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5-12 『偶然』

 深い闇の底。

 その一角だけ別世界であるかのように明かりが灯された屋敷の中で、キース・エッジは先日出会った半獣人(リーフィン)の事を思い出していた。


(偶然か……あの子はオンラインゲームなんかやったこと無いだろうし、偶然に決まっている)


 キースの記憶に、最後に残っているのは高校の制服を着た少女の姿。おっとりした性格で人に騙されやすそうなタイプの子だった。キースの影響を受けてか、アニメやマンガに興味を持ってはいたが、ゲームの方はあまり興味を示しては居ないとキース自身は思っていた。

 ゲームをプレイするキースを見て、いろいろ質問をしてくる事はあったが、それに対して説明をしても、まったく理解していなかった事から彼はそう感じていたのだ。


 そんな少女と最後に会ったのが彼女の高校卒業式当日。卒業式を見に来てくれと言い朝からアパートにやってきて、学校まで連れて行かれた日の姿だ。

 その日の夜、キースは少女と別れた後、この異世界に召喚された。


 キースがひとり考え込む中、彼の室内へと足を踏み入れた人物が声を掛けてきた。その人物は幾度と無く扉をノックしたものの、一向に返事が返って来ないことを心配し室内へと入って来た。


「キース様」


 声の主は女性だ。少女というほど幼くも無く、大人の女性と言うにはどこか幼さが残る印象の声。

 その声もまったく耳に入っていないのか、キースは声に反応することなく、未だ自身の記憶に残る少女の事を思い出そうとしていた。


(そういえば……あの子は茶トラの猫が好きだったな……昴くんと一緒にいた女……たしか――)


 昴の横に常にいたリーフィンの少女を思い出そうとした時、再びキースの名前を呼ぶ声が、今度はより近いところから発せられた。


「キース様?」


 声の主は(メイ)だった。キースの正面に回りこむと、心配そうな表情で彼の顔を覗き込む。声に気づいたというよりは、顔を覗きこまれた事でようやく気づいた様子のキースは、驚いたような顔を見せたが直ぐに平静を装うようにして返事をする。


「な、なんだい?」

「考え事ですか?」

「あ、あぁ。ちょっとね」


 変に嘘を付いても勘ぐられるだろうと思ったキースは曖昧に答えると、僅かに視線だけを逸らした。しかし、彼のそんな行動は命の心配を余計につのらせる結果にしかならなかった。


「……何かお悩みでもあるのですか?」


 心配そうにキースを覗き込む命だったが、そんな彼女の姿をキースはまともに見る事が出来なかった。外見は違えど同じリーフィンという種族から、昴の横にいた少女を連想させるからだ。


「いや、なんでもないよ。それよりどうしたんだい?」


 頭を切り替える為に、命がやってきた事の真意を確認する。大抵は襲撃等の相談が主な内容なので、従兄妹の思い出から気持ちを切り替えるには丁度いいだろうと思ったのだ。


「……これから、どうしたものかと思い、ご相談に」


 キースが意図的に話題を変えようとした事が判った命は、彼が悩みを打ち明けようとしない事を無理に聞き出すつもりもなく、本来この部屋にやってきた目的に話を移した。


「これから?」

「西大陸はほぼ攻略されてしまいました」

「あぁ、その事かい。大丈夫だよ。もともと東西のうちどちらか片方は譲る気だったからね」


 命の悲観振りに対してキースのほうは、随分と呆気ない答え方をした。事の重大性としては、命のほうが重く考えているようでもある。


「どうしてですか?」

「二つの大陸両方を責め続けるのは、それだけ戦力が分担される事になるからね。向こうにしてもこっちにしても、その点は同じさ」

「片方に絞り込むってことですか?」

「そういうことだ。そして向こう側は東西の大陸両方にある程度の戦力を配置することになるから、簡単には東大陸は落とせないよ」


 キースの言う事にも一理有る。とは思うものの、命はキースほど楽観視することはできなかった。


「戦力が手薄になった西側を時々攻めれば、西の警備を強化しようとして東攻略の戦力を割く事になるだろう。戦力を割こうとしないのなら、そのまま西を攻撃するのも有だ」

 

 キースの話は難しい内容ではない。それなりにMMOをいくつかプレイした経験のある命には、十分理解できる話であったし、作戦としてはオーソドックスな物だとも思った。だからこそ不安は残る。誰もが思いつきそうな作戦なら、それに対抗する手段も出てくるはずだと。

 尤も、不安なのはそれだけではない。


(東を守れば良いだけ? そんなハズは無いわ。いつかこの穴にも彼らは攻めてくる)


 人数の上でキースの配下に組したプレイヤーは、魔王と討伐しようとするプレイヤーに対して圧倒的に少ない。少ないうえに弱いのだ。魔物達は知能が低く、単純な命令しか理解できない。数は多くてもプレイヤーが束になって掛かれば、脅威の対象にはならないのだ。

 そんな状態でプレイヤーたちが本気になって東大陸に攻めてくれば、自分たちに勝ち目があるのか、今更ながら命には勝つ自身が失われつつあった。


「もし、彼らが東大陸攻略を途中で放棄し、魔王様のところへやってきたらどうしますか?」

「レベル的に無理だろう。それに、もし来たとしても僕たちのほうがレベルでは圧倒しているからね。大軍で押し寄せる事ができない洞窟の中なら、僕たちに分が有ると思うんだが」


 キースの言葉に命は表情を曇らせる。


「……それ……は……」

「あぁ、君はつい先日手玉に取られたばかりだったね。大丈夫。次に奴らが来た時にはボクも参戦するから」


 命のレベルはキースよりひとつ下の97。穴に侵入したプレイヤーたちのレベルは92だったので、レベルだけ見れば5つ上になる。他の部下達のレベルも92から95はあったハズだ。にも関わらず、簡単に手玉に取られたのは経験不足と、相手を侮っていたせいだろう。

 あの時、命の仲間にもっとまともなプレイヤーが居たら状況は変わっていたかもしれない。逃げられただけに過ぎないが、数の上では圧倒していたはずなのに、簡単に逃げられた事は命にとって十分すぎる敗北だ。その事を考えると、キースの「レベルで圧倒している」という内容に対して、素直に賛同する気にはなれなかった。


「だけど、とりあえず味方についた連中の腕を磨かせないとだね」

「それは私も思います」


 そんな命の気持ちを察したのか、キースは部下達の訓練を前提にして話を進めることにした。その点に関しては命も大賛成で頷く。


「じゃ、職業ごとに基本的な戦い方から教えていこう」

「はい」


 命は僅かながらも不安を解消させ、各自のPS(プレイヤースキル)向上の為にこれからどう訓練していこうかと、既に思案を巡らせていた。

 そんな彼女に、今度はキースのほうから声が掛けられる。


「……ところで命」


 やや上ずったような声のキース。言い出すべきかどうか迷った末に発言だったのだろう。


「はい?」

「君は……これまで物を喉に詰まらせた事とか、あるかい?」


 一瞬躊躇われたような間があったものの、キースは意を決して命へと質問をした。その質問はあまりにも唐突で、今現在命たちが置かれた状況にはまったく無関係な内容だった為、命は言葉の意味を理解するのに僅かな時間を必要とした。


「喉に? …………物心付いてからの記憶だと無いですね」

「そ、そうか……」


 命の言葉に複雑な表情を見せたキース。命は喉に何かを詰まらせるという質問と、今のキースの表情を見て、自身が室内に入って来た際に彼が考えていた内容を察した。


「また従兄妹の女の子の事を思い出していたんですか?」

「思い出していたというか、思い出させられたというか……」

「?」


 思い出させられたという言葉に命は疑問を抱く。


「昴くんの傍にいたリーフィンを覚えているかい?」

「えぇ。ぽやんっとした子ですね」

「そうか……そんな印象か……」

「どうかなさったんですか?」


 従兄妹と昴の傍にいたリーフィンと、共通するものを見出せない命は困惑した。しかし、当のキースには二人に共通するものを知っているように見える。


「うん。その子も……餡ころ餅を喉に詰まらせた事があるって……」

「え?」

「偶然だと思ったんだ。でも餡ころ餅限定で詰まらせる偶然ってのも、相当な確率だよね」

「ま、まぁ……そうですね」


 命の心に予感めいたものが生まれる。それは決して「良い」予感ではない。「悪い」ほうの予感だ。


「ボクの知ってる従兄妹の女の子も、ぽやんっとしてて天然気味だったんだ。茶トラの猫好きでもあったし、もしこのゲームでキャラを作っていたら……茶トラ模様の猫リーフィンを選んでいただろうな」

「…………」


 命は思い出した。昴があのリーフィンに対して「餡コロ」と名前を呼んで居たことを。幸いキースの様子からすると、キース自身は聞いた事が無いのか、それとも思い出せないだけなのか、今はあのリーフィンの名前を知らないようだった。


「いや、でもあの子はオンゲなんてするようなタイプじゃないしな」

「ぐ、偶然ですよ。猫タイプのリーフィンは一番多いタイプですし」

「あぁ、そうだね。一番ポピュラーだよね」


 命は咄嗟に心にも無い事を口にする。猫タイプのリーフィンが人口的にも多いのは本当の事だが、命が付いた嘘は「偶然」という言葉だ。餅を喉に詰まらせた事が有る子供などそれほど多いとは思えないし、それがどの餅であるかというところまで同じで、どうやら性格のほうも同じだろうというのは、偶然にしては出来すぎている。命は「偶然では無い」と本心では思っていたのだ。


(まさか……あの女が? だとしたら、キース様を探しに来たの?)


 命にとって、キースの話す従兄妹の少女はいまや「餡コロ」だった。そして、キースを元の世界へと連れ戻そうとする邪魔者として認識された。


 命は決して表情に出すことなく、今後の訓練計画を作成するといってキースの下を離れた。


(嫌よ! 元の世界になんか戻りたくない! ひとりになんてなりたくない! キース様と離れたくない!)


 これから先、キースと餡コロを出合わせてはいけないと命は思った。そのためにも自分が常にキースの傍につき従い、餡コロを見かけた際には邪魔をする。どんな手を使ってでも。例え昴やキースの従兄妹である餡コロを殺してでも。命はそう決心する。


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