7-8 『闇の魔王』
天井がアーチ状になって通路を進む事数分。通路の先を直角に曲がると、数メートル先には広大な空間が広がっていた。
通路は人工的に作られた構図であったにも関わらず、通路の先の空間は再び剥き出しの岩肌が顔を覗かせる、極自然な状態の空洞になっていた。ひび割れた地面の隙間からは、白い蒸気が噴出している。
真っ白な蒸気が立ち上る先に、それは居た。
蒸気の色とは正反対の黒。その黒は全てを飲み込むかのような漆黒であったが、外見は蒸気と同じ気体のようでしかなかった。
「っち、嫌な予感がしやがる」
そう言ったのはカイザーだ。
「どういう事ですか?」
カイザーに並んで立つ昴が問う。二人は広大な空間の手前で、内部の様子を確認していた。
「ゲームなんかで良くあるパターンだと、あの手の霧みてーなモンスターは、大抵物理攻撃が効かねー。むしろ実体が無いってのが王道パターンだな」
「た、たしかに……そういうモンスター居ますね」
改めて昴は白い蒸気の奥に存在するモノを見た。
黒い霧状の粒子が集まっているのか、それとも霧そのものなのかは解らない。しかしそれは人の形を成している。これまで遭遇したレイドボスよりは小さく、2メートル半ほどの大きさだ。
全身が霧であるため、武具を装備しているのかいないのかも解らず、顔の部分にも眼の無い真っ赤な目があるだけだった。鼻も口もどこにも見当たらない。
「ここでグダグダしてても仕方ねー。支援魔法の上書きが終わったPTから突撃だ!」
意を決すると、カイザーは全員に指示を出して突撃準備に入った。
『神の加護を。プロテクション』
『不可思議な力より我らを護れ。マジック・プロテクション』
「エンチャント入れま〜す」
「移動速度と攻撃速度どっちがいいかな?」
「とりあえず様子見る必要もあるし、移動速度がいいんじゃね?」
支援の要であるプリースト、攻守どちらにも対応できるエクソシスト、武器に属性を付与させる魔法を持つソーサラー、プレイヤーの行動を活発化させる曲を奏でるバードらが、それぞれ最大限の支援スキルを発動させてゆく。
全ての支援が完了すると、またしても真っ先に飛び込んだのはカイザーだった。
「あぁあ! またぁ!」
彼のギルドメンバーたちが慌てて追いかける。
カイザーは闇の魔王目掛けて一直線に突進した。彼の手に持つ紅蓮の槍は元々属性が乗っている。無属性の物理攻撃が効かない、アンデット系でも実体の無いレイスに対してもダメージを通す事が出来る。
槍を脇に挟むようにして構え、前傾姿勢で魔王の下腹部目掛けてスキル攻撃を叩き込む。
だが――
カイザーは魔王の霧状の体をすり抜けてしまった。
「っげ、攻撃あたらねーぞ!」
槍を握るカイザーの手には、まったくと言っていいほど攻撃が当たったという感触が残っていない。
カイザーは孤立する危険を避けるため、仲間の下へと慌てて戻ろうとした時、
『愚かな異界の者ども。折角作り上げた我が世界を破壊するとは……許さん!』
それまで沈黙し微動だにしなかった霧が突然動き出した。
「喋った!? っあぁー!!」
驚いたカイザーが叫んだが、その声は痛みを堪える為の叫びへと変貌する。
霧状だった魔王の体が僅か一瞬だけ肉体を得ると、右手からは黒い稲妻が、左手からは紅蓮の炎が生まれた。
それぞれの手に生み出したモノを、まるで握りつぶすかのように拳を閉じると、魔王の周辺では一斉に稲妻と炎が舞い踊った。
それを、魔王は喋るのとほぼ同時に行ったのだ。
「ちょ、なんだ今の攻撃……反則じゃねーか!」
叫んだのはいっくんだ。彼はまだ魔王の足元にさへ到着していなかったが、凄まじい攻撃の餌食になっていた。
いや、内部に突入したほぼ全ての者が攻撃を食らっていた。
その範囲はこれまで戦ったどのレイドボスのものよりも広く、そして強烈だった。
「たった一発で精鋭部隊の半数が戦闘不能か・・・…予想以上に強力だな」
キースはダメージを自分で癒すべく、「フィジカル・チャージ」のスキルを使用した。持続性のある極少量の回復量しかないが、キースにとってはそれで十分だった。
「キースはダメージ低そうだな」
いっくんは誰かが展開させた「サンクチュアリ」のサークル内に入り、それからHP回復ポーションを一本飲んだ。キースの言うように、ここまで戦場を共にしたプレイヤーの半数が戦闘不能に陥っている。特に後衛部隊は壊滅に近い状態だ。彼らを蘇生し立て直すだけでヒーラーは手一杯だろう。それが解っているからこそ、いっくんは自らポーションを飲んだのだ。
しかし、キースはスキルで極少量を回復させただけで十分そうなダメージしか受けた様子は無い。自分とのダメージ差を感じていっくんはキースへと、半ば尋ねるように言った。
「あぁ。ヤツのおかげと言うべきだよ。ボクのこの鎧はヤツから貰った物だからね。ヤツの攻撃は大して効いていないようだ」
「なんか呪われてそうな装備だけど、今は羨ましく思うよ」
キースの説明にいっくんも昴も納得する。彼の鎧は黒光りする鎧で、どこか禍々しくも見えた。それでも、先ほどの強烈な攻撃がほぼ無効とも言えるダメージ遮断率を、今は素直に羨ましいと二人は思った。
前衛部隊が辛うじて立っていた頃、通路から入って来たばかりの位置にいた後衛部隊は、九割ほどのプレイヤーが地に伏していた。
辛うじて立っているのはレイドボス産の防具を身につけ、防御力重視の装備で固めたプリーストやエクソシストぐらいである。
「桃太、範囲蘇生を!」
アーディンは前衛の密集する場所に「サンクチュアリ」を展開させながら叫んだ。桃太は幸運にも、まだ通路にいたため範囲攻撃を免れていた。
「は、はい! 『エレメンタル・サンクチュアリ』」
「起き上がったヒーラーは『サンクチュアリ』をばら撒いて、それからPT単位での回復に移って」
アーディンは男口調を意識するのも忘れて、ヒーラー達への指示を出していく。立っている者ですら瀕死の状態だ。回復量の多い個別ヒールを使っていたのであれば、全体の立て直しに遅れが出てしまう。次の攻撃に備えて、全体の回復を優先させた。
「くそっ。これだけ離れてるのに即死か」
クリフトが唇を噛み締めながら言った。彼は盾を装備しておらず、その僅かな防御力の差で倒れてしまったのだ。彼と同様に、即戦闘不能後に蘇生された餡コロは、珍しく戦況を観察していたようでこう話した。
「離れてても前衛さんよりダメージ受けてましたよ」
そう言いながら彼女はMPを半減させた桃太へと、「ライフソウル」でMPを分け与えていく。その甲斐あって、桃太は二度目の「エレメンタル・サンクチュアリ」の詠唱に取り掛かっていた。
「それはたぶん、防御力の差だな」
アーディンは短く説明した。前衛と後衛とでは、防御力の違いは大きい。アサシンやシノビですら、先ほどの攻撃で倒れた者は多いのだ。ダメージが大きく見えたのは、防御力から差引きされた分が大きかったという事だ。
「範囲内全員が等しくダメージ貰っちゃうのか……厳しいな」
彼らが話す間にも戦闘は続いていた。
闇の魔王と正面から挑む前衛部隊の攻撃は、一切効果を成していなかった。
カイザーの指示によって、ソーサラーやエクソシスト、プリーストの魔法によって武器に属性効果を与えたが、それら武器を使っての攻撃も手ごたえは一切無い。
「くそ。魔法は多少ダメージを与えられているけど、物理攻撃は属性入れてもまったく効き目なしかよ!」
昴は焦りを感じ始めていた。物理攻撃が一切通用しないのであれば、攻撃の要はウィザードに絞られる。しかし、魔王の強力な攻撃によってほとんどのウィザードは一撃戦闘不能となっているのだ。彼らが攻撃に参加している時間は必然的に短くなってしまう。
「俺達はどうやって戦えばいいんだ?」
「ウィザード頼みといっても、さっきの範囲攻撃でウィザードは皆即死しちゃってるし……長期戦になるとあたしたち前衛も危ないわね」
いっくんの情けない言葉にカミーラも慰めの言葉すら見つからなかった。
「くそ……なんとか攻撃を当てられれば……」
昴がこぼした言葉は、前衛メンバーの誰もが思っている言葉だった。
どんなに強力な武器を振りかざそうと、どんなに渾身の一撃を叩き込もうと、実体の無い敵には当てることすら出来ないのだ。
「はなっから霧に攻撃したって、当たるわけねーよな」
いっくんは捨てセリフのように吐き捨てると、無駄だと解っている攻撃を再開させた。
巨大な斧は虚しく空を切る。
彼らの攻撃を受けても微動だにしない闇の魔王は、彼らを嘲笑うかのように赤い目を細めた。
『くっくっくっく。無駄な足掻きよ。攻撃が当たらなければ、我を倒すなど不可能なのだ! はーっはっはっは』
くぐもった声が洞窟内に木霊した。
そして再び両手が光る。
右手には黒い稲妻が。左手には紅蓮の炎が。
『はーっはっはっは。女神の力によって死ぬ事のできない肉体となった哀れな者たちよ。死よりも恐ろしい無限の苦痛を味あわせてくれる』
握りつぶされた光が内部で踊り狂うと、そこは一瞬で地獄絵図と化す。
「く、くっそ……これじゃー倒すどころか、立て直すだけで精一杯じゃないか」
ギリギリの所で戦闘不能を免れた昴は、後ろを振り返って状況を確認する。キースはもちろん無事だったが、いっくんとカミーラは戦闘不能になっていた。モンジも辛うじて立っている様子だったが、慌てて数種類のポーションを飲む姿が見える。
『恐怖と絶望を感じるがいい。それこそが我の糧となるのだ』
黒い霧がゆらゆらと踊る。目の前に広がる光景を目にして、魔王は満足気に笑った。
(俺は……ここまで来て誰も守れないのか? もう二度と元の世界に帰れないのか?)
自身の剣に身を預けてやっとの思いで立つ昴は、心のどこかで敗北を感じ取っていた。
昴のマイナス感情を知ってか、闇の魔王は心地良さそうに目を細める。
その時、昴の後方から聞き慣れた声が響いてきた。
『エレメンタル・サンクチュアリ』
『女神フローリアの涙と聖なる泉。祈りの言葉は全てを具現化させる。黄金の盃に注がれる生命の水よ、我らに奇跡の力を! 聖杯!』
桃太が範囲蘇生魔法を唱えると、アーディンは聖杯を発動させた。二つの魔法によって倒れた者のHPも一気に回復してゆく。
「CT気にして出し惜しみしてる場合じゃない。恐怖とか絶望とか糞食らえだ! 私は絶対にこいつを倒して元の世界に帰えるんだから!」
アーディンが叫んだ。それは誰もが願う事だった。
「そう……だ。帰るんだ。俺達は――」
自分達が帰るという事は、この世界が救われる事でもある。
これまでに出会ったこの世界の人たちの為にも、自分達の為にも。
決して負けるわけにはいかないのだ。
「せめて物理攻撃が当たれば……」
昴は考えた。闇の魔王に攻撃を当てる方法を。
昴は祈った。その方法が存在する事を。
そして彼の祈りは思わぬ場所へと届く事になる。




