No.1 はじまり
今までずっと平凡に生きてきたのに。
こんな突飛なことがあるのだろうか。
真っ白に染められた空間。
私の足元には、現実ではありえないほどなめらかで真っ白な地面があって、左右上下、前後、すべての角度から見渡しても、壁はなく、ただ真っ白な空間が広がっている。
私の前方には、背景の白に溶けてしまいそうな、でも1段1段の影のおかげでなんとか姿が確認できる、白い階段がある。その階段は、ずっと上のほうまで続いていて、階段を登り終えた先――階段を上りきれるのかすらわからないものだった。
周りには、鳥も、虫も、私以外の人もいなくて、たった1人だけ、何かに閉じ込められたような感じがした。
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私は階段を上ろうと、1段目にしっかりと足を置く。
でも。
階段に上ることはできなかった。
上ろうとしたのに、なぜだろう。
私は、この空間に働いている重力のような力に引っ張られ、落下した。
いつの間にか、私が足を置いた階段の1段目は、ぽっかりと空いた、大きな真っ黒い穴になっていたようだ。
さっきまでいた真っ白な空間が遠く上の方に見え、今度は私の周りを真っ黒な空間が支配し始めた。
私の頭は、即座に冷静な結論を見出した。
これは多分、助からないやつだ、と。
私はとっさに言葉を発した。
信じたくはないけれど。
これがきっと、私の最期の言葉になる。
「ごめんね、××…
今までありがとう… ―――――
***
いつもの通学路を歩く。
桜が舞う。
時は、西暦2115年。
デザインが今時な高層ビルや、スカイツリーなんかよりもはるかに大きい電波塔「コミュニケートタワー」、二酸化炭素と太陽の光を利用して走る車、柱がなく宙に架かっている有色透明の道路や、そこを通る人が立ち寄れるよう宙に浮かんでいるお店等々…
今の俺たちにとってはごく普通のものなのだが、100年前にはこれらはなかったのだと聞いたことがある。
「桜」というものは、そんな100年前よりも前の時代から春の代表の花として知られていたらしい。
どんどん進化して新しくなっていくのもすごいけれど、ずっと昔から変わらずあり続けているものもすごいな…
俺――越谷竜青は、舞ってきた桃色の花びらを見ながらふとそう思っていた。
ドンッ!!
不意に俺の右肩から全身に勢いよく振動が伝わる。
「おはよ!竜青!!」
たたかれた肩のほうを見ると、そこにはニッと明るい笑顔であいさつをする俺の親友――神川黄竜がいた。
「おはよう、黄竜!」
黄竜は黄色い髪の毛をしていて、お気に入りのオレンジ色の襟付きシャツと、膝辺りまであるベージュのズボンを身に着けていた。ズボンにはなんだかたくさんのポケットがある。
「一緒に行こうぜ!」
「おう!」
黄竜に誘われて、俺たちは2人で学校に向かった。
「そのズボン、ポケットたくさんあってめちゃくちゃ便利そうじゃん!
新しく買ったのか?」
特にファッションに詳しいわけではないけど、初めて見たズボンだ。
興味がある。
「ああ。いいだろ、これ!
竜青、このズボンにいくつポケットがあると思う?」
「えっと、前のほうに4つと、後ろに2つで、6つか?」
「ふっふっふ、甘いな、竜青。
このズボンには8つのポケットがあるのさ!」
「8つ?!」
思わず大きな声で驚いてしまった。
8つ?
でも、どうみても6つにしか見えない。
俺か黄竜の数え間違いか、黄竜みたいな心優しい人にしか見えないポケットが存在する特別なズボンなのか――
俺がいろいろ考えていると、黄竜がクスッと笑う。
「パッと見は竜青の言った通り6つだが、実は、前のほうにあるポケットの2つの裏に、もう1つずつポケットがある。
だから8つなのさ!」
「すげぇ!俺、わからなかった!」
そんなふうに、冷静に考えればどうでもいい、
でも、俺たちにとっては今しか話すことができないであろう話をしながら歩いていると、学校が見えてきた。
黄竜は、小さいころから一緒にいた、いわば幼馴染である。
小さいころ色々あった俺を助けてくれた幼馴染の一人だった。
幼馴染の“一人”…すなわちもう一人いる。
もう一人は、美里絵美という女の子だ。
絵美は、肩くらいまで茶色の髪を伸ばしていて、前髪の一部は、黄色のピンとオレンジのピンで留めているというのが特徴だ。
黄竜みたいに優しくて、昔テレビアニメのヒロインに憧れていたらしく、その影響もあってか、正義感の強い女の子だった。
マンガや絵を描くのも得意で、器用という印象もある。
そんな絵美は、約3年前から行方不明になってしまっていた。
なぜ絵美が行方不明になってしまったのか…。
みんなで探したし、警察にも捜索を頼んだそうだが、いまだに彼女は見つかっておらず、行方不明の原因も謎のままだった。
無事でいてくれ…
戻ってきてくれ…
そんな願いを込めて、俺らの教室には絵美がいつ来ても大丈夫なように絵美の机、椅子、ロッカーが設けられていた。
俺と黄竜はその教室へ入る。
教室にはもうクラスメイトの半分くらいがいて、いつものようににぎやかだった。
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放課後。
学校が終わって家に帰り、俺はまた外へ出た。いつもの公園へ向かう。
今日は、黄竜に「いつもの公園で待ち合わせな!」と言われていた。
よく一緒に遊んでいる公園だから特に何の違和感もなく、いつも通り遊ぶのだと思っていた。
公園につくと、黄竜が木陰のベンチから立ってこちらに向かってきた。
「よお!」
「よっ!」
お互いに片手を軽く挙げ、短い挨拶をする。
「実はな…」
なんだろう…
黄竜がズボンのポケットからごそごそと何かをとりだす。
「じゃじゃーん!!俺からの誕生日プレゼントだ!誕生日おめでとう!!」
取り出したものを俺にくれた。
そうだ、今日は俺の誕生日だった!
もらったものを見る。
「おぉっ!なんかすげー!!ありがとう!!」
黄竜は、赤くてまるい宝石のようなものがついたブレスレット(?)と、カッコいいロボットたちのイラストと「ロボ王国」というロゴが描かれたカードをくれたみたいだった。
どちらも見たことがないもので、なんだかとてもわくわくした。