パニックルーム
【パニックルーム】
パニックルームという映画を御存知だろうか?
2002年にアメリカで公開されジョディーフォスターが主演の、何か狭い部屋に糖尿病の娘と逃げ込んで強盗をどうにかして追い出す的な映画だ。
この何か狭い部屋が所謂パニックルームだ。緊急用避難小部屋とでも言っておこう。
そして今…私は…緊急用避難小部屋の中だ。
状況を説明しよう。私は寺田 純29歳。只今出世街道まっしぐらのキャリアウーマンだ。
自分で自分をキャリアウーマンなんて言うなんて!!って思う人も居るだろう。
だがしかし!!聞いてほしい!!私は仕事が好きだ!!笑顔の下に隠してはいるが虎視眈眈と上の席を狙ってる!!
自宅よりも会社に居る方が長い。そして彼氏よりも部長の顔を見ている時間が長い。それが原因で別れた!!
よって…今社内だ!!そして独身だ!!
もっと詳しく言おう…社内のパニックルームに居る。
所謂トイレだ。
事の発端は10分前。お昼ご飯を外で済ませ、メイク直しと歯磨きとトイレを済ませに社内のビルの化粧室へ向かった。
時期が時期なだけ寒さに身を縮こませそそくさと会社に戻った。
ランチは同期の八谷と一緒だったが八谷は食後の一服があると1階で別れた。解散際に「女は色々と大変だな。」っと言った。
「そうそう。お直しに時間がかかるもんでね。」と答えたが…
奴のそういう気を使っている感ありますよ的な発言が逆にイマイチ女子受けが悪いという事にまだ本人が気付いていない。余計な事は言わない方がモテるんだぞ。だからお前は出世できないんだよバーカっっと心で言いつつ…
一先ずトイレへ。
実は…久々にこの時間帯にビックウェーブが来たのだ。
私は朝にビッグウェーブが来る。が…しかしこの日には昼に来た!!
便意というのは女性にとって排卵日と同じくらい大事だ。一度来たらこれを逃してはならない!!
大事な大事なシグナルなのだ。時間違いのシグナルに慌てていつもは使わない1階のトイレに入った。
自分のフロアのいつもの12階のトイレまで持ちそうになかった。
できる女はチャンスを逃さない!!
さすが私。1階のトイレに入る前にお掃除のマダムに会った。
「あ。純ちゃん。奥のトイレ調子悪いから気をつけてね。」
お掃除のマダムのありがたいお言葉。さすが!!できるマダムは一言を忘れない。
「りょうかいでーーーす」
お掃除のマダムと派入社当時から色々と相談に乗ってもらっているので実はすごく仲がいい。またマダムとは同郷という事もあって月一で呑みにも行っている仲だ。
私は化粧室内に入って空いている個室を探した。
向かって右に3つ。左に4つ。向かい合う形で並んでいる。はて…マダムはどっちの個室と言ったのだろうか?くしくもどっちのレーンも奥しか空いていない。
暫く待ったが他から誰か出てくる気配もなく、ひたすら各個室から姫サウンドが流れてくる。
うーん。これは…迷ったが左の奥に入った。調子の悪いのはどっちかだ!!確率は2分の1。南無三!!
私には打算があった。万が一ビンゴのトイレでも確かマダムは気をつけてと言っていたので…調子が悪いといっても大した事はないだろうと…。
姫サウンドに乗せて私のそれはポンと出て来た。昼まで待たせた分、いつもよりビッグベビーであった。
無事のお出ましに昼からの好調さを感じた。快調である。
そしてここから悲劇は起こった。
姫が静まり、いざ流そうにも…。
センサーが反応しない。このビルのトイレは全フロアセンサー式でセンサーに手をかざすと水が流れる仕組みになっている。
よって、流水レバーという物が存在しない。
いくらセンサーに手をかざそうとも、立ちあがり揺れ動いても、センサーは私を認識してくれない。
代わりに私に気を使うように姫が頑張ってくれている。
私はエアサウンドではなく本物の流水を欲している。
その時思った。
調子が悪いのは、センサーか。
何てこったい!!
私は再び便座に腰かけ【考える人】と同じ体制に戻った。ちなみにロダンのあの有名な【考える人】は、本当は【地獄を見下ろす人】とかだったとか…。今の私は見下ろす所か地獄一歩手前だ。見下ろす程の余裕はない。
こうしている間にも周りのトイレは人々が入れ替わり。お昼後の話に華を咲かしている。
私は一瞬考えた。人が引いた所を見計らいこのままこれを置いてさも何事もなかったかのように外へ出るとか。
最悪何時間もここに居るわけにはいかない。午後からは大事なミーティングが控えている。
いやいやいや…流したい!!やっぱり流してあげたい!!小ならまだしも大だし。
幸運にも早めに帰って来たので考える時間はまだある。考えろ!!考えるんだ!!寺田純!!
そうして、ふっと天井を見上げた時だった。
センサーが反応した。緑のランプを点滅させ水が流れ出した。
きゃーーーーーーーん☆
思わず実家の母に電話してこの喜びを伝えたい衝動に駆られた。神は出来る女を見捨てにはならんんだ…。
私は天井に向かって静かにガッツポーズをとった。
がしかし…、水の音がおかしい。ゴボゴボ言っている。
私は立ちあがり水の様子を窺った。
まさかわたしのそれがでかすぎて詰まっているとか?
「え?まじで?」
私は思わずトイレに話しかけた。
その時だった。
流れたと思った水がものすごい勢いで戻ってきた。
まさかのリターン!!!!
そのリターンには私のそれとお尻を拭かせて頂いたペーパー的なものが白いもやとなって水を濁していた。
予想をしていなかった展開に冷や汗がどばっと出た。
叫びたい…その衝動をぐっとこらえ、便器との距離を本能的にとった。
流水システムのまさかの反逆。喜ばしといて地獄に落とす。ぬかったな…私。
さて、状況はトイレの湖面すれすれにお水が…一色触発だ。
もうこれはトイレスッポンを沈みこませる余裕はない状態だ。表面張力の限界。とりあえず…便座をあげてあげたい。そっと手を伸ばす。
その動きに反応したか緑のランプがまた点滅した。
え!?
機械の恐れを知らぬ果敢な行為で流水はスタートしてしまった。
ザーーーーゴボッゴボッゴボボボボッ。
水は咳き込むような音を出した。
奇跡を願ったが…目の前は地獄が広がっていた。
ついに床に流れ出るわたしのそれの一部と白いもや。
もう本当に叫びたい…けど叫べない叫んだら「どうしたんですか?」っとトイレのドア越しに聞かれる。この状況はちょっと女の意地にかけてもどうにかしたい。
私は素早くバックを抱えドアの段差に上がった。唯一の救いがここの一階のトイレだけはトイレ内に一段低い段差が設けてありそのおかげで外の世界に水もそれも白いもやも溢れずにすんでいる。
今の私は忍者の様にドアの壁に背をぴったり直立させて、このわずか5センチもない段差の上の隙間に10センチのヒールで微妙なバランスをとっている。
じわりと広がる地獄の汚水…。
そして少しでも動けばセンサーがいつ仕掛けてくるかわからない。
今のセンサーは決して私の味方ではない。
そうしてこの小さい個室はパニックルームとなった。
正確に言うと人をパニックに陥れるルーム。避難どころか積極的にピンチ。むしろ出たいのに出れない。周りに悟れらぬ様に小さくため息を吐いた。
どうする私。
落ちない様に必死に掴んでいるドアノブの腕をゆっくりひっくり返した。
腕時計が見たかった。
時刻は昼休憩が終わるまであと5分。考えろ…考えるんだ。
冷静さを取り戻す為一旦無になる事にした。
すると洗面の前で誰かが話をしているのが聞こえた。
どうやら一階のトイレは洗面に2人、ここに私が一人で計3人のようだ。もうすぐ全体のお昼が終わるので人が引いたようだ。
「八谷マジキモイよね。」
その言葉を聞いた時、洗面に居る2人が同じ社内と推測された。最悪だ。
「今日も女の子は甘い物好きだよねーって言って安いシュークリーム寄こして来てさ。」
「キモーイ!!何か女の子だからとかさ、ホントキモイよね。」
「そうそう!!分かってるふりしてメス感の押しつけ半端ないの!!」
八谷嫌われてるぞ…。間違えなく私の同期の八谷だ。しかもこの声の感じは八谷の所の後輩の女だ。名前は忘れたが、乳がでかくてよくしゃべる女だ。
こんなおしゃべりに今の私の状況を知られたら一生かけて私のあだ名が「う●こ女」になる。絶対知られてはならない。
「八谷の同期って…」
「あぁ…寺田さん」
「え?どんな人だったっけ?」
「ほら、黒髪ロング巻き毛の…やっすいAVみたいな雰囲気の…」
「あー。まくらね。」
「しっ!!声大きいって」
「大丈夫よ!!ここにまくらは居ないって」
どうも私のあだ名はまくららしい。
「何かまくらと呼びすぎて本名忘れてたー。本名寺田だったね。」
「まくらって、やっぱ八谷とヤッたのかな?」
「まくらに限ってそれはない。だって上を目指す女だから下の男とは寝ないのよ」
「マジか―。」
彼女らは軽快に笑った。まくら=まくら営業。そう言うことね。私の出世をそういう風にみてたのか。そう思うと怒りがこみあげて来た。
今の会社に入って必死になってパソコン操作も覚えたし、必要な資格は休み返上で勉強して取った。嫌な仕事だって笑顔で受けた。私なりに努力して今があるのに…それをまくらだと…。
私は、前の仕事がアパレル業でショップ店員だった。「頭使わない仕事って楽でいいでしょ?」って同級生の奴から言われてからムカついて転職した。クソかおりめ!!
今やそんな事を言ったクソ女よりバリバリ仕事してやってるわ!!
ああああああ。ムカつく。
この浮いてるブツをなげつけてやろうかな。もしくは今から飛び出て捕まえてこの地獄の湖畔におとしてやろうか。
沸々と湧き上がる私の衝動的感情。
よくしゃべる女は私と対極のトイレに入ったようだ。それは、私の背中を預けているドア越しに伝わった。
そっちのトイレも詰まればいいのに!!
「私、先に行ってるねー。」
片割れがそう言って出て行った。音姫が向こうから激しく響く。
私はふと友人の静流の事を思い出した。彼女はぼやっとした顔して大のグロテスクミステリー好き。こないだも居酒屋で熱く犯人の事を語っていたっけ。
『その犯人死体のふりしてたのよーーー!!密室に死体だけと思ってたら、まさかの連続殺人鬼!!興奮しない?』
私の中で何かが走った。
今このトイレは視覚で確認してないが私と対極に一人だけ。他は居ないはず。私は音を立てずにドアを開けた。
きっとその時私はこの世で一番凶悪な顔をしていたと思う。時刻は12時58分。あと二分でお昼休憩は終わる。だとしたら…。私は化粧室自体を一旦外に出た。
『そして死体のふりして次の獲物を待つの!!次の獲物も生活習慣の罠にひっかかるのよねー』静流ありがとう!!トイレの横の観葉植物の隙間にすっと身を隠し、時を待った。
予測通り【使用禁止】の紙を持った掃除のマダムが現れた。
「お疲れ様です」
今来た風に現れる。
「あら純ちゃん。」
さも何事もなかったようにマダムと一緒にトイレに入った。
「さっきトイレに忘れ物しちゃって。」
私はポケットの中の目薬を確認した。よし!!ある!!
「あら?そーなの?」
事がすんだおしゃべり女と入口ですれ違う。
「あ。お疲れ様です。」
っと笑顔で私だけに挨拶をした。そして私はあの女が入って居た方に入り、スーツのポケットから目薬を取り出した。
「目薬ありましたー」
っと笑顔で…マダムに印象付ける。10分前にマダムとすれ違った時にこっちのトイレを使ったように見せつけるために。平然とやってのける演技。女は皆女優よ!!
「そげんねー」
マダムは対極のトイレに入り状況を見て悲鳴を上げた。
「太かっ!!」
私はこれ見よがしにマダムの横で言う。
「さっきの人…え!!うそっ!!」
「あーもう。」
マダムはバケツを手にため息を吐いた。
「私さっきの人に言ってきますね。同じ会社なんで。」
「詰まった時は呼んでって伝えてあげて。清掃が何とかするから」
「了解でーす。」
私は上りのエレベーターで一彼女を捕まえた。
「さっき一階のトイレ奥の方使った?」
「え?……はい。」
「詰まってたみたいで、トイレ内に溢れ返ってたみたいよ?」
一度うんと言わせてるので、おしゃべり女は完全に自分のせいだと思いこむ。
「え!!」
女は顔を真っ赤にさせた。
ザマァ…クソ女。
「すいません。」
「私じゃなくて、清掃の方に言ってね。」
時刻は13時03分。
ミーティングには余裕で間に合いそうだ。出来る女は大胆さが違うのよ!!
私は廊下の自販機でコーヒーを買ってからデスクに戻った。
さも何事もなかったかのように。
今度しずたんと呑む時はあいつの愛読書詳しく聞いとこう。
【パニックルーム】→【加齢臭のシンデレラ】へバトンタッチ。
誤字脱字は…すいません。読んで頂きありがとうございますm(__)m
ちなみに、トイレパニックは個室ならではの女子あるあるではないでしょうか?