7-5 『最後のレイド戦』
囮となる第一部隊が無事に予定位置まで後退した頃、各地に散らばった第二部隊へと連絡が届き、続々とモルタの街へと集結した。
「聖堂帰還」によってモルタの街に到着したプレイヤーたちは、バードの奏でる移動速度を上げるスキルと、各個人で同様の効果を持つアイテムを使い、移動速度を限界まで上げ闇の穴を目指した。
「急いで穴まで向かえ! 途中でモンスターと遭遇しても極力無視していくんだ!」
第二陣の指揮官が叫ぶと、その指示が数百人全員へと伝えられた。
移動に時間を取られていては、第一陣を追いかけるモンスターが穴へと引き返してしまうかもしれないのだ。穴へと戻さない為の作戦でもあるので、道中のモンスターに構っている余裕などは無い。
スキルやアイテムの恩恵によって高速移動を実現させた第二陣が、無事に闇の穴へと到着した時には、穴から再び這い出てきたモンスターたちが待ち構えていた。
「やっぱり囮作戦を想定して、向こうも第二部隊を出してきたな」
「こっちは第二部隊も囮だけどな」
「向こうのあれも囮だったらショックだけどな」
そんな会話を部隊中央にいた指揮官と彼のPTメンバーが行う中、続々とモンスターたちが穴から這い出てくる。
彼らは第一部隊同様に、穴から這い出てくるモンスターが居なくなった時点で、敗北を装った撤退を開始した。第二部隊が撤退すると、当然のようにモンスターたちは後を追い、第一部隊を追いかけていたモンスターたちは踵を返して第二部隊へと転進した。
モンスターが転進したのを確認した第一部隊は「聖堂帰還」によってモルタの街へと移動し、そこからフィールドへと出て、再び闇の穴へと目指す。
同時に第三部隊も出撃し、第一部隊同様に穴を目指した。
第一、第三部隊によって穴の外周を囲み、穴へと引き返そうとするモンスターを食い止める作戦である。
もちろん、臨機応変に第二部隊を囲むモンスターの殲滅も行われた。
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モードリュークの街から帰還した昴たちは、マイアナにある砦から闇の穴へと向かって出発していた。
闇の穴へと潜入するのはレイドボス産の装備を持つ高火力プレイヤーや、PSに定評のあるプレイヤー、奥義習得者、そういった面々との連携に慣れている者から選ばれた、総数二百四十人である。
そんな精鋭メンバーの中に昴らも含まれていた。
これまでの戦いで全員が何かしらのレイドボス産装備を手にしているのもあれば、昴は奥義と特殊スキル、アーディンが特殊スキル、モンジは奥義となかなか豪華なメンバーでもあるのだ。
精鋭部隊はマイアナの兵士に協力して貰って、騎馬や馬車での移動を行っている。馬にも移動速度上昇効果の魔法や効いたからだ。
そんな馬上での移動中にも、各部隊からの情報は次々に入ってきていた。
「ミルキィーたちは間に合ったみたいだな」
軍馬によって引かれる馬車の上で、昴は耳にした情報から闇の穴内部での作戦が成功したことを確信した。
「あぁ。第三部隊からの連絡だと、もう這い出てくるモンスターも居なくなってるみたいだしな」
クリフトをはじめ、全員が昴の言葉に頷いた。頷いてからいっくんは言葉を続ける。
「あとはどんだけ中に残ってるかだな」
これから突入する闇の穴の内部にも、モンスターは残っているだろう。誰もがそう思っていた。まさか全てのモンスターを地上に送って、自身の身の回りを護衛するモンスターを残していないなんてことは無いだろうと誰もが考える事だ。
しかし、現実は違っていた。
全てはミルキィーたち元敵PCだった者たちの活躍によって、内部のほとんどのモンスターは倒されてしまっているのだ。
そんな事を知る善しもない彼らは、闇の穴の入り口まで無事到着した。
ぽっかりと空いた巨大な穴は、地獄の底に向かって口を開くようにして真下に伸びている。内部は闇に覆われているかのように黒く、底を確認する事は出来ない。
穴の西側に底へと続く階段がある。幅はそれほど広くも無ければ手すりすらない。
指揮官を務めるのは『クリムゾンナイト』のカイザーだ。
足場の悪い穴の入り口で、彼は仲間達を振り返ると拳を突き出して号令を掛けた。
「ヤローども、行くぞ!」
「おぉ!!」
猛々しい声と共に、二百四十人の精鋭たちが階段を下りていく。PT単位で、慌てず、それでいて迅速に行動した。
しばらく黙々と階段を下りるだけの作業が続いた後、彼らは無事に穴の底へと到着し、横穴へと侵入していった。
穴の横幅はそれほど広くは無い。PT単位で固まって常に移動を続けているが、十二人が横一列になれるほどの幅は無い。
先頭を進むのはカイザー率いる『クリムゾンナイト』のメンバーで構成されたPTだ。
彼は意気揚々とした足取りで進んでいたが、かなりの距離を進んでも一向にモンスターの気配は感じられなかった。
「なんか予想外だな。中はほぼすっからかんじゃねーか」
「楽に進めるのは嬉しいことですが、こう拍子抜けだと……罠でもあるんじゃないかと不安になりますね」
カイザーは槍を構えたまま進みつつ、横を歩く仲間と会話を交わした。何人かは同様の不安を抱いている様子だ。それでもカイザーはひたすら進んだ。警戒を怠ることなく、真剣な眼差しで前方を見つめて歩き続けた。
しばらく進んだ先で、後方に居たはずのモンジが素早く先頭へとやってきてモンジへと耳打ちをする。
「この先にレイドボスがいたでござるよ」
カイザーは足を止め、他のメンバーにも止まるよう指示を出した。
「よし、一旦ここで体勢整えるぞ。アイテムのチェックも済ませとけ。突入と同時に使うブーストアイテムは事前に持っとけよ」
入り口に比べるとやや広い通路で彼らは止まった。周りはまさに、土を掘っただけの穴というような構造になっている。人工的なのか自然の洞窟なのか判断の難しい見た目だ。
そんな土や石が剥き出しの通路で、昴たちもそれぞれ戦闘の準備を行っていた。
ここに到着するまで、結局のところ戦闘は唯の一度も行わなかった。それ故に、消費したアイテムも一切無く、ボス戦闘で使うアイテムとの入れ替えに追われていた。
「あいつら、最後に随分頑張ったじゃねーか」
カバンに手を突っ込んで、ごそごそと入れ替え作業を行っていたいっくんが口を開く。声はやや抑え、周囲には聞こえないように配慮している。
「そうねぇ。少しは見直してあげなきゃねぇ、昴?」
「……だからって俺は、もう二度とヤツをこの世界では見たくないぞ」
カミーラが面白そうに昴へと視線を送ったが、昴は一瞬だけカミーラの視線を受けるとすぐさまカバンへと視線を落とした。そんな昴の返事に嬉々として突っ込むのはクリフトだ。
「じゃあ、元の世界でならいいんだな?」
ギョっとした顔で昴が視線を上げた。それを見て仲間達が笑い出す。
ひとしきり笑った後、いっくんがとある疑問を口にした。
「元の世界に戻って、またログインしたら、あいつ女キャラなのかね?」
疑問は昴のほうへと投げかけられた。
「俺に聞くな!」
昴は慌てて即答する。尚もいっくんやクリフトはミルキィーをネタにして昴をからかった。
そんな光景を見つめつつ、命がアーディンに対していっくんとは別の疑問を口にした。
「ゲーム……残ってるのかしらね?」
「微妙だな〜。そもそもゲーム自体がフロイの魔力で出来てたみたいだしな〜」
自分たちが無事にもとの世界へと戻った時、はたして『ワールド・オブ・フォーチュン』が存在したままになっているのか。命もアーディンもその答えを知る由もなかった。
「おらぁ、そこ! 休憩じゃねーんだぞ。準備できたら突撃するぞ!」
遠巻きにも緊張感の無い様子が伺えたのか、カイザーが昴のPTへとやって来ると、激を飛ばすように声を掛けてきた。
いっくんやクリフトは慌てて口を噤むと視線を昴へと向けた。準備は出来ているという合図だ。
昴が他のメンバーへと視線を向けると、全員が彼に向かって頷いて見せた。
「あ、はいカイザーさん! こっちは準備オッケーです!」
昴の返事に気を良くしたカイザーは、精鋭部隊のメンバー全員に聞こえるように、一際大きな声で号令を掛けた。
「おっしゃ。これが最後のレイド戦だ。たぶんな。気合入れていくぞぉ!」
「おぉー!!」
彼らは穴へと続く階段を下りるときと同じく猛々しく答えると、各々が武器を構えて通路の奥へと前進していった。
数分ほど進んだ所で、狭かった通路が一変し、かなりの広さのある空間へと出た。
そこで彼らを待ち受けていたのは――
「って、ボス二体かよ!?」
誰かが叫んだ。
彼らの前に立ち塞がったのは二体の巨大モンスターだった。
システムがほぼ崩壊してしまった現在では、目の前のモンスター名を確認することは出来ない。しかし、その巨体さがレイドボスである事をプレイヤーたちは知っている。
「以前、拙者とアーディン殿で見たときには一体だけでござったが」
「まぁ別の処に居た奴がセットになって出てきたんだろ。いいじゃねーか。手間が省けて」
モンジが弁明するように言うと、アーディンは気にも留めない様子で答える。
異世界に召喚されて、恐らくこれが最後となるであろうレイド戦が、今始まった。




