7-10 『届いたもの』
穴の最深部では尚も戦闘は続いていた。
「通常攻撃にダメージは付いてこないが、バッドステータスが厄介だな」
昴はそういって、手持ちのポーションを一気に飲み干した。たった今、魔王の攻撃によって受けた毒効果と鈍足効果、そして出血効果の三つの状態異常を解除する為である。
魔王は両手から出すスキル攻撃の他は、自身の体とも言える霧を放散させる攻撃を仕掛けてきた。この攻撃そのものにダメージは無かったが、代わりに様々な状態異常効果を引き起こした。
「ひとつの状態異常ならともかく、三つぐらいまとまって来るものねぇ」
「っつーかさ、出血とか炎症とかのバッドステータスってよ、結局ダメージ受けるんだから攻撃受けてるのと同じだよな」
カミーラといっくんも昴と同じようにポーションを飲み干していた。彼らの足元にはHPの回復を行う「サンクチュアリ」の魔法陣が展開している。少し離れた所では、モンジが他PTのヒーラーが行った状態異常解除魔法の恩恵を受けていた。
この霧攻撃は後衛陣にも届いていた。中には沈黙といった、スキルの使用を不可能にする効果も含まれている。ヒーラーはヒーラー同士で助け合う形になっていた。
「状態異常解除が範囲スキルじゃなかったらと思うと、恐ろしいですね」
「まったくだな」
桃太とクリフトは、片方が沈黙になればもう片方が「リカバリー」を唱え、沈黙を解除された方は、それと同時に「サンクチュアリ」を展開させるという方法で乗り切っていた。尤も、二人が同時に沈黙した際にはアーディンが「リカバリー」を唱えている。彼女は装備の恩恵によって状態異常に掛からないからだ。しかし、桃太かクリフトが無事である場合には、アーディンは前衛の回復の為前進しているため後衛側には居ない。時折MPの付与を求めて下がってくるぐらいだ。
闇の魔王から繰り出されるスキル攻撃で後衛陣は半壊し、霧の放散攻撃によってプレイヤー側の動きが止まる。彼らは魔王に対して攻撃を与える余裕がほとんど無かった。
そんな中でも常にフル回転で攻撃を続ける人物が居る。『クリムゾンナイト』のカイザーだ。
「っち、いつまでたっても攻撃があたりゃしねー!」
何度目になるか彼自身覚えていない攻撃を終えたが、矢張り結果は同じだった。黒い霧を擦り抜けるだけで、武器を持った手には一切の感触が残っていない。
いっくんも負けじと、巨大な斧を振り回して魔王へと飛び込んでいった。どんなに無駄な攻撃だとしても、そうすることしか今の彼には出来ないのだ。
「くっそぉぉぉ! いい加減当たりやがれ!」
威勢よく飛び込んだいっくんだったが、彼が攻撃を仕掛けるのとほぼ同時に闇の魔王の手が動いた。霧の放散攻撃ではない。スキル攻撃のモーションだ。
スキルの中断も、回避行動も取れないいっくんは、そのまま斧を回転させたまま黒い霧の中へと飛び込むことになった。それと同時に魔王の両手からスキル攻撃を繰り出される。
瀕死といってもいい大ダメージを受けたいっくんは、慌ててカバンからポーションを掴み出した。そして一気にそれを飲み干した頃、カイザーがやってきていっくんの肩を叩いた。
「大丈夫か? くそ、このままじゃ……出直しも考えたほうがいいのか」
いっくんを気遣うようにして言ったカイザーだったが、言葉の後半部分は独り言のように呟いていた。
後衛陣の多くが倒れた惨状を立て直すべく、アーディンは倒れた桃太を蘇生し、それから「サンクチュアリ」を展開した。
「戦闘不能者の蘇生が間に合わなくなってきたな」
「えぇ、強制帰還されてる連中を何人か確認してるわ」
アーディンがそう言うと、蘇生されて息を整え終わった命も共感するように言った。
桃太の「エレメント・サンクチュアリ」の効果範囲は広い。だが、それよりも広い戦場でバラバラになって戦っていれば、スキルの恩恵に預かれない者も出てくる。遠く離れた場所で戦闘不能になった者へと、蘇生スキルを使用するより前に、集団で復活した者たちの回復が優先されるのだ。その結果、蘇生使用可能時間を超えてしまう場合もある。
既に何人かのプレイヤーたちが、モルタの街へと強制帰還されていた。
昴は奥義を発動させ、防御力を高めるついでに持続回復によって魔王から受けたダメージを帳消しにしていく。しかし、奥義の効果時間にも限界がある。それでも、自分自身でHPを回復する事で少しでもヒーラーの負担を減らそうと思い、発動させたのだ。だが、彼ひとりがヒーラーの手間を省いた所で、それほど効果があるわけではない。
(このまま……俺達は何も出来ないまま負けてしまうのか?)
昴の心のどこかで、諦めにも似た感情が芽生えそうになった。
周囲を見渡せば、膝を付き、項垂れるプレイヤーの姿も目に入る。何十何百と攻撃を行った所で、物理攻撃は一切効かないのだ。無駄にMPを消費するたびに、自身の精神力が失われていくようにも感じた。
(ひとり、またひとりと強制帰還されていく中、最後まで残ったとして俺に何が出来るんだ?)
昴の前方にいる黒い霧で形取られた闇の魔王が、俄かに微笑んだように見えた。それを見た昴は、自分の心が見透かされているような気がして恐怖すら感じた。
その時、彼の脳裏にある声が木霊する。
『頑張って』
(誰だ? 何を頑張れって言うんだ?)
『頑張って』
(いくら頑張った所で、俺は何もできないんだ!)
『頑張って……私も……みなさんも頑張ってますから』
(誰……餡コロ、さん?)
『頑張って。大丈夫です。昴さんならきっと――大丈夫です。私、信じてますから』
後ろを振り向いた昴の目に、遠く離れた場所でキラキラと輝く餡コロの姿が映った。彼女は隣に居るニャモと何か喋っているようだったが、昴が見つめる最中にニャモまでキラキラと輝きだした。
その輝きはやがて昴も、そして他のプレイヤーも発する事になった。
●
餡コロは桃太のスキルで蘇生されると、何度も繰り返してきた作業を行った。まず桃太へとMPを付与し、それから他のメンバーのMP残量を確認する。
確認の為に仲間達に視線を合わせると、そこには俯いたまま立ち尽くす昴の姿を見つけた。
(昴さん? どうしたんだろう。ここからじゃ私の声も届かない……)
餡コロは昴の元に駆けつけたかったが、今はそれが出来ない状態にある。桃太が何度も「エレメント・サンクチュアリ」を使用する必要があったのだ。スキルが発動されるたびに、彼へとMPを付与しなければならない。彼女は今尤も最優先にすべき事なのだ。
(昴さん……頑張って。負けないで。私も……みなさんも頑張ってます。だから……)
祈るように餡コロは杖を握り締めた。そして祈るように昴を見つめた。
丁度そのとき、ニャモも昴の様子に気づいたようで、愚痴を溢すかのように不満そうに口を開いた。
「昴ったら何ぼぉ〜っとしてんのよ」
「ちょっと疲れただけですよ! だって常に魔王の目の前で戦っているんだもの。大丈夫です! 昴さんは負けたりしませんから!」
餡コロの凛とした表情に気圧されたニャモは、これまでも諦めてこなかった昴を信じる事にした。そして自分も負けないよう、もっと頑張ろうと改めて決意した。
だが、ニャモの表情は決意の現れとは無縁の、驚きの表情を浮かべる事になる。
「ちょっと!? 餡ちゃん光ってるわよ!?」
ニャモが指差す方向、餡コロの姿が光り輝いていたのだ。その光は小さな粒となって体を離れ宙を漂うと、いくつかの光は昴の下へと向った。
「光っている」と言われた当の本人も、驚いた顔でニャモを見つめ返していた。
「ニ、ニャモさん光ってますよ!?」
「え? えぇ? 何これ!?」
二人は驚いた。いや、驚いたのも光っているのも、彼女らだけではない。全員が光っているのだ。
「っちょ、入り口からも光が飛んできてるよ!?」
いち早く気づいた月が叫んだ。
漂う光を見つめるうちに、更に背後からも大量の光が流れ込んできている事に気づいたのだ。
「ア、アンデットか? レイスとかそういう類なのか?」
クリフトが嬉々として叫んだ。アンデットの類であれば、エクソシストである彼が真価を発揮する所だ。
「いや、それだったらそもそも私達が光らないでしょ?」
ニャモの的を得たような答えに、クリフトは肩を落とした。だがそれも長くは続かなかった。
「きゃあぁぁぁぁ!」
突然、彼の近くにいた命の叫び声が聞こえてきたのだ。その声に尤も反応したのはキースだった。彼は前衛に居たにも拘らず、命の叫び声を聞くと慌てて後方にやって来たのだ。
「め、命!? どうした……どうしたんだ!?」
キースは叫び声に対して「どうしたんだ」と言い掛け、命の姿を見て「どうしたんだ」と二度驚いた。
命の体は全身光り輝き、他のプレイヤーの光り方とは一目で違う事が解る。いや、むしろ光が彼女に向って群がっているようにも見えた。
一段と眩しく輝いていたのは命だけではない。
「う、うわっ!? なんだこの光!?」
「おい昴、お前……光を吸収してるぞ」
空間を覆いつくすほどの光を、二人は大量に吸収していった。光が吸収される中、二人の脳裏には沢山の「想い」が流れ込んでくる。
『頑張って……負けないで……魔王を倒して……』
そして聞き覚えのある女神フローリアの声も聞こえてきた。
『人々の想いが、祈りが……届きますように』
彼女の声は穏やかで、心地よい響きが二人の胸を熱くさせる。
「女神フローリア? この光が……皆の想い……」
昴が呟くように言った瞬間、視界の片隅に光るアイコンが現れた。レベルアップした際に良く目にした、ステータス上昇やスキル追加を知らせるアイコンだ。
「何? 新しい……スキル?」
「プレア・インパクト……プレア――祈りの事か?」
昴と命に、装備依存となる二つ目のスキルが覚醒した。




