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5-9 『最高の援軍』

「形勢逆転だな、おい!」


 寸での所で命拾いした方のナイトが、いやらしい笑いを含ませて叫ぶ。彼は倒れたままの仲間など見捨てて、自分ひとりだけで増援の居並ぶ場所まで走り出した。

 増援に訪れた面々はそれを咎めるわけでもなく、また無事を祝うわけでもなく、それぞれが好き勝手に攻撃に転じていた。


「ここまで頑張ってきたのに……」


 桃太は新たに現れた敵の増援を見て落胆した。その数はどのくらいなのか判らない。森の木々に視界を遮られている為だが、木々の隙間を埋め尽くすようにモンスターの群れは現れたのだ。


「我々は諦めはしない! 指揮をしている人族の数は極少数だ。まずは奴らを狙えば、統率の取れなくなった魔物など恐れる事はない!」


 雪ヒョウはそう言ったが、その魔物の数があまりにも多すぎるのだ。数百匹はくだらないだろう。

 それでも他のアニフィンたちもここで諦める事などしなかった。それは桃太も同じ事だ。


「そうですよね。諦めちゃダメですよね。うん。僕も精一杯支援しますから、みなさんは戦ってください!」


 桃太は自身に気合を入れるように頬を叩いた。その様子を雪豹が見つめている。


「犬に背中を預けるのはしゃくだが……貴様(・・)に背中を預けたからな!」


 そう言って雪豹は駆け出した。


「は、はい!」


 桃太は嬉しかった。協力できたことが、頼られる事が嬉しかった。


(本当ならPT組んでないと効果を与えられないスキルだけど……もともとこの世界にPTなんて概念は無いんだ。だったら……きっと強く意識することで出来るはずだ!)


「意思」が強く影響する世界。ゲームではない現実の世界に「PTを組む」などというシステムは存在しない。ただ「行動を共にする仲間」という意味で、パーティーという言葉が使われるだけだった。


 桃太は意識を高めて集中する。普段であれば「スキルを使う」という事だけに意識を傾ければよかったが、PTメンバーではないアニフィンたちにスキル効果を掛ける為に強く集中した。


『ヴァイタリティー』『プロテクション』『マナ・プロテクション』


 視界に映る「味方」を意識して支援魔法を唱えた。結果は桃太自身には判らない。掛けられた本人にしか効果が現れないからだ。

 成功したのか失敗したのか、その結果は直ぐに出た。


「お? なんだか力が漲ってきたぞ」


 アニフィンたち自身の身に起きた奇跡を、口々に叫んだのだ。


「よし! 成功だ!! やっぱり、ゲームのシステムに囚われなくてもいいんだ」


 桃太の視界内に映る、20人ばかりのアニフィンたちへとスキルの効果が現れた。

「ヴァイタリティ」は一定時間ステータスを上昇させる効果のスキルではあるが、スキルを受けたアニフィンたちの様子からすると、純粋に身体能力が向上しているようだった。

「プロテクション」と「マナ・プロテクション」はそれぞれ物理防御力と魔法防御力を高めるスキルだ。効果はゲームと変わらないようだ。


 桃太は意識を別の方角へと向け、スキルの恩恵を受けていないアニフィンへと次々に支援スキルをかけてゆく。


 行けるかも知れない。みんなで協力し戦略を建てて戦えば、数の上では負けていても実戦では勝てるかもしれない。

 そう桃太は思った。わずかな間だけ……


 倒しても倒しても、後方から続々と現れる魔物たち。

 数に翻弄され次々に倒れてゆくアニフィンの戦士たち。

 桃太の回復も、治癒対象がひとり二人ならまだしも、数十人もの対象者がいたのでは追いつかない。


「もう少し、もう少しで『エレメント・サンクチュアリ』のCTが明けます。だからそれまで……」


 桃太がそこまで叫んだ時、彼の背後から最悪な魔法が唱えられた。


『迷子の(つぶて)たちよ、おいで。カオスストライク』


 木々の隙間から見える空が真っ赤に染まると、突如として黒い礫が降り注ぐ。


「ぐああああああああああああああ」


 大木を薙ぎ倒し小規模のクレーターを幾つも作り上げたこの魔法には、ダメージこそ致死量ではなかったが、3つの状態異常を引き起こす効果があった。

 状態異常の中でもヒーラーにとって尤も厄介な「沈黙」もその中に含まれていた。 


(ううぅ……このスキル……は……)


 沈黙効果によって声を失った桃太は、効果が持続する間、仲間を癒す事も状態異常を解除する事さへ出来ない。

 桃太は魔法を放った人物を確認する為、動かない体でなんとか視線だけ向けると、そこには案の定(メイ)が居た。 


「んふふ。昴くんところのわんちゃんね。ごめんなさい、痛くしちゃって」


 紅い唇から漏れ出す言葉とは裏腹に、実際には謝罪する気など毛頭無い事がうかがい知れる。

 命は後ろに控えた魔物達の方へと振り返ると、杖を地面に打ち付けて命令を下した。

 

「さぁ、早く片付けておしまい!」


 彼女の言葉に呼応するかのように、魔物達は一斉に奇声を発する。


「グオオォォォォォォン!」


 森に木霊する大音量は、大量の弓弦が鳴る音を消し去った。


「ギヤオォォォォォォォォォ」


 攻撃の為に上げた奇声は、痛みに苦しむ悲鳴へと変わる。


「何よ!? っきゃ!」


 降り注ぐ矢の雨は、命たちが現れた方角の反対側から放たれた。その一本に腕を射抜かれた命は、痛みの為に顔を歪める。


「こ、この矢は……」


 桃太は降り注ぐ矢がことごとく魔物を射抜くのを見て驚愕した。アニフィンには弓の名手も多い。しかし、今戦っているアニフィン全員で弓を番えたとしても、この数の矢は飛んでは来ないはずだ。

 ならば一体どこから? そう桃太が思ったとき、彼の視界に見知らぬ人物が現れた。顔は知らないが、その人物の出で立ちには見覚えがある。


「聖なる神の祝福を! リカバリー」

「癒しをもたらす聖なる泉、サンクチュアリ」


 桃太を含めた周辺に倒れていたアニフィンたちは、状態異常を解除する「リカバリー」によって開放されると、「サンクチュアリ」の魔法陣によって体力を回復した。

 桃太らを治癒したのはプリースト。大聖堂に勤めている司祭らの着る法衣を纏ったプリーストだ。


「援軍!? と、とにかく今は……『エレメンタル・サンクチュアリ』」


 教会の司祭が何故という疑問はあったものの、今はそんな疑問に時間を費やす事はできない。桃太は意識を失っているアニフィン達を救うべく、CTの空けた上位スキルの詠唱に取り掛かった。

 そんな桃太のスキルを見て驚きの声を上げたのは、桃太の状態異常を解除した司祭たちだ。


「そ、その魔法は!?」

「貴方様は神の声を聞く賢者!?」


 二人の司祭が桃太の傍へと駆け寄った。二人は30代ほどの年齢だったが、歳若い桃太に対して恭しい態度で接してくる。

 よっぽど珍しいスキルだったのか、それとも特別なものだったのか。桃太にそれが判るはずもなく、困惑した表情で受け答えるしかなかった。


「え? 賢者? えっと、あの、僕はプリーストですが……」


 しどろもどろに答える桃太の元へ、頼もしい仲間達の声が聞こえてきた。


「桃太!?」

「みなさん!? 来てくれたんですか!」


 昴は心配するように、そして驚いたように声を掛けてきた。引っ込み思案な所のある桃太が、まさかたった一人で行動に出ていたとは思わなかったのだ。


「遅くなってごめんな。けど、これでもかなり早かったほうなんだぜ」

「近くの町から必死に走ってたらよ、マイアナ軍と遭遇してさー」


 昴といっくんが交互に説明する。

 桃太からの連絡を受けた昴たちは、まず手近に居たプレイヤーに声を掛け有志を募った。自分たちを含めて四PTほど集めると、早速密林の森に最も近い町へと「聖堂帰還」で移動。そこから駆け足で移動する事になっていたのだが、町の外にはマイアナ軍が南に向けて行軍している最中だった。

 丁度出くわしたマイアナ軍の小隊に密林の森で起こっている襲撃事件の事を告げると、小隊長らしき人物が本隊へと連絡。そこからあれよあれよという間にマイアナ軍が援軍として参戦することになったのだ。

 マイアナ軍は援軍を申し出た背景には、軍の先頭を行く本隊に是非昴と会っておきたいという人物が居たからだった。


「全ての魔物を討ち取れ! 第四小隊は囚われた子供たちを解放しろ!」


 二十歳前後の若い指揮官の青年が号令を掛けると、勇ましい声を上げながら兵達が魔物へと向かって武器を振りかざす。


「マイアナ軍……」


 桃太は信じられないといった表情で、今目の前に広がる光景を見つめていた。


「アニフィンたちと協力して、敵を追い詰めるのだ!」


 指揮官である青年はその場で戦っていたアニフィンたちと協力するように号令を掛けた。その声を桃太以上に信じられない様子で見つめるアニフィンたち。


「ヒューマンが……何故?」


 雪豹が困惑したように青年ねと問う。やや癖のある金髪の青年は戦士としては優しげな顔をしている。雪豹の問いに苦笑いを浮かべると、彼の問いに答えるべく口を開いた。


「通りかかったら協力を求められた。ただそれだけです」

「それだけ……それだけで自分の身を危険に晒しに来たのか!?」

「何かおかしいですか?」


 丁寧な口調の青年は、さもそれが当たり前のように平然と答えた。アニフィンにとって種族が違うという理由だけで差別し、偏見の眼差しで見る事こそが「当たり前」であった。異種族を助ける為に「協力」する事など、考えも付かないことだ。


「おかしいって……我々は異種族なのだぞ!?」

「そうですね。私には猫のような耳も無いし尻尾も無い。素早く木に登ることもできないし、貴方がたのような跳躍力も無い。同じところと言えば、この世界で暮らしてるってことか」

「…………」


 同じ世界。

 それがどんなに雪豹にとって重い言葉のように感じたか。


「もし貴方がたが平和を望まない種族だというのであれば、我々は大人しく撤退しましょう」

「…………」

「もし我々同様に平和を望んで戦うのであれば、我々はいつでも協力します」

「…………」


 望まないはずが無い。雪豹にとっても、他のアニフィンにとっても毎日の日々を安心して暮らせる世界こそ、望んでやまない世界だ。


 桃太が雪豹の前に立ち、彼の言葉を待った。


「どちらですか?」

「……犬族の……いや、モモタと呼ばれていたか」

「!? はい!」


 初めて名を呼ばれた事で、それそのもののと、次に出てくるであろう言葉を予測して桃太は喜び、元気良く答えた。


「我々は……平和を望んでいる。当然だ! 子供たちを守る為に、仲間を守る為に……協力を乞う」


 桃太と青年に向かって頭を下げる雪豹は、しかし誇り高く力強い視線で二人を見つめた。そこには他種族を偏見の目で見るような感情は無かった。


「心得ました。私はマイアナ公国、初代国王アルドノーア・アドル=マイアナです」

「噂には聞いていたが、新しい新国家の若い国王か……私の名はマーズ・キスケス。この集落の長を勤めさせて貰っている」


 国王と長。二人のリーダーは互いに手を握り同盟の証をたてる。


「では……」


 青年が長剣を鞘から引き抜く。


「やるか」


 雪豹は自慢のクローを陽の光に輝かせた。


 二人は揃って魔物の群れへと駆け出す。

 その二人に向かって桃太はありったけの支援スキルを掛けた。

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