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7-6 『苦戦』

 立ちはだかる二体のレイドボスの後ろには、小さな扉があった。小さいと言っても二体と比較しての大きさだ。人間基準で見れば、やや大きめサイズにも見える。


「あれが奥に続く扉か。こいつら倒さなきゃ進めないってことだな」


 カイザーは悪戯っぽく笑みを浮かべている。もし二体を倒さなくても先に進める場合でも、彼は目も前の獲物を無視していくつもりはないのだ。

 倒して当然。

 それが今のカイザーの考えだ。


「さぁて、手ごたえの程を見てヤローじゃねーか」


 カイザーがそう言うと、先陣を切って飛び込んでいった。

 紅蓮に燃えるような光を発した槍を突き出し、一体のレイドボスへと向かって一直線に走る。

 カイザーが突っ込んだレイドボスは、全身が黒い鱗で覆われた人型の容姿をしていた。手には三つ又の矛を握っている。


『奥義! クリムゾン・デット・ストライク!』


 カイザーは会戦一番に奥義を発動させた。

 自慢の巨大な槍が一際眩しく輝くと、閃光のような速さでカイザーはボスの胴へと突っ込んだ。

 火花が激しく飛び散る。


「っつぁー、かってーな」


 カイザーの攻撃は僅かに鱗を傷つけた程度で終わった。攻撃力がそれほど高くないナイト職であっても、彼の持つ槍は現存する槍では最高クラスの攻撃力を誇っているし、彼の奥義は攻撃に特化したスキルだ。並みのバーサーカーよりは遥かにダメージが出せるはずなのだ。

 その攻撃ですら、鱗の一枚をようやく傷つける事が出来た程度だった。


「マスター、危ない!」


 誰かがそう叫んだ。カイザーと同じギルドの者だろう。

 たった一枚の鱗を傷つけられたレイドボスが巨大な腕を振り上げ、カイザーへと拳を叩きつけようとしたのである。

 戦い慣れしているカイザーは、レイドボスの僅かな動きでも次の行動を読み、素早く攻撃を交す事ができた。彼はレイドボスの腕が振り上げられた時には既に回避行動に移っていたのだ。


「っけ。当たるかよ」

「もう! ひとりで突っ込まないでくださいよ! ちゃんと皆を待ってから突撃してくださいって、いっつも言ってるでしょ!?」

「ぅ、うるせーよ! ブーストポットが勿体ねーだろ!」


 その声が聞こえた全員に笑みが零れる。しかし、その笑みも一瞬だった。


 もう一体いるレイドボスは青黒く光る鎧を身につけた騎士風の出で立ちをしている。しかし、繰り出す攻撃は凡そ騎士とは言えない、魔法攻撃が主体だった。

 手にした剣を魔法の杖のように振りかざすと、青い稲妻が周囲を襲った。

 そこへ鱗のレイドボスが巨大な矛を振りかざして突進してくる。こちらのレイドボスは物理攻撃が主体なようだ。


 二体のレイドボスのコンビネーション攻撃は、強烈極りなかった。どちらか片方の攻撃であれば、この場にいるプレイヤー全員が耐えられるのだが、ほぼ同時に二体の攻撃が発動されると、次々に地面へと倒れこむプレイヤーが続出したのだ。

 なんとかギリギリ耐えた回復職が慌てて仲間の蘇生を行うことで、PTの決壊は免れた。

 幸いにして、連続でのコンビネーション攻撃は今の所行われていない。


 戦闘開始から僅か十分程度が過ぎた頃、二体の強さに苦しめられるプレイヤーたちの姿があった。


「っかー、流石に二体同時だと厳しいな」


 強烈な一撃を浴びせてきたいっくんだったが、斧を握る手は逆にダメージを受けたように痺れている。加えてレイドボスの方にはそれほど大したダメージは与えられていない様子だった。


「通常攻撃だけならなんとかなるんだけどな。同時にスキル攻撃されると……HPのでかい職はいいけど、後衛職がヤバいな」


 そう言って昴は後方をちらりと振り返った。仲間達の安否をしっかり確認しておきたい所だが、のんびりと見る暇は無い。二体のコンビネーション攻撃を防御せずに受ければ、流石にナイトと言えども瀕死は免れないからだ。


「月とニャモと餡コロと命は大丈夫か?」


 比較的防御力の低い四人の事が気がかりないっくんは、誰にいう訳でもなく呟いた。その呟きに対して、横で戦うキースが答える。


「何度か戦闘不能になってるようだね。ワンころ君も倒れたようだ」

「アーちゃんとクリフトが持ち堪えてるから、立て直しできてるわ」


 キースの説明にカミーラが補足した。実の所ギルドチャットで状況は伝えられているのだが、あまりの忙しさにいっくんや昴はギルドチャットに耳を傾けている精神的な余裕が無かったのだ。

 後衛陣の立て直しと前衛陣の回復。アーディンとクリフトには厳しい負担だ――というほどでもなかった。

 桃太が倒れれば彼だけを蘇生し、復活した彼自身が「エレメント・サンクチュアリ」で倒れた仲間を一度の魔法で復活させる事が出来る。回復職三人のうちひとりは、前衛の支援に向う事が出来るという訳だ。


 昴が仲間の支援に感謝しようともう一度後方を振り返ろうとした時、指揮官を務めるカイザーがやって来た。 


「厄介なのはコンビネーションだけじゃないぞ」

「カイザーさん?」


 ボスへの連続攻撃を続けていたカイザーは、MPを空にして息も切れ気味だった。


「あいつら……コンビネーションの前にどすどす大暴れしやがるからな。回避するためにわらわら逃げ回ってると、PTから逸れるやつも出るし、折角後ろの方で、コンビネーションの範囲外で攻撃してる後衛のところまで踏み荒らして、それが原因で後衛も、範囲の餌食になってるしな」


 切れ切れになりながらも一気に言い終えると、ようやくカイザーは深呼吸をして息を整えた。そして仲間からのMPの付与、支援スキルの上書きを受けると、彼は再び鱗のボスへと向って突進していった。


「なんとか動きを止めないと、ボスに取り付く暇もないよな」

「あぁ」


 カイザーの後ろ姿を見送りながら、いっくんと昴は言葉を交わした。そして二人もカイザーの後を追うようにして鱗のボスの足元へと向った。


 その頃、後衛陣は何度目かの建て直しを終えて戦闘続行の態勢を完了させた。


「あぁ〜もう! 悔しい!! 私が二回も床ペロするなんて」


 ウィザードの命は、他の同職に比べれば特殊装備の恩恵で防御力もHPも高めだが、それでも二度の戦闘不能を味わう事になった。それが彼女のプライドを酷く傷つけたようだ。

 悔しがる命を見て面白がる人物がいる。


「ペロペロ」

「アーちん!」


 舌を出してふざけるアーディンに、命は拳を振り上げて怒鳴りつけた。周囲の仲間達からは大きな溜息が漏れる。

 軽快なステップを踏んで命の拳攻撃を交すアーディンだったが、エルフ特有の長い耳を、これまた同じエルフのクリフトによって摘み上げられた。


「真面目に戦え」


 クリフトが短くそう言ったが、彼の無表情な顔がアーディンと命に恐怖を抱かせた。

「はい」と二人同時に短く返事をすると、二人は同時に攻撃魔法の詠唱を開始したのである。


『愚かなる生き物よ、世界の裁きを受けよ! ジャッジメント』

『炎の巨人イフリートよ。空間を炎の力で破壊せよ! バースト・フレア』


「意思」の力で効果範囲が広がった「ジャッジメント」は、鱗のボスと鎧のボス両方へとダメージを与えた。同時に広範囲に渡って、味方のステータスを上昇させる。

 命の魔法は鱗のボスへと命中し、小さな傷を負わせる事になった。


 多方面からの攻撃が続く中、二体のレイドボスがほぼ同時に足を踏み鳴らしはじめた。

 それを見たアーディンが、慌てて盾を構えつつ叫んだ。


「うげ、どすどすしはじめたぞ」


 次の瞬間、鱗のボスと鎧のボスは右往左往へと走り出す。

 クリフトは慌てて一定のダメージを遮断できる範囲防御魔法を唱え、桃太は通常の「サンクチュアリ」を足元へと展開する。

 餡コロは「スロー・スウォップ」で少しでもボスの動きを鈍らせようと、後衛メンバーのいる手前の地面に魔法を展開させた。

 餡コロの魔法が完成したその時、遂に鱗のレイドボスが彼らの方へと向って突進してきた。


「やだ! こっち来るじゃない! もう、来ないでよ! 『凍てつく氷の女王シヴァよ。その美しき吐息で全てを凍らせて! ダイヤモンド・ダスト』」


 命はやけくそ気味に、氷の最上級魔法を鱗のレイドボス目掛けて発動させた。

 すると、レイドボスの足元が凍りつき、突進を止める事に成功したのだ。


「あれ? 凍った?」


 振りかざした杖を下ろし、命が様子を伺うように一歩前進したとき――


「逃げろぉぉ〜」


 そう叫んだアーディンによって腕を引かれた命は、間一髪の所でレイドボスの足から逃れる事ができた。

 凍り付いていたレイドボスの足は、僅か数秒で砕け散ったのだ。


「はぁはぁ。なんとか交せたわ」


 息を切らせたアーディンが、再び支援スキルの掛けなおしを行う。更に自分達だけでなく、周囲のPTの回復も手伝った。


「でも一瞬ですが、凍って動きを止められましたよね?」


 先ほどの突進攻撃をまともに受けて倒れたプレイヤーを、複数人同時に蘇生し終わった桃太が感極まるようにして言う。


「そのうえコンビ攻撃のタイミングがずれたみたいで、ダブル攻撃が来なかったですし」


 桃太の感情が高ぶっていたのは、これが原因だった。


 二体のレイドボスが足踏みをし始めて、それぞれがランダムな方向に向って突進攻撃をした後、不特定な場所で合流するとそこから連携してスキル攻撃を行う。

 これがコンビネーション攻撃だ。

 だが、先ほどの足踏み状態から始まった突進攻撃は、命の魔法によって片方の動きを僅かに止めると、合流のタミングがずれたのかその後に続くはずのスキル攻撃が発動されなかったのだ。


 どちらか片方だけでも、いや二体両方の動きを氷の魔法で凍らせる事ができれば、この戦いは勝てる。

 ――そう考えたクリフトは、横で魔法の詠唱に入ろうとする命に向って尋ねた。


「もっと強力な冷気で凍らせられないか?」


 クリフトの意図していることを察知した命は、考え込むように俯くと、ハっとしてすぐさま顔を上げて答えた。


「……! そうだわ。次の詠唱可能まで少し待ってよ」


 そう言うと、命はギルドチャットである人物へと声を掛けた。


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