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5-8 『犬と猫の共同戦線』

 森の木々に囲まれたアニフィンの集落で、神々しい光の魔法陣が現れる。


「な、なんだ!? どうなってるんだ俺は?」

「傷が……塞がっていく……」


 桃太の唱えた「エレメンタル・サンクチュアル」は、通常の「サンクチュアリ」よりも広範囲に広がる魔法陣を作り上げた。そして魔法陣の光に包まれたアニフィンたちの傷が見る見るうちに塞がってゆく。

 それだけでは無い。

 気絶していたのか、瀕死状態だったのか、倒れて動けなくなっていたアニフィンたちも立ち上がり始めたのだ。恐らくプレイヤーで言う所の「戦闘不能状態」だったのだろう。


「サンクチュアリの上位版? えっと、スキル効果は……範囲指定型。半径10メートル範囲内の味方戦闘不能者全ての蘇生と、範囲内に居る味方全員のHPを持続回復。状態異常効果の解除。……凄い。しかも回復量は1回あたいがヒールバレット並みだ」


 桃太はスキル一覧を呼び出し、新たに書き加えられたスキル「エレメント・サンクチュアリ」の説明を読んだ。スキル表示には「上位スキル」という文字も浮かんでいる。


「凄いけど……代わりに僕のHPとMPが半分持って行かれるのか」


 消費MPを表示する場所には「MAXHP・MPの50%消費」と書かれている。この手のスキルは他職にも存在するが、注意するべき点はスキル使用時の残りHPだ。残りHPが全快状態の5割以上無いと発動しない、若しくは発動後に戦闘不能になる。確認の必要のあるスキルではあるが、今それを確認している余裕は桃太には無い。


 近くにいたアサシン風の敵PCが桃太の存在に気づき、(クロー)系武器を振りかざして飛び込んで来た。


「くそ! てめー何しやがった!?」


 男の声に桃太も慌てて反応するが、新しいスキル効果に見とれていた為自身の回復が疎かになってしまっていた。


「!? か、回復しなきゃ」


「ヒール・バレット」の詠唱は2秒足らず。しかし、男との距離は僅か5メートルほど。


 間に合わない。


 桃太がそう思って目を閉じた瞬間。


――ガキィィィィィン――


 鉄同士が激しくぶつかり合う音が鳴り響いた。

 桃太が閉じた目をおそるおそる開くと、そこには真っ白な毛皮に黒いぶち模様のあるアニフィンが立っていた。プレイヤーであれば雪豹がモデルとなったアニフィンと言ったところだろう。

 雪豹は桃太を襲った男と同系統の武器を装備し、男のクローと絡ませるようにして攻撃を止めていた。


「!?」


 桃太は驚いた。あれだけ毛嫌いされていた自分が助けられるとは思っても見なかったのだ。更に言えば、自分を助けてくれた雪豹は、一番初めに助けた少女の父親だったのだ。


「邪魔するんじゃねー! 死に底無いが!」

「生きているさ。しかもピンピンしているぞ」


 アサシンの男は悪態を付くが、雪豹は鋭い視線を向けてそれを交した。

 雪豹が絡ませたクローを払いのけるようにして解放すると、アサシンの手からはアッサリとクローが投げ出される。


「クローはこうやって使うのだ!」


 アサシンの肩口にクローの切っ先を押し当てると、それを勢い良く振り下ろし、返す刀で再び胴を攻撃する。

 その動作は素早く、アサシンの体には無数の引っ掻き傷が生まれていった。


「いでででででで!」


 軽装とはいえ、高レベル装備のお陰で受けるダメージは大きくは無かったアサシンだったが、問題はそこからだった。クロー系武器にありがちな「追加効果」だ。

 雪豹のクローには麻痺系の毒が塗り込められていた。

 アサシンは体の自由を奪われると、そのまま雪豹に追加攻撃を加えられ、遂には戦闘不能となった。


 敵が動かなくなったのを確認すると、雪豹は振り返って桃太の方へと歩み寄った。


「……さっさと自分の傷を癒せ」


 無愛想にそう言った雪豹の表情には、これまでのような嫌悪感は感じられなかった。


「……は、はい!」


 どこか気恥ずかしさと嬉しさの入り混じった口調で桃太が返事をすると、自分自身に「ヒール」を唱え、交戦するアニフィン達の傷を癒せるように「サンクチュアリ」を展開させた。

 白い光の魔法陣を目にしたアニフィンたちは、迷うことなく足を踏み入れると少量の持続性回復の恩恵を受け、再び敵と対峙する。


 その様子を離れた位置で見ていた敵PCのリーダーであるナイトは、驚愕した表情で呟いた。


「さっきまで瀕死だった連中が全員復活してやがる……一度に複数を蘇生するスキルなんてなかったハズだろ?」


 ナイトの視線の先には桃太の姿がある。


 雪豹は傷ついた仲間が他にも大勢居る事を確認すると、桃太に魔法の確認を促した。


「魔法、まだ行けるか?」

「さっきの『エレメント・サンクチュアリ』ですか? えーっと、CTは……」


 そう言われて再びスキル一覧を呼び出し、CTの長さを確認した。残りCTはスキル一覧にあるアイコン内に表示されている。


(あれ? 思ったより短い)


 効果が絶大なスキルほど、CTは長く設定されているものだった。桃太の予想では「エレメンタル・サンクチュアリ」は180秒ほどのCTがあると思っていたが、実際には60秒しかなかった。


「あと15秒で使えます」

「よし……それまで時間稼ぎをしてやる」


 桃太からの返事を聞いた雪豹は、周囲を確認すると尤も強固そうな男へと攻撃を定めた。雪豹の攻撃目標に気づいた桃太が慌てて彼が駆け出すのを静止させる。


「ま、待ってください! PC……いや、人相手に戦う時にはもう少し考えて攻撃しないと」

「何を言っている! 強そうな奴から倒すのがセオリーだろう」

「あなた方のいう強そうなってのは、戦士系の事ですか?」

「あたりまえだ」


 強い者から倒す。戦術として間違いではないのだろうが、しかしアニフィンにとって強者とは自身らと同じ物理攻撃職であり、その中でも厚い鎧で身を包んだ戦士系職だった。


「だから勝てないんです」


 アニフィンの認識を桃太はばっさりと切り捨てる。


「っな!? じゃー貴様ならどうするというんだ!」

「僕なら……」


 自分の考えを否定された雪豹は、苛立たしそうに桃太へと声を荒げたが、桃太はそれに臆することなく雪豹へと対人戦での攻略法を伝える。




「はーっはっはっは! 動物どもは俺様に恐れをなしたか!」


 アニフィンたちの戦い方が変わったのは暫くしてからの事だった。

 それまで戦士系職を狙って攻撃を繰り返してきた彼らだったが、突然戦士たちを無視してその間をすり抜けて行った。

 

 自分に勝てないと悟って逃げ腰のアニフィン……そう勘違いした巨大な斧を振りかざしたバーサーカーは、得意気に大口を上げて笑っている。

 そのバーサーカーの背後で突然悲鳴が上がった。


「ぐぎゃっ!」

「か、回復してく……あぁ!! こいつら……」


 ウィザードやソーサラーから上がった悲鳴は、回復の要となるヒーラーへと伝染してゆく。


「魔物も接近戦職も全部無視していけ! 狙うのは魔法使いどもだけだ!」


 雪豹が仲間のアニフィンたちへと号令を掛けていった。彼らの言う「魔法使いども」とはウィザードやソーサラーだけではなくプリーストやエクソシストも同じ分類に入れられているようで、それら全てが攻撃対象となっていた。


「そ、蘇生を! ヒーラーだけでも先に蘇生して起こせ!」


 リーダー格のナイトが慌てて指示を出す。攻撃を免れていたプリーストが倒れた回復職に蘇生を掛けると、すぐに復活をした。

 それを目にしたアニフィンたちから落胆するような声があがる。

 桃太は彼らを安心させるように蘇生魔法の仕様を説明した。


「蘇生直後は体力もほとんどありません! 起き上がった敵は簡単にまた倒せますし、蘇生魔法は連続使用が出来ません! このまま魔法職優先で倒していってください」

「くそ! あの犬プリーストを狙え!」


 リーダー格のナイトが、戦況を狂わせた張本人を見つけると、槍を構えて桃太へと襲ってきた。

 そこに躍り出る影が一体。


「そうはさせるか!」


 雪豹だ。通常の豹やチーターなどと体格を比べると、若干肉付きが良く、その分筋肉も多い為力もある。

 ナイトの突撃攻撃をクローで受け止めると、やや引きずられながらも止める事が出来た。


「っけ! 良いのかよ? 魔法使い様じゃなく、ナイトの俺を狙っても」


 互いに至近距離から睨みあう二人。


「あぁ、問題ない」


 雪豹はナイトの威圧的な問いに、目を細めニヤリと笑うようにして答えた。そして問いの答えを補足する。

 

「魔法使いどもはほとんど倒した」

「へ?」


 雪豹の言葉にきょとんとした顔で間の抜けた声を洩らすナイト。直ぐに我に返ると、言葉の意味を確かめるべく周囲を見渡した。

 元々人数の少なかったヒーラーはことごとく倒され、蘇生可能制限時間を越えた者は強制帰還させられていた。HPがゼロになっていない者も居たが、様々な毒効果によって身動きが取れない者ばかりだ。


「……っげ! やべぇ」


 見る間にも、アニフィンたちが次に攻撃対象にしたのがハンターやバード、そして軽装職だ。アニフィンたちはクラスで言えばアサシンやハンターばかりだったが、彼らにはレベルでは表せない「経験」がある。更に生まれ持った狩人的な反射神経によって敵PCとのレベル差を埋める力があった。


「さぁ、貴様も観念して俺の爪に掛かって死ね!」


 そう言って、雪ヒョウは身を鍵爪(クロー)を構えると素早い動作でナイトの背後へと周り込んだ。ナイトが振り向くよりも早く雪ヒョウがその背中へと爪を振り下ろそうとしたが、寸での所で雪ヒョウは後方へと跳躍した。

 彼が跳躍した瞬間、彼が元居た場所には一本の槍が地面に突き刺さった。


「おしい。流石野生の勘ってやつか?」


 そう言ったのは二つ頭の狼に跨った別のナイトの男だった。槍を投げたのはこの男だろう。


「そんな……増援が……」


 桃太は愕然とした声を上げる。

 桃太の視線の先には、森を埋め尽くさんばかりの魔物がひしめいていた。


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