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6-11 『変装』

「これなんかどうだ?」


 アーディンの手には蝶仮面が握られている。それもただの蝶仮面ではない。派手な彩のふさふさした毛が眉間にあたる部分から生えており、コメカミ部分にはイヤリングを思わせるような、しかも長い飾りがキラキラと輝いている。


「ちょっと! アーちんじゃないんだから、ギャグキャラにするのは勘弁してよね!」

「失礼なヤツだな〜。私は至極真っ当に選んでやっているんだぞ」

「嘘言わないでよ!!」

「っぷ」


 昴たちは現在、最後のレイド戦が行われたロードリークに居る。帰還しないまま、キースと命の変装ごっこを楽しんでいるのだ。

 いや、他プレイヤーに気づかれないよう真剣に変装アイテムを選んでいるのだ。


「よく考えたらボクなんかは人前にほとんど顔も出してないし、変装する意味が――」

「お兄ちゃんこれどう!? ね、どう!?」


 餡コロが嬉しそうに持ってきたのは、手持ちのアバター衣装だ。


「……女物だろそれ」

「え〜? ダメかな〜?」

「良いと思うよね〜」

「ね〜」


 月やニャモも絶賛するそのアバターは、某アニメとのコラボで作られた魔法少女の衣装だった。

 黒い全身スーツのようなフォルムに、真っ赤なエプロンを羽織る形のデザインになっている。趣味が良いとは言いがたい品物だ。


「だったら、それを命さんに着て貰えばいいんじゃね?」


 他意があった訳では無い。いっくんはただなんとなく言っただけだ。

 だが「全身スーツ」系アバターを女性が着るとどうなるか……自分で言ったあと、その事を想像したいっくんが改めて自分の意見を絶賛した。


「いいなそれ。すげーいい。サイコーにいい」

「ヤダこの人ったら、何想像してんのよぉ」


 すかさず命が強烈な突っ込みを入れる。言葉による突っ込みではなく、武器による突っ込みだ。これといった特殊効果があるわけでもない杖なので、いっくんは痛くも痒くもない。


「もっと普通なのにしてよ、お願いだから」


 力の限りガスガスといっくんを叩きつけながら、ダメージを与えられない事に苛立ちつつ命が言うと、キースがおそりと言葉を返した。


「ボクも良いと思ったんだけどな」

「キ、キース様……も、もうやだぁ」


 いっくんの時とはまったく違う反応を命は見せた。

 頬を赤らめ、両手をその頬に当てている。


「何このイチャラブモード」


 いっくんも他の皆も、その場で展開されるキースと命のお花畑シーンを見せ付けられ、冷ややかな視線を送った。


 溜息や欠伸が皆の口から漏れた後、思い出したかのようにニャモが部屋を出て行った。

 直ぐに戻ってきた彼女の手には、小さな小瓶が数本握られていた。


「じゃーさ。髪の毛を染めてみるとかどう?」


 ニャモはギルド施設内にある個人倉庫から、染料の入った小瓶を取り出してきたのだ。


「行き成りまともな意見だな。つらまんから却下」


 クリフトがそういうと、何人かが笑いながら頷く。

 

「ちょっとあなた! 私達で遊んでるでしょ!?」

「当たり前だろう。これまでの事を考えたらこれぐらいはしないとな」

「うっ……なんだかこの人、男版アーちんみたいでヤダ……」


 クリフトから逃げるように後ずさる命は、自分の背後にアーディンの気配を感じて振り返った。そこには予想通り、ニヤニヤと笑みを浮かべたアーディンが立っていた。


「生き別れの双子の弟だからな」

「俺が弟なのか? どちらかというと兄属性のほうがいいんだが?」

「何? お兄様って呼ばれたいのか?」

「あぁ。いいなそれ」


 アーディンは冗談のつもりで言ったのだが、その言葉を受けたクリフトは満更でもない表情で同意の返事を口にした。


「「…………」」


 一瞬でその場の空気が凍りつく。

 本気だ。本気で言っている。

 誰もがクリフトの表情を見て、そう感じた。

 

 そんな空気を読んだのか、クリフトは慌てて咳払いをすると、何事も無かったかのようにいつもの真面目な表情を作ってから口を開いた。


「……冗談だ。決まってるだろ」


 信じられないといった表情で一同がクリフトを見つめている。

 

 暫くすると、ようやく命が場の空気を溶かす言葉を口にした。


「と、とりあえず髪を染めるのは賛成よ。ついでに少し切ろうかしら」


 命の言葉に約一名を除いた女性陣が反応する。


「え? 勿体無くない?」

「う〜ん。私は元々そんなに長い髪じゃなかったし、そういうのもあってロングヘアーへの憧れもあったけど……実際長くなってみると、面倒くさい事の方が多くて……」

「あ〜、それわかる〜。髪洗った後乾かすの大変だよね〜」

「そうそう! いつもの倍以上時間かかっちゃって大変よ〜」

「私は元々長いほうですが、時々短かったら楽でいいだろうな〜って思う時ってありますね〜」


 彼女らの会話は暫く続いた。髪の話から肌へと移り、そこから化粧品に。更に化粧品を入れるコスメポーチに。話が飛んで自分達が今知る事のできない、「元の世界」での流行カラーの予測からファッションへと話題は移ってゆく。

 

「あー、女子の会話が始まった」

「アーディンさんは参加しないんですか?」

「何を言っている。私はイケメンだ。女子ではない」

「そうなんですか……」


 男性陣と約一名のイケメンは女性陣の会話について行けず、彼女らの会話が途切れるのを唯じっと待つしかなかった。


「じゃー、命さんが青で、キースが黄色。これでオッケーかな?」


 ようやく話がまとまったのはあれから30分ほどが過ぎた頃だった。


「は〜い」

「金髪か……」


 ほぼ強制的に色指定されたキースは、黄色い染料の入った小瓶を見つめて呟いた。


「アカヌケられるぞ。よかったな」

「命さんは衣装も変えたほうがいいですよね」

「さっきのアバターは嫌よ」

「蝶仮面付けろ」

「却下よ却下!」


 もてあそばれる前にさっさと命は、他の者たちの借りれる装備をチェックして変装アイテムを整えた。


「まぁ、これでも十分じゃない?」


 命が選んだのは細い縁の黒メガネと、アバター衣装の青いドレスだ。


「伊達メガネか。メガネ娘萌えには受けるかもな」

「受け狙ってるわけじゃないわよ!」


 クリフトが真剣な眼差しで観察する。

 命が武器を構えて突っ込もうとしたが、クリフトは突っ込まれる前に素早く話題を逸らした。


「さて、変装も無難に終わったし……魔王の事について聞いておこうか?」

「あ! そうか、弱点とか教えて貰えば万々歳じゃね?」


 最終戦の戦局を少しでも楽に運ぶ為にも、敵の能力を把握しておくのは重要な事だ。

 プレイヤー側ではこれまで誰一人として魔王と対峙した者はいなかった。だが、今はキースがいる。彼ならば魔王の事も知っているであろうと、誰もがそう思った。 


「……弱点か……正直ボクも良くわからないんだ」


 しかし、キースの口から出た言葉は、予想だにしなかった言葉だ。


「はぁ? 何言ってんだよ」

「仕方ないだろう。魔王と戦ったわけじゃないんだ。わざわざ部下に自分の弱点報告するヤツとか居ないだろ?」

「そういえば……そうか」


 言われてみればその通りだ。自分の弱点を例え部下だからといって安易に教えてしまえば、王の座を奪われる可能性だってあるのだから、教えているわけが無い。


「ステータス面ならどうだ? レベルや各種属性耐性の数値。攻撃スキルの種類。何か覚えている物はないか?」


 MMOのプレイヤーであれば「クセ」とも言えるステータス情報確認。はじめて遭遇する敵にカーソルを合わせ、レベルや属性を確認する行為だ。


「解らない……いや、存在しないと言ったほうが良いか」

「どういう意味だ?」

「元々実装されていないと思うんだ、魔王はね。今現在存在しているモンスターのうち、レベル80以上の奴らはVR化のアップデート用クライアントに入っていた情報なんだが、ボクが知る限り魔王のデータは入ってないよ」


 キース以外のプレイヤーがこの世界に召喚されるきっかけとなったアップデート用クラウアントには、彼らがこれまでに遭遇した全てのモンスターのデータは入っていたが、肝心の魔王のデータは無かったという。

 キースは魔王の力を借りて、弟神フロイの魔力が込められたゲームサーバーへハッキングし、同じく弟神フロイの魔力が込められたクライアント内容を魔王の力を使ってこの世界へと実装させた経緯を持っている。

 そのキースですら魔王のデータに心当たりも無く、未実装だと認識するしかない。


「もしかして、モンスターの中にも未実装扱いで情報がわからない奴らがいるとか?」

「いや、ボクが知ってる限りでは最高レベルのモンスターは99だな。魔王の手前に居るレイドボスがそうだ」

「ってことは、闇の魔王のレベルは100超えと考えるべきだよな」


 レベル100という事場を聞いて、キースが思い出したかのように言う。


「ちなみにプレイヤーのレベルキャップは、99までしか存在していないからな」


 レベルキャップ99。それは彼らプレイヤーが、レベル99までしか成長できない事を意味していた。


「え? んじゃ100にはなれないのかよ!?」


 いっくんの悲痛な叫びに昴は頷いた。


「魔王のレベルが102相当ぐらいならいいが……それを超えてるといろいろきつそうだな」

 

 データとしては存在しない魔王に対し、彼らは言いようの無い不安を抱くしかできなかった。

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