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1-6 『強敵との遭遇』

 翌朝、昴も餡コロも早くからスキル習得練習を開始した。

 昴に至っては基本攻撃スキルの「スラッシュ」は習得できたと言ってもいいほど、安定してスキルを発動できるようにまでなっている。


「そろそろウエストルに向けて出発するぞ~」


 アーディンは朝食の片づけを済ませると、余った食材をカバンにしまい込みながら二人へ向かって声を掛けた。程なくして街道に出た三人は、再び北の都、ウエストルへと向かって歩き出す。

 道中、時折休憩を挟みつつ、その際には昴と餡コロがスキルの練習を行い、雑魚モンスターと何戦かすると再び歩き出すというのを繰り返す。

 昼食後には長めの休憩を取り、二人は暫く休んだ後、当たり前のように近くの雑魚モンスターへと戦いを仕掛けた。その間アーディンは、知人に会いに行くといってどこかへ出かけて行った。


 遂に餡コロも「エネルギーボルト」の魔法スキル習得に成功すると、次々にモンスターを一撃で倒しては歓声を上げて喜んだ。

 昴も別スキルを習得するべく、手近なモンスターに片っ端から攻撃をしていたせいか、気が付くと二人の周辺からはモンスターの気配が消え失せてしまっていた。


「モンスター……居なくなっちゃいましたね」


 辺りをキョロキョロと見回しながら餡コロが昴の元へとやって来て、どうするべきか尋ねる。手持ち無沙汰になった昴も少し考え込んだ後、手荷物の一部とメモを残して移動する事にした。

 念のため、置いていく荷物は、盗まれるような事の無さそうな物を選んでおく。メモには少し行った林のほうへ移動するという旨を書いておいた。これで戻ってきたアーディンにも居場所を伝えられるだろう。

 早速、林へと到着した昴と餡コロは、モンスターを目撃するとUIを開いてレベルを確認する。


「アクティブモンスターもいるな」

「でもレベルは15ですし、ぜんぜん平気ですよ」

「だね」


 自発的に襲ってくるタイプのアクティブモンスター。ある程度の距離まで近づくと昴らの気配を察知してか襲ってきた。

 しかし、大きなレベル差の存在によって昴、ないしは餡コロのスキル一発で無情にも倒されていくモンスターたち。敵無し状態だった二人の視線の先に、周辺モンスターとは明らかに雰囲気の違う、黒い毛皮の魔物が姿を現した。


「なんだ、あの見慣れないモンスター……」


 牛のようにも見える頭部を持ったそれは、牛とは違い直立姿勢で二足歩行だった。身の丈はゆうに昴の倍以上はあるだろうか。種族的特長として低身長の餡コロにとっては、3倍近く大きく見えた。


「レベル45!? こんな所に40台モンスターがいるって変じゃないか?」

「ど、どうしますか?」


 牛型モンスターはまだ昴らには気づいていない様子で、何かをするわけでもなくただその場に立ち尽くしていた。


「ゲームだったらな……レベル45のモンスターに負ける気はしないんだけど……」


 レベル差は34ある。もちろん昴と餡コロのほうがモンスターより34もレベルが上だ。モンスターとのレベル差が5も上であれば、大抵は苦戦することなく倒す事ができる。

 しかし、二人ともまだスキルがほとんど使えない状況で、苦戦する事無く倒せるかといえば、昴は自信が無かった。

 敵の属性を確認する為にUIを開いた昴は驚愕した。属性とは敵の持つモンスタータイプの事を示している。一般的なタイプの「一般属性」から希少タイプの「レア属性」、そして――


「ボス属性!?」

「す、昴さん、見つかっちゃいましたよ!?」

「どうしよう……どうする俺?」


 ボス属性は他のタイプとは掛け離れた強さを持つ属性だ。特徴的なのはHPやMPの量とステータス。同じレベルの一般属性と比べると、HPの量は10倍近くある。


 昴の叫び声によって二人の存在に気づいた牛型モンスター「グレーターデーモン」は、のそりと体の向きを変えると真っ赤な目を光らせて襲い掛かってきた。


「くそ、とりあえず戦ってみるか! やばそうになったら全力で走って逃げる。いいね餡コロさん?」

「わかりました!」


 昴は足場の良い場所を選んで立ち位置を決めると、剣と盾を構えなおして大きく息を吸い込んだ。


「うおおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!」


 昴が猛々しい声を放つと、グレーターデーモンはビクリと身を震わせ、次に昴を敵対ヘイト対象に絞って突進してきた。昴が短い時間で習得したスキル「挑発」の効果だ。

 「挑発」は敵への注意を自分に向けさせるナイト特有のスキルで、これによりPTメンバーへ敵が攻撃するのを防ぐ効果がある。もっとも敵対値ヘイトは攻撃や回復スキルによっても蓄積されていくので、ナイトがヘイトスキルを出し惜しみしていれば、敵の攻撃はPTメンバーへと向くこともある。


「行きます! 『エネルギーボルト』」


 ソーサラーの基本攻撃魔法である「エネルギーボルト」は、決して高ダメージを出せる魔法ではない。ダメージという点では昴の「スラッシュ」も似たようなものだ。ナイトもソーサラーも、どちらかと言えば低火力職なのだ。

 しかし、二人のレベルは79である。ゲームだった頃の最後となった、VR化を兼ねたアップデートでレベル上限が開放されたが、それまでの上限は80。二人ともレベルカンスト間近だったのだ。

 低火力職とはいえ、レベル差もあるのだから例えボス属性だとしても、それなりのダメージは与えられるはず。


「おかしいな、いくら基本スキルって言ったって、レベル45相手にこれだけしかダメージ出せないなんて」


 戦闘状態になった今、昴と餡コロの視界には、敵モンスターのHP情報が表示されるようになっている。更に、敵を攻撃すればダメージが数字化されて視覚に現れるようになっていた。

 昴の「スラッシュ」で与えたダメージは僅か300程度。グレーターデーモンのHPバーは減っているのかどうかも解らない。


「うえ~ん、もっと他のスキルを練習しておけばよかったですぅ~」


 餡コロの魔法攻撃もやはりダメージは低かった。攻撃手段が「エネルギーボルト」しかない餡コロにとっては厳しい現実だ。

 何度も繰り返し攻撃を行ってようやくHPバーが僅かに減った時、グレーターデーモンが聞きなれない言語で声を上げると、小さく付けられた傷が塞がり、HPバーは全快してしまった。


「回復能力まであるのかよ!?」


 グレーターデーモンは自己再生の特殊能力を持っていた。こういったモンスターの場合一定間隔で再生を行う為、高火力で一気に畳み掛けるのが戦いのセオリーだ。

 しかし、今の昴と餡コロにグレーターデーモンを瞬殺できるような攻撃力は無い。


「MPが切れたらやばそうだな……逃げるしかないか?」


 勝ち目の無い戦いだと判断した昴は、逃げる為に餡コロへと合図を送る。ゲームの時の仕様では、ある程度距離を取れば戦闘状態が解除されモンスターも追うを辞めて元居た場所に引き返すようになっていた。

 その仕様がこの世界でも適用されている事を昴は祈った。同時に、肝心な時に居ない回復役のアーディンに対して悪態を付く。


「こんな時にアーディンさんは……どこまで行ってるんだ!」

「呼んだか? っつーかお前らが勝手に移動していたんだゴフゥ」


 昴の側面から現れたアーディンは、華麗に登場し、華麗に説教を垂れようとしていたのだが、グレーターデーモンの範囲攻撃内に入ってしまった為、昴ともども横殴りの攻撃を見事に食らってしまった。

 二人が受けた攻撃は通常攻撃であり、ダメージはそれほど高くはない。

 アーディンは自身が受けたダメージを回復することなく、怒りに任せて行動に出た。


「き、貴様ぁぁぁ! よくも私の美しい顔に! 『愚かなる生き物よ、世界の裁きを受けよ! ジャッジメント』――そして『癒しの泉、サンクチュアリ』」


 餡コロを襲った男達に対して使ったスキルと同様のものを発動させる。グレーターデーモンの足元に魔法陣が現れると、閃光が迸りグレーターデーモンを攻撃した。

 更に続けざまに別の魔法陣が発生すると、範囲内にいたグレーターデーモンは魔法陣から弾かれた様に吹き飛んだ。本来「サンクチュアリ」は範囲回復魔法なのだが、聖属性の魔法陣の効果としてアンデット系や悪魔系モンスターに対しダメージを与える事もできる。

 グレーターデーモンは悪魔系のボス属性モンスターだった。


「ギャギイィィィィィィ」


 奇声を発して悶え苦しむグレーターデーモン。

 アーディンは容赦しなかった。放っておけば再生してしまう。先ほどの「ジャッジメント」は昴にとって聞き覚えのないスキルであったが、どうやらグレーターデーモンにはかなりのダメージを与えている様子だった。連続で使用しないあたりはCTクールタイムの長いスキルなのだろう。

 だが、アーディンは回復職であるプリースト。攻撃力は本来、ナイトやソーサラーよりも更に劣る職業だ。先ほどのスキル以外のプリーストスキルでは対したダメージを与えられないだろう。

 それが解っているからこそ、アーディンは背後で待機していた人物へと命令した。


「止めだモンジ!」

「え? 拙者も働かせられるでござるか?」

「か弱い私にこれ以上戦わせる気か! ジャッジメントのCTクールタイムは長いんだよ!」


 CT、スキルの再使用までの時間が長いという事は連続での使用もできない事を意味している。

 アーディンのか弱いという言葉にツッコミを入れたくなる状況だったが、モンジは素手で戦場に躍り出ると、片手を口元の前に添えると忍者アニメなどで目にする「印を組む」ポーズをとった。

 彼の姿は人間では無い事がひと目で解る。全身は黒っぽい毛皮に覆われ、頭は狼そのもの。まさに狼男である。


「仕方ないでござるなぁ~……『火遁・炎舞!!』」


 面倒くさそうに呟いたモンジは、印を結んだ手を口元から離すと、大きく息を吸い込んで一旦止めると、それを一気に吐き出した。

 吐き出されたのは空気だけではなく、真っ赤な炎も一緒だ。

 炎が踊り、グレーターデーモンを包む。


「ギゴァァァァァァァァァァァァァ……」


 グレーターデーモンの最後の断末魔は、林の奥まで木霊した。


「っふ、他愛も無い」

「止めは拙者……いやなんでもないでござる」


 アーディンの厳しい視線を感じたモンジは、途中で言いかけた内容を飲み込むと、耳を垂れて座り込んだ。

 昴と餡コロは駆けつけたアーディンらの元に駆け寄ると、見知らぬ狼男に興味津々の様子で見つめる。獣人アニフィン族でもメジャーな狼タイプだ。


「助かった……アーディンさん、その人は?」


 その人、と言われたモンジは、耳をピクリと動かすと、チラリと昴のほうへと視線を送った。

 凶暴で野性味溢れるイメージの狼だが、昴の目に映る狼人間のモンジは、先ほどまで地面に垂れ下がっていた尻尾を今ではパタパタと振っており、凶暴とは程遠い存在に見える。


「あぁ、昔からの知り合いでモンジっつー変態狼だ」

「え!? いつ拙者変態に!?」


 アーディンの紹介に納得いかない様子のモンジは、昴と餡コロの二人に向かって弁解をし始める。

 それを上の空で聞いていた昴だったが、何かを思い出したかのようにモンジの名前を呟いた。


「モンジさんか……モンジ? 黒銀色の毛皮の狼……職業クラスはシノビ……ええええぇぇえええぇぇ!?」


 シノビのモンジ。または黒銀こくぎんのモンジと呼ばれる彼は、『ワールド・オブ・フォーチュン』でもトップクラスのPSプレイヤースキルを持ったソロプレイヤーだった。

 昴が憧れるプレイヤーのひとりにモンジの名前があった。その彼が今、昴の目の前にいて尻尾を振っているのである。


「相変わらず男にモテモテだな、モンジ」


 モンジの肩をポンと叩いたアーディンは、やけに嬉しそうにニヤリと笑った。


「いやー、照れるでござ――ホモは嫌あああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ――」


 林に木霊した狼の叫びは、グレーターデーモンの断末魔よりも長く響き渡った。

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