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6-2 『確信』

「てめーらが奇襲掛けようとしていた事はお見通しだったんだよ! だから第二陣が俺たちに追いつく頃を見計らって突撃したって訳さ」


 カイザーはこう言ったが、もちろん口から出まかせである。そしてカイザーの言う「奇襲」というのは、今の命たちが行った「挟み撃ち作戦」であり、彼女の当初の作戦である「待ち伏せ作戦」の事ではない。更に言うなら、第二陣が追いつくのを待ったのではなく、命たちが必要以上にモンスターを配置させ為、戦闘回数が多くなりその分進行が遅くなっただけである。

 しかし、この口から出まかせ作戦は、命に十分すぎるほどの敗北感を与える事に成功した。


「っく。流石『クリムゾンナイト』のカイザーってことね。大規模戦に慣れているだけの事はあるわ」


 カイザーの話を真に受けた命は、悔しがりながらも彼を賞賛した。


「お前のほうこそ、あのネナベヤローのギルマスにしては、随分お粗末な作戦ばっかりじゃねーか」


 これまで失策続きの命を嘲笑うカイザー。策というより、何にもまして逃走癖のある不正プレイヤーに問題があったのだろう。その事をカイザーも理解しているが、仲間をしっかりまとめられない指揮官にこそ問題があるとして彼は命を攻めた。

 命にいたっては、アーディンを引き合いに出された事に腹を立て抗議する。


「アーちんと一緒にしないでくれる? 私はあの人みたいに、ガッツリ系プレイは嫌だとかいいつつ、レイド戦に参加するような半端なプレイスタイルじゃないわよ」

「つまり、根っからのマッタリ派か」

「そうよ!」


 二人のやり取りを見ていたアーディンが、ここぞとばかり命を弄る為に駆け寄ってきた。更に弄る為の効果を高める為に、バードの月を呼び出し、音声拡大の曲を奏でて貰う。


「マッタリ魔王配下の女幹部……」


 戦場に響き渡るアーディンの声。


「ちょっと、辞めてよ! 大声でそんな呼び方しないでよ!!」


 命はあたりをきょろきょろと見渡し、周囲の目線を気にして叫んだ。心なしか声はうわずっているようにも聞こえる。


「や〜い、女幹部女幹部。悪の女幹部〜」


 再び響き渡るアーディンの声。そのたびに細く笑う声が聞こえてくる。その笑い声の出所は、ほとんどが敵PCたちから漏れたものだった。


「アーちん……殺す!」


 自分が周囲の笑いモノにされている事を知ると、命は怒りの矛先を全てアーディンへと向け、ほぼ無詠唱のエネルギー・ボルトを連射しはじめた。


「ちょ、おま、ボルト連打してくんな!」

「待ちなさい!」


 無詠唱の魔法の特徴は、ダメージ量が少ないというものだった。しかし、矢継ぎ早に放たれる魔法に流石のアーディンも慌てて逃げ出した。それを追いかける命。二人はあっという間に人ごみの中へと消えていった。

 そんな間の抜けたやりとりを見届けたカイザーは、乾いた笑いを浮かべたまま、自分たちがやるべきことを思い出し指示を出す。


「まぁ……あっちは放置していいだろ。こっちは早いとこ街中のモンスターどもを掃除してしまおうぜ」


 指揮官がまともに機能しなくなった今、動きの鈍ったモンスターを一気に畳み掛けていく。

 昴が「奥義」を発動させてモンスターのヘイトを集め、寄って来たモンスターの群れに範囲攻撃の嵐が吹き荒れる。




「悔しい! アーちん、どこに隠れたのよ!」


 アーディンを追いかけて街の内部までやってきた命は、とうとうエルフの姿を見失っていた。

 暫く歩き回ってアーディンを探していたが、あることを思い出し足を止める。


「そうだ……良い機会だわ。あの女の事、確認しとかなきゃ」


 そういって命は踵を返した。彼女が向かったのは町の入り口方面。

 命が踵を返し歩き始めた頃、少し離れた建物の影にアーディンの姿が現れる。カバンから青い液体の入った小瓶を開け、中身を飲み干すと再び姿を消した。


 その頃、町の入り口での戦闘は既に勝負が付いていた。


「敵さん、また逃げたか?」

「だなー。命って子がアーディン追いかけていった辺りから、チラホラ逃げてたのがいたからなー」


 ひとりが逃げると芋づる式に逃亡者が増える敵PC軍団。あっという間にモンスターだけが取り残される状況になる。こうなると、強制的に敵PCらの言葉に従わされていたモンスターたちは、暫くの間ではあるが動きが鈍くなってしまう。段々と野生の本能のように凶暴性を取り戻してくるのだが、そうなる前に範囲攻撃で一網打尽にされてしまう。


「なんていうか、結束力が無いのよねぇ」

「まぁ、不正プレイヤー集団なんて、そんなものでしょ」


 カミーラの言ったことが、敵PCが毎回敗北する原因だろう。モンスターを従える事で数の上では有利に立っているのだ。にも拘らず、未だに勝利する事が出来ないのは、自分可愛さに仲間を見捨てて我先にと逃亡を図るからだろう。


 街中のモンスターたちも大半が討伐された頃、仲間の無事を確認しようとしたクリフトが、ひとり足りない事に気づく。命に追いかけられ逃げ回っているアーディンではなく、別の人物だ。


「ん? そう言えば天然娘はどこいった?」

「餡コロ殿は……おや?」


 クリフトが天然と呼んだ人物を、餡コロの事を言っていることをモンジは直ぐに理解した。

 昴たちは慌てたように餡コロの姿を探した。彼女の姿は思いのほか直ぐに見つかる。


「居た! 昴居たわよ! あそこあそこ。ほら、連れてきて」


 ニャモの指差す方角に餡コロは居た。彼らから離れた通路の曲がり角に立つ餡コロは、彼らには見えない通路の奥を見つめているようだった。

 そんな餡コロを発見したニャモだったが、自らは動こうとせず昴に丸投げにする。


「いや、それって俺の役目?」

「「当たり前でしょ!」だろ!」


 昴の問いには、ニャモだけでなく全員から答えが返ってきた。


「はぁ……解ったよ、行けばいいんだろ行けば……」


 渋々と餡コロのほうへ向かう昴は、誰に言うわけでもなく愚痴を溢しながら歩き出す。

 昴が餡コロの元へと到着した時、彼女の他にもうひとり女性が居る事に彼は気づく。餡コロが他の女性と会話をしていた事で解った事だ。


「餡コロさん、どうしたの?」

「え〜っと……」


 昴に声を掛けられた事で、彼の存在に気づいた餡コロは、困惑した表情を昴に見せた。

 その時、角を曲がった奥の通路からもうひとりの声が聞こえてきた。


「あら、昴くんも来たの?」


 声の主は命。アーディンとの追いかけごっこを切り上げて餡コロの元にやってきた彼女は、キースと餡コロの関係を確かめるべく、直接餡コロと対峙していたところだった。


「命さん!?」


 驚いたのは昴である。口ぶりからすると命の目的は餡コロのようにも思える。昴やアーディンであれば旧知というのもあって、何かと絡まれる事もあったが、命の目的が餡コロだとは予想もしなかったのだ。


「ね? それでどうなの? あなた、黒猫と茶トラの猫、どっちが好きなの?」

「茶トラ……ですけど」


 驚きの表情を見せている昴を他所に、命は餡コロに対して妙な質問を投げかけている。餡コロも戸惑いながらも命の質問に答えた。昴には二人のやり取りがまったく理解できず、頭は混乱しはじめていた。


「猫……い、今それが大事な事なんですか?」


 まったく緊張感の無い昴の声に、命だけは真剣な眼差しで昴を見返した。


「そうよ!」


 叫んだ命は再び視線を餡コロへと戻した。睨まれた餡コロはビクリと体を震わせながらも彼女の次の言葉を待っている。


「じゃ〜もうひとつ。あなた、以前お餅を喉に詰まらせたとき、どうやってそのお餅を取り出したの?」


 聞いている分には、とても真剣な内容には聞こえない命の言葉。キースから聞かされた内容をわざと一部隠すことで、餡コロの答えと内容を比較するつもりでいた。

 命の言葉に混乱気味の昴だったが、彼自身が餡コロから聞いた話を思い出し、驚愕する。


(何を言ってるんだ命さんは……まさか!?)


 二人の様子にも気づかない餡コロは、命からの質問に素直に答える。


「その時一緒に遊んでくれていた、従兄妹のお兄ちゃんが私を逆さまにして……」


 餡コロがここまで答えると、命は突然杖を地面に打ち立て餡コロの言葉を遮った。


「そう……もういいわ」


 餡コロや昴に背中を向け言葉を詰まらせる命。そんな彼女へと昴はうわずった声で話しかけた。


「命さん、まさかキースに頼まれたんですか!?」

「な、何を頼まれたっていうのよ? いいえ、何も頼まれてなんかいないわ。私が個人的に知りたかっただけよ」


 昴の言葉に振り返った命の表情には、焦りの色が濃く見えた。命の様子に流石の餡コロも何かを感じたのだろう。命の傍へと駆け出し、彼女の真意を確かめるべく詰め寄った。


「命さん……知っているんですか? キースさんが私の――」

「し、知るもんですか! あなたの従兄妹が誰かなんて絶対知らないわ!」


 またも命は餡コロの言葉を遮った。まるで餡コロの言葉の続きを聞きたくないというように。そんな命に背後から声を掛けた人物がいた。


「嘘だな」


 それまで姿が見えなかったアーディンは、命の背後に現れていた。 


「アーちん!? どこに隠れてたのよ!」

「隠遁の指輪でこそこそストーカーしてたんだよ」


 自分自身でストーカー行為を暴露するアーディン。まさかずっと尾行されていたとは思ってもいなかったようで、命は苛立ったように声を荒げていた。


「嘘なんですか? 命さんの言葉は嘘なんですか? アーディンさん!」


 アーディンの言葉に反応した餡コロは、必死に事実を確認しようと、今度はアーディンへと詰め寄った。


「あぁ。だって餡コロは『私の』までしか言ってないんだぞ。なのになんで命から従兄妹がどうこうってセリフが出てくるんだ?」


 餡コロが喋る内容が予測できたから命は答えたのだろうが、予測できるということは「それ」を知っている必要がある。だからこそ、知らないと言った命の言葉は嘘になるのだ。

 ここまでアーディンは話すと、一瞬間の抜けたような表情を見せた後、ハっとして慌てたように声を上げた。


「っつーか、キースと餡コロが従兄妹かよ!?」

「え? その登場の仕方しておいて知らなかったの!?」


 アーディンの叫びに、つい命も声を掛けてしまう。


「うむ。知らんかった」

「……」


 意外な回答に言葉を失う命。緊張の糸が一気に切れたような空気が漂う。しかし、餡コロの言葉で再び張り詰めたような空気が戻ってくる。 


「私、お兄ちゃんを連れて帰りたいんです!」


 餡コロは命の手を掴み、必死な眼差しで訴えた。困惑したような、そして悲しそうな表情を見せた命は、餡コロの視線から逃れるように瞳を閉じると、次に目を開いた時には険しい表情で餡コロの手を振りほどいた。


「ダメよ! 絶対にダメ!」

「どうしてですか、命さん!」

「どうしてもよ!」


 二人の対照的なリーフィンが絡み合う。長く波打つ金色の髪を持つ狐のリーフィンと、長く真っ直ぐ伸びた青い髪を持つ猫のリーフィン。勝気で凛とした顔立ちの命に対し、餡コロは無邪気さの漂うどこか幼さの残る顔立ちだ。そんな二人の対峙を前に、昴もなんとか命を説得しようと声を上げる。


「命さんだって、元の世界に帰らないとダメでしょ!?」

「嫌よ! 戻った所で死ぬのを待つだけの人生なんて……いえ、寧ろもう死んでるかも……」


 昴の説得にも強気で拒絶した命だが、その言葉は直ぐに力なく消え入った。青ざめた様子の命に昴は困惑する。彼女の話した言葉の意味を理解できず。


「あれから何ヶ月も経ってるのよ。向こうの世界の私は、もうとっくに死んでるわよ……そうよ……だから、帰らないわ! 帰れないのよ!」


 必死に涙を堪えて叫ぶ命。それでも昴はまだ言葉の意味を理解する事は出来なかった。理解していたのは唯一人。命との付き合いが長いアーディンだ。


「その心配は無い」


 命を諭すように掛けられた言葉だったが、根拠も理由も説明せず、余計な混乱を招いただけだった。


「どういうことよ?」

「それは……教えてあげない」

「ちょっと、馬鹿にするのもいい加減にしてよ!」

「馬鹿にはしていないさ。でも教えない。教えるわけにはいかないんだ」


 不毛な言い争いがまたもや始まる。しかし、終止符を先に打ち立てたのは命のほうだった。


「もういいわ。今回の作戦は私達の負けよ。でも東に来たからには、これからは私達も本気で行くわよ」


 どういうと、命はテレポートのスキルを使用して風のように掻き消えた。

 残された三人は、暫く言葉無く立ったままであったが、一番初めに沈黙を破ったのは餡コロだった。


「キースさん……本当にお兄ちゃんだったんだ」


 独り言のように呟いた餡コロへ、アーディンが僅かな可能性を示唆する。


「まぁ、事情は良くわからんが命の様子からすると、あいつの独断行動っぽいからな。100%お前の従兄妹だっていう保証は無いぞ」

「でも、可能性は高いですよ」


 昴もどちらかというと餡コロの結論を信じている様子だった。昴の言葉に大きく頷く餡コロと、その餡コロに「よかったね」と声を掛ける昴。二人の様子を溜息交じりに見つめるアーディンは、二人に対して注意を促した。


「とにかく、キースのネタは他のヤツには話さない方がいいだろうな」

「はい。餡コロさんもいい?」

「解りました……みなさんにご心配お掛けしてもいけないですしね」


 流石に昴も餡コロも、キースの話を今は他の仲間達に話す気にはなれなかった。キースが従兄妹である事が確定しても、その後の対応や他の仲間達がどう思うかなど考える必要もあるからだ。


「うん。それじゃ、みんなの所に戻ろう」


 昴は餡コロの返事にホっと胸を撫で下ろすと、離れた場所で自分たちが戻ってくるのを待つ仲間の下へと向かった。

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