6-12 『女神の訪問』
昴たちがキースを伴って遅めの帰還をした。
特に紹介するわけでもなく、まして帰還先は教会になっている。他のプレイヤー達が待ち構えているわけでもないので、キースと命の存在を他人に知られる事はなかった。
二人をギルドへと向かい入れ、『冒険者』ギルドを知る者から尋ねられれば「新メンバーだ」と紹介するだけだ。幸いな事に、システムの崩壊によって今ではキャラクター情報を呼び出すことも出来なくなっている。偽名を名乗った所で、それを確認する手段が無くなっていたのだ。
外見に関しては、キースは昴ら以外に顔を晒した事が無く、命はヘアカラーとヘアスタイルを変えたことで気づかれる心配もなくなっている。
二人が昴らと共に拠点へと訪れてから数日後。
昴たちのもとへ来客があった。
『お久しぶりです』
金色の長い髪を揺らす少女が、ギルドルームへの出入りをする扉の前に佇んでいた。扉が開いた気配はないのに、少女が佇んでいるのは扉の内側だ。
「え? この子どこの子?」
本来であればギルドルーム内は、所属するメンバー以外は入れない仕様になっている。にも拘らず見知らぬ少女が居る事に一同は驚き、月などは幽霊と勘違いしてソファーの裏側へと隠れてしまった。
『……え〜っと……フローリアでございます』
少女は申し訳なさそうに自己紹介をして、驚かせたことを謝罪した。
「?」
フローリアの名前も思い出せないいっくんや月は、首を傾げたまま仲間に助けを求めるような視線を送る。
溜息を付きながらアーディンは二人に向かって判り易く簡潔に説明した。
「幼女女神に決まってるだろう」
「えぇ!?」
『そ、その言い方はお止めください』
一部のギルドが女神フローリアの事を「幼女女神」という事があった。そのせいもあって他のプレイヤー達の間でも幼女女神で通用するようになっているのだ。
その事をフローリア自身も知っていた。
「ど、ど、ど、どうして女神様が?」
動揺の色を隠せないいっくんが、まるで一同を代表するかのように女神へと尋ねる。
『ちょっとお聞きしたい事がございまして』
女神はそう言った。
昴らは慌てたように視線を合わせると、ギルドメンバーのみに聞こえる専用チャットを使って、尚且つ小声で会話を送り合った。
(まさか偽情報がバレたんじゃねーだろうな?)
(わっかんねーよ、そんなの)
(とにかく、ヘタな事は言うんじゃないわよ)
カミーラの言うヘタな事とは、女神の誘導尋問に引っかかって自分達から「嘘だった」というような事を口にするなという意味である。
「な、なんでしょう?」
恐るおそる昴が尋ねると、彼は手招きしてフローリアをソファーの方へと招いた。
フローリアが彼の招きに従ってソファーへと腰を下ろすと、おもむろに口を開いた。
『わたくしの封印を解く鍵について……』
(やっぱり!?)
『本当に闇の魔王を倒せば、わたくしは開放されるのでしょうか?』
(騙されてる! まだ十分騙されてるぞ!)
(よし! 畳み掛けるんだ!)
(私に任せたまえ!)
彼らが流した嘘の情報を、フローリアは信じ掛けている様子だった。彼女が確認の為にやってきたのがその証拠なんだ。
最後のダメ押し策の為に、アーディンがキースを連れてくるというので、それまでの時間稼ぎをすることになる。
「その事なら、事実を伝える為の適任者がいるぞ。呼んでくるからちょい待ってなさい」
『わかりました』
部屋を出たアーディンは、ギルドルーム内にあるキースの部屋へと向かった。
その間に昴らが適当な質問をフローリアに対して行っていた。
「ところで、女神様はここまでどうやって来たんですか? 神殿で封印されてるんだし、出て来れないんじゃ?」
『フロイにお願いして、NPCとしてやってまいりました』
「つまりえーっと、本物の体じゃない?」
『はい。ゲームのデータです。そのデータにわたくしの精神を入れております』
「なるほど。外出はできるんだ」
『そのようですね。これまでこういった試みをやった事がなかったものですから。わたくしも知りませんでした』
(やっぱ思い込みで封印され続けてるだけな可能性が高そうだよね)
(だよなー)
自ら「外の出よう」という意思を持った事が無かったから出来なかっただけで、恐らく「外に出よう」という意思があれば簡単に出られたのかもしれないと彼らは思った。
封印されているという強い思いが、彼女を神殿に閉じ込めていたのだろう。
『どうかいたしましたか?』
女神らしいと言うべきか、フローリアは人を疑う事を知らないようで、自分には聞こえないチャットシステムを利用してこそこそ会話をしている彼らの行動も不審がること無くただただ小首を傾げて不思議そうに見つめるだけであった。
「あー、いえいえ、こっちの話です。とりあえずお茶でもお出ししましょうか」
そういってクリフトはティーカップを用意してから隣室へと向かった。程なくしては紅茶の入ったティーカップと、数枚のクッキーを入れたお皿を持って戻ってきた。
『飲めますでしょうか?』
「大丈夫ですよ。そちらがゲームのデータであるように、用意するのもゲームシステムで作ったお茶ですから」
『なるほど。それならば飲めそうですね』
フローリアはティーカップを受け取ると、ゆっくりと紅茶を口に含んだ。
一口飲み込んでほっと息を吐くと、女神はうっとりとしたような表情でこう言った。
『はぁ、美味しい。何かを口にしたのも久しぶりな気がしますわ』
お皿に盛られたクッキーを1枚掴み上げそれを口に運ぶと、再びうっとりとした表情で「美味しい」とだけ呟いた。
そんな女神の様子を見て、クリフトが仲間達にギルドチャットで会話を送る。
(ちなみに今のは料理スキルを使って入れたお茶ではない。もちろんクッキーもな)
(ちょ。試したのか!?)
(確定だな)
いっくんは驚いたが他のメンバーはクリフトの意図を初めから理解していた。そして昴の言葉に無言で頷くと、2枚目のクッキーを嬉しそうに頬張る女神へと視線を送った。
彼女は完全に「思い込み」によって自分自身の行動を、自分自身の知らないところで制限しているという事が確定となった。
●
「本当にやるのか?」
応接間へと向かう廊下をアーディンとキース、そして命と餡コロの四人が歩いていた。
アーディンがキースに対し、一芝居打つよう指示している。芝居とはもちろん、昴らが流した嘘の情報を女神フローリアに信じ込ませる為の、最後のダメ押しとなる芝居だ。
「簡単なことだろ? これが上手くいかなかったら、今度この世界になんとか魔王とかが出てきたら、また我々が召喚されるかもしれないんだぞ?」
「……」
キースもアーディンのいう事があながち嘘では無い事を理解している。
女神の力が戻らないままであれば、再び同じような災厄に見舞われた場合、再び異世界の人間に縋るだろう事は目に見えているのだ。それは今現在召喚されているプレイヤーの活躍があるからというのも原因のひとつだ。
「我々でなくとも、将来のお前と命の子孫が召喚されるかもしれないんだぞ?」
「それは困る」
再びアーディンがキースを諭す様に言うと、キースも真剣な表情で即答した。二人の頭の中は表情ほど真剣ではない。
「ちょっと待って。何どさくさに紛れて凄い事言ってるのよ!」
二人のやりとりに命が抗議の声を上げた。アーディンがニヤニヤ笑いへと表情を変えると、小走りにステップを踏んで命から逃れる。
このとき既に四人は応接間の扉の前へと到着していた。
「いいじゃんよ〜別にぃ〜」
「命さん、妊娠してるんですか!?」
「こっちはもっと凄い事言ってるぞ」
餡コロは何を勘違いしたのか、命のお腹にキースの子が宿っていると本気で思ったらしい。
「美奈。それはまだ早いよ。第一この体はデータ上の物だからね。妊娠は未実装なんだ」
「そうなんだ〜。残念〜」
「ちょっと、もう! 何しれっと言ってるの!」
キースと餡コロの会話を遮るように割って入った命だったが、その表情はどこか高揚しているようにも見えた。
四人は応接間へと到着している事に気づくと、扉をノックしてから中へと入った。
そこには笑顔で迎える女神フローリアの姿があった。
『どなたか御懐妊されたのですか?』
「誰? 誰? おめでとう!?」
女神に続きいっくんも祝いの言葉を口にしたが、女神と違って彼の言葉にはわざとらしさが含まれている。更にいっくんがからかう様に口笛を鳴らすと、他のメンバーからも笑いが起こった。
「違うわよ!」
顔を真っ赤にさせた命が怒鳴ったが、彼女の表情が余計に仲間達の笑いを誘う。
女神だけが首を傾げて何故皆が笑っているのか、不思議でしょうがないという表情をしていた。
『あら、勘違いでしたか……わたくしとした事が申し訳ありません。それで真実とは? いったい何をお話してくださるのでしょうか?』
女神が申し訳無さそうに勘違いした事を謝罪したが、その事よりも封印の鍵に関する情報を一刻も早く知りたいという気持ちから、口早に質問を投げかけた。
まってましたと言わんばかりに、アーディンは連れてきたキースを女神の前へと押し出すと、彼を女神に向かって紹介した。
「実は、ここに居るのはキースです」
『…………? キース?』
キースと紹介されたエルフの男を見ても、すぐにはそれが「誰」なのか理解できなかった女神は、数秒後ようやく「キース」が誰であったかを思い出す。
『ええぇぇぇぇ!?』
神にあるまじき絶叫を響かせた女神は、動揺の色を隠す事もできず、再び質問の言葉を投げかけた。
『ど、どういうことでしょうか?』
おろおろする姿は到底神には見えない。極々普通の少女となんら変わらない姿だ。
そんな女神に向かって、キースは意を決したように口を開いた。
「か、改心しまして……」
『まぁ! それは良い事ですわ。なるほど、魔王の側近だった貴方でしたら、真実を知っているということですね』
ここでも女神は他人を疑う事を知らない。
キースなら真実を知っていると勝手に思い込み、彼の口から出る言葉を瞳を輝かせて待った。
「そうです。ボクは見たことがあるんです。魔王が大事そうに、黄金に輝く鍵を持っている所を」
『!?』
「その鍵は何の鍵なのか尋ねた事がありますが――」
『な、何の鍵ですの?』
興奮した様子の女神は、ソファーから腰を上げ、身を乗り出すようにしてキースの言葉を聞いている。
「古の滅んだ神々が残した封印の鍵……だと」
『わたくしの!?』
「正直、女神のとは言いませんでしたが、古の神々が封印したモノと言えば、貴方のことでしょう」
『ああぁぁぁ。わたくしは、本当に開放される時がくるのですね!』
キースは「女神の封印の鍵」と直接的な言葉を敢えて使わなかった。すすることで女神の反応を確かめる為でもある。
女神は自分の意思で、鍵は自分の封印を解く鍵だと思い込んだ。
ここでキースは昴らに目配せをする。
それを見て一堂が頷くと、ここぞとばかり女神に同調するように声を掛けていった。
「そうです! 解放の時はもうすぐですよ!」
「俺達が魔王を倒せば、フローリア様は自由の身だぜ!」
「うんうん。頑張っちゃいますよ!」
『ありがとうございます。ありがとうございます、皆様』
女神は完全に彼らの言葉を信じきっていた。そして晴れ渡る青空のように眩しい笑顔を彼らに送りながら、何度も何度も深く頭を下げて、すぅ――っと消えた。
暫く静寂が続いた後、誰かが大きな溜息を付くと、それが切っ掛けとなって全員の口から溜息が漏れた。
「ふぅ――嘘を付いた後は罪悪感に悩まされるな」
真っ先に口を開いたのはアーディンだ。
心にも無い事を言う彼女を、命は横から見上げるようにして怒鳴りつける。
リーフィンの命とエルフのアーディンでは、同じ女性といっても20cmほどの身長差があった。
「よく言うわよ! キース様にあんな無茶振りな話させておいて」
「あはは。でも助かったよ。キースの話なら信憑性おあるだろうしね。あれ? どうしたんだキース?」
昴がそう言ってキースのほうを見ると、彼は胸を押さえ、壁にもたれ掛かっていた。
「き、緊張しすぎて……胸が痛い……」
「あんだけノリノリに話してたくせに」
「胸がぁ……」
キースはそのままずるずると床に座り込んでしまった。




