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5-5 『悲しい現実』

 桃太の「聖堂帰還」によって昴が待つアノーワークの町へと戻った四人は、密林の森での出来事を昴らへと話した。もちろん、そこには感情的な愚痴がいくつも含まれている。


「もう、ほんっっっとムカつく〜!」

「だよね〜。まったく私も猫だけどさ、アニフィンがあんなのだって知ってたら絶対アニフィンなんかにしなかったわよ」

「ワオキツネザルのどこが悪いのよ!」


 ニャモと月はかわるがわる愚痴を洩らしていく。


「悪いって言うか、この世界では存在しない種族なんだし、まぁそこは仕方ないかと」


 いっくんが月に向かってこう言った。

 ゲームでは犬と猫以外のタイプのリーフィンが用意されていたが、実際にはこの世界に犬猫以外のリーフィンは存在していない。存在するはずのない容姿のリーフィンがいるのだから、この世界に住むアニフィンらが気味悪がるのも仕方が無い。

 事実は事実として、いっくんの言葉は今の月にとっては焼け石に水状態だった。


「なんっちや〜?」


 長い尻尾を逆立てて、月はいっくんを威嚇するように睨む。月の苛立ちに、場を落ち着かせる為に昴が慌てて身を乗り出した。


「まぁまぁ、とんだ災難だったね四人とも」


 昴は甘い果実を絞ったジュースを月に手渡すと、それを一気に飲み干した月はようやく落ち着きを取り戻した。


「はぁ……犬族もあんな感じなんですかね?」


 桃太が悲しむようにポツリと洩らす。


「さぁ? どこに住んでいるのかも判らないしねぇ」


 言われてみて桃太ははじめて気が付いた。

 この世界に来て猫族のアニフィンを見たのは今日がはじめてであり、犬族のアニフィンは未だに見たことが無い。猫族の反応からすれば存在はしているはずだ。

 しかし、この世界にやってきて数ヶ月。今日まで一度もプレイヤー以外のアニフィンを見たことが無い事に、桃太は一抹の不安を抱く。


(この世界の異種族同士の繋がりって……そんなに希薄なものなんだろうか)


 闇の魔王がヒューマンの領土を支配すれば、次は必ずアニフィンたちの集落が襲われることになる。そうなったとき、彼らはどうするのか。

 いや、自分たちが魔王を討伐後の事のほうが心配になってくる。戦いに参加することなく、ただ傍観していただけのアニフィンだと知ったら、ヒューマンたちはどうするだろうかと。

 戦いに参加せず、傍観を決め込んだ女神フローリアと弟神フロイは、この世界に関わる事を許されず結界の中に閉じ込められている。神様でもこの仕打ちなのだから、アニフィンたちもどうなるかわかったものではない。

 桃太はなんとかして、皆が仲良く暮らせる世界にしたかった。


「とにかく、今はゆっくり休もう。二日後には少し西のほうに勢力拡大するみたいだからさ」


 昴の言葉で考える事を辞めた桃太は、宛がわれた自室に戻って休むことにした。




 翌日の午前。

 報告会に参加していた昴が、大きな足音を響かせギルドメンバーの待つ部屋へと駆け込んできた。


「大変だ! 昨日の町が魔物の襲撃にあっているって報告が!」


 昴の報告に慌てて八人は立ち上がる。


「急ごう! あの町には教会が無かったから最寄の町から走るぞ!」


 ゆっくり寛いでいた面々は慌てて自室に戻ると、装備やアイテムを準備して下の部屋へと戻ってきた。


 全員が揃い、八人はPTを組むと桃太が「聖堂帰還」の詠唱を開始し、目的地から最も近い町を選択してスキルを完成させた。




 八人が前日開放したばかりの町へとやってきたのは昼前だった。最寄りの別の町からここまで距離的にはそう遠くは無いが、人の足で走ったのでは時間は掛かってしまう。


「くっそ、やっぱ走ったんじゃ間に合わなかったか」


 いっくんは昨日とはまるで別物と化してしまった町の様子を見て絶望感を覚えた。

 ほとんどが無傷だった家屋は8割以上が破壊され、いたるところで火の手も上がっていた。


「町の警備してた人とかは?」


 魔物から開放されたばかりの町には、常に何人かのプレイヤーが滞在し報復に備える事になっている。この町も例外ではない。


「1PTしかいなかった所を襲われたらしい。数が多くて全員戦闘不能になって強制帰還されてきたんだ」


 昴は報告会で聞いた内容を皆に話した。


 複数のPTが滞在していたのだが、周囲の巡回モンスターを討伐する為に町を離れたPTがいくつか出た。一時的に1PTのみが町の警備に当たっていたのだが、その時に突如モンスターの襲撃が来たらしい。

 わずか12人でその数倍にもなるモンスターを相手にする事になったが、運の悪い事に町に残っていたPTは平均レベル60という構成だった。

 そして、襲撃したモンスターたちに敗れ、全員が戦闘不能状態となりアノーワークへと強制帰還されて来たと言う訳だ。


「……町の被害は……」

「前の開放戦闘の際に避難してもらってたし、すぐに町に戻ってきてる人がいなければいいんだが」


 餡コロの言葉に昴は答えた。自らの願いを含めたその内容は、町の様子を確認する為に歩き出した直ぐ先で覆されることになる。


 家々が建ち並ぶ住宅街。ほとんどの家屋はレンガ造りになっている。

 破壊された家屋の壁に使われていたのだろうレンガが、そこかしこに散乱する中に「それ」はあった。


「!?」


 遺体だ。

 レンガの下敷きになるようにして横たわる遺体は、見える範囲でもいくつかの爪痕が確認できる。モンスターの攻撃を受け、死亡後に周囲の家々が破壊されたのちレンガの下敷きになったのだろう。


 餡コロを初めとする女性三人は互いに肩を寄せ合い、悲惨な光景から目を背けた。これまで何度か同様の光景を目にしてきたが、それでも人の死を目の当たりにするのはそうそう馴れるものではない。しかも、寿命を迎えての死ではない。他者によって強引に奪われた死。それも無残な形で殺された遺体ばかり目にしてきた。

 決して馴れたくは無い状況なのだ。


「前の戦闘で、町自体の被害が少なかったものねぇ……」

「だよな……家が無事なら帰ってきちまうよな」


 昨日までの町の様子では、破壊された家屋もほとんど無く、別の町へと避難していた住民が戻ってきたとしても差支えがない程の被害しか出ていなかった。

 様子を見に戻ってきていたのか、それとも安全が確保されたと思って帰宅したのか、どんな理由で町に戻って来たのかは判らないが、レンガの下敷きになった者は不幸にも故郷に戻って来たが為に命を落とす事になった。


 昴といっくんが遺体を弔うためにレンガの撤去作業に取り掛かろうとした時。


――ガララッ――


 近くからレンガの崩れる音が聞こえてきた。

 昴らが立てた音ではない。彼らはまだレンガに手を掛けてはいなかったのだから。昴は後ろを振り向き仲間達の様子を見た。だが、誰も物音を立てるような動作はしていない。


「魔物か!?」


 いっくんと顔を見合わせた昴は、聞き耳を立てて尚続いている音の方角へと向かった。


 昴らがいた通路から家屋を挟んだ反対側に音を発する者がいた。


「アニ……フィン?」


 そこには半壊した家屋から出たり入ったりを繰り返す、猫族のアニフィンの姿があった。

 しなやかな体は半壊した家屋の隙間を縫うようにして進み、破壊された壁から室内へと潜り込んで行く。暫くするとアニフィンは手に何かを抱えて出てきた。

 持ち出した何かを住宅前にある瓦礫の無い場所に置くと、再び室内へと入っていった。


「ちょっと、あれって火事場泥棒じゃない!?」


 まだ涙の乾ききらないニャモは、怒りをあらわにして声を上げた。


 次にアニフィンが室内から出てきた時、そこには昴ら八人の姿があった。


「な、何しているんですか?」


 桃太が信じられないといった様子で出てきたアニフィンへと声を掛ける。出てきたアニフィンはチーターのような斑模様をした男だった。


「犬族……見てわからないんか? 廃墟と化したこの町で、用済みになった者を俺達が有効活用してやろうっていうんだ。住民はどうせ死んでるんだ。タダで貰ったって文句あるまい」

「そんな……」


 アニフィンの男は、さも当たり前だと言わんばかりに説明する。言葉の節々にはいくつもの棘が刺さっていた。


「このタイミングで町にいるってことは、お前この町が襲撃されてたのも見てたのか!?」


 いっくんが苛立つ気持ちをなんとか抑えてアニフィンの男へと問いかける。武器こそ装備はしていないが、その拳はギュっと硬く握られていた。


「だったらなんだ?」


 面倒くさそうに答えるアニフィンの男は言うだけ言うと、室内から持ち出してきたシーツに包まれた荷物を置くと、再び室内へと向かおうとする。


「だったらって……助けようとはしなかったのかよ!」


 いっくんは室内へと向かう男の背中に向かって吼えた。その声に男が振り向くが、その視線は非友好的な眼差しだった。


「助ける? っは! 馬鹿を言え。なぜ誇り高き俺がヒューマンを助けなければならないんだ!」


 アニフィンの男は、それこを吐き捨てるかのように答えた。


「もし……もし密林の森が魔物に襲われて、あなた方が助けを必要とした時どうするんですか!?」


 桃太は必死に訴えかける。魔物がヒューマンだけを狙う理由について、思い当たりものが何も無い以上、いつアニフィンの集落が襲われるとも限らないからだ。


「何を言っているんだお前は。魔物が森に来るわけがないだろう。奴らの狙いはヒューマンなのだからな」

「どこにアニフィンが襲われないって保障があるんだよ」


 これまで特に激しい襲撃を受けたわけではないのだろう。たまたま森に入り込んだ魔物がいて、それを排除していただけのアニフィンにとって、魔王軍はヒューマンしか襲わないという間違った認識を覚えてしまっているのだ。


「どうして……同じこの世界で生きている者同士なのに……」


 分かり合う事はできないのか?

 助け合うことはできないのか?

 どうして一方的に嫌悪するのか?

 桃太は必死にアニフィンの男へと問いかける。


「ふん。我らにもしもの事があったとしても、異種族の奴らだって黙って見ているだけさ」


 男はそう言い放った。

 それはあまりにも悲しいものだった。


「そんな事ありません! 少なくともボクは……外見が違うからといって見捨てることは絶対にしません!!」


 背を向け、これまで運び出した荷物をまとめだす男に向かって、桃太は誓うように言葉を投げた。

 振り向いた男は敵対心剥き出しの視線を桃太へと向けると、大きな荷物を背負い森の方角へと歩き出した。


「好きにするがいいさ。だがな、お前も所詮は異種族だ。もしもの時には自分可愛さに逃げ出すに決まっている」

「いいえ、逃げません。何があっても逃げたりしません!」


 今度は振り向くことなく男が言うと、桃太は精一杯の声を上げて男の言葉を否定した。


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