5-10 『新たな絆と肉球』
マイアナ軍と昴らプレイヤー三十余名ほどの援軍到着後からの展開は速かった。特に目覚ましかったのはマイアナ軍だった。
ほんの数ヶ月前まではまったくと言って良いほど魔物と戦う力を持っていなかった彼らだったが、1匹の魔物相手に前衛、物理アタッカー、そして後衛アタッカーと三人一組で連携し、瞬く間に敵を倒していった。
人数の少ない回復職はひとりで二、三組の治癒を行っているが、範囲回復魔法を展開させることで、傷ついた者が自ら回復魔法陣へと足を踏み入れ持続回復によって体力の調節を行っていた。
数の上では魔物の軍勢のほうが有利に思えた戦いは、訓練された軍隊の活躍によってあっという間に勝負が付いた。それを手助けしたのは、ある意味敵PCたちだ。
部が悪いと判ると、いつものようにさっさと魔物達を見捨てて帰還してしまったのだ。「聖堂帰還」の魔法は魔物たちには恩恵が与えられず、その場に残るしかなくなってしまう。中途半端に命令を聞くような魔物たちだったが、いきなり命令主が消えてしまえば本来の魔物らしい凶暴性を取り戻すのに幾分かの時間が掛かるようだった。
その隙を見逃さなかったアニフィンたちがマイアナ軍とプレイヤー部隊の協力を得て、一気に勝負へと出た。
「これで終わりだ!」
最後に残った大型の魔物を仕留めた雪豹のマーズは、既に日が傾き始めた空を仰いで勝利の雄たけびを上げる。それに呼応するようにアニフィン達が叫んだ。
「やった! 敵を全滅させたぞ!!」
どこからともなく勝利を祝う声があがった。それはアニフィンの声でありヒューマンの声でもあった。
ヒューマンとアニフィンが手を取り合って喜ぶ光景を見て、桃太も感慨深げな表情でこう言った。
「よかった……本当によかった」
そんな桃太の元へ仲間達が集まってくる。
「頑張ったな桃太」
「クリフトさん」
「偉いわ〜桃太〜」
「えぇえぇ。こんな立派になっちゃってぇ」
「桃太〜わたしが褒めてやるっちゃ〜」
「っちょ、ニャモさんカミーラさん月さん、撫で回すの辞めて下さいよ」
「えへへ、桃太さん大活躍ですね」
「うんうん」
「やったな! 豆柴!」
「いっくん……豆じゃありません……」
和気藹々とした雰囲気の中、集落の長であるマーズが彼らの元へとやってきた。
「……すまなかったな」
改めて謝罪を申し出た彼は、それまでとは違って昴らに向けた視線も仲間であるアニフィンに対する視線と同じものになっていた。今回の件で、異種族に対する偏見を撤廃したようだった。
改まって謝罪された事で照れくさく笑った桃太だったが、直ぐに真顔に戻ると、気になっていた事を口にした。
「気にしないでください。それより被害の方は?」
桃太が到着した時には既に戦いは始まっていた。「エレメンタル・サンクチュアリ」による蘇生は戦闘不能状態を復活させる物であって、死者を蘇らせるものではない。この世界においても死者を蘇らせる魔法など存在していないのだ。
桃太が気がかりなのはその点だった。スキルを使用する際に、死者であるか違うのかまで判断してスキルを使っていたわけではない。
「……死人は出た……」
「そう……ですか。全員を助けられなかったんだ、僕」
マーズの言葉が重く圧し掛かる。
桃太の落ち込んだ様子とは裏腹に、マーズは気高く、そして力強く言葉を続けた。
「お前が来てくれなければ、この集落は壊滅していた。それを思えばお前は十分すぎるほどやってくれたんだ。落ち込むな、むしろ誇ってくれ。そうすることで我々が立ち直る為の勇気へとなるのだから」
「勇気……」
「そうだ。失った者に縋っても何も得る事は出来ない。悲しむ事が悪い訳ではないが、それはいつだってできる。今必要なのは立ち直る事でもあり、次の戦いに向けて気持ちをしっかり持つことが大事なのだ」
マーズの瞳には決意のようなものが見て取れた。しかし、彼のように身も心も強いアニフィンばかりではない。家族を失った者たちには辛い現実が待っているだろう。そんな彼らにとって僅かな救いは桃太なのだ。種族の違う桃太が集落を救ったという事実こそが、家族を失った者たちの心の支えになるだろう。
だからこそ、桃太には英雄として堂々と構えてほしかったのだ。
「……我々は考える時が来たようだ。奴ら忌まわしい魔物どもにとって我々も滅びの対象となっている事を知ったからには、黙って襲撃を待つわけには行かないからな」
マーズの視線は、どこか遠い彼方を見ているようだった。昴は不安を覚え、マーズへと進言する。
「撃ってでるってことか? それは流石に――」
「少数種族である我々がそんな真似できるはずもなかろう。とにかく今は他の集落にも声を掛け、我々アニフィンと、そして他種族との存亡を掛けた話し合いの場が必要なのだ」
マーズにも昴の言わんとしたことは理解しているし、それを実行する気は流石に無い。
同じアニフィン族を集め、異種族と共存する為に、そして闇の魔王が勢力を再び拡大しようとした時どうするかといった内容を話し合うつもりだった。
「協力するってことですか!?」
桃太が弾むように声を上げた。その声に対し、マーズは申し訳無さそうにうつむいた。
「……それは、私ひとりの一存では決められん」
「そうでしょうね。アニフィンたちはいくつもの集落を築き、それぞれが独自のルールで生きている。そういう種族だと聞いていますし」
マーズの言葉に相槌を打ったのは若きマイアナ王アルドノーアだった。
「マイアナ王……そうだ。我々は集落ごとにルールや掟があり、集落ごとに縄張りもある。もちろん、縄張りを侵したからと言って戦などはしないがな。そんな事をすれば少数種族である我々は同族の手によって簡単に滅んでしまう」
「集落がつまり、ヒューマンで言う所の国なんですね」
昴はマイアナ王とマーズの会話から察した意見を口にする。
「そんなところだ」
「国家間の協議はたしかにヒューマンの世界でも難しい事ですからね。しかし、これも何かの縁です。マイアナ公国はマーズ・キスケス殿を支持し、いつでも協力すると誓います」
マイアナ王アルドノーアの言葉は実に呆気なく発せられた。
マーズは驚いた。
一国の王がこうも簡単に異種族との同盟を申し出るものだろうか。いやそれ以前に、今回襲撃を受け助けられたのはアニフィン側だ。無償で救ったヒューマンが更に協力を申し出てくるとは、夢にも思わなかったのだ。
「!? ……偏見の目で見ていたのは我々アニフィンだけだったのか……ありがとう、ヒューマンの若き王よ」
こうして密林の森にする猫族のアニフィンたちは、これまでの考えを改める事となった。
マイアナ王と密林の森の長が感動的な握手を交わす中、不真面目な一行が空気の読めない会話を行っていた。
「なっな? ヒューマン側はさ、可愛い猫っていう目でしか見てなかったんじゃね?」
アニフィンたちがヒューマンを偏見の目で見ていた事と同じ意味合いでいっくんは話す。
「……ま、まぁ、たしかにお子様は可愛いわよね。大人は肉食獣っぽいのも居て可愛いとは言えなさそうだけど」
ニャモは笑いを堪えるようにして言った。近くにいたプレイヤーではない生粋のアニフィンに目をやるが、いくら猫科だとは言え成人男性なアニフィンは可愛いとは思えなかった。
「そっか? 俺、犬派だけどさ、あの大きさの猫になると肉球がどうなってるか、触りたくってうずうずするぜぇ!」
「なら触らせて貰って来いよ」
いっくんの意味不明な言葉にクリフトが間髪入れず突っ込んだが、その突っ込みはいっくんに取っては悪魔の囁きとなった。
「うし! 俺行って来る!」
「え!? おい、ちょ、いっくん!?」
クリフトの静止も届かず、いっくんはマーズの元まで猛ダッシュで駆け寄った。
そして言う。
極ストレートに。
「なぁなぁ、肉球触らせてくれよ、友好の印に!」
手を出しだすいっくん。
いっくんの言葉に硬直するマーズ。
マーズの表情は引き攣っていた。
「……」
「わぁー! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
その場に居た昴の表情が青ざめる頃、他の仲間達が慌てていっくんを引きずって立ち去っていった。




