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5-7 『開眼:上位スキル』

 密林の森近くの町が壊滅してからというもの、桃太は密林の森へと足繁く通った。

 破壊された家屋から家財道具などを運び出し、盗みを行うアニフィン達の行為をなんとかして辞めさせたかったからだ。しかし、何度足を運ぼうと門前払いを食らうばかりで、話を聞いて貰えたことは一度もなかった。

 何度目かになる密林の森へ訪れる際、森の入り口で桃太にとって最悪な場面に遭遇した。


「それでだ、猫どもが大人しく従わないんで、面倒くさいから全滅させろってことだ」


 男の声が桃太の耳に入ってきた。ヒューマンやエルフよりも良く聞こえる耳は、少し離れた場所の会話でも幾分は聞き取る事ができる。

 見ると、数十人のプレイヤーと数十体のモンスターが森へと入ってゆく所だった。プレイヤーとモンスター敵対するわけでもなく、モンスターはプレイヤーらの指示に従って行動している。

 敵PCプレイヤーキャラクターだ。


 桃太は距離を取り、並行するようにして森へと入っていった。


「まぁ、俺たちは直接手を下さなくても、こいつらにやらせればいいさ」

「俺たちは猫のガキ共を連れて行く。手懐けて飼いならせれば使えるかもしれないしな」


 下品に笑う男達は、これから密林の森にある猫族の集落を襲うようだった。


(そんな……急いで昴さんたちに連絡しないと)


 桃太は急いで、且つ見つからないように距離を広げる為足を止めると、男達との距離を確認しつつUIを開く。ギルドチャットで昴らと連絡を取るのだが、声を出す必要がある為見つかる恐れを考え、十分に離れるまで待つつもりだった。

 しかし、微かに聞こえてきた会話によって、別の行動に強いられる事になる。


「もう戦闘は始まってるから、とりあえず油断するなよー」

「うぃっさー」


 この敵集団は増援か何かだろう。男達の会話からすれば、既に別働隊によって集落は攻撃されているようだった。


(!? 昴さんたちの到着を待っていたら手遅れになってしまう……僕だけでも急ごう)


 桃太は急いでその場を離れると、先ほどの集団を大きく避けるようにして集落へと向かった。幸いな事に、先ほどの集団は真っ直ぐ集落へと向かうルートを取っておらず、恐らく大まかな位置しか判っていないのか、大きな木々が生い茂って行く手を阻むルートへと向かっていた。

 何度も森へと訪れている桃太は、歩く距離としてはやや長くなるものの、平坦で歩きやすいルートを知っている。そこを走り抜ければ敵より早く集落へと到着できた。


 息を切らせながら到着した集落では、予想以上の攻撃を受けていた。

 剥き出しの地面には多くの猫族アニフィンたちが倒れている。武器を手にした者、何も持たない者。女性の姿もある。


「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ」

「おかーさん! 離せぇー! おかーさーん!!」


 離れた場所でかん高い女性の叫ぶ声と、幼い子供の声が聞こえてきた。

 桃太が慌てて悲鳴のした方角へと向かうと、その途中で別の方角から別の子供が泣き叫ぶ声が聞こえてくる。

 そちらへ視線を向けると、敵PCが少年らしきアニフィンの髪を鷲掴みにして檻の中へと押し込めようとする光景が目に入った。


「む、息子を返……せ」


 少年の父親らしきアニフィンが、少年の髪を掴む男へと縋りつく。男はアニフィンの父親を蹴り飛ばすと、父親は腹を抱えてうずくまった。既に体は無数の傷で覆われている。

 蹲るアニフィン仲間を庇うようにして、別の若いアニフィンが現れた。


「くそ! 忌々しいヒューマンめ!」


 若いアニフィンは短剣を握り締め、少年を檻に閉じ込めた男へと襲い掛かった。

 しかし、その跳躍は別方向から飛んできた炎によって妨害される。


「ぐあぁぁぁぁぁぁ!!」


 炎の玉は若いアニフィンの顔面で炸裂すると、彼は顔を手で覆って地面を転げまわった。


「お前達が悪いんだぜ。せっかく魔王様の元で働かせてやるって言ってるのによぉ」


 炎の玉を放った男が口元を歪め、せせら笑うようにして言った。

 顔面の炎を消し終えたアニフィンは目に火傷を負ったのか、閉じたままの状態で新たな敵へと威嚇する。


「だ、誰が邪悪な者の下になど付くものか……」

「ふん。異種族を毛嫌いしてるクセに、変な正義感なんぞ出しやがって」


 アニフィンは精一杯の正義をかざそうとするが、それはあまりにも貧相な正義感であることを敵PCたちも知っている。正義をかざすのであれば、敵に襲われている異種族にも手を差し伸べるべきであって、間違っても見殺しにしたり盗みを働くものではない。


「ま、少数種族はいつでも滅ぼせるからってお情けでこれまで生かされてきたんだ。今死のうがもう少し先で死のうが同じ事だろ? 魔王様の配下に下らないなら今ここで死ね」

「っな! 初めから我々アニフィン族も根絶やしにするつもりだったのか?」

「あったりまえだろ? 他人が襲われてるのを指を咥えて見ていただけのお前らなんか、直ぐに殺す価値すら無いってんで見逃されてきただけだぜ?」

「……」


 アニフィンは犬と猫に別れて生活をしている上に、各地に点々として集落を築いている為、ひとつひとつの集落での人口は数百人程度しかない。アニフィンが個体としての身体能力に優れた種族だとしても、圧倒的に数の上では少なく、それを滅ぼす事は闇の魔王にとって造作も無い事だっだ。

 その真実を知り、そして改めて自分たちが行ってきた行為を否定され、若いアニフィンは言葉を失った。


「けど、戦闘能力を残したままってのが頂けねぇよな。だから予定変更して仲間になるなら種族は存続させてやるが、従わないなら皆殺し……はかわいそうだからって、キース様がお情けで使えるかもしれねーガキだけ生かせとさ。ありがたいだろ?」

「こ、子供たちに手を出すな!」


 子を失うのは種としての繁栄が失われるのと同じ事。若いアニフィンは自分に子供は居なかったが、それでも必死に集落の子供たちを救おうと声を上げた。 


「知るかよバーカ!」

「ぐはっ!」


 巨大な斧を担いだ男が柄の部分でアニフィンを突き刺す。

 若いアニフィンは口から鮮血を吹きながら、地面へとうずくまった。


 いたるところで惨劇が繰り広げられる中、桃太は必死に集落を駆け回り、傷ついたアニフィンたちを癒していった。


「はぁはぁ……僕一人じゃ……間に合わない……」


 桃太のレベルであれば、極僅かなMPでアニフィンたちの肉体を回復させることは可能だったが、傷ついたアニフィンが多すぎる事、そして一刻を争う重傷者が多い為に治癒が間に合わなくなる可能性もあった。

 それでも桃太は必死で治癒に専念する。そんな桃太の視界に、今にも命が失われそうな程の深い傷を負った女性のアニフィンが映る。 


「た、助け……て」

「今すぐにヒールを!」

「助け……て……子供を……ミーニャを……」


 女性の視線は桃太を捕らえてはいなかった。ただ一点のみを悲しげに見つめている。

 そこには何人もの子供たちが閉じ込められた檻があった。


「ううぅ……キリア……と、とうさんが……今、行く……からな」

「くそ……くそぉ……」


 周囲には女性同様に我が子が囚われたアニフィンたちが、傷ついた体を引きずるようにして檻を目指していた。


「ダメだ……僕一人じゃ間に合わない……早く昴さんたちが到着してくれないと……」


 どんなに癒しの手を施しても、次ぎから次へと怪我人が増えるこの状況では子供を救うことすら出来ない。桃太の心に「諦め」にも似た感情が押し寄せようとしたとき、木陰から見覚えのある猫の少女が現れた。


「犬の……お兄ちゃん……」

「君は!?」


 ヒューマンの町で敵に捕らわれていた少女だ。彼女はいくつもの傷を負い、衣服があちこちが破れ血が染み付いていた。


「お父さんを、助けて……お兄ちゃん、魔法を使える……凄いアニフィンでしょ?」


 この世界のアニフィンたちには魔法を操る能力が無かった。だからこそ、癒しの魔法を使っていた桃太は、少女にとっては「凄い」アニフィンに見えたのだ。父親を救ってくれる「英雄」のアニフィンに映ったかもしれない。


「ぼ、僕は……僕の魔法は人を癒すための力で……」


 傷を癒す事は出来るが、戦闘能力は皆無に等しいプリースト。自分がどんなに頑張った所で、相手のHPの5ぶんの1でも削れれば良いほうだろう。

 力を持たないプリーストである事を後悔するが、同時に自分がプリーストでなければ救えない命が、今ここには沢山ある事も自覚する。


「じゃーお父さんを守って!? お願い……おねがゲフゲフッ」

「動かないで! 君の体だって傷だらけじゃないか」

「私よりお父さんを守って!」


 少女は自分の身よりも父の身を案じる。

 少女だけではない。桃太の目に映る全てのアニフィンが子を、孫を、親を、そして仲間の身を案じ、傷ついた我が身にムチ打ってなんとか助け出そうともがいている。


「……」


 そんな光景を見つめつつ、自分の非力さを噛み締める桃太。


(僕じゃダメだ……昴さんのように敵を抱えて耐えることはできないし、アーディンさんみたいな凄いスキルも無いし……)


 自問自答するように、大きな黒い瞳を閉じて考える。右手に持った杖をぎゅっと握り締めると、カっと目を見開いた。


(だけど……やるしかないんだ。僕に出来ることをやるしかないんだ!)


 どんなに考えようが戦が終わるわけではない。考えてる時間だけ無駄な血が流されるだけだ。

 桃太はアニフィンたちの治癒を優先しつつ、戦えるアニフィンたちをまとめて団結して反撃に撃って出る事にした。


 まだ戦おうとする傷ついたアニフィンの元へ桃太が駆け寄ろうとした時、突然桃太の頭へと直接呼びかける声がした。


『そう……あなたに出来ることを精一杯行ってください』


 声の主は幼い少女のような感じだった。

 桃太はどこから聞こえてきたのか理解できず、周囲をきょろきょろと見渡している。


「え? 誰?」


 口にだして問う桃太に、再び声は聞こえてきた。


『わたくしはフローリア』

「女神……様……」


 そういえば聞き覚えがある。そう桃太は思った。

 女神フローリアは今、桃太の脳へと直接声を届けている。


『さぁ、貴方の強い意志を解き放ってください。貴方が願う力を求めてください』

「僕が願う……力」

『そうです。その力が正しいものであったなら、きっとこの世界は貴方に味方するでしょう』


 フローリアの言葉に困惑しつつ、それが何かの啓示であるならばと、素直に言葉の意味に従って思案を張り巡らせる。


「僕が願うのは……」


 桃太の答えはすぐに出た。


「今この村で傷つき倒れている人皆を助けたい!」


 それがプリーストとしての自分の役目であり、プリーストとして選んだ道だと桃太はハッキリを自覚した。

 直接敵を攻撃するだけが戦いじゃない。そうする事だけが守る力ではない。仲間を癒す事も立派な戦いであるし、立派な守りでもある。

 攻撃することは仲間たちに任せ、自分は仲間を、傷つくこの世界の住人達を治癒する事に全力を注ぐ。改めてそう決心した。


『貴方は敵を倒す力より、倒れた人を救う力を選んだのですね……それはきっと、正しい選択だとわたくしは思います』


 女神フローリアの声はどこか嬉しそうでもあった。


 桃太は杖をぎゅっと握り直すと、改めてアニフィンたちの元へと向かおうとした。

 その時、杖を手にした右手に熱を感じた。見ると桃太の右手がうっすらと輝いている。その輝きを目にした瞬間、桃太の脳裏にある言葉が浮かび上がった。


『私には貴方の手助けをする力はありませんが、貴方の助けとなる力を貴方自身が得るためのアドバイスならできます。さぁ、貴方の中に生まれた言葉を口にしてください』


 女神の助言を受け、桃太は脳裏に浮かんだ言葉を口にする。


『エレメンタル・サンクチュアリ』

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