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追跡とミサイル

「はぁ……」


 相変わらず広いとは言えないコックピットに、硬い椅子。眠気で霞む視界に、壊れたモニターが映すのはノイズのみ。総司は、シートベルトを緩めながらため息をついた。


「降下する前に戻ったみたいだ」


 前回と違うのは、そんな独り言に反応する事の出来る少女が総司の後方上部に位置する補助操縦席に居る事なのだが、今はすやすやと寝息をたてていた。黒い操縦席に、少女の白さが際立っている。そこだけ別の絵を貼り付けたかの様だった。

 総司はもう一度ため息をつくと、目にかかる伸ばしっぱなしの黒髪を右手ですくい上げた。その視界の端では、「現在移動距離:一一九◯三米」の数値が緩やかに増加してゆく。


――自動操縦に切り替えて約三時間、か。


 取り敢えず、自分が落ちた大きな丘に向けて自動操縦で出発した総司だったが、これ程当初の予定ポイントから離れているとは思っていなかった。

 最初の一時間程は少女との他愛ないやり取り――殆ど少女から総司への一方的なものだったが――によって一瞬に感じたものの、少女が眠りにおちてからは、輸送されている時と似たような退屈が総司を襲った。


「さすがに突入から七時間以上も連絡がなけりゃ、置いてくか」


 巨木だけでなく、所々の地面が隆起し、巨大な根があちこちから顔を出す。そんな複雑に入り組んだ森の地形が二七式の歩みを阻んだものの、総司が滑落した丘はとうの昔に通りすぎていた。今は、丘に残された通信装置を受け取ったのであろうサ一◯一の移動の痕跡を辿っている。


 森をひた歩く二七式の振動と、降下から続く予想外の出来事の連続によって溜まった疲労が、総司を眠りに誘う。総司は今にも夢の世界に飛び立ちそうな意識を必死で現実に引き戻したが、瞼は総司の意思に反する様にゆっくりと閉じてゆく。


――ぎしり。


 不意に、二七式の聴覚センサーが何かを感知した。まるで、甲殻が軋むかの様な音だ。今にも眠りに落ちそうな総司を叩き起こすには、その音は平手打ちよりも余程効果があった。


「おい、起きろ」


 即座に自動操縦を中止させ、同時に右手を後ろに回して補助操縦席の足元をこんこん、とノックする。


「……うー」


 少女が目を覚ました。軽いノックの音と振動で目が覚めるくらいの浅い睡眠だったものの、寝ぼけ眼で恨めしそうに総司を見る。


「ちょっと揺れるかも知れないから、ちゃんとベルトしとけ」


 ベルトを締めるようなジェスチャーをした総司を見て、少女はテキパキとベルトをして見せた。総司の様子からも何かを悟ったのか、慌てて目をゴシゴシとこすり、真剣な面持ちになった。


――賢いな


 NFS起動の準備をしながら総司はそう思った。自動操縦に切り替えてからの一時間程の短いコミュニケーションの中でも、言った事を反芻しようとしていた。教えれば日本語くらいすぐに喋れるようになりそうだ――と、そこまで考えたところで、NFS起動の準備が整った。


「NFS起動……起きろ、二七式」


#########


 総司の周りは、見渡す限りの木。そのどれもが梢が全く確認できないほどに大きく、木漏れ日ともあいまって、まさしく神の庭とも呼ぶべき荘厳な景色となっている。

 しかし手負いの蜘蛛にとっては、周囲の巨木も、生い茂る草木も、その全てが敵の姿を覆い隠す悪意にしか見えなかった。総司は全ての神経を研ぎ澄ませて敵を探る。


 先程センサーが拾った音の方角に視野を向けるが、音の主は見当たらない。


――杞憂か?


 そんな考えが総司の頭をよぎる。しかし、早合点して不用意に動いて虫に発見されてしまえば、このボロボロの体を引きずったまま虫と戦わなければならないという事実が総司の脚をその場に縫い止めていた。


――しかし、いや……やっぱり気のせいだ。後ろのこいつも反応していなかったし、気のせいだろう。


 ダンゴムシと戦闘する前、少女が虫に対して反応をしていた事を思い出した総司は、NFSを解除しようとする。


 その瞬間。総司は、何かが軋む音をハッキリと聞いた。


「――ッ!」


 反射的に右側に跳ねたものの、まるで狙い澄ましたかの様にその着地地点へと、発射音と共にまるでミサイルのような『何か』が飛んで来る。体を宙に浮かせたままの総司に避ける術はなく、『何か』はほぼ着地と同時に総司の頭の目にべちゃり、と命中した。総司にとって見覚えのある、有線ミサイルだ。


「……」


 総司は無言でNFSをオフラインにした。


#########


「大当たり!さすが俺様と言ったところだな!」


 同時に、接触回線から聞き慣れた声がする。後ろの操縦席に座る少女は何が起こっているのか理解出来ていない様子だったが、総司はその声を聞いて、やれやれ、といった様子で目をつぶりながら大きなため息をついた。


「おい、こんな事して遊ぶ暇があったら、もうちょっと早く声をかけてくれても良かったんじゃないのか?」


 呆れるような、しかし何処か嬉しそうな口調で総司は言った。


「まあそう言うなって。お前もずっと誰かに尾行されてみろ。中々の恐怖だぜ?」


 笑いをこらえるかのような声で相手が返す。それは、総司達がサ一◯一の移動の痕跡を辿っているのを知りながら、わざと追いつけないような早さで移動していたということを示していた。


「……はあ。とにかく安心したよ。物資は?」


 総司がそう質問したところで、ようやくサ一◯一は姿を表した。それが総司達の追っていた移動の痕跡の先からでなく、右前方のひときわ巨大な根の影であったのを見て、総司はまたため息をついた。


「大方無事だよ、お前を除いてな。……正直結構心配したんだぜ?」


 先程までのふざけた様子ではない、真剣な物言いに、総司は少し面食らう。


「ま、無事で何よりだ。ついてきな」


 そう言って、サ一◯一は、わざと付けた筈の移動の痕跡の先を歩き出す。それを見てわずかに口角を上げた総司を見て、少女は不思議そうな表情を浮かべた。


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