6-4 『メイの葛藤』
プレイヤーたちによる東側大陸でのレベル上げが順調に進む中、モンスターたちの異変もまた進んでいた。
ヘイトスキルの仕様がゲームのものではなく、本来この世界での「一瞬だけ敵の注意を引き付ける」という仕様になってきていた。また、時にはゲーム仕様で、時には本来の仕様であったりとその時々で状況が違うのだ。
状態異常を付与させるスキルに関しても、いくつかのスキルは効果を失っていた。その他にも、モンスターの行動パターンに統一性が無くなっているのもゲーム時代との大きな違いだ。特定範囲をランダムに移動するモンスター。ある地点からある地点までを巡回するだけのモンスター。定点で動かないモンスター。これらのシステムでパターン化された動きが、現在のモンスターには見られなくなっていたのだ。
「どうなってるの?」
驚きの声を上げたのは命だ。
闇の洞窟内にあるモンスター生成装置。そこで生み出されたモンスターは、一定時間が経つまではその場で待機している事になっている。一定時間を越えると、レベルに応じて各フィールドやダンジョンへと、専用のゲートを潜って移動する仕組みになっていた。一定時間といっても48時間は待機している。モンスター生成装置のある空間には常に100体以上のモンスターが待機していたのだが……
「一匹も居ないなんて……」
命の目の前にはモンスター生成装置だけが存在し、次のモンスターを生み出す少し前の状態であった。
「誰かが連れ出したのかしら? ねぇ、誰か知らない?」
命は同行していた手下たちへと声を掛けた。みな一様に首を振り解らないといった様子だった。
「このところモンスターたちの行動もおかしいし……まさか自発的に移動したのかしら?」
モンスターの異変に気づいていたのはプレイヤー達だけではなかった。魔王に加担する命を初めとした裏切り者の彼らにも、はっきりとはしないものの異変を感じる事は多々あったのだ。
「そういや、最近言う事を聞かない連中も出てきているんですよね」
「それは……問題ありね。解ったわ。キース様に報告しておきましょう」
命は自身も感じている異変が気がかりとなり、報告の為にキースの元へと向かった。
薄暗い洞窟内を迷うことなく進んでいく命は、途中すれ違うモンスターに対して妙な不安感を抱いた。「言う事を聞かない」という報告を受けて、襲ってきやしないかとすら思えた。
命たちが生活する屋敷へと到着すると、そのままキースの自室へと向かった。
「キース様、よろしいですか?」
ドアをノックしつつ命は室内に居るであろうキースへと声を掛ける。
返事は無い。
命がそっとドアを開くと、ようやくキースは彼女に気づいた。
「あ? あ、あぁ。何かあったのかい?」
「……実は」
(また、あの女の事を……先日の事、キース様にお話するべきかしら)
命がトゥオーデの街で餡コロから聞いた話の内容は、キースには知らされていなかった。話したくないという気持ちが命の心にはあったからだ。しかし、最近のキースは度々物思いに耽る事があり、苦悩するキースの姿を見るのが辛い命は、餡コロとの会話の内容を話すべきではと思う事もあった。
「命?」
用件があって入室したであろう命が会話を続けることなく考え込んでいる様子に、キースは彼女へと近づき顔を覗き込むようにして声を掛ける。眼前に現れたキースの顔に我に返った命は、慌てて自身の用件を思い出す。
「あ、はい。実は最近モンスターたちの行動に不信な点が多々ありまして」
「不信?」
命はヘイトスキルや一部のデバフスキルの件や、行動パターンの点、今回のモンスター生成装置での件などをキースに報告した。
「システムが失われてきているのかな? 君達が異世界に召喚されてもう随分経っているからね……魔王様に確認してみるよ」
「よろしくお願いいたします」
キースが早速魔王の元へと向かおうとする中、命は思いつめたように視線を床に落としていた。すれ違う瞬間、意を決した命が振り返り様に口を開く。
「あの……キース様?」
「なんだい?」
「また……従兄妹の子の事を考えているのですか? それとも昴くんの傍にいる子の事ですか?」
「……両方……かな」
苦笑いを浮かべたキースは、どこか苦しむような表情にも見えた。
「もし彼女がボクの知る子だったとしたら……ボクが巻き込んでしまった事になるのかなと思って」
「そ、それはたまたま偶然なのでは? あ、いえ。第一彼女がキース様の従兄妹だと決まったわけじゃありませんし」
「それはそうだけど」
命は自分が知る情報から、餡コロがキースの従兄妹であると確信している。しかし、確信とは裏腹にキースに対して真実を話すことなく、真逆の事を話してキースから餡コロの事を忘れさせようとした。
「そうですよ。たまたま偶然ですよ。餅の事も猫の事も。たまたまなんです」
「そう……か。たまたまか」
命の言葉を繰り返すキースは彼女の言葉に納得したわけではないが、どこか自分自身に言い聞かせるようにして何度か同じ言葉を繰り返した。そして「魔王様のところへ行く」と言い残し、自室を後にした。
(このままキース様に知られる事無く戦い続けられるのかしら)
キースが居なくなった彼の部屋で、命は沸きあがる不安を拭いきれずにいた。キースは滅多に戦場に出る事は無い。しかし、ゼロと言うわけではなかった。
この先キースが戦場に出る機会は増えていくだろう。そして、前線に立つ昴が居る限り餡コロも傍にいる可能性は高い。いつ二人が出会ってもおかしくは無い状況だ。その機会が訪れた時、キースは知る事になるだろう。餡コロと従兄妹であるという事を。
(戦い続ける……いつまで続けていけばいいのかしら)
命の心に不安がよぎる。元の世界に戻れば自分は病院のベッドで死を待つだけの存在。この世界では戦い続けるだけの存在。自分が望んだ生がここにあるのだろうか? 生き続けるために戦うだけなのか? 平穏に暮らせる生を、自分は得る事は出来ないのか? そう思って命の心は深い闇へと沈んでいった。
●
八割以上のモンスターが変異していくと、プレイヤーたちの戦闘もこれまでのようには行かなくなってくる。
ヘイトを無視して攻撃を行うモンスターに苦戦を強いられてきた。特に、防御力やHPが低い後衛職に被害が集中する。
東側大陸に進出してから二ヶ月近く経つが、この一週間で戦闘不能になったプレイヤーは多い。PT単位で全滅という者たちもいた。
「あれからモンスターの動きがおかしくなったのが増えてきて、いろいろやりにくくなったな」
ひとつの戦闘を終えたいっくんがぼやく様に溢す。連戦になる事が多く、体を休める間も少ない。
「あぁ。でも本来なら今のモンスターたちが正しい動きなんだろうしな」
いっくんのぼやきにクリフトが答えた。その内容はなかなかに厳しいものであった。戦闘不能者が続出する今こそが、この世界での本来の姿であると言うのだ。女神と弟神の力で不死の肉体となっているが、それが無ければ死亡者続出である。
「そっか……どっかでゲームのままだっていう意識があったんだな」
「でも、モンスターだけでなく僕たちにも変化はありますし」
クリフトの言葉に肩を落としながら納得したいっくん。その隣で桃太は大きな瞳を見開いて勇気付けるようにして話す。密林の森で手に入れた上位スキルの存在の事を。
桃太の新しいスキルはゲーム時代には存在しなかったスキルで、この世界の司祭達に言わせると、神に認められた高位の司祭のみが使える魔法だということだった。その高位の司祭とやらは世界にひとりいるかいないかという存在で、他の司祭らからは賢者と呼ばれ尊敬されているという。
「そうよねぇ。気合でCTゼロに出来たっていうウィザードの話も聞いたことあるし」
カミーラも酒場で仕入れた話を口にした。
ゲームにはないスキルの話やシステムに捕われずに使用できたスキルの事などがプレイヤー間で話し合われると、それを素直に信じたプレイヤーたちの中に、同様の現象が起こるものがちらほら現れだした。
そうなると次はまったく別の仕様を可能にするプレイヤーまで現れる。そのひとつがCTゼロ化だ。たしかにこの世界の魔法使いたちは、同じスキルを連続して使用することが可能だ。それがこの世界での常識でもあったのだ。ただし、それが可能になるにはそれなりの実力も必要であったし、何より呪文の詠唱というのが絶対条件でもあった。
スキル名だけ叫んでの魔法使用が出来ない分、ある意味CTが存在する前とそれほど変化は無いかもしれない。
「CTゼロで『ジャッジメント』連呼したいな……」
CTが3分という、スキルとしてはかなり長い「ジャッジメント」を持つアーディンが呟く。彼女はCTゼロ化を実現させていない。
「CTゼロで『クレセントフレア』連呼して悪魔を焼き尽くしたいな」
悪魔系モンスターに絶大な威力を発揮するスキルを持つエクソシストのクリフトが呟く。CTは30秒とそこそこ長い。彼もまたCTゼロ化を実現させていない。
「うちのヒーラーはなんでこう攻撃的なんだ?」
「ぼ、僕はいたって普通ですよ!」
「桃太は間違ってもエレメント連呼しちゃダメよ!」
「それやったら僕死にますから……」
自身のHPとMPを半分消費することで発動する「エレメンタル・サンクチュアリ」。当然連続使用すれば即戦闘不能になる。桃太はCTゼロ化を実現した素直な性格の柴犬だった。




