7-11 『勝利に向って』
地上から漂ってきた光が昴と命に集まり、二人に新しいスキルの覚醒を促した。しかし、光は更に増え、それらは魔王と戦う全てのプレイヤーへと溶け込んでいった。プレイヤー自身から漏れ出した光は、今尚天井付近を漂っている。
「え? なになに、まさか?」
「おぉ! なんか新スキルでも出るのか? 超必殺技とか!?」
ニャモは再び驚き、いっくんの表情は期待に満ち溢れている。周囲でも同じように嬉々とした声が上がっていた。
真っ先に気づいたのは桃太だ。
「あれ? 支援スキルがひとつ増えてる?」
愛らしい柴犬の瞳が架空を見つめている。他人には見えないUIだ。回復支援職として、支援系スキルのアイコン表示は常に把握しておく必要がある。どのアイコンが消え、それに該当するスキルがどれであるか、それはプリーストスキルであるかなど判断する為だ。だからこそ、新しいアイコンが追加された事にも、すぐに気づけた。
「凄い……攻撃力200%、防御力200%、攻撃速度二倍、MP消費半減……」
桃太は他人には見えないアイコンウィンドウを指でなぞる様に確認しながら、最後に残ったスキル効果の発言をクリフトに取られてしまった。
「祈り属性付与?」
「こ、これは!? なかなか素晴らしい属性でござるな」
どこからかやってきたモンジも、嬉々として叫んだ。
「祈り属性――実体の無い闇の魔王に対して、物理攻撃を有効にする。まさにニニンが忍者タイムの発動でござるよ!」
彼の攻撃には、魔法と同じ類の物も存在する。しかし、尤も威力を発揮する事が出来る攻撃は全て物理攻撃だった。それ故に物理攻撃が当たるという事実は、飛び上がるほど嬉しかったのだ。
『頑張って』
魔王と戦う全プレイヤーの脳裏に響く「想い」。
(あぁ、そうか……この光ひとつひとつが皆の想いなんだ)
誰もがそう思った。そして皆の心が熱くなった。
「うっしゃー! やるぜぇ! 俺はやってやるぜぇ!!」
どこかで誰から叫ぶと、それに呼応する猛々しい声がいくつも上がる。
彼らの心に宿り始めていた諦めにも似た感情は、もうどこにも無い。今あるのは「勝つ」という意思だけだった。
●
光がこの部屋に現れてから、どこか闇の魔王の表情に余裕の色が失われたようにも見えた。
『何故だ……何故異世界人である貴様らが我を倒そうというのだ? 我を倒して何の得になるのだ? 元の世界に戻る事だけが理由であれば、我が力を貸そうではないか』
闇の魔王は提案する。それは言い換えれば命乞いのようにも聞こえた。
「うっせー! 俺たちは元の世界に戻る為だけに戦ってるんじゃねーよ!」
「そうよ! こっちの世界に来て、いろんな人と関わってきて、そんな人たちを見捨てられるほど、私達は馬鹿じゃないんだから!」
いっくんとニャモは叫んだ。他にも同じように、元の世界に戻るだけが目的では無いと訴える者も居る。彼らのそんな声に、闇の魔王は苦しそうに顔を歪めた。
昴は苦しむ魔王の前に、仁王立ちしていた。手には長剣が握り締められ、愛用の盾は背中に背負っている。防御を捨て、攻撃のみに専念するという表れだ。
「そう。俺達は関わってしまったんだ。この世界の優しい人たちに。だから――」
昴が手にした剣に力を込める。レア武器ではあるが、普段であれば光のエフェクト効果は無い。しかし、今は違う。漂う祈りの光を纏うようにして光輝いている。
長剣の柄を両手で握り締め、斜め下に構えた。
昴の動作に合わせるかのように、無数の光が剣へと密集する。
「お前を倒すんだ! 『プレア・インパクト!!』」
振り上げた剣の軌道が、そのまま光を帯びて闇の魔王へと迫った。
光は魔王の下半身へと直撃し、その部分を消滅させた。
『むぐおぉおおぉぉぉぉぉぉ』
地の底を揺るがすような叫びは、プレイヤーの心に勝利を確信する材料となる。
下半身を失って崩れ落ちる黒い霧に向け、今度は命が新スキルを披露した。隣には彼女の最愛の人が、彼女を守るようにして立っている。
「生きる為に元の世界に戻る。けど、私がこの世界で犯した罪を償わないまま元の世界に戻っても、きっと生きる事を許して貰えない。お前を倒すのがせめてもの罪滅ぼしよ! 『プレア・バースト!』」
命の杖に集結した光は、一瞬大きく膨れ上がるとパッと消えてしまった。次の瞬間、闇の魔王の苦痛に悶える声が響き渡る。
『ギャアアアアアアアアアアアァァァァ』
闇の魔王の腹部が膨れ上がり、霧の隙間から無数の光の筋が飛び出してきた。
命の魔法が魔王の体内で炸裂したのだ。
二人が新スキルを披露した傍で、小さく溜息を付きながら「やれやれ」という表情で立つエルフのアーディンがいた。
「やっとお前らも二つ目のスキルに覚醒したか……私はこっちに来て二ヶ月で習得したってのに。まったく。聖杯やるぞぉ〜! 恩恵ほしいやつは近づけよ〜。『女神フローリアの涙と聖なる泉。祈りの言葉は全てを具現化させる。黄金の盃に注がれる生命の水よ、我らに奇跡の力を! 聖杯!』
彼女はそう言うと、「聖杯」の魔法を完成させた。
魔法の効果範囲がこれまでのモノと比べても広い。これも祈りの効果なのだ。更に付与されるステータスの上昇率も跳ね上がっていた。
「アーディンさんのそのスキルって、祈りの力だったんですね」
「そういう事」
感動したように餡コロが言うと、アーディンは自慢気に聖杯を指先で鳴らした。それから聖杯に注がれている聖水を、一滴も溢すことなくステップを踏む。
「なんか、アーちゃんって……いろいろ知ってそうよねぇ」
スキルの恩恵を受けようと、アーディンの傍に寄って来たカミーラが意味深に言った。言われたアーディンはニヤりと笑うと、人差し指を口元で立てて片目を瞑って見せる。
「イケメンには謎がつき物なのだよ」
そして高笑いをしようとした時、命の杖が彼女の後頭部へとヒットした。
「ほらそこ! 喋って無いでしっかり攻撃してよ!」
「「はいはぁい」」
命の叱咤が終わると、餡コロは「コメット」を詠唱し、カミーラはクロウを閃かせて魔王へと切り込んだ。
全員が一丸となって魔王に攻撃を加えてゆく。普段攻撃に参加しないソーサラーとバードも、力の限り攻撃に専念した。
彼らの「勝つ」という強い意思を持った光が闇の魔王へと降り注ぎ、それすらも魔王を傷つけるダメージとなった。
気が付くと、プレイヤーより圧倒的に大きかった闇の魔王は、半身を失ったとは言え随分小さくなっていた。プレイヤーと比較しても、その大きさはあまり変わらないほどに。
「ど、どういう事だよ? 小さくなっていってるぞ?」
いっくんの疑問は至極当たり前なものだった。戦うもの全員が同じ思いだ。
「ま、ネタを明かせば、ヤツは負の感情の塊みたいなモノだったのさ。だからやる気満々な我々に囲まれて、そのうえ我々を遠くて見守る住人の意志も、こうして光になって飛んできたら、そりゃ~身を削られるほど苦痛だろうさ」
聖杯を抱えたままのアーディンが説明した。彼女は初めから魔王の正体を知っていたような口調だった。その説明に周囲の者は納得する。
「なんかありがちな設定ですね。まぁだからこそ納得できるけど」
「あぁ。ファンタジー物のラスボスとかに良く使われてるな。人のマイナス感情が敵の糧になってるとか、その手のパターンか」
昴といっくんが顔を見合わせて言葉を交す。考えている事は同じなのだろう。攻撃を終えたばかりのモンジもやってきて感想を洩らす。
「それで急に弱々しくなってきたでござるな」
それだけ言うと、モンジは再び攻撃に向った。スキルを使用する際のMP消費は半減し、アーディンの「聖杯」によってMPは常に回復してゆく。忍術をいくら連続させても枯渇しないMPに、黒銀色の狼は歓喜しているのだ。
「やっぱりアーちゃんは何か隠してるわね」
そう言ったのはカミーラだ。しかし、今はそれについて言及している時ではない。少しでも早くこの戦闘を終わらせる為に、彼もまた必殺の一撃を叩き込むために駆け出した。
剣が閃き、戦斧が唸る。
シノビの術が冴え渡り、闇に光る爪が全てを切り裂く。
弓弦と竪琴が勝利の賛歌を奏でた。
いくつのも杖からは、勝利の為の力と癒しがもたらされる。
闇の魔王がこの世界に生み出されて始めて絶望と恐怖という名の感情を知った。
逃げる場所など何処にもない。逃げる力すら、既に残ってはいない。
『何故だ……何故我が消えるのだ。何故我は世界を支配できぬのだ』
おおよそ「魔王」とは思えない言葉が微かに漏れ出す。
そこへ、止めともいうべき攻撃が開始された。
『奥義! クリムゾン・デット・ストライク!』
カイザーが紅蓮に輝く自慢の槍を、魔王の胴へと突き刺す。
『秘術! 口寄せ、大蝦蟇・次郎長』そしてー、『大蝦蟇油、地獄炎舞!』」
モンジが大蝦蟇を口寄せする奥義を発動させ大技を披露した。
『唸れ、地獄の戦斧! デスティニー・ホーク』
グレミアが巨大斧で高速多段攻撃を発動する。
『秘術! 雷遁水遁・電龍水爆陣!』
白竜が雷遁と水遁の合体忍術で魔王の肉体に、強烈な電流を流し込む。
『闇に滅せ! シャドウムーンキリング!』
アサシンの影山が消えると、次に現れたのは魔王の背後。その背に三日月のように弧を描きながら自慢の爪で無数の深手を負わせて行く。
『プレア・バースト!』
命はありったけの魔力を込めて魔法を発動させた。
「皆の想いを――祈りをこの一撃に込める! 『プレア・インパクト!!』」
昴の剣に祈りの光が集まってくる。
天井に漂う光も、地上から送られてくる光も――
全てが彼の剣に宿った。
その光がやがて空間全土を覆った時、彼らの記憶は薄れていった。
昴は意識が薄れる中、どこか遠くで異形のモノが叫ぶ声を聞いたように感じた。




