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楽園上空にて

2015/11/26現在更新停止中です

 ざあざあ、と雨音が鳴っている。


 男は、朝日が昇る雲海の上に居るにも関わらず、暗い小部屋の小さな椅子に座っていた。目の前には雑多な計器が並んでいる。


「せ……西暦二一二五年、十一月二十七日……時刻五一◯◯……」


 男はブツブツと何かを呟いていた。右手には拳銃、左手には録音機器を持ち、それを自らの口に近づけている。


「物資の投下は無事完了……後続の輸送機に連絡もした……」


 男は呟き続ける。


「この状況で電波を発することは……電波を察知する奴らに居場所を教えるようなものだが……」


 それはまるで辞世の句のように。


「人類の進歩の為に……私は自ら囮になる事を選ぶ……」


 男の背後の、分厚い鋼鉄の扉ががりがりと不吉な音を奏でる。


「ひぃっ!」


 男は振り向き、銃を構えた。ざあざあ、と雨音が鳴る。がりがり、と鋼鉄の扉が音をたてる。


「い……いやだ……しにたくない……」


 男の顔面は、まるで幽鬼のように青白くなっていた。やがて、鋼鉄の扉に向けた震える銃口をゆっくりと自らの口に咥える。


 ざあざあ、という雨音は奴らの羽音。


 がりがり、という扉は奴らが鋼鉄を囓る音。


 小部屋が暗いのは、ガラス一面にびっしりと何かが貼りついている為だった。とうとう、鋼鉄の扉の一隅に小さな穴が空いた。開いた一点から、チョコレートが溶けるように鋼鉄の扉の穴は広がっていく。


 男の手に握られた拳銃は一発の弾丸を放つ事もなかった。叫ぶ間もなく、男は溶けるように小さくなっていった。



 ◆



 仮想西暦二一二五年――エデンの森。


 円形に広がるおよそ二万平方キロメートルの、雲を突き抜けるような高さの木で覆われた樹海。誰が名づけたのか、その地はいつからかエデンの森と呼ばれるようになっていた。

 南アメリカの中央辺りにあると言われているが、各国軍による徹底した情報操作により、一般にはその正確な位置は知られていない。



「――五分後、目的地上空に到着」


 合成音声のような無機質さを感じさせる口調で、日本軍中型輸送機のパイロットが言った。高度五〇〇〇メートル。雲の上まで伸びている巨大な樹木の更に上空は、下界の事など預かり知らぬという様に穏やかに光り輝いている。

 荒谷総司は、輸送機に積まれた四足の機動外骨格 ――二七式、識別番号サ一〇二―― の狭苦しいコックピットの中に押し込まれていた。久しぶりに入った通信に、箒のように伸び過ぎた黒い髪をかき上げる。

 半日近くもこんなところに居るのだから、気の利いたジョークの一つも言えないものか、と総司は無機質なパイロットの声にうんざりした。時刻的には朝日を雲の上から眺める絶景が広がっているのだが、コックピットの中から外の景色を確認する手段はない。

 エデンの森の探索のために外骨格が開発されてから三年。総司が適合者としてこの機体に乗りはじめてから半年。人類初、エデンの森への本格的な潜入調査計画が実行された。


「荒谷総司、聞こえているか」


 パイロットはそんな総司の気も知らず、さっきと全く変わらない事務的な声音で尋ねた。


「了解了解、聞こえてるよ……主制御システム起動、降下手順開始。投下のタイミングはそちらに譲渡する」


 総司の目の前のHUDの光が、青から緑に変わる。


「識別番号サ一〇二、投下準備開始」


 再び、抑揚の無い声でパイロットは告げる。

 総司はこの呼び名を気に入っていない。だが、このロボット自体は気に入っている。

 ――四つ脚の、無骨な、オレの二つめの体―― 総司はコンソールに再び手を伸ばす。


「主機動装置、副機動装置問題なし。火器管制システム、姿勢制御システム、すべて異常ナシ」


 総司の首筋に取り付けられた機具から管が伸び、外骨格との神経と繋がった。瞬間、鉄の塊に命が吹き込まれる。


「投下十秒前、九、八、七、六……何!」


 パイロットが、初めて感情のこもった声で叫んだ。


「おい、どうした!」


 投下準備に入っていた総司が聞き返す。間違いなく良い知らせではないだろう、背筋に悪寒が走る。


「先行してたアメリカの輸送機が、虫に襲われている! 旋回して基地に戻る!」


「は!?」


 虫――。二十二世紀に入り、突如として出現した未開の地、エデンの森の番人。その目的も行動動機も明らかではないが、この虫によりエデンの森への侵入は阻まれている。エデンの森の出現地に町や村が無かったことは幸いであったし、虫が森から出ることもないのだが――


「擬態は完璧だったんじゃないのか!?」


 総司は思わず声を荒げた。虫への対策はもう出来ていると聞いている。それなのに、何故。


「このままではバラバラにされる……」


 操縦士が焦りを隠しきれない様子で呟く。先頭を行くアメリカ軍の輸送機とはかなり距離が近い。重い機体を積んだ状態では逃げ切ることは不可能だ。総司の思考は糸のように絡まり、鼓動が早まって全身がじっとりと汗ばんだ。


 まずい、まずい、まずい。


 パニックに陥った頭がひっきりなしにその一言を反芻し続ける。


「何してる! 早く投下しろ! 見つかっちまうぞ!」


 スピーカーから、聞き慣れた声が響き渡った。もう一体の輸送機に積まれた外骨格、サ一〇一の適合者の声だ。


「サ一〇一!? 駄目だ、危険すぎる! こんな状況で投下などしたら……」


 輸送機のパイロットが反論する。


 今降下すれば、輸送機だけでなく、降下した総司達にも虫は襲いかかるだろう。虫は人の匂いや音だけではなく、発する微弱な電波までをも察知して襲ってくる。それを回避するための擬態であったが、目視されれてしまえば意味をなさない。アメリカ軍輸送機とも距離を考えれば降下は無謀である。


「……あんたがそういうのなら、何か考えはあるんだろ? おっさん」


 総司の声に、スピーカーが、ふっと軽く笑ったような音を出した。


「おっさんたぁ言うじゃねぇか、こないだまでひょろいクソガキだったくせによ。わかったな、各輸送機!」


 スピーカーからなる声は、こんな状況にも関わらず、何処か楽しそうにも聞こえる。


「俺達が落ちれば、少なくとも輸送機は助かるだろ。上手く行けばどっちも無傷だ」


 今、一番の問題は速度である。輸送機が全速力で飛べば、虫には着いてこられない事は実証済みである。


「加速しろ。俺達と物資を叩きつけるつもりで投下しろ!」


 その言葉に、誰もが絶句した。当たり前だ、投下するのは物資だけではない。整備士などの人員も含まれている。それを加速して投下するなど、正気の沙汰ではない。


「時間がねえ! スピードを上げろ、まず俺から落とせ! このままここで全員でお陀仏してえのか!」


 その言葉に反応して、十二の輸送機のうち一機がスピードを上げながら降下し始めた。


「くそったれ……!」


 総司を乗せた輸送機のパイロットが唸る。と同時に降下を始め、総司をぐぅんと体が浮くような感覚が襲った。操縦士は、輸送機の制御に手いっぱいだった。


「おい、おっさん。本当に大丈夫なんだろうな?」


 ロボット二機のみの専用回線を開いて、総司はサ一〇一のパイロットに聞く。


「さあな。運が悪けりゃ死ぬだろうよ!」


 スピーカーの向こう側の男は、そう言うと豪快にがはははと笑った。


「全く……」


 悪態をつこうとした総司にHUDから 投下サレヨ との催促がくる。


「死んだら、飯奢って貰うからな!」


 総司はそう乱暴に言い捨てると、すぐさま作業にかかった。


「準備出来たな、落とすぞ!」


 パイロットが叫ぶ。


「落とせ! 死ぬなよ!」


 負けじと叫び返して、全ての拘束をパージする。


「高度二五〇〇、二七式サ一〇二、投下。お前も死ぬな!」


 ゆっくりと機体が滑ってゆき、中空に飛び出した。全周モニターが、三六〇度の風景を映しだす。雲海から伸びる巨木と、枝の隙間から差し込む朝日。

 こんな状況でなければため息が出るほどの絶景――しかし、総司の目は朝日よりもある一点に集中していた。


 空に、黒いシミが出来ていた。それは間違いなく、アメリカの輸送機がいた方角だった。


「糞虫共が……!」


 悪態をついている間にもシミはどんどん大きくなっていく。此方に近づいているのだ。飛行能力を持たない機体は、空中に投げ出されたままでは何も出来ない。

 総司は凄まじい勢いで下がる高度計を眺めながら、輸送機と物資の無事を願った。

なるべく早めに更新します!

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