6-1 『脳筋の勝利』
東側大陸への偵察隊が戻ってきたのは約二週間後。フィールド探査のPTがまず帰還し、一番最後に戻ってきたのは拠点を探す目的のPTだった。
「フィールドに生息するモンスターのレベルは92から95までを確認。ダンジョンもほぼ同じです」
「港から一番近い、ギルド施設の有る街まで徒歩で三日。あまり大きくは無い街でしたが、大きな町まではそこから更に一週間は歩かないと行けないので、とりあえずは少しずつ攻略を進めて、施設のある街をそれぞれで拠点にしていくのがいいかなと思います」
フィールド探査PTと拠点探しのPTがそれぞれ報告を行った。フォトリアルにあるギルド施設には、会議に参加する為各地から集まったギルドマスターとそれぞれの付き添い人、総勢千人近くが中央のテーブルを見つめている。
バードのスキルによって中央テーブルでの会話は、施設内のメイン空間全域に響き渡っている。
「暫くは攻略が目的ではないし、安心して休息できる場所さへあればいいしな」
「東大陸の一番北側の国だけでも攻略しておいた方がいいんじゃねーの?」
「半端にいくつかの街だけ開放ってよりも、その方がいいだろうな」
テーブルに座るのは大手ギルドと中堅ギルドの代表となる人物達だ。尤も、発言権は全ての参加者にある。発言を行いたい者は、各階の数箇所に待機しているバードの元へ行き、発言の意思を伝えてから許可を待ち、そしてスキルの効果を利用して施設内全体に聞こえるよう話す。
次々と上がる意見の中には、一気に雪崩れ込めという後先考えない内容もあったが、そういったものはほぼ無視された。大半の意見はテーブル席で行われたものと一致している。
全体の意見がまとめられると、『クリムゾンナイト』のギルドマスター、カイザーが宣言する。
「とりあえず、一番近い施設の有る街の開放を真っ先にやるか」
こうして東側大陸への移動は始まった。
偵察隊は「聖堂帰還」を使うために必要な「教会への訪問」を行っていなかった。教会のある街は全て魔物に謝意されており、1PTでは街の開放は無理だったので街の中にすら入っていない。街の位置を把握する事が目的でもあったのだ。
東側大陸へと向かうプレイヤーたちは、ギルド単位で移動する事になる。第一陣は300人ほど。モリアーナ港へと移動すると、現地の住人の協力で船を動かしてもらい東へと向かう。そのまま第一陣メンバーはギルド施設のある街へと向かい、街を開放させる。
第二陣は、一陣上陸後に戻ってきた船で移動し、近隣の街や村の開放を行う。その際、教会のある街を開放した時には「聖堂帰還」を使える状態にして、術者は西側に帰還。「聖堂帰還」要員を連れて再び東側へと飛び「聖堂帰還」要員がまた西へ。これを繰り返して西から東への移動速度を上げていく。
東側への移動方法は、この順路で行く事になった。
第一陣が船に乗り込んで移動を開始すると、船上でカイザーはこう言った。
「船でピストン輸送っつーても、一万人以上を移動させるのは時間掛かりすぎるしな、移動第一陣部隊で街の開放ぐらいできるだろ」
たしかに、何十隻もの船で移動したとしても、帆船で一万人を移動させるのは何往復も必要になるだろう。まして東側の港では動かないまま放置された船が停泊したままになっている為、入港できる船の数は少ない。結局、五隻の船で現在移動をしている。
「お、東側が見えてきたぜ」
カイザーが弾むように言うと、甲板にいたプレイヤーたちは一斉にカイザーの指差す方角へと視線を送った。うっすらと霧が立ち込めた海域のせいか、ようやく見えた大陸は意外なほど近くある。
港に無事入港すると、そこには僅かに人影が見えた。偵察隊が訪れた事で、僅かな希望を抱いた港の住民たちが出迎えていたのだ。
第一陣が下船すると、船は再び出港しモリアーナ港へと戻る。その後は第二陣を乗船させると、再度東側へと船を走らせる事になる。
第一陣の先頭にはカイザーがいた。燃えるような赤い髪を潮風になびかせ、重厚な鎧に身を包んだ彼の姿は、遠巻きに見つめる港の住民にとってまさに英雄そのものに映った。
「んじゃ、行くとするか!」
「おぉー!!」
沸きあがる声に、港の住民たちは歓喜する。中には神にでも祈るかのように手を合わせひざまづく者もいた。
そんな彼らを、遠く離れた郊外の丘の上から眺めるいくつかの影があった。
「おいでなすったか」
「仕掛けるのは街の手前よ。襲撃前に休憩を取るでしょうから、その時を狙うのよ」
指揮するのは命。数十人の敵PCは移動する第一陣を見下ろす形で見つめている。
「道中のモンスターどもは多めに配置しておきやした」
「疲労してるところを狙うんっすね」
既に出していた命の支持に従って、第一陣が移動する街道ルートに通常の倍以上となるモンスターを配置している。戦闘に続く戦闘で疲労困憊している彼らを襲い、全員を戦闘不能状態にするというのが目的である。
「えぇ。街の手前あたりにも大軍を配置させておいてよ。ギルド施設のある街を手に入れないと、奴らはこっちの大陸でも思うように動けないはずだからね」
拠点となる場所を確保できないままでは、西側大陸から何度も往復することになる。遠征には食料やその他消耗品が必要不可欠だ。それらを現地調達できない場合には、西側を出立した際に所持したものが切れたら帰還しなければならなくなる。
つまり、長期滞在が出来ないということだ。命はそれを狙っているのである。
第一陣が街道ルートに向かうのを確認した命たちは、自身らも移動を開始した。丘を降り、第一陣が歩く街道を大きく迂回するように歩き出す。
●
カイザーを先頭にした第一陣が街道へと出ると、早々にモンスターの群れに遭遇した。流石に300名のプレイヤー集団だけあって、遭遇したのが群れを成したモンスターであっても討伐し終えるのにそれほどの時間を必要とはしなかった。
その後も度々モンスターと遭遇し、その度に戦闘を繰り返してきた第一陣。初日の夜、野営準備をする中、カイザーと昴は肩を並べて周囲の見回りの為に歩いていた。
「こっちの大陸はエンカウント率たけーな」
敵との遭遇率の高さに感動するカイザーは、東側大陸に移ってから既にレベルがひとつ上がっていた。
「偵察の時はこんなにモンスターと遭遇していなかったけど……」
昴が事前偵察に訪れていた際には、通常のモンスター分布状態であった為、この日のような遭遇率では無かったのだ。その違いに不安の色を隠せない昴だったが、カイザーは一向に気にした様子は無い。
「ま、いいじゃねーか。気にすんな」
「でもなんか、必要以上にわらわらしている気が」
「心配するなって。こんだけいりゃーレベルもサクサク上がるだろ」
「まぁ、たしかに」
カイザーのいう事も尤もな話であった。レベルを上げるためにはモンスターを倒して得る経験値が必要だ。システムとしてプレイヤーのレベルと±5以上差が生じる場合には、いくらモンスターを倒しても経験値が得られないようになっている。この大陸で確認されているモンスターのレベルは92から95。第一陣に参加しているプレイヤーのレベルは89から92。一部のプレイヤーは高レベルモンスターから経験値を得られない仕様にはなるが、そこはレベルを上げれば問題は解決する。
そして敵との戦闘が多いという事は、得られる経験値もどんどん入ってくることになるのだ。
翌日からの行軍でも、合間に僅かな休憩を挟み事しか出来ないほどモンスターと遭遇した。
キースや命の誤算はここにあった。高レベルのモンスターを配置しても、結果としては徒党を組んだプレイヤー達にとってレベル上げに良い獲物にしかならなかった。
ギルド施設のある街まで徒歩で三日掛かる所を、モンスターの度重なる襲撃によって五日掛けようやく到着したプレイヤーたちであったが、倒したモンスター数が多かった事もあり多くのプレイヤーのレベルが上がった。
「な? 俺の言った通りだろ。なかなか効率いいじゃねーか」
「確かに……いくつかのPTで行動すれば、少々数が居ても大丈夫そうでしたね」
はじめ、予想外の戦闘数に戸惑った昴ではあったが、自身のレベルも既にふたつ上がっていた事もあって、カイザーほどでは無いにしろ浮かれた様子で答えた。
「あぁ。PTひとつだけだと確かにヤバい時もあるかもしれねーが、暫くは団体行動推奨だな」
カイザーは戦闘バカではあるが、考えなしと言うわけでは無い。これまで遭遇したモンスターは、必ずと言っていいほど複数でPTを組んだ感じで襲ってきていた。少なくとも50匹前後と、通常のMMOでは大規模イベントでも無い限り考えられないような数だ。ソロプレイヤーがこの数に遭遇すれば、当然待っているのは戦闘不能状態である。12人フルPTでも危険だろう。だからこそ、行軍中も必ず3PT以上固まって移動するよう支持を出していた。
そうして無事に大きな被害を出すことなく、第一陣の目的地であるトゥオーデの街の目前まで到着した。
命の誤算がもうひとつあった。それは――
「よし! ヤローども!! このまま突撃するぞぉ!!」
「おぉー!!」
街の入り口がかすかに見える、まだ幾分距離のある場所からカイザーは号令を掛けた。彼の声に呼応して周囲のプレイヤーらは勇ましく吼える。
その様子を驚愕した表情で命は見つめ、そして叫んだ。
「えぇ〜、休む間も無いのぉ〜?」
彼女の声など当然聞こえていないカイザーだったが、彼女の叫びにまるで応えるかのように仲間達へと声を掛ける。
「街を開放したらゆっくり休めるぞ! それ行けぇ!」
第一陣を指揮っていたのはカイザーは脳筋プレイヤーでもあった。脳筋プレイヤーではあるが、面倒見が良く、男っぷりの良さもあって多くのプレイヤーから親しまれている。
今、彼の号令によって第一陣総勢300名ほどのプレイヤーが街へと向かって駆け出した。
「ちょっと……休憩無しで街に向かうなんて……バカなの!?」
命は慌てた。奇襲するつもりでいた作戦が無意味になってしまったからだ。
しかし、カイザー率いる第一陣が街へと差し掛かったとき、命は急遽作戦を変更し、彼らを街の内部と外側の両方から挟み撃ちにする方法に出た。
「行くわよ!」
「うぃっす!!」
300名あまりのプレイヤー全員が街へと入ったとき、後方から命たちが襲い掛かる。
第一陣の後方が戦闘状態に入ると、情報は直ぐに前方へと伝わった。
「っち、挟み打ちかよ!?」
既に街中へと侵入していたカイザーは、前方に待ち構えるモンスターと後方から襲ってくる敵PCとを比較した際、モンスター相手のほうが戦闘が早く終結すると見て指示を飛ばした。
「通路を利用しろ! 防御力の高いやつが前を固めろ! アタッカーは後ろから来る敵PCを狙え!」
街の入り口は広く、そこからいくつかの通路が続いているのだが、この通路を全て固めて一度に大軍から襲われない様にしようというのだ。後方から挟み撃ちにしようとしている敵も然り。街の入り口は門によって狭められ、一気に雪崩れ込む事は出来ないようになっている。
門の内側と外側とで遠距離攻撃職が、それぞれ攻撃を開始する。物理アタッカーたちは敵の前衛を仕留めて敵PCの魔法職に攻撃を集中させたいのだが、敵の前衛は高レベルのモンスターで固められていた。
「っち、あいつらモンスターを盾にしやがって」
ギルドチャットで後方の戦闘状況を確認したカイザーが悪態を付く。近くで戦闘を行っていた昴がカイザーの下まで来るとこう切りだした。
「後ろの敵は俺が引き付けます! 先に街中のモンスターを!」
「よし、昴に任せるぞ! とにかく全力でモンスターどのを駆逐しろ!!」
昴の意図する作戦を理解したカイザーは、後方を昴のPTといくつかのPTに任せ、残りで内部のモンスターに集中攻撃をする事を決めた。
昴は「奥義」を発動させ、モンスターのヘイトを自分に集中させるつもりでいたのだ。
「そうはさせないわ! 『迷子の礫たちよ、おいで。カオスストライク』」
命の装備依存スキルが炸裂する。黒く光る石礫が空から飛来し、密集していたプレイヤーの頭上へと降り注ぐ。
「っち、状態異常付きメテオかよ! くっそ!!」
ダメージ以上に厄介だったのが、状態異常効果が付与されることだ。持続性ダメージのある出血、体の自由を奪う麻痺、そしてスキルの使用を不可能にする沈黙。この3つがカオスストライクによって被ダメージ者に付与される。
しかし、全ての状態異常を斧ともしない人物がいた。
『リカバリー・サークル』
ここぞとばかり、大袈裟にポーズを決めた銀髪の人物。
「あぁん! もう!! アーちんの馬鹿ぁ!!」
アーディンだ。
彼女の装備する「ローブ・オブ・ジャッジメント」も特殊装備だが、こちらのローブには全ての状態異常を100%防ぐ事が出来るという性能が付いている。
「馬鹿とはなんだ馬鹿とは! 状態異常完全耐性付き装備してんだから、動けて当然だし、プリーストなんだから状態異常を解除するのは当たり前だ! 愚か者め。『癒しの泉、サンクチュアリ』」
命とのレベルの低い言い争いをしつつも、アーディンは周囲で動けるようになった仲間達のHPを回復するべく、スキル使用していく。
カオスストライクの範囲は広く、アーディンの「リカバリー・サークル」でもカバーしきれない。復活した他の回復職が、今尚動けないで居る者達のいる範囲に「リカバリー・サークル」を展開してゆく。あっという間に命の攻撃は無駄骨となってしまった。
「いいわ、皆。まずはあのネナベエルフからやってちょうだい!」
アーディンに怒りを覚えた命が、配下のPCやモンスターたちにアーディンを集中して攻撃するよう指示を出す。それに従ってまず動いたのは敵PC数人だ。
「お? 来るか? 来るななきやがれ! メテオがいいか? それともアイス・ストームがいいか?」
アーディンは楽しそうに自身の指にはめられた幾つかのリングを確認する。防御力を向上させるリングと詠唱速度を増加させるリング。そしてメテオリングと吹雪の指輪だ。吹雪の指輪は以前から持っていた品だったが、存在をすっかり忘れていて、今回初めて装備したレイドボス産装備だ。
「え? ちょ、プリーストだろ?」
アーディンの口から出たスキル名に戸惑う敵PCたち。その様子を遠巻きに見ていたクリフトがポツリと洩らす。
「破壊坊主だな」
まさに「破壊」という言葉がピッタリなほど似合うアーディンは、愉快そうに笑いながら指輪を天に掲げるようにして腕を伸ばすと、声高に言う。
「は〜っはっはっは! さぁ、来るがいい! 命に対抗してメテオで行くぞぉ!」
彼女がそう宣言したとき、獲物である敵PCの後方、アーディンにとっては目線の先で赤く燃え盛る物体が落下した。
――ドゴォオオオオオオオオ――
激しい爆音があたりに響き渡る。後方を振り返った敵PCの目に、いくつもの小隕石が落下している光景が映った。隕石は時間の経過と共に消滅していく。
「な!? 何しやがったてめー!?」
アーディンの仕業だと勘違いした男のひとりが悪態を付いて彼女を攻める。
「は? 私はまだ何も……」
していない。そう言い掛けたが、彼女の言葉は最後まで聞かれる事は無かった。街の外から聞こえてくる怒号のような声によって遮られてしまったからだ。
声の正体は敵PCたちによって知らされた。
「くそ! 何で増援が来てやがるんだよ!?」
カイザーのギルドメンバーからギルドチャットによって、第二陣到着の知らせが入ったのはその直後だった。
「お? 第二陣が到着? マジで?」
「どういうことですか?」
第二陣に参加していた『クリムゾ カイザーのギルドメンバーからの知らせでは、港周辺の町や村を占拠していたモンスターの数が少なく、余った人手をトゥオーデの街に向かわせた結果、カイザーらに追いついてしまったという事だった。
遠目でカイザーら第一陣の姿を確認した直後、敵の伏兵出現を目撃し、急いで駆けつけたというのだ。
そうとも知らず、後ろから現れた第二陣を初めから用意されていた増援と勘違いした命は、歯を食いしばるようにして悔しがった。
「まさか……挟み撃ちされたと見せかけて、私達を罠にハメたわね!?」
カイザーに憎悪の念を向ける命。一瞬眉をひそめたカイザーだったが、何を思ったのか突然開き直って「そうだ!」と告げた。
「え? カイザーさん?」
驚いたのは昴である。そんな話は聞かされていないのだ。昴の知らないところで何か作戦が進められていたのだろうかとすら考えた。
(っし! 黙ってそういう事にしとけ)
(は、はぁ……)
昴は呆れたように答えたが、どうやら心理戦として命にダメージを与えるのには効果がありそうだと思い、カイザーに従って口裏を合わせる事にした。
慌てふためく敵PC達。街の外では第二陣と奇襲要員だったモンスターとの戦闘が続いている。街の中でもプレイヤーたちが動き出し、既に多くのモンスターが黒い煙となって四散していた。




