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5-4 『異種族感のわだかまり』

 少女を連れた桃太たちが密林の森にたどり着いたのは、日が傾きかけた夕刻だった。


 ここまでの道中、森に入る前までは何度かモンスターと遭遇する場面もあったが、四人の活躍で難なく打ち倒す事もでき、彼らの戦う姿を見た少女は次第に彼らに対する感情を変化させていった。頼もしい大人たちだと思うようになっていたのだ。

 そんな少女は森に入ると、四人を誘うように先頭に立って走り出した。

 暫く走った所で少女が振り向き四人を手招きして叫ぶと、再び走り出す。


「あそこだよ! お父さ〜ん、お母さ〜ん!」


 その先には拓けた空間が広がり、多くの家屋が立ち並んでいた。ヒューマンの暮す町とは違い、質素な上に全てが木材で作られた建物だ。一部の家屋は大木と同化しているかのような造りになっている。


「森ん中はモンスターの姿も全然見なかったな」

「そうですね。森といえばたいていならモンスターも出てくるものですが」


 目的の場所に到着した安堵感から、桃太たちは森に入ってからの事を思いだしていた。

 突然走り出す少女を追いかけて深い森の中を掛けてきたが、これまでの経験からすればこういった木々の生い茂る深い森にはモンスターが必ず生息していた。

 だが、この密林の森ではモンスターと唯の一度も遭遇していない。モンスターが生息していない事を少女は知っていたのだろう。だからこそ森に入った途端に走り出したのだ。


 短い会話を交しながら少女が走っていった後を追いかける四人だったが、その歩みは突如樹の上から舞い降りたアニフィンによって妨害される。


「そこで止まれ!」


 彼らの前に現れたアニフィンの男の手には、湾曲した剣が握られている。剣は鞘から抜かれ、切っ先は四人に向けられていた。


「「はい?」」


 いっくんと桃太は同時に間の抜けた声を上げ、ニャモと月は怪訝そうな表情を見せる。。


「貴様らよそ者が森に何しに来た!?」


 男はひとりではない。いつの間にか集まった数人のアニフィンによって四人は囲まれていた。全員猫科のアニフィンだ。


「いや、何しにって……なぁ?」

「女の子を保護したのでご家族のもとに送りに……」


 互いに顔を見合わせ森に来た事を説明するいっくんと桃太だったが、桃太が口を開いた瞬間、アニフィンたちの表情が曇りはじめに登場した男が桃太の言葉を遮るように威嚇した。


「黙れ犬族め!」

「え、えぇー!?」


 明らかに嫌悪感を抱いたような表情にアニフィンたちは、特に桃太に対して攻撃的な態度を取る。武器を持たないアニフィンたちも、その鋭い爪を剥き出しにして今にも襲ってきそうな勢いだ。


「そっちが何しに来たっていうから桃太が答えてやったんだろ!」

「貴様も黙れ!?」

「えぇー! じゃーどうしろってんだよ!」


 いっくんが桃太を庇うように声を上げたが、そのいっくんすらもアニフィンたちは嫌悪の視線を送り一蹴した。つまり、何を言っても取り合う気はないのだ。


「五月蝿い! よそ者の言葉なんぞ信用するものか! フシャー!!」


 叫んだアニフィンの男は威嚇をすると素早く動いた。


 鋭い爪でいっくんを攻撃。

 そのまま強烈な足蹴りを食らわせた。


「ちょ、いきなり何しやがるんだ!」


 いっくんは突然の事にガードすることを忘れてしまっていたが、流石にレベル90ともなると、よっぽどの強敵でもなければダメージはそれほど届きはしない。

 いっくんは多少よろめいた程度で、顔色を変えるほどのダメージは入らなかった。


「き、効いてないのか?」


 アニフィンたちは動揺した。

 ヒューマンたちは魔王配下との戦いに敗れ、戦う意思を失い、同時に戦う力も失ったはずだったからだ。

 まさか目の前にいる四人が、異世界から召喚された者達だとは知る術もなかった。


 驚いたのはアニフィンたちだけではない。いっくんら四人も同じように彼らの動きを見て驚いている。


「え? 何でスキルが使えるの? マイアナの兵隊さんだって最近になってやっと戦えるようになったぐらいなのに」


 ニャモは驚いて声を上げた。

 先ほどの男が繰り出した攻撃は、武器こそ装備していなかったものの、アサシンの使う基本攻撃スキルによく似ていた。


「ふん。軟弱なヒューマンと一緒にしてほしくは無いな。我ら誇り高き猫族は戦う力を失ったりなどしていない。お前だってそうだろう?」

「……どういう事?」


 男はニャモの言葉には素直に答えた。おそらく彼女を同族として見ているからだろう。そして男の言葉が嘘でなければ、アニフィンは元から戦う力を失っていない事になる。魔王進行後も変わらず戦闘能力があったというのだ。

 そして男は、ニャモ自身にも力が失われていない事を諭すように問いかけた。


 ニャモも疑問は自身に対してではなく、力を失っていないアニフィンに対して向けられた。ゲームの設定とは掛け離れた内容だったからだ。


 アニフィンたちと四人が沈黙の中、それを破ったのはアニフィンたちの後ろからやってきた精悍なアニフィンの男だった。


「話は娘から聞いた。一昨日から行方知れずになっていて森中探し回ったのだが見つからず、まさかヒューマンに攫われていたとはな」


 どうやら少女の父親らしきアニフィンは、真っ白な体毛に黒いぶち模様の眼光鋭い男だ。

 男は他のアニフィンたちを押しのけ四人の前に出ると、下から上へ相手を見定めるようにして四人を観察した。


「とにかく礼は言う。娘を返してくれて感謝する。言うべきことは言った。さっさと森から出て行ってくれ」

「おい、その言い方は大人としておかしーんじゃねーか? 礼を言えばいいってもんじゃねーだろ?」


 男の言い様にいっくんは腹を立てた。人の親としてこの態度は不適切だと思ったのだ。

 しかし、少女が何かにつけて「お父さんが言った」と言いながら、異種族に対して偏見を口にしていた事には納得した。


「金か? ふん。流石はヒューマンだな」

「どういうことだよ! 俺は金なんかほしくねーよ!!」

「どうだかな。もしかすると貴様らが娘を誘拐した犯人なんじゃないか? さも自分達が救ったと見せかけて金を要求する。ヒューマンや犬族のやりそうな汚い手口だな」


 いっくんの態度に、何を勘違いしたのか少女の父親は報酬を催促しているのだと受け取った。当然、四人は報酬など望んではいない。ただ人に礼を述べる態度ではないと言いたいだけなのだ。

 短気を起こすいっくんの態度に更に勘違いした少女の父親は、今度は彼ら四人も誘拐犯の仲間だと言い出した。


「ちょっと、それどういう意味ですか!」

「僕達は貴方の娘さんを攫った犯人ではないですし、ヒューマンや同じアニフィンの犬族さんだって、きっとそんな事しませんよ!」


 それまで黙っていた月も、流石にこれには頭に来て抗議の声を上げる。桃太も自分たちだけでなく、引き合いに出された犬族のアニフィンに対しても誤解を解く為に声を上げた。


「ふん。頭の悪い犬族の言いそうな事だ」


 桃太の必死の叫びも、彼にはまったく届かなかった。


「そんな言い方はないでしょ?」


 ニャモも苛立ちをあらわにしてそう言った。


 男は発言者へと視線を送ると、他の三人を見るときよりも幾分か穏やかな表情でニャモを改めて見た。


「ん? お前は猫族ではないか」

「そうよ、でも貴方たちのような偏見持ちじゃないわ」

「偏見だと?」


 ニャモの言葉に男の表情が歪む。


「そうよ! 異種族と関わろうとしないくせに、異種族を一方的に敵視してる貴方たちとは違うってことよ!」

「何故我々がやつらと関わらねばならんのだ」


 次第に男の表情が険しくなる。純白の体毛も、心なしか逆立って見えた。 


「同じ世界に生きる者同士じゃないですか? あなた方は戦う力を持っているのに、どうして魔物達と戦わないんですか?」

「戦っているさ。この森の中ではな」

「森の外では戦わないってこと?」

「あたりまえだ。自分達の住む場所は守る。だが、それ以外を守ってやる義理はないだろう」


 森の中で唯の一度もモンスターと遭遇しなかった理由がここにあった。

 彼らアニフィンは高い身体能力を持っている。ヒューマンと違い、その少ない人口のほとんどが優秀な狩人だ。彼らはその恵まれた身体能力で、森に入ろうとする魔物達をことごとく撃退していったのであろう。

 そしていつの間にか、魔物達は森に攻め入る事を諦めたのだろう。だからこそ、森にはモンスターの気配がまったく無かったのだ。


「義理って……世界を守るってそういう事じゃないっちゃろ?」


 月は悲しかった。

 森の外ではいくつもの町や村が襲われ、これまで大勢の命も失われてきたはずだ。そんな現実を彼らアニフィンたちは傍観していたと思うと、やるせない気持ちにさせられた。


「世界? ふん、魔王だかなんだか知らんが、我らの暮らしを脅かすのであれば戦うさ。しかし、魔王が襲っているのはヒューマンの集落だけだ。我らが戦う意味は無いのだ。判ったらさっさと森から出てゆけ!」


 男の態度は終始高圧的だった。自分たちさへ良ければそれで良い。他人が死のうがどうしようが関係ない。その一点張りだった。

 男の言葉を聞いて月は悲しみから一転怒りを覚えると、長い縞模様の尻尾を逆立て男を睨みつけた。


「むっか〜! 何このおっさん猫! 頭悪いのはあんたらのほうじゃん!」

「なんだと小娘! もう一度言って……なんだお前の姿は……猫でも犬でもないリーフィンだと?」


 長い尻尾をぴんと伸ばした月の姿をもう一度観察した男は、自身にとって見慣れぬ尻尾を持つ彼女を、異物を見るかのような視線を向けた。


「ワオキツネザルよ! レアなんだからね!」


 月は自慢気に、そして怒りを剥き出しのまま言った。

 月の言葉が耳に入っているのかいないのか、男は一歩後退すると月に向かって叫んだ。


「……悪魔付き……悪魔付きの小娘め! この村を呪うために犬族が仕向けたのだな!」


 周囲のアニフィンたちも動揺する。


「は? 何言ってるのこのおっさん?」

「なんだか雲行きが怪しいですよ……」


 悪魔付きと言われた月は、怒りも収まらないといった様子で口が悪くなっている。


 少女の父親が叫んだ事で、他のアニフィンたちが更に集まってきていた。何人かは手に武器を装備している。その姿を見て桃太は焦りを感じ始めていた。


「な、なぁ、アニフィンってこの世界じゃ猫と犬しかいねーみてーだよな」

「そ、そうですね」


 いっくんが唐突にこんな事を言ってきた。桃太もいっくんの言葉に頷く。

 

 四人はじわじわと追い詰められていった。互いに背中を合わせ、周囲を囲まれる様子を見つめている。


「リーフィンってアニフィンとヒューマンの混血だろ?」

「う、うん」

「じゃーさ、猫と犬以外のリーフィンって……存在しねーんじゃね?」

「……そう、かも」

「それで、悪魔付き……」


 いっくんの言葉に他の三人は納得した。月を異質な目で見る理由を。


「とりあえずさ、この状況ヤバイと思うんだ」

「テレビで見たことあるぜこういうシーン」


 ニャモも身の危険を感じ、焦りの色が現れる。

 周囲の包囲網は次第に狭まれて行く。そんな状況でいっくんは不釣合いな言葉を口にした。だが、次の言葉でそれが「お似合いな言葉」へと変貌する。


「肉食獣が獲物を狙うシーン」


 まさに今の彼らは、肉食獣に狙われている草食獣といったところだ。

 いっくんの言葉に寒気を感じたニャモは、慌てて桃太へと指示を飛ばす。


「……桃太! 帰還して!」

「は、はい! 『聖堂帰還』」


 桃太も場数をこなしているだけあって、急な指示にも戸惑うことなくスキルを発動させる事ができた。

 スキルの完成は早く、四人は一瞬のうちに消え去った。


「逃げたか。まぁいい。これに懲りて奴らも二度と来ないだろう」


 少女の父親はスキル効果を理解し、追いかけようとする仲間達を静止て踵を返した。

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