1-7 『最悪な再会』
「で、どうしてこうなった?」
「ど、どうしてでしょう?」
昴たち四人の歩く先に「それ」はいた。黒光りする体はグレーターデーモンよりも更に一回り大きい。頭部には大きな角が左右に一本ずつ。背中には小ぶりの翼が生えていたが、体との対比を考えると恐らく飛べないだろう。腕は4本、足は2本。
どう見ても「一般属性」のモンスターではないことは一目で解る。
「迂闊だったな……アレが居たのならコレが居てもおかしくないわけだし」
四人はウエストルの都へ向かうため、森を迂回するように整地された街道を進まず、近道だとばかりに森を突っ切っていた。その森で目の前の巨大な魔物を発見してしまったのだ。
「いやー、まさか正式サービス開始直後に実装されたボスがここにいるとは、思いもしなかったでござるな」
アーディンとモンジには心当たりがあるらしく、声を潜めて敵の様子を伺う。まだ気づかれてはいないようだ。
「ボスって?」
「レイドボス」
「でござる」
「はぁ……?」
昴の問いにアーディンとモンジが答えると、餡コロは何の事か解らないといった様子で首を傾げた。昴本人はアーディンの言葉を反復させた後、ようやく意味を解したようで驚きの表情へと変貌する。
「!? え!! あれってレイドボスなんですか!?」
「あぁ、最弱だけどな」
最弱……簡単にそう言い放ったアーディンだったが、彼女の視線はレイドボスを見据えたまま、厳しい表情になている。
「ど、どうします? 戦いますか?」
「いくらあいつのレベルが50だと言ってもな~……お前ら二人の攻撃力なんてカスみたいなものだし」
「……何も言い返せない……」
ゲーム内トップクラスの腕を持つモンジがいるのだ、いけるのではないかという期待が昴にはあったが、どんなに強い人物がいても相手はレイドボスである。まともな戦力に成れない自分は足手纏いでしかない事を自覚させられた。
「私の『ジャッジメント』はCT3分だから期待もできないし……実質モンジひとりだぞ。まともに戦えるのは」
「流石にひとりは辛いでござるよ」
「よし、逃げよう。バレる前に逃げよう」
「は~い」
アーディンの提案に、全員が踵を返して慎重にその場を立ち去ろうとした時――
―パキッ―
「お約束……だと……」
「うぇ~ん、ごめんなさ~い」
静まり返っていた森に、木の枝が折れる音が響き渡った。枝を踏んだのは餡コロだ。
当然、レイドボスは音に反応して四人のほうへと振り向く。真っ赤な眼がギラリと光ると、鼻息を荒げて襲い掛かってきた。
「くそ! こうなったら! うおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
昴は「挑発」で敵対値を稼ぐと、敵の前に立ちはだかるようにして武器を構え身構えた。
「俺が引き止めますから三人は逃げてください!」
強力なボスの攻撃を盾で受け止めた昴だったが、ダメージをまともに食らう事となった。ナイトのスキルに前方からの攻撃に対して、防御するスキルがある。受けたダメージ量に対してMPを消費して完全ガードする優れたスキルだが、昴はそれをまだ習得していなかった。
今はガード系スキルが未修得なままなのを後悔している暇は無い。少しでも自分が時間を稼がなければ。そう思っていたのだが、傷ついた昴の体が白い光に包まれるとダメージは全回復し、戦闘支援スキルがいくつも掛けられた。
「おい、昴。お前いつからそういう頼もしいキャラになった? 似合わないことは辞めておけ」
「若いのに無理させてまで逃げるようなおじさんでは無いでござるよ」
アーディンもモンジも、既に戦闘態勢が整っていた。後ろには餡コロが杖を構えて立っている。
「いいか、『ジャッジメント』にはダメージとは別に、範囲内の味方に対して物理魔法攻撃力を10%プラスする効果もある。ただし15秒間だけだ」
「それでは拙者はその間に最大火力を見せるとするでござるよ」
モンジは素早くアイテム一覧から巻物を取り出すと、それを指に挟んで大技の準備を済ませる。モンジの動きを確認したアーディンが、他の二人の向けて合図を送った。
「いくぞ!」
「どうぞ!」
身構える昴も、剣を握った右手に力を加えて待つ。
『愚かなる生き物よ、世界の裁きを受けよ! ジャッジメント』
純白の魔法陣がレイドボスを包んだ。ほぼ同時にモンジが叫ぶ。
『秘術! 口寄せ、大蝦蟇・次郎長』
煙と共に現れたのは、巨大な蝦蟇蛙。モンジは呼び出した蝦蟇蛙の背に飛び移ると、印を組んで魔力を練り上げた。
「いくでござるよ次郎長殿! 『大蝦蟇油、地獄炎舞!』」
蝦蟇の口から放出された液体がレイドボスの全身を濡らすと、そこへモンジの火遁が放たれる。蝦蟇の口から放出されたのは油だった。
激しく燃え盛る炎がレイドボスを包み込む。奇声を発して炎から逃れようと身をよじると、次第に炎の勢いは失われていった。
「う~ん、流石に……厳しいでござるな……」
「奥義でも1割も削れないのか……」
ダメージは与えられた。しかし、レイドボスのHPは9割以上も残っている。
ボスの4本ある腕が振り回され、モンジは素早く回避するが昴は再びダメージを受ける事になった。すかさずアーディンが回復を行う。
「仕方ない……本当ははじめての異世界だからせめてウエストルまでは歩かせたかったが……」
「え? 逃げるんですか?」
「そうだ。『聖堂帰還』を使うから、メッセージウィンドウでたら承諾しろよ」
一度訪れた教会であれば、回復職であるプリーストとエクソシストは「聖堂帰還」のスキルを使えば、瞬時に移動することができる。このスキルはPTメンバーにも恩恵があった。
スキル使用者自身が戦闘状態にあると使用できないスキルな為、アーディンは事前に持続系の回復スキルを使うと、急いでその場から離れ戦闘状態が解除される距離まで走ろうとしたが、歩みはすぐに止まった。
アーディンが走るのを辞めたのは、彼女の進行方向に別の人物が立っていたからだった。
「あら? もう帰っちゃうの?」
アーディンと向かい合うようにして立った人物は、狐の耳と尻尾を持った半獣人。長くうねった金色の髪と、紅色の瞳。15~16歳ぐらいに見えるリーフィンには珍しく、妖艶な美しさを持つ彼女は、一歩二歩とアーディンに、いや昴へと近づいていった。
「!?」
「久しぶりね、昴くん、それにアーちん」
「……命」
昴は驚き、アーディンは悲痛な面持ちで狐のリーフィンを見つめた。
「お知り合いですか?」
餡コロはいつの間にやら昴の横までやってくると、視線は命と呼ばれた同種族の女に向けて、彼女との関係について質問した。
それを見た命は、紅い唇を歪めると一瞬だけ嫌悪したような顔を見せたが、すぐに妖艶な笑みを浮かクスクスと笑い出す。
「あらぁ、昴くんったらスミにおけないわね~。こんな可愛い彼女なんか作っちゃって」
昴の横に並んだ餡コロの髪に手を伸ばす命。自分のそれとは違う、真っ直ぐに伸びた髪をすくいあげるて風になびかせた。
きょとんとした表情の餡コロは、命にされるがままじっと動かないでいる。
「ち、違いますよ! そんな事より、なんで命さんがここにいるんですか?」
「ん~、VR化っていうから気になってログインしちゃったの。そしたらビックリよね~。本物の異世界なんだもん」
焦るように否定した昴は、引退したはずの命に向かって問いかけた。彼女は餡コロへの興味が無くなったのか、掴んだ髪を投げ捨てるようにして離すと昴の横へと割り込むようにして立った。
そんな命へ、アーディンが詰め寄り、険しい表情で見つめた。
「お前、まだ病院にいるんじゃないのか? 治療は終わってないんだろ」
アーディンの言葉からも、命の病が軽いものではない事が伺える。
機嫌良く昴へと絡み付いていた命は、彼の腕に回した自身の腕を振りほどくとアーディンへと視線を向けて、明らかに不機嫌な顔を見せた。
「……終わるわけないじゃない。だってドナーが見つからないんだもん」
「だからって遊んでる時じゃないだろ」
消え入るような声は、まるでほしい物が見つからない子供のようにも聞こえる。
「……もう嫌ぁね~。いいじゃないそんな事。私の事捨てて引退した人の言う事なんか聞きませんよ~だ。それより昴くん!」
「な、なんですか?」
病気の事、治療の事などこれ以上話す気はないという意思表示をする命は、彼女の当初の目的である話を切り出すことにした。
「私と来ない? このまま異世界でゲームみたく遊んで暮らせるのよ」
昴の頬を撫でる命の手は、思ったよりも冷たく、軟らかかった。背筋に走る悪寒のようなものが昴を襲う。同時に下半身をくすぐる様な感覚にも襲われた。
「魔王を倒せば……元の世界に戻る事になるんですよ?」
「だから~、倒させないようにするのよ~。私、今魔王様の幹部してるの」
隠し立てする気など毛頭無い命は昴の元を離れると、彼女が登場してからこっち、何故か動きを止めていたレイドボスの方へと軽やかなステップを踏んで歩き出した。
「え!? ど、どういうこと?」
「一緒に来てくれれば教えてあげる」
幹部というからには、闇の軍勢、つまりモンスターの仲間になったという事なのだろう。現に命がレイドボスの足元までやってくると、黒光りする巨体が身を屈めて畏まったのだ。
「す、昴さん!?」
「…………」
餡コロが困惑したように昴を見やるが、昴は苦しむような表情を見せ沈黙したままだった。
「アーちんはいらないわ。昴くんだけ来てくれればいいの」
「…………」
既にアーディンは眼中にないといった様子の命は、昴へと向かって白く細い腕を伸ばして彼を誘う。
(命さんは……今でも俺を必要としてくれる……のか? 昔みたいに、いろんな狩場で遊べる……でも、ここは……ゲームじゃ、無い)
昴の思考は麻痺しはじめていた。はじめて出会ったダンジョン攻略PTのとき、昴は他人から自分のPSを褒められたのは初めてだった。その相手が今目の前にいる命だったのだ。
自分を認めてくれる。それがどんなに嬉しいことだったか。
幼少の頃から剣道を習わされていた昴だったが、父も祖父も剣道の有段者であった為か、地区大会などでそれなりの成績を残しても褒められる事はなかった。
全国大会で表彰台に昇るぐらいできなければ、剣道をやっている価値など無い、と高校を受験する前に父親から言われ、昴は剣道を辞めたのだった。
そんな自分を、命という人物がはじめて認めてくれた人だった。
「ダ、ダメですよ! 行かないでください昴さん!」
餡コロは必死になって昴の腕にしがみ付いた。その瞳には小さな涙の粒が浮かんでいる。
「餡コロ……さん」
知り合ったばかりの彼女が、昴を必死に引きとめようとしていた。
「行っちゃダメです。行ったら、昴さんは『英雄』になれなくなるんですよ? 私、昴さんの敵にはなりたくないです!」
(そうか……命さんが闇の魔王の幹部ってことは……悪役なんだ……よな。英雄ってガラじゃないけど悪役ってガラでもないよな)
昴は我に返ったように、自身の目的をハッキリとさせた。
「すみません、命さん。俺……できれば元の世界に戻りたいです」
昴の言葉は命の誘いを断る内容のものだった。明らかに顔色を変えた命は、憮然とした態度で傍らに立つレイドボスへと何事か告げると、レイドボスが差し出した掌に片足を掛け再び昴へと視線を向けた。
「あっそう……残念。まぁいいわ。気が変わるかもしれないしね。今日はこの辺でお暇するわ。近いうちにまた会いましょう」
そう言うと彼女はレイドボスと共に姿を消してしまった。