4-13 『全員揃っての朝食』
翌朝、昴は久しぶりに自室から出てきた。窓から零れる朝日は眩しく、天気の良い朝であることを証明する。
「あ、昴さん!」
隣の部屋から出てきた餡コロが昴の姿を見つけると、少し驚いたような口調で声を掛けてきた。
「えっと……その……」
昴は餡コロの顔を見ると、昨日の出来事を思い出して頬を赤らめた。
結局の所、手紙を読んで泣き崩れた後の記憶はあまりない。それおもそのはず。餡コロの胸に抱かれたまま眠ってしまったからだ。
目を覚ますときちんとベッドに寝かされており、そして朝を迎えていた。
自分はどうやってベッドへ潜ったのか、餡コロに変な事をしてはいないだろうか。昴はそれが気になって仕方が無い。仕方が無いが聞くことも出来ず口ごもってしまった。
「おはようございます」
昴の気などしらず、以前のように明るく元気に、そして能天気な口調で挨拶をおくる餡コロ。そんな彼女の声に救われたように、昴は苦笑いを浮かべて挨拶を返した。
「あ、うん。おはよう」
少し照れたように俯くと、そのまま黙り込んでしまった。
「朝食持ってきましょうか?」
気を使うように餡コロが声を掛けてきたが、昴は慌てて顔を上げると手を振って断った。
「いや……今日からちゃんと皆と一緒に食べるよ。といってもまだ皆帰ってきてないだろうけど」
まだ戦場にいるであろう仲間の事を思い出す。何人かは砦に残っているかもしれないが、全員揃っているとは思っていなかった。
昴にとってはそのほうが都合が良かった。ずっと部屋に引篭もったままだったのもあり、いきなり全員と顔を合わせる度胸はなかったのだ。
しかし、無情にも昴の期待はもろく崩れ去った。
「今日はみなさんいらっしゃいますよ」
「え……そう、なんだ」
引きつった笑顔で昴は答えると、重い足を動かして餡コロと一緒に食堂へと向かった。
(どうしよう。どうする? どんな顔すればいいんだ?)
食堂までの短い距離を歩く間、昴の胸は必要以上に高鳴り、冷や汗が流れるのではないかとすら思えた。
●
昴が静かに食堂へと入ると、そこには餡コロが言うように全員揃って食卓に付いていた。はじめに昴へと気が付いたのがいっくんだった。
「お!? 昴じゃんか!」
昴に気づく前には溜息すら溢していたいっくんだったが、食堂へと入ってきた昴に気づくと直ぐに表情を明るくさせ、椅子から立ち上がると昴の元へと駆け寄ってきた。
「お、おはよう……」
昴はぎこちない笑顔で挨拶をすると、いっくんに押されるようにして椅子へと座った。カミーラとアーディンが昴と、そして普段は昴の部屋で食事をしていた餡コロの分の朝食を用意する。
「昴! よかったぁ〜立ち直ってくれて」
「ニャモ、余計な事いわないのぉ」
ニャモの言葉にカミーラが注意をする。心配をするのはいいが余計な一言でまた落ち込まれても困るのだ。こういった時には何も言わず普段通り接するのが一番だ。
「おっとっと、そうだよね。うん、いつも通りいつも通り」
自らの手で口を塞ぐと、ニャモは独り言のようにブツブツと呟いた。その声は決して小さくはない。
「ははは、口に出して言ってちゃ意味ねーじゃん」
「そこはそれ、聞かなかった事にしときなさいよ」
「はいはい、りょーかい」
苦笑いを浮かべた昴は、ようやくいつもの自分に戻った事を感じた。
10人全員が揃うと、久しぶりとなる『冒険者』ギルド全員での食事が始まった。
食事を終えると、昴が恭しくメンバーへと頭を下げた。
「えっと、皆。今まで心配掛けてごめん。今日から俺もしっかり働くから」
九人全員を見渡して昴は再び頭を下げた。
そして下げた頭を戻した時目に飛び込んできたのは、不思議そうな表情をしたいっくんの顔だった。
「働く? し、仕事探しでもするのか?」
普段通りの昴に戻ったと安心していた矢先、突然働くと言い出したことにいっくんは戸惑いを感じていたのだ。異世界で働くというのは元の世界に戻るのを諦めるつもりなのかと思ったのだ。
「え? いや、だからほら。マイアナを魔物から開放するための……戦場にさ、ほら」
ナイトが働くといえば戦場でに決まっている。これまで戦力外だった事を恥じて、その分これから頑張ると言いたかったのだ。
しかし、昴の言葉に餡コロ以外の八人は固まってしまった。
「え?」
いっくんが疑問の声を上げると――
「え?」
昴も疑問の声を上げ――
「え?」
再びいっくんが疑問の声を上げる。
暫く真目が続いたあと、誰から吹き出すような声を洩らした。その声に我慢しきれなくなったいっくんは、大口を空けて笑い始めた。
「っぷ、だぁーっはっはっはっは」
「えぇ!?」
突然笑い出したいっくんに昴は驚く。決して自分はおかしな事を言った覚えなど無いからだ。
「あーはっはっはっはっはっはっは」
「何で笑うんだよ! 笑ってねーで何とか言えよいっくん!」
「いや、もう、わはーはっはっは」
テーブルに突っ伏したままいっくんは笑う事を辞められなかった。昴は立ち上がって何がなんだか判らないといった様子視線を泳がせる。
視線の先で目が合ったアーディンが、いつものように短く鼻で笑った。
「ちょ、おい! そこ! 鼻で笑うな!」
「よく気づいたな。っぷ」
「だー!! モンジさんまでこそこそ笑うなよ! なんで皆して笑ってるんだ! 理由を言えよ理由を!!」
モンジ以外にも視線を背けるようにしてクスクスと含み笑うメンバーがいる。必死になって笑う理由を尋ねる昴へクリフトが声を掛けてきた。
「あれだ、昴」
「なんだよクリフト」
「マイアナの開放はな――」
そこまで言うともったいぶって一呼吸挟む。
イライラするようにテーブルとトントンと叩く昴を見てクリフトはニヤリと笑うと、ようやく言葉を続けた。
「昨日、最後の砦を開放して全て終了した」
クリフトがそういい終えると、それまで笑い続けていた仲間達に沈黙が訪れる。
「はい?」
間の抜けたように問い返す昴に、カミーラが食後の紅茶を用意しながら答えた。
「だからぁ、マイアナはもう魔物の支配下じゃないってことよぉ」
「え……終わったの?」
「そう」
「え……終わった……んだ……」
一刻でも早くマイアナに平和を取り戻すために、これまで何も出来なかった分人一倍頑張る。そう決心して自室を出た昴にとって、あまりにも予想外な展開に困惑した。
(あれ? 俺ってもしかして……物凄くかっこ悪い?)
出された紅茶に茫然自失な様子で見つめる昴に、餡コロは最後の止めを刺した。
「よかったですね、昴さん」
「え? あ……うん」
頑張るつもりだったのが空回りしたのに「よかった」と言われた事に複雑な心境の昴だったが、昴の心境など知りもしない餡コロにとって、平和が訪れた事にただただ安堵するだけだった。
アナロア攻略から始まった旧マイアナ帝国は、僅か三ヶ月たらずで全地区の開放に成功した。
帝国は滅び、新たに公国としてこれより新しい歴史を刻む事となる。
4章の終わりです。




