5-6 『すれ違う者』
アニフィンの男が去ったあと、昴たちは生存者を探す為に手分けして捜索にあたった。
昴は餡コロと二人で町の奥へと向かう。
「もっと人手を残して置けばよかった……いや、人に頼らず俺達が残っていればよかったんだよな」
一緒に歩く餡コロへと語りかけるようでいて、独り言にも聞こえる昴の声は、どこかやり場の無い苛立ちにも聞こえた。
昴の言葉に対して反応を返さない餡コロが気になり、傍を歩く彼女へと視線を送ると、餡コロはまだかすかに涙を浮かべたままだった。
「餡コロさん、大丈夫?」
昴は立ち止まって餡コロの方へと歩み寄る。それに気づいた餡コロは、目に浮かんだ涙を拭うと必死に笑顔を見繕った。
「はい! 泣いてばかりいちゃダメだって判ってるんです。今はひとりでも助けられる人を助けなきゃいけない時ですから!」
「うん。そうだね」
餡コロは精一杯の元気を搾り出して歩きはじめた。
二人が町の一番奥側にある住宅地に到着したとき、通路の先に見覚えのある人物を発見した。
「あいつは……まさか!?」
その人物は黒髪のエルフ男だった。名前はキース・エッジ。女神フローリアと弟神フロイによる大規模召喚の際に、MMORPGとして作られた『ワールド・オブ・フォーチュン』のゲームシステムを異世界に実装させた張本人だ。
突然の事で警戒と怠った昴は、思わずキースの方へと歩き出してしまい、結果として瓦礫に足を取られ大きな音を鳴らす事になる。当然のようにキースとその周りにいた敵PCらに見つかってしまう昴と餡コロ。
「おや、こんな所で会うとわ。奇遇ですね」
昴たちの存在に気づいた敵PCたちは、武器を片手に襲い掛かろうとしたが、キースがそれを制した。
キースたちとの距離を取り、いつでも逃げられる位置をキープした昴は、後ろの餡コロを守るように身構えると念のため盾だけは装備する。
「お前が町を襲ったのか!?」
「まさか。ボクは出来るだけ魔物達には人を襲わないよう言い聞かせているんだよ」
「だったら何故町の人を!」
昴の問いに悪びれる様子もなく、キースは鼻で笑うようにして答えた。キースの態度に怒りを覚えた昴は、右手で剣の柄に触れる。剣はまだ鞘に収めたまま、もう少し様子を見る。
相手の人数は10人ほどだ。餡コロと二人で勝てる人数ではない。無駄に餡コロを危険な目に会わせる訳にもいかなかった。
キースは昴の様子に気づきながらも、身構えるわけでもなく淡々と会話を続ける。
「相手は所詮魔物。知能は人間に劣りますから。学習能力の無いヤツに言い聞かせても、それを守るのはその時だけなんだよ」
「そんな……まるで他人事じゃねーか!」
「他人事でしょ。だってボクは人間であって魔物じゃない。あ、今はエルフか」
そういってキースは短く笑ってみせた。
「それに、奴らにとって人を襲うのは食事の意味も含まれていたんだ。人間だって家畜を殺して食べるでしょ? それと同じですよ」
「で、でも……私だって大好きな餡ころ餅を食べるのを、我慢する事はできますよ! 我慢しなきゃいけない時はちゃんと我慢します!」
キースの話に餡コロは意を唱えた。その内容は到底キースの話を覆せるような物ではない。それでも精一杯の反論をしてみせた。
「……餅はおやつじゃないのかな? 魔物にとって人を食うことを我慢するっていうのは、主食を我慢させられる事。おやつと一緒にしたら可哀想じゃないか」
そこまで言うと、キースは何事か考えるような仕草をすると、突然その表情が「普通の人」のように変わり、口元は僅かにほころんだ。
「餡ころ餅か……随分懐かしい物がでてきたな。君も餡ころ餅が好きなのか?」
キースはもう10年以上前になる出来事を思い出していた。従兄妹の女の子が喉に餡ころ餅を詰まらせた事を。
「え? す、好きですけど。好きすぎて昔喉に詰まらせた事も……」
突然の質問に、餡コロはつい条件反射で答えてしまった。
餡コロの答えを聞いたキースは、思わず声に出して笑ってしまう。
「っぷ……同じだな。ボクの従兄妹の女の子も昔詰まらせたことがあってね。慌てて逆さまにしたものさ」
「え? ……」
キースの口から出た言葉に、餡コロは驚きの声を上げたが、その後は言葉を失い黙ってしまった。同様に昴も驚いた。
(それって、以前餡コロさんが話してた……従兄妹のお兄さんが逆さまにして餅を吐き出させてくれたっていう?)
いつだったか、餡コロが今手にしている杖を製造依頼した相手のところへと取りに向かった際、その帰り道で聞いた話を思い出していた。
その話で餡コロは喉に餅を詰まらせたと言っていた。喉に餅を詰まらせたことがある人間は、そう多くはないと昴は思っている。にも関わらず、キースの従兄妹も同じ経験をした女の子がいて、しかもキース自身が逆さまにして吐き出させたというような事を言っている。まさに餡コロが話してくれた内容と一致しているのだ。
「懐かしいものを思い出させてくれたお礼に、今日の所は素直に引き上げてあげるよ」
そう言い残すと、キースは傍にいた部下のプリーストに命じて「聖堂帰還」を唱えさせた。呪文はすぐに完成し、同時にキースら10人は直ぐに消え去った。
キースが消えてから我に返った餡コロは、慌てて彼が立っていた場所へと駆け寄ると、天に向かって必死に叫んだ。
「ま、まって!? その子の名前は? あなたの本当の名前は!?」
しかし返事は無い。遠い彼方へと消えたキースに、餡コロの声は届かなかった。
(まさか、餡コロさんが探している従兄妹のお兄さんが……キース!?)
膝を付き崩れるように座り込んだ餡コロの姿を見つめつつ、昴は最悪の考えに辿りつく。
餡コロのすすり泣く声を聞いた昴は、ゆっくり彼女の元へと歩み寄り、しゃがんで彼女の肩へと手を掛けた。
「お兄ちゃんなの? お兄ちゃんが……悪者になっちゃったの?」
「餡コロさん……」
独り言のように自問自答を繰り返す餡コロ。昴はすぐにでも肩を抱き寄せ、彼女の小さい体を守りたいと思った。
「昴さん! キースさんはお兄ちゃんなんですか?」
涙を浮かべた大きな瞳を昴へと向け、餡コロは縋るように尋ねた。
「判らないよ……俺には……」
昴に答えが判るはずもない。いや、心の中では「そうかもしれない」とすら思えたが、それを口にすることは出来なかった。
「どうしよう……どうしよう」
混乱する餡コロに、昴はそっと手を差し伸べる。
「餡コロさん……今は町の人を助けるのが優先だ」
キースの事を考えても答えは見つからない気がした。本人に直接確かめるしか方法はなかったのだから。そして、キースの事を頭から離れさせる為にも、今は別の事を優先することが良いと昴は判断した。
「…………そう、ですよね。あの人がお兄ちゃんって決まったわけじゃないし。今は……」
餡コロもそれを理解してか、素直に昴の手を取って立ち上がった。
●
昴たちに加えいくつかのPTが増援に駆けつけた頃、なんとか一命を取り留めた町の住民ら全員の救出が終わった。
住民らの話では、やはり町自体の被害が少なかった事もあり、そのまま通常の生活に戻る為帰ってきたという事だった。もちろん、帰ってきた住民は少数だったが、中には家族連れで戻ってきていた者もいた。
救出された人数は少なく、多くは命を落とす結果になってしまった。
「町は時間が掛かっても立て直すことが出来る。けど……失った命は戻って来ないんだよな」
「避難先の住民に、周辺の安全が確保されるまで戻ってくるなって……もっと徹底しとかなきゃダメだよな」
桃太やクリフト、増援で駆けつけた他の回復職の手にとって、救出された住人の治癒が施される。少し離れた位置でその様子を見ていた昴らが、やり場の無い怒りを抑えるかのように言う。
住民たちが昨日の今日で避難先から戻って来さえしなければ、無駄な命を落とさずに済んだのに。そう思うのは他の面々も同じだった。
「そうね……けど、今回はあたしたちの方にも責任があるわよ」
「あぁ、小さな町だからって警備に回す人手を減らしてしまってたんだしな」
カミーラの意見も一理ある。町の規模に合わせて人数調整はしたものの、結局周辺フィールドの安全確保に必要な人数は町の規模とは無関係だった。結果、町に残ったPTが減った事で危機的状況に陥ってしまったのだ。
「とにかく、同じ過ちは繰り返さないように……プレイヤー全員にこの事を伝えて、避難先の住民への事とか警備に当たる人員の人数とか話し合わなきゃな」
昴はそう言うと、治癒を終わらせた桃太に声を掛け、「聖堂帰還」のスキルを催促した。
拠点へと戻り、早速会議を開く為の申請をするつもりだった。
帰還したのは昴ただひとり。他のメンバーと増援PTは、生き残った住民を避難先へと護衛する為に残った。
避難先でこの出来事を耳にする住民たちの事を思うと、いっくんらは気が重くなる。
小さなこの町は、新しく描かれる地図から名前を消す事になるだろう。そう誰かは思った。




