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エピローグ③

 彼女が目を覚ますと、いつもの見慣れた天井がそこにはあった。


――来る日も来る日も、私は死ぬまでこの天井を見続けることになるんだ――


 そう彼女は思い続け、暗い気持ちで見ていた病室の天井だ。

 しかし、この日の彼女は違う。

 窓から差し込む陽の光のように、彼女の心は明るかった。


「あったかい」


 彼女にとって、今日は人生で尤も大事な日となるだろう。この先の人生を大きく左右する出来事が、今日は待っているのだ。

 

 病室に看護師が現れ、いつものように検温と脈拍を測りに来た。同時に足の部分に麻酔が染みこませてあるテープを貼っていく。点滴のチューブを入れる前に、少しでも痛みを和らげる為の処置だ。

 朝食は無い。

 数時間後には手術台に登らねばならないのだ。

 空腹感はあるが、我慢できないほどでもなかった。

 その僅かな空腹感を忘れる為に、彼女は再び眠る事にした。


――コンコン――


 病室のドアがノックされたのは、まさに彼女が目を閉じた時だった。


「はい?」


 やや重たい目を空け彼女が返事をすると、そっとドアが開いてひとりの男が入って来た。


「おはよう……気分はどうかい?」


 男は大きな花束を抱えている。そして穏やかな口調でそう言うと、花束をベッドの脇にあるテーブルの上へと置いた。


「気分は良いですよ、キースさ、違った、正義(まさよし)さん」

「あはは。二人だけのときはキースと呼んで貰ってもいいんだけどね」

「でも折角だし、名前で……呼びたいんです」

「そ、そっか。うん、まぁボクも名前で呼ばれるほうが、嬉しい……よ。うん」


 二人は互いに笑うと、それから暫く沈黙が続いた。

 先に沈黙を破ったのは彼女のほうだ。


「そういえば、今日は昴君と美奈ちゃんのデートの日では?」


 彼女は明るくそう言った。どこか楽しそうな、それでいて悪戯っぽく笑う。


「ボクはまだ認めない」

「もう、まだそんな事言って。いいじゃないですか、歳も近いし同じ趣味も持ってるし……昴君は真面目で良い子ですよ?」


 憮然とするキースを優しく窘める。それでもキースはまだブツブツと言っていた。


「自分は異性と会っているのに、従兄妹が異性とデートするのは許せないって、どんだけ我侭なんですか」

「そ、それは! ボクにとって君は大切な人だから」


 キースの言葉を聞いた彼女の頬が赤く染まる。赤く染まりながらも彼女は口を開いた。


「昴君も同じ思いを美奈ちゃんに抱いているんです。いつまでもお父さんごっこしてないで、正義さんも自立してください!」

「そういう君は、お母さんごっこをしているようだ」

「ふふふふ」


 そういって再び笑顔になる二人。

 それから暫くの間、他愛の無い会話を続けた。

 ゲーム内での事。いくつか仕様変更が行われた事。ふじこ現象の事。

 そして、仲間達の事。


 時間はあっという間に過ぎていった。

 看護師がやってきて、彼女の足から点滴のチューブを差し込んでいく。麻酔テープのお陰か痛みはそれほど感じなかったようで、顔を歪める事は無かった。


「ご両親が来てますよ?」


 そう言って看護師は部屋を出て行った。


「じゃ、ボクは外で待ってるよ」

「待って、正義さん」


 キースが気遣って退室しようとしたが、その腕を彼女は強く握り締めた。


「ご両親だって君の事が心配なんだ。そろそろ変わってあげなきゃ……」

「もう少しだけ。あと一分だけ……傍に居て」


 キースの腕を掴む彼女の手は、小さく小刻みに震えていた。


「怖いのかい?」


 キースの問いに彼女は首を振って答えた。しかし、それは虚勢にも近い返事だった。

 それが解っているからこそ、キースはそっと彼女を抱き寄せた。


「大丈夫。ボクは手術室の前でずっと待ってるよ」


 頷く彼女。


「大丈夫。君はラスボスを倒した勇者なんだよ」


 彼女は小さく笑った。


「大丈夫。みんな……ゲームの世界で待ってるよ」


 彼女はもう一度頷いた。

 顔を上げた彼女の瞳に、小さな涙の粒が溜まっていた。その粒をキースは拭うと、今度は彼女の頭にポンっと手を置いてこう言った。


「いっておいで、茉依(めい)


 彼女は答えた。


「いってきます。正義さん」


 キースが部屋を出ると、外で待っていた命の両親と何事か話した後、入れ替わりで彼女の両親が病室へと入ってきた。

 両親が目にしたのは、手術への恐怖など微塵も感じさせない、明るい日差しに照らされた、それに負けないくらい明るく輝く娘の姿だった。

 







 数ヵ月後。都会でもようやく初雪を観測した日。

 昴は震える手を擦りながらパコソンの電源を居れ、そのまま『ワールド・オブ・フォーチュン』のクライアントを立ち上げる。

 キャラクターをいつもの「昴」に合わせ、決定した。

 ログインすると同時に、既にログインしていたギルドメンバーのボイスチャットが届く。


「いよ! とうとう雪だぜー」

「あー、降った降った。寒いったらありゃしないよ」


 まっさきに声を掛けてきたのはいっくんだ。お互い同じ東京に住んでいる事もあり、天候に関しては似たような感想を言い合う。


「なーに言ってるでござる。たかが小雪程度で」


 そういってブツブツ言うモンジは、北海道出身だった。


「そのうち皆でオフ会とかしたいね〜」

「参加した〜い、けど福岡に住んでるから東京でのオフとか絶対無理っちゃ〜」

『アーディン:北陸だ。育児中だ。よって却下』

「ちょ。アーディンさんマジでお母さんなんっすか?」

『アーディン:マジだ。何も問題ない』


 そうこうしている間に、次々とログインメンバーが増え全員揃う。


「あの、昴くん」

「どうしたキース?」

「ちょっと加入させたい人がいるんだけど」


 そういってキースは昴をパール・ウエストに来るようお願いをした。その様子を勘ぐったアーディンがすぐに全員をPTに招待し、「聖堂帰還」でパール・ウエストへと飛んだ。


 キースを見つけた昴は、彼の横にリーフィンの少女が立っているのを見つける。

 金髪の長い髪は緩いウェーブが掛かっており、大きな瞳は紅色に輝いている。


 それが誰であるか、昴にはすぐに解った。

 アーディンにも、餡コロにも……全員が一目で誰だと解った。

 だからこそ、相手のリーフィンがチャットを打つよりも早く、全員が一斉に打ち込んだ。


『昴:おかえりなさい、命さん』

『アーディン:っぷ。やっと来たか』

『餡コロ:おかえりなさ〜い』

『いっくん:っよ!』

『カミーラ:あらぁ。また同じ外見なのねぇ。とにかくおかえりぃ』

『クリフト:おかえり』

『桃太:おかえりなさい、命さん』

『ニャモ:おっかえり〜』

『モンジ:ご帰宅、ご苦労でござった』

『月:おっか〜。レベル1の命ちゃんだw』

『茉依:あの、命です。漢字が違うけど、めいって呼びます』

『・キース・:あぁーあ。名乗る前からバレてるしw』

『WoF』これにて完全完結です。

結局主人公の影は薄いままでした(笑

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