうと掴む腕を掴み返す。

「出会ってから4年じゃないッスか!何百年でハッキリとしないのにわからないッスよ!?」

「じゃあ無理やりなキスしてベッドの上に押し倒して服を脱がして色々触って最後までヤって!ていうかやれ!」

「それ目的変わってるッスよね!?」

啓介が叫んだところで、がくんとアウレトーラは、糸が切れた操り人形のように倒れた。そしてすぐに起き上がる。瞳の色は元に戻っていた。

「……母様の妨害だ。おのれ、奪い返すのに手間取った」

不機嫌そうな声で言った。

「あーまぁそうッス」

「あの神話級喪女は迷惑なことしかやらないな」

「まぁよくわかってはいるけど、お母さんッス。あまり言ってあげないでくれッス」

「……むぅ、まぁいい」

と、口では言うが、表情から感情だダダ漏れで、本気で言っていないことはよくわかる。

啓介はアウレトーラの頭を撫でつつも立ち上がった。

「よし、美味いものつくるッス」

ご機嫌取りしなくちゃな、と思ったのだが、彼女の反応は啓介の意図したものの、斜め上へだった。

「作る」

「へ?」

きょとんとした啓介の表情に、アウレトーラは眉を吊り上げて、再度言い放った。

「私がご飯作るといっているのだ!母様のようにしてやろうと思っていたが、やはり嫌だ!アレになるのは嫌だ!」

彼女は地味に酷いことを言う。

「……作ったことあったッスか?」

「知識はあるのだよ」自分の頭を指さして、アウレトーラは言い放つ。

「母様の知識は役立つんだ。……明日は槍が降りそうだな」

地味に酷いことを言う天才かもしれない。

啓介は若干心配だったが、見ていれば最悪の事態になる前に止められるだろうと考え、頷いた。アウレトーラは満足げに頷き返すと、意気揚々と大股で台所へと向かう。

盛大な金属の衝突音と、キッチンから天井へと延びる火柱。立て続けに起こったそれは、調理開始から10分もしないうちの話である。

真っ黒こげな料理。通夜のような夕食。うなだれるアウレトーラ。

「……知識があろうとも、できるわけじゃないようだ。今日はすばらしい成果を得た。初料理なのだから、まぁこの結果はわかるな」

と、言い訳じみたことをアウレトーラは言った。

「そうっすか」

そっけない返答。それが怒っているように聞こえたのだろうか、アウレトーラびくりと肩を揺らしたかと思うと、恐る恐ると啓介を上目で見る。

「ごめんな、さい」

啓介は手作りの箸で、炭のような肉をほぐし、口へと放り込む。苦味が口いっぱいに広がる。

「まぁ、いいッスけど。……次に期待ッス。楽しみに待ってる」

無邪気な笑顔を啓介はアウトレーラへと向けた。向けられたほうは、下を向いて小さく頷いた。

「うん、が、がんばる」

これでこの話は終わりだ、と言わんばかりに啓介は話題を戻していく。

「いきなり明日から仕事ッス。人手が足りないんスかね?なにもなければ夕方前に帰れるらしいッス。でも夜出勤とかもあるらしいッス。消防とかそんな感じなんスね」

「赤い車で火事を防ぐもの、だったかな」

「そうッス。甲高い音を立てて、集中を断ち切ってくるからあまり消防車は好きじゃないッスけど」

どこか遠い目をして、啓介は言った。

「と、まぁ元いた世界のことはあまり思い出さないほうがいいッスね」

「……帰りたいのかね?」

「帰りたい――というより、会いたいッス。友達、妹、大切ッスから」

啓介は会いたいという気持ちがこみ上げてきた。なんだか淋しさを感じる。目の前の少女といるときは、すごく楽しいが、横に友達である彼らがいてほしいとも感じてしまう。

アウレトーラは口をもごもごとさせ、すぐに意を決したように言った。

「に、ニホン、一緒に行ってあげようかね?」

「大歓迎ッスよ? 戸籍とか面倒ッスけど」

「――うむじゃあ足を引っ張る計画はやめるとしよう」

「なんスかその計画は……」

アウレトーラは満面の笑みを浮かべた。機嫌よく食事を開始する。

食事はマズいものだったが、彼女は今の時間を楽しそうにしている。

その様子を見て、啓介は嬉しそうにほほ笑んだ。

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