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5-3 『困ってしまってわんわんわわん』

 アーディンら精鋭部隊が霧に覆われた闇の穴へと偵察に出ている間、他のプレイヤーらは引き続きドロノイ国の攻略を進めていた。

 ドロノイ国と西のドローク国との国境には深い森が広がり、「密林の森」と呼ばれるこの森には獣人族アニフィンのうち、猫科部族の故郷でもあった。

 しかし、エルフやアニフィンたちは異種族との関わりを極端に嫌い、生活必需品の売買以外での交流は一切行われていない。また、自らが襲われていない事を理由に、人間ヒューマンと魔物との戦争には手を出さず、傍観者を決め込んでいた。


 そんな密林の森近くにあった人間の町では今、昴たちが魔物から町を開放する為に戦闘を繰り広げていた。


「ボスがいない変わりに敵PCわんさかかよ」

「烏合の衆が集まっても、所詮ゴミみたいなPSだな」


 いっくんがうんざりした様子で言うと、クリフトは冷めた口調で淡々と答えた。


 彼らは粗方の魔物と敵PCとを討伐し終えると、腰を下ろし休憩に入った。

 比較的小さな町は幸いなことに建物の被害も少なく、住民達は町での暮らしを続けられそうだった。


「まぁ、元はBOT管理のアルバイトだったりRMTで育成代行して貰ってレベルだけ高いけどPSはレベル1桁みたいなのとか、そんなのだしね」


 ニャモがクリフトの言葉を思い出したかのように「ゴミPS」について話題を振る。


 魔王側に寝返ったプレイヤーたちのほとんどは、不正行為などに手を染めた者達だった。そういったプレイヤーは不正行為をして居る事を公にせず、一般プレイヤーに紛れてプレイしていることが多い。

 稀に不正プレイヤーが集まったギルドもあったが、MMOでの利用規約に反する行為をする輩たちは、協調性など無く、自分さへ良ければという考えの者ばかりな為、一般のギルドのようなメンバー同士での交流も希薄になる。

 結果的には、協力プレイが重要になっている異世界において、彼ら不正プレイヤーの集まりは連携すらまともに取れず、レベルに対してその実力はかなり低かった。


「なんだか外国語交じりの子もいたわよぉ」


 自動プログラムで活動しているBOTはRMTにも直結している事もあり、日本人ユーザーよりも国外の某中大陸国の闇企業などが行っている事が多かった。

 日本国内からしかアクセスできないMMOなどは、日本に留学している自国の学生をアルバイトとして雇うなどしてログインさせていたのだ。

 恐らくBOTキャラをログインさせようとした外国人留学生が、そのまま異世界に召喚されたのだろう。


 そんな会話が続く中、離れた所で幼い少女の泣く声が聞こえてきた。声は次第に大きくなり、彼らが視線を向けると小さな少女を連れた桃太がこちらに向かってやってくる所だった。

 桃太が差し出す杖を握り締めて歩いてくる少女は、猫タイプの獣人族ダニフィンだ。


「あのぉ……」


 休憩中の昴らの下までやってきた桃太は、ぎこちなく声を掛けた。


「どうしたの桃太? その子、どこの子?」


 ライトが興味深そうに子供を観察する。その月を見て少女は驚いたように目を見開き尻尾の毛を逆立てた。


「それが……向こうの方で戦闘不能になってた敵さんが、この子を鎖に繋いで、その鎖握ったまま気絶してて……」


 後方を振り返りながら桃太が説明した。どうやら敵PCに捕まっていた少女を桃太が見つけて。助け出してきた。という所だろう。

 しかし、助けられた少女の方は桃太を警戒している様子だった。


「う、うわあぁぁぁぁぁん」

「な、泣かないで? もう大丈夫だからね」


 月を見、桃太を見、そして大泣きをはじめる猫の少女。

 困惑した顔で桃太は必死に少女をあやす。しかし、少女は心配する桃太の手を払いのけ、一目散にニャモのほうへと向かった。


「怖いよぉぉぉ、おねーちゃ〜ん」

「え? な、なんで?」

「僕……怖いですか……」


 少女はニャモの足に抱きつくと、そのまま泣きじゃくった。驚くニャモと、「怖い」と言われ打ちひしがれる桃太。少女は泣きながらも桃太から逃げるようにニャモの背後へと周る。


「いやいやいや、桃太は可愛いぞ。豆柴で可愛いぞ」


 いっくんが桃太を慰めようと必死だが、桃太にとっていっくんの溺愛するかのような慰めは返って逆効果だった。


「いえ、可愛くなくてもいいんです……」


 耳を垂らしてあからさまな落ち込みようの桃太。そこへ、昴がゲームの設定を思い出して口を開いた。


「もしかするとゲーム設定にあった、犬系と猫系のアニフィンは互いに仲が悪いっていうのが異世界でもあるんじゃないか?」

「あー、そういえばそんな設定ありましたね」


 昴の言葉に自身もゲーム設定を思い出した桃太は、それならば仕方ないと思い、幾分か救われた気になった。


「あのねお嬢ちゃん。このワンコロお兄ちゃんは優しいから大丈夫よ」


 ニャモが足元で泣き続ける少女と、少女に怖いと言われた桃太の両方を慰めるべく、身を屈めて優しく少女へと声を掛けた。


「ワンコロ?」

「わ、わん!」


 ワンコロという単語は少女には聞きなれない言葉だったようで、判らないという表情のまま小首を傾げた。

 桃太がわざとらしく吼えてみせたが、少女は喜ぶわけでもなく、怯えるわけでもなく、キョトンとした表情で桃太とニャモを交互に見つめた。

 それから、少女は少し考えるような仕草をすると、ポンっと手を叩いて桃太のほうを指差す。

 先ほどまで泣いていた少女だったが、コロコロと変わる表情はまさに猫だ。


「……本当だ、お父さんの言うとおりだ」

「お父さんの?」


 桃太を指差したまま、少女はニャモへ向かって愉快そうに話す。


「犬って頭悪いんだって」

「……」


 純粋無垢な少女は、悪意など一切無い表情で痛烈な一言を放った。その言葉に桃太は完全に硬直し、まるで石化の呪いを受けたかのようであった。


「こっちのアニフィン事情は、仲が悪いってレベルじゃなさそうだな」

「どんまい桃太」

「うっうっ……」


 桃太は思った。今ここにモンジさんが居れば、きっとこの悲しみを分かり合えるのに……と。




「それじゃあ君は密林の森に住んでた子かい?」


 昴はカバンの中に入っていた果物を取り出すと、それを少女へと与えた。すると少女はニャモの次に昴へと懐いた。仲間達は「餌付けだ。餌付けしやがったぞ」と陰口を叩いていたが、昴はそれを一切無視した。


「うん。森の外で遊んでたら、あいつらがやってきて……変なカッコしたヒューマンが私を攫っていったの」


 果物を口いっぱいに頬張った少女は、よっぽどお腹を空かせていたのだろう。全て平らげるとおかわりの催促までしてきた。桃太が慌てて自身のカバンから、今朝残しておいたサンドイッチを手渡した。パンに挟んでいたのはベーコンだ。

 猫は肉食……そう思った桃太の勘は大当たりだった。

 少女はパンに挟まれた、既に冷めてしまっているベーコンだったが、それでも大喜びで口に頬張った。これにより、少女の桃太へ対する警戒心は多少拭えたようだった。


 少女の口にした「変なカッコ」とは、元の世界の時にあったアバター衣装の事で、桃太曰く、

「以前、美少女アニメとのコラボで発売された、ひらひらした黄色い衣装」

 という事らしい。


「あー、魔法少女物か。ミニスカートのメイド服っぽいやつだったよな。下着が見えそうなぐらい短い丈の」

「セットで変身ステッキもあったよ〜。あたしもアレほしかったっちゃね〜」


 妙に詳しいクリフトと月の説明で、桃太の言う「ひらひらした黄色い衣装」は、一部のマニアックなプレイヤーに人気のありそうな魔女っこ衣装だった事が判明した。


「はい……たぶん、元々ネカマさんだったんだと思います。僕が見たのは男の人でしたが、アバターは女性物でしたから」

「うっわ……ミルキィー以外にも女装趣味がいたのかよ」


 桃太の話では、少女を縛る鎖を握ったまま戦闘不能になっていたのは、たしかに男だったらしい。見た目は男だったが着ているアバターが女物だった為、気になった桃太はUIでキャラクター情報を調べて確認したから間違いは無い。


「ミルキィーって女装が趣味だったのかな?」

「俺見て聞くなよ。ってかあいつの名前出すのやめろよな」


 ニャモは含み笑いを浮かべながら、ここぞとばかり昴いびりに精を出す。そんなニャモの袖をひっぱる少女。ニャモが屈んで少女の目線に合わせると、少女は小声でボソボソと話した。


「ねぇ? どうしておねーちゃんは犬族と仲良くしてるの?」

「え? 犬族……あ〜、桃太の事ね。そりゃ〜桃太は可愛いしペットだし」

「ちょ、僕ペット扱いなんですか!?」


 ニャモの発言が聞こえた桃太は、焦るように抗議の声を上げた。耳も尻尾もしおれた花のように垂れている。


「あはは、可愛いからいいじゃない」

「そんなぁ」


 情けないような悲しいような、そんな表情の桃太を見て一同は笑った。和気藹々とした雰囲気の彼らを見て、少女は不思議な光景を見ているかのような表情をする。


「んふふ。それにね、大事な仲間だからよ。だから仲良くしてるの」


 ニャモは優しい笑みを浮かべると、少女にそっと小声で言った。仲間達に聞かれるのは少し恥しいのだろう。


「仲間……ヒューマンも?」


 少女は昴やいっくん、カミーラを見て言う。


「そうよ」


 少女の問いに迷うことなくニャモは答えた。


「エルフも?」


 少女はクリフトを指差して言う。


「そうよ。ここにいるのは……ううん、この町や他の所でも戦っている人たち皆が仲間よ」


 ニャモは改めて答える。今身近にいる者達だけが仲間なのではない。他の地で戦う大勢のプレイヤー全てが仲間なのだと。


「どうして……異種族なんて私達を助けてなんかくれやしないのに!」


 ニャモのゆるぎない言葉に対抗するかのように、少女は語気を荒げて大声で叫んだ。少女にとってニャモの言葉は信じがたい物だった。


「え?」

「お父さんがそう言ってたもん!」


 親から子へ、その子から更に子へ。異種族へ対する偏見なのかそれともそういった過去があったのか。アニフィンの少女は異種族と交流するニャモに対して信じられないといった態度を取る。

 恐らくそれは父親から何度も言い聞かされた事が原因なのだろう。


「……こりゃー、思ったよりもこの世界での種族間感情は良くないみてーだな」

「そうみたいだな……どうりでどこの町に行っても人間以外いないわけだ」

「ひとりで歩いていると驚かれるのはそういうわけか」


 いっくんの言葉に昴も同様の事を思い、クリフトは自分が異質な目で見られる理由を今やっと理解した。


「とにかく、この子を家まで送ってあげましょう」


 桃太は日が暮れる前に少女を家まで送り届けるつもりで居た。帰りは『聖堂帰還』があるので多少遅くなっても問題は無い。

 桃太は回復職であるプリーストであるため、戦闘能力は無いに等しい。同じプリーストであるアーディンは例外的存在なのだ。

 少女が住む密林の森まで数時間の距離だ。徘徊する魔物もまだいる事から桃太は護衛のために同行してくれる者を探した。


「俺はすぐに報告で戻らなきゃいけないから……」


 昴が申し訳無さそうに誤ると、いっくんは身を乗り出して名乗り出た。


「俺俺!」

「じゃ〜あたしも行く〜」


 月もそれに加わる。

 バーサーカーとバード。それにプリースト。構成的には心もとない所もあるが、三人ともレベルは高く、今回の町開放でも格下モンスターばかりだったのを考えれば十分なメンバーだろう。


「大丈夫? 猫族の集落に行くってのに、犬とバカとおさるさんの組み合わせで」


 ニャモは心配するわけでもなく、最後のセリフが言いたいがためにわざと心配する素振りを見せた。


「なんかひでー言われ方だな。大体バカって誰だよ」

「お前に決まってる」

「クリフト、少しは優しさってものがないのか?」

「ないな」

「まぁまぁ。送り届けるだけですから、大丈夫ですよ」


 仲間達との漫才が終わると三人は装備を整え、念のために帰還する仲間達から回復アイテムを譲って貰うと、それらをカバンに入れ準備を終わらせた。

 月が長い尻尾をくねらせ、猫の少女の頭を撫で優しく声を掛けた。


「んじゃお姉ちゃん達とお家まで帰ろうね」


 少女は月の長い尻尾と頭の丸い耳とを見比べ、怪訝そうな視線を送る。


「……おねーちゃん……見たこと無いリーフィン……」


 少女はどこか不安そうな表情でニャモを見る。

 結局、少女の不安解消のためにニャモも動向することとなった。


「サルって珍しいのかな?」

「さぁ?」


 月は素朴な疑問を口にした。問いかけられたいっくんも返事に困った様子だった。

 月のこの疑問は、密林の森にある猫族のアニフィンたちによって答えを知ることとなる。


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