7-7 『最後のレイド戦終幕』
「そこの忍者もどき! 水遁であいつらの足元を濡らしてくれる?」
命が前方で飛び回るモンジへと声を掛けた。モンジは彼女の意図を理解することは出来なかったが、言われるがまま水遁の術で鱗に覆われたレイドボスの足元を十分に濡らした。
「これでいいんでござるか?」
「十分よ。上手くいくか解らないけど……『凍てつく氷の女王シヴァよ。その美しき吐息で全てを凍らせて! ダイヤモンド・ダスト』」
極地的な嵐が巻き起こる。
ただの嵐ではない。吹雪を纏った嵐だ。
凍てつくような強烈な嵐が周囲の気温を急激に下げていくと、水遁によって濡らされたレイドボスの片足が、同じく濡らされた地面と共に凍りついた。
バランスを崩したレイドボスが倒れこむ。
「今よ! どんどん濡らして、その上から『ダイヤモンド・ダスト』で凍らせて!」
命の叫ぶような声に即発された者たちが効率よく動いた。
何人かのシノビが水遁でレイドボスを濡らすと、ウィザードたちが魔法で凍らせてゆく。
レイドボスたちも唯黙って凍らされているわけではない。
ウィザード目掛けて遠距離攻撃を仕掛けてくる。
岩を生み出しそれを投げつけ、口からは閃光を迸る。
次々に繰り出される攻撃を、HPの高いナイトやバーサーカーが壁となってウィザードたちを守る。
遂に二体のレイドボスの動きが止まった。一体は倒れた体勢のまま、もう一体は片膝を付いた体勢で膝から下が凍りついている。
しかし、二体を凍らせた氷は周囲の熱気によって、またレイドボスそのものの力によって溶け出している。
シノビは水遁を繰り返し、ウィザードは氷系の魔法を詠唱し続けた。
「シノビとウィザード以外は全力でボスを叩け! ソーサラーはMPの付与を優先させろ!!」
誰かがそう言うと、それぞれが自らの役目を遂行する為に一斉に動いた。
倒れこんだまま胴の一部を凍らせているレイドボスに向かって――
ナイトが槍を構えて突進してゆく。
バーサーカーは巨大な斧を回転させ、その遠心力を使ってレイドボスの肉を削り落とす。
レイドボスの見開いた目を潰す為に、アサシンが猛毒を塗りこんだクローを突き立てる。
片膝を付いたレイドボスには――
ハンターが一斉に矢の雨を降らす。
バードは詠唱速度を速める曲を奏で、エクソシストが対悪魔系魔法を詠唱する。
ソーサラーも状況に応じて攻撃とMP付与とを使分けた。
「グオオォオォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォ」
遂に一体のレイドボスが長い断末魔を上げて倒れると、残りの一体が倒れるのも時間の問題であった。
「ギガアァァァァァァァァ」
二体目も遂に倒れた。
短い断末魔が洞窟内に響くと、二体は黒い煙となって四散した。
レイドボスを倒した際に落ちるドロップ品は無い。
既にゲームの仕様から外れた存在になっていたのだ。
「うっしゃあぁぁぁぁぁ!」
誰かが歓声を上げると、その声は次々に他のプレイヤーへと感染していった。
共に戦った仲間達と肩を抱き合い、喜びを分ち合う。
「はーっはっはっは! 勝ったぜぇー!」
「おい、まだラスボスじゃねーぞ。まぁこの調子でラスボスまで行こうぜ」
「ちくしょー。最後まできてレイドボス産装備一個もゲットできなかったぜー」
「とうとうドロップまで無くなったわね〜」
「残念だよね〜」
緊張の糸が切れたように、皆一様に表情は明るかった。
ふと、昴はある事に気づく。
「さっきまであった扉が無くなってるな」
二体のレイドボスが始めに立っていた位置の後方に、昴の言う扉はあった。大きさはレイドボスを基準にすれば小さく、プレイヤーを基準にすればやや大きいサイズだった。
扉があった場所は空洞になっていたが、奥へと続く通路は明らかに人工的な構造になっている。天井はアーチ上に湾曲し、壁はレンガを積み上げたような作りだ。
「これ、時間が経ったらまた扉で塞がれるとかいう罠は無い……よな?」
いっくんは横に立つキースに質問を投げかけた。視線は通路の奥へと注がれている。
「さぁ、どうかな?」
キースは短く答えた。彼は自分がこの通路を利用する時には、扉が無かった事をいっくんに説明した。
いっくんは別の疑問が浮かぶと、今度はキースのほうへと視線を移して口を開いた。
「な、中ってどうなってるんだ?」
「一本道だ。数分歩けば魔王の居る空間に出る」
キースの回答にいっくんは自然と後ずさりした。
数分の距離に魔王がいる。そう思うと、体が自然に動いたのだ。
「数分か……ならやっぱりここで休憩入れたほうがいいな」
「カイザーは中に入る気満々だぞ? どうやってここに引き止めるんだ?」
昴の提案は尤もな内容だったが、二体のレイドボスに勝利した事でやる気十分なカイザーは、既に出発の準備に取り掛かっている。
アーディンの心配は的中したようで、カイザーは仲間を連れて扉のあった場所で立ち尽くす昴ら一行の下へと歩み寄ってきた。
「拙者に任せる出ござるよ」
昴とアーディンに目配せをすると、モンジはカイザーの下へと向かった。
何食わぬ顔でモンジはカイザーと親しげに言葉を交わす。
「拙者が先に入って中の様子を確かめるでござる。それまで皆は休んでおくでござるよ」
「お、悪いなモンジ。じゃー頼むぜ」
休みたいわけではないが、偵察を送って安全を確かめると解釈したカイザーは、モンジの言葉に素直に従い仲間達を休ませる事にした。
血気盛んなプレイヤーもいたが、ラスボスまでの連戦を不安に思う者のほうが多かったのもあって、ほぼ全員が腰を下ろしてしばしの休息を蝕んだ。
数分後、隠遁の術で姿を消して偵察へと向ったふりをしたモンジが、戻ったふりをする為にアーチ状の通路前に姿を現した。そして彼はカイザーに向ってこう報告する。
「ちょっと行った先に、魔王っぽいのがいたでござるよ。ここでしっかり準備を整えたほうが良いでござるな。ニンニン」
悪びれる様子もなく、モンジは表情ひとつ変えずに嘘の報告を行ったのだ。いや、あながち嘘ではない。実際に見に行っていないと言うだけの事だ。
モンジの報告を聞いたカイザーが後ろを振り返ると、疲れた様子で座り込んだままのプレイヤーたちの姿が目に入った。このまま突撃しても全力を出し切ることは出来ない。そう判断したカイザーは、仕方なく休憩を入れる指示を出した。
「よし、全員休憩だ。アイテムや装備のチェックも忘れるなよ」
カイザーの指示を受けて、ほっと胸を撫で下ろす者もいた。彼らは地面に腰を下ろしたまま、先ほどの戦闘で消耗した分のアイテムを整理を行って万全の体勢を整える。
戻ってきたモンジを迎え入れた昴は、彼にこう尋ねた。
「本当に魔王を見てきたのか?」
周囲には聞かれないよう、ギルドチャットを使用している。
モンジは昴の質問に対して首を傾げると、掌をヒラヒラと左右に動かして答えた。
「は? 拙者ひとりで魔王のところにいくなんて、そんな恐ろしい事するわけないでござろう」
すかさずアーディンがニヤニヤと笑いながら突っ込みを入れた。
「行ったフリだろ」
「ニンニン」
モンジもニヤリと笑って応えた。
休憩の間、緊張をほぐす様に彼らは他愛のない会話を行って突撃の時間を待った。
会話の中で餡コロがこう口を開く。
「あぁ〜、ドキドキしますね〜」
彼女の表情は、間違いなほど微笑んでいる。頬も薄っすらと高揚しているように見えた。
「ドキドキっていうか……緊張っていうか……なんか注射待ちしてる時みたいな心境」
「あー、それ解るわぁ」
餡コロとは対照的にニャモとカミーラはどこか自然には笑えない様子で、口元をやや引きつらせるようにして笑っている。
「えぇ〜? そうですか〜? 魔王ってどんな姿してるのかなぁ、かっこいいのかなぁとかって考えたら、ちょっとドキドキしませんか?」
明るくそう言った餡コロの頬は、ますます高揚していった。その様子を溜息交じりでキースが見守っている。この中で魔王の姿を直接見た事があるのはキースと命の二人だけだ。もうひとりの命は、げんなりした表情で首を振っていた。
「うん……この期に及んでそういうの考えるのは、たぶん餡コロちゃんだけだよ」
ニャモは苦笑いを浮かべてそう言った。そこへ昴が口を挟むようにして割って入って来た。
「ドキドキはしないけど、どんな姿だろうかってのは……俺も考えてたんだけど」
想像する魔王の姿を、昴はジェスチャーを交えて話した。傍らでは餡コロが楽しそうに頷いている。他の仲間たちは白々とした空気に包まれていった。堪らず月が口を開く。
「……やだぁ、もう〜、以心伝心やん」
「えぇ? なんでだよ!?」
月の言葉の意図を珍しく理解した昴は、一瞬にして顔を真っ赤に染めながら反論した。そんな昴と周囲の仲間達の態度に慌てたのはキースだ。
「二人はそういう関係なのか? どうなんだ?」
彼は語気を荒げて周囲に視線を送る。目が合った餡コロは小首を傾げて、何の事だか解らないといった表情だ。
「そういう関係に決まってるじゃなぁーい」
カミーラがそういうと昴と餡コロとキース以外から笑いが起きた。
緊張の糸が切れたように、皆心から笑っている。
「ボクは認めたわけじゃないからな!」
「ちょ、お前は餡コロの父親かよ!」
キースは昴に、まるで宣戦布告するかのように言い捨てた。昴も負けじと応戦する。
その時、離れた場所で休憩を取っていたはずのキースがやってきて、相変わらずな彼らの姿を見て嬉しそうに、そして呆れたように声掛けてきた。
「お前ら、和むのは良いがちゃんと準備できてるのか?」
カイザーの顔にも笑みが浮かんでいる。苦笑いに近い笑みではあったが。
昴は慌てて仲間達に準備が整っているか確認を行った。自身の準備は既に整っている。
「出来てるか?」
「いつでも!」
いっくんが気合十分に答えると、他の仲間達も頷いてみせる。
アーディンが左右の掌を広げ、そこに輝くいくつもの指輪を見せた。
「ふっふっふ。装備できる指輪は全部装備したぞ」
「成金みたいなセリフね……まぁ私もプロテクトリング借りてる身だけど」
アーディンの指には八つの指輪が輝いていた。
室内では使えないメテオリングは外している。この期に及んで姿を隠す必要性も無いとして隠遁の指輪も外している。必要なのは防御力を高めたり詠唱速度を上げたり、回復量を増量させたりと、彼女にとっては完全な本気装備だ。
そういった装備で、余っている物は全て仲間達に配られていた。命も防御力を上げる指輪を持たされている。
昴は全員の準備が整っているのを確認すると、その旨をカイザーへと伝えた。
カイザーは全員に対して出発の号令を掛ける。
ある者は緊張した面持ちで。
ある者は不敵な笑みを浮かべて。
「さぁ、それじゃー行くか!」
昴が仲間達を振り返り、晴れ渡った青空のような笑顔を向けて声を掛けた。
彼の仲間達は、彼と同様に笑顔でそれに答えた。




