6-3 『変異』
無事に東側大陸での始めの拠点となる街を開放してから一ヶ月。当初、最高レベルのプレイヤーですら、格上レベルのモンスターだらけの状態であったが、この一ヶ月の間に多くのプレイヤーがレベルを上げ、生息するモンスターのレベルに追いついていた。
プレイヤーを苦戦させる目的で大量に配置したモンスターだったが、結果的にプレイヤーにとって効率よくレベルを上げさせる事に繋がった。
アーディンも恩恵に預かっている者のひとりだが、本人は度重なる戦闘に辟易していた。
その日も朝からダンジョンに潜り、まだ昼前だというのに数百回以上の戦闘を繰り返していた一行は、次の戦闘に備えて体力の回復を行っていた。この場合の体力とはHPではなく、事実上の体力である。連戦続きで疲れた体を休ませているのだ。
「やっとレベル92か……もう死んでもいいですか?」
「アーディンさん、無理ですよ。僕たち死なない体なんですから」
アーディンの言葉に容赦ない突っ込みを入れる桃太だが、彼もまた疲れきった様子で剥き出しの地面に腰を下ろしていた。
ダンジョン内は自然に出来た洞窟と、人工的な造りの部分とで構成されており、昴たち一行が今いるのは洞窟部分だ。
「あぁ……早くお家に帰りたい」
壁にもたれながらもUIで自身のステータスを確認するアーディン。次のレベルまでの必要経験値を見ると、あと45%となっている。大きな溜息を付いたアーディンの背後で、元気良くガッツポーズを決める少女が彼女へと声を掛けた。
「あともう少しです! 頑張りましょうアーディンさん!」
「元気だな……餡コロ」
「はい!」
命との一件以来、吹っ切れたのかそれとも希望を見出したのか、とにかく餡コロは以前のような元気を取り戻していた。
いつものように緊張感の無い彼らではあったが、戦闘となれば臆することなく勇敢に敵へと立ち向かってゆく。アーディンも例外ではない。
「あ、モンスターの群れ発見!」
それほど広くも無い洞窟の通路に現れたのは10体ほどのモンスターたち。いち早く発見したニャモが叫ぶと、彼女の指差す方角へと向き直ったアーディンは、腕を振り上げると指を鳴らした。
「ふははははははははは〜!『愚かなる生き物よ、世界の裁きを受けよ! ジャッジメント』」
彼女の言葉が終わる時、現れたモンスターの足元に純白の眩い魔法陣が現れる。
刹那――
弾かれたように吹き飛ぶモンスターたち。
「グギャオオオオオオオ」
悲鳴にも似た奇声を発する魔物達に、慌てて昴が、モンジが、月が止めの攻撃を与える。「ジャッジメント」によって大ダメージを受けていたモンスターたちは、三人の追加攻撃によってあっさり倒された。
「元気じゃないか……」
「元気よねぇ」
物理アタッカーであるいっくんとカミーラは出番もなく、高笑いを続けるアーディンに呆れたような視線を送った。
「破壊坊主……」
以前、『クリムゾンナイト』のカイザーが口にした言葉を昴は思い出す。ヒーラー職でありながら、アイテムの効果で手に入れた攻撃魔法の数々を、嬉々として使用するアーディンに対して言った言葉である。
誰一人としてダメージを受けることなく終わった戦闘に安堵した桃太は、今更ながらあることに気づく。
「そういえば、アーディンさんの『ジャッジメント』って、呪文が二種類ないですか?」
「んあ? あぁ、あるぞ。我が裁きを受けてみよってのと、今の世界の裁きをってヤツだな」
桃太の問いに、敵を倒して満足気な表情のアーディンが答えた。
呪文はスキル名の前に唱えている言葉で、実際にはこの部分は必要ない。しかし、詠唱速度が存在する魔法系スキルの場合、スキル名だけを叫んでも実際に魔法が発動するまでに間がある物が多く、間を埋める意味でも呪文を唱えるプレイヤーは多い。
「何故二種類? 使い分けでもしてるんですか?」
ひとつのスキルで呪文は二つ。「意思」が左右するこの世界では、ひとつのスキルに対し呪文を複数用意することは「意思」がぶれる原因にもなる為、大抵のプレイヤーはひとつのスキルにひとつの呪文という具合にしているものだ。
「あぁ、一応な。我が〜ってのは私自身が敵対する相手に効果があって、世界の〜ってのはこの世界そのものが敵と見なしてる存在に効果がある」
「? どう違うんですか?」
話を聞いていた昴も意味が判らず、二人の会話に加わった。
「そうだな。おい、昴。向こうに立て」
「……何させるんですか……」
会話に加わった事を後悔する昴だったが、体は自然と言われた事を実行しようと歩き出す。
「いいからいいから。私が敵対する相手ってのは意味解るよな。魔法とかのターゲット確定と同じで、私自身の意思に関係するから敵ではない相手に使用しても何の効果も出ない」
「はい」
「世界の裁きってのは基準がどこにあるのか私も良くわからないが、アクティブモンスターにはほぼ効果がある。対PCの場合、たぶん魔王軍の配下になったヤツだけだろうな。ってことでCT空けたから『愚かなる生き物よ、世界の裁きを受けよ! ジャッジメント』」
先ほどの「ジャッジメント」発動から既に3分以上経過。CT3分の「ジャッジメント」は再使用可能状態だった。
「ちょ!? 俺に向かってぇぇ!?」
昴の足元に純白の魔法陣が浮かび上がる。慌てて魔法陣から逃れようと走り出したが間に合わない。魔法陣が弾ける瞬間、昴の視線に映ったのは、何か見えない力で後ろに吹き飛ばされるアーディンの姿だった。
「ゲフゥ!」
「ちょ、アーディンさん!?」
桃太のすぐ横に立っていたはずのアーディンは、仰け反るようにして倒れこむと、その表情は苦痛の為に悶えていた。
「ヒ、ヒールミープリーズ……」
「な、なんで?」
吹き飛ぶのは自分だと思っていた昴は、呆気に取られながらも倒れこんだアーディンの元へと戻ってきた。
かなりのダメージを受けた様子のアーディンへと、桃太とクリフトが回復魔法を施してゆく。流石にレベル90台ともなると、全職業ともHPは一万を超えている。二人の回復魔法は何度も重ね掛けされ、ようやくアーディンのHPは全快した。
「はぁはぁ。世界の場合はな、世界にとって敵ではない相手に使用すると、ダメージが反射して私に来るのだ」
HPは全快したが、受けたダメージの余韻はまだ残っているらしい。アーディンは息も絶え絶えといった様子で説明した。
「難儀なスキルでござるな。でもそれならアーディン殿任意の呪文にすればいいのでは?」
「ダメージ量が違うんだよ。大体3倍ほどこっちの方がデカイ」
「3倍か……そんだけ変われば、たしかに世界の方撃ちたいよな」
「まぁ、範囲内に私が敵と認識する存在全てがアクティブモンスターだったりすれば問題ないわけだからな〜」
しかし、アーディンの言う条件も不鮮明な所があった。善悪の判断基準が「世界」というのだから、アーディン自身も何が悪で何がそうじゃないのか判断に迷うのだ。だからこそ、対モンスターでない場合には自分任意の呪文を使っている。
「あ、敵発見」
緊張感の無い声で、ニャモが再び通路の奥を指差す。餡コロの持つトカゲスプーンの杖に灯された魔法の明かりが通路の奥へと向かって飛んでゆくと、そこには新たに現れた数体のモンスターが浮かび上がる。夜目の利く猫アニフィンであるニャモだからこそ、明かりの無い場所から接近する敵にも気づけるのだ。
「ふはははははははは〜『ジャッジメント』CT中だぜ〜」
「だったら真っ先に走り出さないでくださいよ! うおおおおぉぉぉぉぉぉ!!」
魔法の明かりに照らされたモンスターへと走り出すアーディンは、つい今しが検証実験の為に使用した「ジャッジメント」がCT中な為、咄嗟に攻撃態勢に入ることが出来なかった。にも拘らず足を止めようとしない彼女を昴は必死に追いかけ、そして追い越した。それと同時にヘイトスキルを使って敵の注意を自分にひきつける。
張り切った様子の餡コロも、トカゲスプーン杖を振りかざし魔法の詠唱に入る。
「よ〜し! 『ライトニング』」
杖から迸る電撃がモンスターたちを絡め取る。ソーサラーの数少ない範囲攻撃は方だが、範囲内にいる敵の数が多いほど一体あたりに与えられるダメージ量が少なくなるというタイプの攻撃魔法だ。
今回、餡コロが使用した「ライトニング」の範囲内に、7体のモンスターが居た。一体あたりのダメージ量は、元々火力の低いソーサラーなので大したダメージは与えられていなかった。
昴の「雄たけび」によるヘイトスキルを上回るほどのヘイトは稼げていない。ハズだった。
「え? 敵が餡コロさんの方に!?」
昴が叫んだときには遅かった。
7体のうち1体が、突然餡コロのほうへと突進してゆく。
その様子に恐怖した餡コロが、杖を握り締めて後ずさった。
「きゃあぁぁあぁぁ」
『鵙!』
餡コロの悲鳴とモンジの声とが同時に木霊した。
餡コロを襲おうとしたモンスターは、モンジによって背後から天井ギリギリまで持ち上げられると、そのまま頭部から地面へと叩きつけられた。
瀕死状態のモンスターへと止めを刺したのはカミーラだ。
不可解な動きをするモンスターたちと、ようやく戦闘を追えた昴たちは、先ほどのモンスターの行動について考えた。
「な、なんかさっきのモンスター……」
「昴の『雄たけび』に反応はしたが、効果を受けてない様子だったな」
「俺のヘイトが足りなかったのか? 餡コロさん、大丈夫? ゴメン、俺が……」
「いえ、大丈夫です。私のスキルが早すぎたのかもしれませんし」
昴は餡コロを気遣い、餡コロは自分のヘイト管理の未熟さを謝罪する。しかし、ソーサラーの攻撃スキル一発とナイトのヘイトスキル一発とを比べた場合、本来であればナイトのヘイトスキル一発の方がヘイト量は上回るはずなのだ。
「……いや、昴の『雄たけび』は確かに掛かってたぞ。掛かってたが……」
昴とモンスターに一番近い位置に居たアーディンには見えていた。はじめ、自分に向かって突進していたモンスターが、昴の「雄たけび」後、自分を無視して昴へと向かう様子を。
「どういう……ことなです?」
「さぁ……お前のスキルは効果を持っていたってことしか私にも解らないな」
一同が疑問を抱える中、再びニャモが、今度は焦るような声で叫んだ。
「うわ! また敵だわ!」
すかさず月が敵の動きを止める為の曲を奏でる。麻痺、混乱、魅了といった状態異常効果をランダムで与えるスキルだ。
『クレイジー・パラダイス』
スキル名を口にすることで、敵への効果付与となる。
いや、なるはずなのだ。
「え? 全部にミス!?」
極稀に、スキル効果に対して抵抗する敵もいるが、その場合は奏者よりもレベルが遥かに高いか、よっぽど運が良かったかのどちらかである。まして、範囲内全ての敵がスキルに抵抗する事など有り得ないと言っても過言ではない。
「うっそ、こいつらヘイト無視して攻撃してきてるぞ!」
バーサーカーにも幾つかのヘイトスキルは存在する。そのひとつを使用したいっくんだったが、スキルミスした月以外まだ誰も攻撃を行っていないにも関わらず、いっくんを無視して最も近い位置にいたアーディンと昴のほうへとモンスターたちは向かっていった。
「くっそ、うおおおおぉおぉぉぉぉぉぉぉ!!」
モンスターをアーディンへと向かわせないよう、昴は慌ててヘイトスキルを使用した。効果を受けたモンスターたちは足を止め、昴のほうへと向かい始める。安堵した表情の昴は、次の瞬間驚愕した。
昴へと向かっていたはずのモンスターたちは、数秒後には再びアーディンへと向き直ったのだ。
「ダメだ! ヘイトスキルが効果してない!」
昴が叫ぶと、アーディンは覚悟を決めて防御に専念した。
カバンから慌てて盾を取り出すと、自身の足元に「サンクチュアリ」を展開。
その様子を見ていたクリフトが、持続性のある回復魔法をアーディンに掛け、桃太は防御力を上げる「プロテクション」を唱えた。
数が少ない事が幸運だったのだろう。そして狙われたのが昴に次いで防御力の高いアーディンであったのも幸いだった。
また、味方の攻撃中に狙いを変更したモンスターが居たこともあり、アーディンは途中から支援へと移行し、後衛メンバーが狙われた際には攻撃も挟みつつ回復に努めた。
最も幸運だったのが、10人というPT人数に対して回復職が三人いたことだろう。回復量の少ない範囲魔法であっても、三人が同時に掛ければ十分な回復量になる。防御力の低い後衛メンバー複数が同時にダメージを受けたとしても、早い段階で全員のHPを回復させる事が出来た。
それでも、いつもであれば攻撃対象にならないメンバーが襲われた事で、今回の戦闘はかなりの混乱を招く戦いとなった。
「ヘ、ヘイトスキルの偉大さを知ったわ……」
「どういうことだよ。ヘイトスキル無効な属性モンスターなのか?」
「わからねーよそんなの」
いつもよりかなりの時間を要した戦いが終わった時、全員いつも以上の疲れを見せた。
「何かがおかしくなってる……何かが」
昴は自分の拳を見つめつつ、一抹の不安を抱いて呟いた。




