番外編 『フロイの叫び』
1-1での裏話みたいなものです。
深く考えずにお読みください。
更に描写を詳細に脳内で映像化しないでください。
「どうしてこうなった?」
ここはとあるビルの一室。他とは明らかに違う空気が漂うこの部屋は、神フロイの力によって別空間扱いとなっていた。その為、人間にはまったく視覚されることなく、また時の流れも止まったまま、異質な空間と化している。
そんな部屋の中、フロイはパソコンのモニターを凝視していた。モニターに映し出されているのはログインしたばかりのプレイヤーたちの姿だ。
モニターはゲーム画面を映しているのではなく、元々フロイが居た異世界の現状を映しているのだ。
「何故こいつらは公式サイトの注意書きを熟読しないんだ!?」
フロイは苛立った様子でモニターの前に噛り付く。フロイの意思に応えるようにモニター内の光景がズームアップされる。このモニターはフロイの魔力によって動いており、電源のコンセントはもちろん抜けたままの状態だ。
カメラのズームのように画面が拡大されていくと、そこには――
今では採用している学校も少ないセーラー服――のスカート裾には真っ白なレースがひらひらと見え隠れし、そのやたら短いスタート丈の下にはセーラー服と同色の紺色ニーソックス――という出で立ちの男が映っていた。
そんな彼の横には、薄茶色のブレザーを来た男がいる。もちろんズボンではなくスカートだ。こちらの男はセーラー男よりも更に短いスカート丈で、わずかに動いただけでスカートの裾からは水色の縞模様パンツがちらちら見える。もちろん、女物のパンツだ。
「だからボクはあんなアバター作るの嫌だったんだ!」
バンッ! っと机を叩くフロイは激しい後悔の念に駆られる。
フロイは十数年前に日本へとやってきた。その前はもちろん異世界である。日本にやってきたフロイは、MMOというオンラインゲームを媒介に英雄を育てることにした。
しかし、MMOを作ること自体は神であるフロイには容易いことではあったが、多くのユーザーを集め維持していく、つまり人気を得る為にはこの世界での需要を知る必要もあった。
神として煩悩をほとんど持たないフロイは、この世界での「萌え」も知るはずも無く、そこで彼が取った行動は、既存のオンラインゲーム運営会社社長を洗脳し、そこでゲームを作ることだった。
システムや世界観などはフロイが全て作り上げた。
多くのプレイヤーを呼び込む為、会社社員でアイデアを出して貰い、それらを許容できる範囲で実行していった。
そうして実際の異世界と異なる設定がいくつか出てきてしまったが、フロイとしてもユーザー確保の為に妥協せざるを得なかった。
が、今フロイの目の前に広がる光景は許容できるものではなかった。
「だから……二ヶ月も前から性別変更チケットを無料配布してやってただろう!」
モニターの画面が変わり、ユーザーたちが始めにログイン=召喚で現れるパール・ウェストの別の場所が映し出される。
そこにも女装姿の男たちが映る。
再び画面が変わってパール・ウェストのまた違う場所。
でもやっぱり女装姿の男が。
どこを見ても女装男がモニターに映る。溢れかえっているというほどではないが、一画面にひとりは映っている割合だ。
フロイは顔を伏せわなわなと震えた。
意を決して再び面を上げたフロイの目に飛び込んできたのは――
「っぶほぉっ!」
彼の目に飛び込んできたのは――
ふりるの可愛い純白のビキニ。パンツタイプではなくふわっふわのスカートタイプ。お尻のほうからは黒いほわほわした丸い尻尾が。頭部は尻尾と同じく黒い兎の耳が。
しかし、純白のビキニブラは一切の膨らみが存在しない。変わりにビキニスカートのほうには妙な膨らみがある。更に顔を見ると青髭がくっきりと見えた。
男だ。
正真正銘の男だ。
純白のビキニを着た青髭の男だ。
「こ……こんな事なら魔力をケチらずに、アバターも強制変更させておくべきだった……」
フロイは精神に強烈な一撃を食らった。
性別変更チケットが配布されていたのは、異世界紹介の際に性別が現実の性別に変更されるにあたって、アバターはゲーム時のままというのがあったからだ。
しかし、召喚時に掛ける魔力を惜しまなければ、アバターの衣装性別も変更できた。
とはいえ、こんなくだらない事に魔力を消費するよりも、少しでもプレイヤーらに直接力を与えるほうが堅実的だと思っていた。
それでも「こうなる事」を避けるために性別変更チケットを事前配布していたのだ。ゲームの公式サイトに注意書きも出して。
●
「流石に女装は恥しいと思ったか、着替えるプレイヤーばかりだな。うん。よかった」
数時間後、モニターに映っているのは他のプレイヤーから男物のアバター衣装を購入して、慌てて衣装変えをする男の姿だ。
「どれどれ、フィールドでは戦闘がはじまっているかな?」
2万人を超すプレイヤーを異世界へと召喚し、多少の誤差はあったものの、予定通りであれば今頃フィールドで低級モンスターと戦う英雄の姿が見られるはずだった。
しかし、フロイはこの時何も知らなかった。
自身と、異世界で留守番をしている姉のフローリアによって行われた大規模召喚に干渉していた者がいたことを。その者がゲームシステムを実装してしまっていた事を。
フロイが選んだ三名の、特別な装備を与えた者だけ、彼は三カ月前の異世界に召喚したが、ゲームシステムを実装した者はその時間軸にも干渉し、過去に遡ってシステムを実装されていた。
そんな事情を知らないフロイは画面をフィールドへと移す。
フィールドで戦闘を行っているプレイヤーは極少数で、彼らは皆スキルを使わず武器を無造作に振り回すだけだった。
「ど、どうして? これは、どういう事なんだ?」
モニターに映る景色が変わる。
そこにはPTを組み、モンスターに向かって勇敢に戦う戦士たちの姿があった。随分上空から見ているような画面で、その人物らがどういった者なのかまったくわからない。
「これだよ! これこそが英雄の姿なんだ! スキルや魔法が使えないのはまだ実際の戦闘に慣れてないからなんだろうな」
歓喜に震えるフロイがモニターに映るPTの姿を捉えるべく、画面を拡大してゆく。
キノコ型モンスターの群れに果敢に挑む戦士たち。
赤いビキニ姿のマッチョ男は右手に長剣、左手に盾を装備して戦っている。
青いスクール水着(女物)の長身男は短剣と二刀流にしてキノコを切りつける。
白い半そでシャツに紺色のブルマ姿の男は、いつでも仲間にポーションを渡せるように両手で数本のポーション瓶を抱えている。
純白のウエディングドレスを着た弓手の男は、慣れない手つきで弓を引く。
黒いピッチピチのチャイナドレスを着た男は、ウクレレ片手にキノコを撲殺している。
上半身が赤いセーラー服、下半身は赤いブルマの男は手にした杖を振り回し襲い来るキノコの頭部を殴り続けていた。
地平線の向こうでは夕日が沈もうとしていた。
その夕日に照らされて、勇敢に戦う彼らの肉体はキラキラと美しく輝いていた。
「だから性別変更チケット使えっつったろうがあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
とあるビルの一室。他とは明らかに違う空気が漂うこの部屋で、神フロイは魂の叫びをあげる。同ビル内で彼の声を耳にする者はいなかった。




