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7-1 『最終戦の開始』

 MMO『ワールド・オブ・フォーチュン』の大型アップデートによって異世界に召喚された、プレイヤー約二万人による最後の戦いが開始されようとしていた。

 会戦の発端となったのは、なんと東側大陸に住む住人たちによる反乱だった。もちろん、住人が反旗を翻すのは魔王軍相手にである。


 東側大陸の南半分は既にプレイヤーの手によって解放されていた。解放された小国が協力し北に向けて進軍すると、未解放の地でも勇気を振絞って立ち上がる人々が現れたのだ。

 東側大陸の住人にも、戦う力を取り戻す者が爆発的に増えてくると、戦火はいたるところで上がった。


「西の奴らも魔物どもと戦っているんだ。こっちだけが戦えないなんてことは無いはずだろう!」

「そうだそうだ! 俺達も戦士の端くれなら、勇敢に戦おうじゃねーか!」


 国に仕える兵はもちろんの事、元は冒険者であったり傭兵であったりした者たちも戦っている。世界を魔王の手から取り戻すという共通の目的の為に、全ての住民が手を取り合った。


 各地で戦火が続く中、東側と西側大陸にそれぞれの役目を持って終結したプレイヤーたちは、遂に闇の穴攻略へと乗り出した。

 今尚数体のレイドボスを残したままではあったが、それらをこの世界の住民達に任せ、悪の根源である魔王を討つ事を優先させることにした。




「モルタの街が落ちたぞ! これで『聖堂帰還』を使った高速移動が可能になるぜ」


 闇の穴攻略の為に、まず穴内部のモンスターをおびき出す囮部隊が東側から出発する。その際、穴から数キロの距離にあるモルタの街の開放の為、いくつかのPTが街へと向かっていった。

 街には教会があり、「聖堂帰還」スキルのセーブメモが可能だ。また、戦闘不能になって強制的に帰還される場合には、戦闘不能になった場所から最も近い教会へと飛ばされる事から、モルタの街の開放は最優先に行われた。


「第一部隊はそのまま進行。第二第三部隊はいつでも出れるように待機だ。常にPTで行動しろよ!」


 囮部隊は三部隊。第一と第二部隊は東側から。第三部隊は西側から出発する手筈になっている。

 全ての囮部隊が出揃い、少しでも多くのモンスターを穴から追い出した後に、精鋭部隊が内部へと突入することになっていた。


「さぁて、ガンツ様のお出ましだぞー。さっさと出てきやがれってんだ!」


 第一部隊に参加するガンツは、視界いっぱいに広がる穴を目の前にして叫んだ。

 穴は深く、また黒い霧にでも覆われているかのように暗かった。


「出て来いっつって、出てくるバカはいるのかよ」


 彼と同じPTに所属するウィザードの柏木 啓が呆れたように言った。軽い笑いが周囲からこぼれたが、すぐにその笑いは収まる事になる。


 暗闇にも似た穴の内部から、続々とモンスターが這い上がってきたのだ。


「よっしゃー! 出てきたぜぇー!!」


 自分の叫び声がモンスターを呼び寄せたとのだと思い込んだガンツは、嬉々として最前線へと駆け出した。そんな彼を慌てて追いかける影がふたつ。


「ガンツ嬉しそう……」

「頼むからモンスター抱えてのマラソンだけは、もう勘弁な」


 ソーサラーのパールとプリーストのビタミンAだ。

 三人はプレイヤーたちによる初期の頃のレイド戦からずっと、常にPTを共にする仲間だった。

 二人にやや遅れる形で他の仲間達もガンツの後を追いかける。既にガンツは戦闘を開始していた。


「解ってるんだろうなガンツ! ぐいぐい突っ込むなよ!」


 仲間のひとりがガンツの背中に声を掛けた。自身も自慢の(クロー)を閃かせ、目の前のモンスターに一撃を浴びせた。


「わーかってるって! 頃合を見て下がるさ。けど、まずは俺達に注意を引き付けなきゃダメだろ」


 ガンツたち第一部隊は、出来るだけモンスターを多く穴から引きずり出し、穴から出てくる数が減った頃に後退を開始することになっている。その際、モンスターが追いかけてくる事が条件だ。

 十分にモンスターの注意を引き付けておかなければ、第一部隊が後退する際に穴のほうへと戻ってしまう可能性もある。だからこそ、ガンツは全力で穴から出てくるモンスターと戦っているのだ。


「他のPTと連携して、少し横に広がるか?」

「そうだな。防御の厚みが薄くなるから後衛は気をつけろよ」

「おっけ〜」


 ガンツの提案で五十近いPTが、穴の外周に沿って広がっていく。それと同時に僅かに後退した。


 前衛はナイトとバーサーカーが受け持ち、隙間を突くようにしてアサシンとシノビが攻撃を仕掛ける。彼らの背後からハンターとウィザードが攻撃し、バードは状況に応じて前衛、後衛のどちらにも攻撃支援を行った。

 ソーサラーも後衛で、こちらは仲間のMP回復を優先。

 プリーストは最後尾で仲間の回復支援に徹する。

 エクソシストは後衛攻撃職と同じ位置で、前衛には持続回復の魔法が常に掛かっている状態を保ちつつ、余裕のあるときには対悪魔系攻撃魔法を展開させた。


「あ、あと……どのくらいここで踏ん張るんだ!?」


 戦闘が始まって既に一時間は経過しただろうか。息を切らせた声がどこからか上がった。


「穴が暗くてよく見えないもんな……まだ出て来てるのか、それとも打ち止めしてるのか」


 先頭に立つガンツも、目を凝らして必死に穴を見ようとしたが、モンスターの大群に視界を奪われて、穴の入り口すら見えない状況になっていた。

 ガンツの言葉を聞いて、柏木も穴の方へと視線を送ったが、矢張りモンスターが邪魔で穴は見えなかった。


「あ、そうだ!」


 柏木が突然そう叫ぶと、近くにいた別PTのシノビをひとり捕まえて耳元で何事かを囁いた。柏木の言葉を聞いたシノビが頷くのを確認すると、彼は天空から小さな隕石を召喚する魔法の詠唱に入った。


『天を焦がす星の子たちよ、大地に降り注ぎ裁きを下せ! メテオストライク』


 暗雲の立ち込める空が赤く光ると、小さな隕石がひとつ現れた。


 ゴオオォォォォォォォっという轟音と共に、闇の穴の内部へと落下しようとしている。


『空遁。飛来脚』


 隕石の落下に合わせるかのように、シノビがスキルを使って空高く舞い上がった。

 彼の目には落下する隕石が、松明のように穴の内部を照らすのがハッキリと見えた。

 そこで見たものは――


「穴から這い出てくるモンスターは疎らになってるぞ!」


 戦闘開始時には穴の外周全てを埋め尽くすほど這い出してきていたモンスターだったが、今はシノビの言うようにその数は激減している。


「状況確認できないまま、ずっとここで戦闘を続ける所だったぜ」

「ってかさ、このまま俺達だけで全滅させれるんじゃね?」


 戦闘を続ける者の中には、こういった声も上がり始めていた。時間は掛かっても目の前の敵を倒す事はできているし、穴から這い出てくるモンスターの数が減っているのであれば、もう少し頑張れば殲滅出来ると考えるのも仕方ないだろう。

 しかし、彼らの期待を裏切るかのように、先ほど穴の様子を確認したシノビが言う。


「いやー、厳しいだろうなー。既に戦闘不能者も続出してんだぜ? 俺が上から見た限りだと、向こうの数は俺らの20,30倍は居そうだぜ」


 シノビが言うように、ここまでの戦闘でHPがゼロとなって倒れたプレイヤーの数は相当数に上っている。もちろん、そのほとんどが「リザレクション」の魔法で蘇生されているが、中には魔法が間に合わずセーブポイントへ強制移動した者も出ていたのだ。


「そ、そんなに居るの? そんな風には見えないんだけど……」


 自分達より20、30倍の数のモンスターがいる。それを聞いた女性が怯えたように感想を洩らした。彼女は先頭に立って戦うナイトだったが、彼女の目の前には無数のモンスターたちがひしめき合っている。

 ――ゴクリ

 彼女は生唾を飲み込むようにして、視界を遮るモンスターの姿を見つめた。

 たしかに、目の前を埋め尽くすようなモンスターの数など、表面上でしか判断は出来ない。上空から確認したからこそ、目の前に群がるモンスターの分厚い層がどのくらいあるかも解るのだろう。


「目の前にいるモンスターの直ぐ後ろに穴があると思ってたのに……」

「戦闘を続けながら、実は少しずつ押されてたみたいだな」


 女ナイトの言葉に、直ぐ横で戦う仲間が答えた。

 彼らは必死に足並みを揃えその場で踏ん張るようにして戦っていたつもりだったが、一時間ほどの間にじわじわと後退させられていたのだ。

 プレイヤーが下がった分、モンスターが地上の隙間を埋めるようにして這い上がり、そしてまたプレイヤーを押す。この繰り返しで、闇の穴周辺はモンスターの大群で埋め尽くされていた。


「とにかくだ! 俺達の目的は達成したんだ。ここで必死になって戦う必要な無い。予定通り後退するぞ!」


 ガンツが大声で叫んだが、その声はモンスターの呻き声と戦闘音によって掻き消された。しかし、これもプレイヤー内では想定内の事だ。

 指揮官となっていたガンツの周囲にいるプレイヤーたちは、一斉にギルドチャットを使って後退の指示を出していく。いくつものギルドがこの指示を聞く事になるだろう。指示を聞いたメンバーは声に出して周囲に知らせると、それを聞いた者が更にギルドチャットを使って知らせる。

 徒歩で全軍に情報を伝えるよりも早く、その場には居ない遠い場所にいる仲間との連携もギルドチャットで可能となる。


 こうして、囮の第一部隊が緩やかな後退を開始した頃、とある街で尤も重要な作戦が行われようとしていた。


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