5-11 『全員集合』
昴たちが密林の森から戻ったのは、襲撃から五日後の事だった。
結局、襲撃によって集落は半壊状態となり、生活を続ける為には大規模な修繕が必要だったが、今はゆっくり時間を掛けて修繕するには何かと危険だと判断した長のマーズが、仲間達を説得して森を離れる事にした。
離れる間の一時的な仮住まいとして、プレイヤーたちは攻略した別の森の中にあった砦をひとつ提供し、アニフィンたちはそこで暮すことになった。昴たちは彼らの移動中、敵の襲撃を警戒して護衛を勤めていたのだ。
「ふぅー。久々に帰ってきたぜー」
昴たちの現在の拠点は、ドロイノ地方にある比較的大きなアノーワークという名の町で、そこにあるギルド施設が「家」となっている。尤も、攻略遠征などで留守にしている日がほとんどではあるが。
そんな拠点へと5日ぶりに戻ってきた昴たち。いっくんが伸びをするようにして、ギルドルームへの扉を開けると、そこには別行動をしていた二人、アーディンとモンジが寛いでいた。
「お帰りでござる」
「モンジさん! 帰ってきてたんですか」
昴は二人の姿を見つけると、安堵した表情で声を掛けた。アーディンとモンジが闇の魔王が居るであろう穴へと向かって、プレイヤー精鋭部隊と出かけたのは一ヶ月前の事である。敵の本拠地に乗り込むのだから、いくら死なないという保障があっても心配はする。
「帰ってきたぞぉ〜。一昨日だけどな」
三人掛けのソファーに寝転んだままのアーディンが、戻ってきた一行に手を振って答えた。これといってストレスを抱えている風でもなければ、深刻な様子もないアーディンの態度に、昴は二人が何事も無く無事であった事を察した。
「お疲れ様です。どうでした? 穴の中は」
「洞窟だな。うん」
「いや、もっと具体的に」
「幅5メートルぐらいの穴だった」
昴の問いに、ある意味簡潔で正しい解答をするアーディンだったが、もちろん昴が聞きたいのはそんな話ではない。中の様子はどうだったのか、モンスターはどのくらいのレベルでどのくらい生息していそうか。敵のオスとは遭遇したのか。そういった事を聞きたいのだ。
「……モンジさん」
助けを求めるようにして昴はモンジへと視線を送る。他の仲間達も溜息を付いて同じようにモンジを見つめた。
「まぁまぁ、とにかく皆お疲れのようでござるから。まずは風呂でも入って疲れを癒すでござるよ」
モンジにそう言われて初めて、女性陣は自身の衣服が砂埃まみれなのを認識した。衣服が汚れているのであれば、体も汚れているだろう。八人ははやる気持ちを抑えて、まずはゆっくりと湯船に浸かることを優先させた。
●
「さっぱりしたからさっきの続き、お願いします」
まだ女性陣が浴室から戻ってこないうちから、昴は闇の穴内の報告を急かした。髪は濡れたまま、タオルを頭から被った状態でソファーに腰を下ろす。
「読者サービスとか、そういう色気みたいなものを持ち合わせて無いのかお前は」
「何訳わからない事いってるんですか……」
ゆっくりと湯船に浸かったとは思えない昴の様子に、アーディンが嫌味をひとつ溢してみたが、その意図を昴が理解する事は出来なかった。
昴らが浴室に向かってからアーディンとモンジが軽い食事の支度をしていたのもあり、全員が揃ったところで食事と話の両方を始める事になった。
アーディンとモンジは闇の穴での出来事を話し、昴らのほうは桃太が中心となってアニフィンやマイアナ軍との話をした。
一昨日のうちに帰還したアーディンらは、翌日、つまり昨日プレイヤー会議で穴内部の報告を行い、その報告を元にこれからの事を話し合った事も告げた。
「っという訳で、プレイヤー会議でも当面はレベル上げ優先ってことで話がついたでござるよ」
闇の穴内部にいたモンスターのレベルは確認できただけでも全て95。プレイヤーの最高レベルがそこに達していない事も考えると、全体のレベルアップが優先という事で会議では話し合われた。
レベルを上げる為には、自身とのレベル差が少ないモンスターを倒さなければ経験値は得られないゲームシステムの特性上、彼らが現在活動する西側の大陸では、既に効率が悪くなっている事から、これからは東大陸にも足を伸ばす事も決定した。
「ついに東大陸進出かー」
「まぁ、西大陸は9割以上攻略しちゃったもんね」
東大陸は、まだ誰も足を踏み入れてない為情報が乏しく、どのくらいのレベルのモンスターが生息しているか判らない。その為、高レベルPTを数組向かわせて、まずは情報収集から行う予定になっている。
東側の大陸に渡るには、西側大陸の地形的問題もあって最南端であるモリアーナ岬から船で移動するしか手段は無かった。あの引篭もりプレイヤーが居た岬だ。それを思い出したのか、話の途中で思い出し笑いをする者も居た。
「元気にしてるかな?」
「どうかしらぁ」
「あはははは……それで、どのくらいまでレベル上げるかって具体的な数値は無いんですか?」
桃太の質問にアーディンが自分の意見を口にした。会議の場でも具体的な数値は出なかったようだ。
「最後に見た中型ボスのレベルは97だったからな。少なくとも97は上げなきゃならんだろ」
アーディンとモンジが「聖堂帰還」した振りをして隠遁の術を仕様し、穴の奥へと進んだ際に遭遇したレイドボスの事だ。闇の魔王のレベルはそれよりも上だろうが、極端に差があるとも思えないというのがアーディンの意見だ。
「……俺が十日ほど前に見たキース・エッジのレベルは98でした」
「本当でござるか? 昴殿。そうなると最低ラインを底上げしたほうが良いでござろうな」
昴は壊滅した町で出会ったキースの事を思い出した。キースはプレイヤーとして存在しているのか、それとも一番初めに召喚された人物としてこの世界の「適役」としての存在なのか不鮮明な所がある。前者であれば当然レベルは上昇していくのは当たり前であるが、後者の場合ではレベルは固定されている可能性が高い。
どちらにしろ、現段階で把握できる敵の最高レベルがキースの98であるなら、それを基準にレベルをどこまで上げるべきか考える事になるだろう。
「あ〜、面倒くせぇ〜」
レベルが90にも達していないアーディンは、この先のレベル上げの事を想像すると疲弊したように愚痴を洩らした。
「アーちゃんの面倒臭い病が始まった」
「よくこんなんで、大手ギルドとタメ張ってるわよねぇ」
「まぁ、それはたんなる性格の問題かと。アーディンどのは自発的に何かしたいと思ったときは抜群の行動力を発揮するでござるが、なかば強制的な物になると途端にやる気を無くすタイプでござるよ」
「今回のレベル上げはやる気無しってことか……」
テーブルに顔を突っ伏した状態のアーディンを見て、それぞれが好き勝手に解説を入れる。しかし、思いはアーディンと同じだった。
異世界に召喚されて半年以上。それぞれレベルは10前後上がってはいるが、ゲーム感覚のように気軽にレベル上げという訳には行かなかった。レベルを上げなくては先に進めない。先に進めなければ元の世界に戻れない。レベルを上げたくない訳ではないが、矢張りどこか強制的に上げさせられているという感じがしてならないのだ。
「やりたかないが、やるしかなかろう。まぁ、命への嫌がらせをする為と思ってりゃ少しはやる気がでるだろう」
アーディンの言葉の前半部分が、今この場にいる全員が感じている事だ。後半部分は完全にアーディン個人の趣味みたいなものだろう。
「うっわぁ〜……悪女だわ。あ、悪イケメンね」
「そういえば、僕、密林の森襲撃の時に命さん見ましたよ」
「え? そうなのか? 俺は気づかなかったな」
密林の森襲撃の際、増援として出てきた命の事を桃太は話した。尤も、マイアナ軍が援軍として現れ、数の上でも形勢逆転した次点で敵PCは早々に逃走を図ったが、その際に命も逃げたようだった。
「えぇ。気づいたら居なくなってたので」
「命殿なら洞窟にも居たでござるよ?」
「神出鬼没な奴だな」
いまやクリフトの脳内では「悪の女幹部」的なポジションにされている命。大真面目な表情でその事を皆に告げると、何故か皆は声を押し殺して顔を背けたまま笑いを堪えていた。
「見たのは一昨日だからな……桃太郎が見たのはいつだ?」
そういってアーディンは桃太を見た。
「郎はいりません……僕が見たのは五日前ですね」
桃太は呼ばれた名に軽く否定しただけで答えた。あまり念入りに否定すると、余計にアーディンを面白がらせるだけで返って逆効果になる。というのを昴を見て悟っていた。
「私達が見たのは、襲撃失敗して戻ってきて数日後か。反省会でもしてたのかね」
桃太の思惑通り、アーディンは桃太の名前に関して触れる事は無かった。
彼女の返答通り、桃太が命と遭遇し、命が帰還後に闇の穴内で今度はアーディンたちと遭遇したというのが順序になっている。
「そういえばどこと無く苛立ってたような気もするでござるな」
「つまり、ダメ押しの嫌がらせが出来たって事か。ふはははは〜、ざま〜みろって感じ」
よっぽど嬉しかったのか、アーディンは椅子に座ったまま仰け反って笑い、その拍子に椅子ごと後ろ向きに倒れこんだ。桃太が慌てて駆け寄ったが、ひとしきりむせ返した後、アーディンは思い出したかのように再び笑い始めた。
「……アーちゃんを敵に回したらねちねちやられそうだわ」
っというのがニャモの感想である。
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それぞれの近状報告が済んだ後は、それぞれ自室へと戻って休息を取る事にした。
既に太陽は沈んでおり、あたりは暗闇に沈んでいる。
昴は休む前に喉を潤そうと自室を出た時、彼はギルドルーム内にある唯一の野外空間であるバルコニーで餡コロの姿を見つけた。
「餡コロさん。元気無いみたいだけど大丈夫?」
昴はずっと気にはなっていた。
仲間と一緒にいる時は普段と変わらない彼女だったが、心なしかひとりになる時間が多く感じていた。ひとりになっている所を見かけたときには、いつも溜息を付いているようにも見えた。
「…………」
心ここにあらず。今の餡コロの状態はまさにそうだった。昴から声を掛けられていることにすら気づいていない様子だ。
「餡コロさん?」
昴は彼女へと近づき、もう一度声を掛けた。
「え? あ、はい!」
ようやく気づいた餡コロは、驚いた後はどこかワザとらしく元気な返事を寄こした。元気なのは声だけで、月明かりに照らされた表情は決して「元気」とは言えるものではなかった。それに気づいた昴は、ある人物の名を口にする。
「……キースの事かい?」
「……えと……」
図星だったようで、餡コロは思わず昴から視線を逸らし口ごもる。そんな様子の餡コロの隣に立つと、昴はバルコニーから見える空を見上げて呟いた。
「次……」
「次?」
昴の呟きをオウム返しで口にする餡コロ。彼女へと視線を合わせると、昴は頷いてから言葉を続ける。
「次に会うことがあったら、そしたら直接聞こうよ」
「え?」
「あいつが、餡コロさんの従兄妹かどうか」
それしか真実を知る方法はない。昴は以前からその事を考えてはいたが、なかなか餡コロに言い出す機会がなく、今日になってようやく思いを伝える事ができた。
昴自身の声や表情は穏やかなものだった。
「で、でも……」
「違ったらこれまで通りに接すれば良い」
突然の話に戸惑う餡コロは、心とは裏腹に否定的な返事を返す。本音では自身が最も知りたい内容であり、方法はそれしか無いことはわかっているのだ。だが、同時に真実を知る事の恐怖も抱いていた。
「もし、従兄妹のお兄ちゃんだったら?」
キース・エッジが自身の従兄妹だった場合、自分はどうすれば良いのか判らない。プレイヤーを苦しめている張本人が、自分の従兄妹である事を受け入れたくないのだ。
「餡コロさんはどうしたい?」
昴は敢えて餡コロに意見を求めた。純粋に彼女が何を望んでいるか、それを確かめる為に。
「え……」
「お兄さんが見つかったらどうする予定だったの?」
「……出来れば……連れて帰りたいです」
昴の言葉で餡コロは、自分が「ワールド・オブ・フォーチュン」というMMOをプレイするきっかけを思い出す。
音信不通になった従兄妹が所持していたパソコンに残っていたゲームのクライアント。それが「ワールド・オブ・フォーチュン」。ゲーム内で従兄妹を見つけられないか、従兄妹を知る人物に出会えないか。そう思って初めてMMOをプレイした。ただ、残念ながら従兄妹のログインパスワードがわからなかった為、キャラクター名も一切判らず、探す手がかりは無いに等しかったが……
当時の事を思い出し、ただ純粋に「連れ帰る」事だけを考え、口にした。餡コロの言葉を待ってましたと言わんばかりに、昴は表情を明るくすると、微笑んで彼女に伝える。
「じゃー、そうしよう」
彼女のやりたいようにやろう。自分が出来ることは背中を押してやる事しかできないが、全力で押し、全力で守ろう。昴はそう思った。
「でも……嫌だって言われちゃいますよ」
餡コロは何故だか判らないが、キースが従兄妹だったとして一緒に帰ろうと言っても、それを素直に受け入れてくれるはずが無いと思っていた。
「そうかもしれない。でもさ、俺たちはどうやってもこの世界から帰らなきゃいけないんだ。俺たちの世界に」
「そう……ですけど」
だから、どうあっても連れて帰らなければいけないと昴は言った。
「なんかさ、キースって自暴自棄になってこの世界に留まってる気がするんだ」
「……」
「いきなり召喚されて、いきなり魔王のいる穴に突き落とされて……人間不信になったとかさ」
キースがこの世界に固執する理由を昴なりに考えてみた。それに対し餡コロから帰ってきた言葉は、まさに昴が考えていたような内容だった。
「……お兄ちゃんは……引篭もりだったんです」
「え!?」
(いや、なんとなく……有り得そうだ)
昴は驚いて見せた物の、内心では「やっぱりか」という思いで餡コロの話を聞いていた。
「高校大学と1回ずつ受験に失敗してて、就職も内定が決まらないまま大学卒業に。お兄ちゃんの家は、皆高学歴で、一流って言われる会社に勤めているんです。そんなだったから、お兄ちゃんを除け者扱いして、家を追い出しちゃってて……生活費だけ仕送りしてたみたいですが」
「家族に見放されて引篭もりか……」
昴自身はそういった家庭環境ではなかったものの、テレビや周辺でもそういった話はよく耳ににしていたので彼もキースの心境は理解できた。
「伯母さんは違うと思うんです」
「え?」
伯母、つまり従兄妹の母親は「見放した家族」では無いと餡コロは言う。その言葉には昴も驚いた。
「お兄ちゃんが住んでたアパート、今でも賃貸したままなんです。伯母さんが時々掃除に行ったり、冷蔵庫にカレー作って入れてたりしてるんですよ」
「……消えた息子を、やっぱ心配してるんだよな」
どこか安堵したように昴は言った。もしキースが従兄妹であった場合、帰りを待つものが他にも居る事を知れば連れ戻す為の説得も上手くいくかもしれない。そう思ったからだ。
もうひとつ――
(俺んところも心配してくれてるのかな)
ふと、元の世界にいる家族の事を昴は思い出した。餡コロの伯母のように、動かぬ身となった息子を心配してくれているだろうか。心配してくれていたら嬉しい……そう思ったのだ。
「うん。伝えるべきだよ。戻ってくれるのを祈ってる人が居ることを。少なくとも二人ね」
「二人?」
「そう。伯母さんと君」
「私……! はい! 戻ってきてほしいって思ってます!」
昴に言われて気づく。餡コロが従兄妹を探していたのは、戻ってきてほしいと願う気持ちがあったから。そして、伯母もそれを望んでいる事を知ったから、餡コロははじめてMMOに手を出したのだ。
キースが従兄妹だったとして、例え嫌がろうともと伯母の待つ元の世界へと連れ帰ろうと、餡コロは決心した。
「うん。伝えよう。って言っても、キースが従兄妹のお兄さんだったらだけどね」
「あはは、そうですね」
盛り上がったのはいいが、もし別人だった場合のオチは忘れなかった。その時は二人でまた笑えばいい。そう昴は思った。
(もし餡コロさんの従兄妹がキースだったら……もしかすると戦わなくて済むかもしれない)
昴は心のどこかで、キースが餡コロの従兄妹である事を願った。




