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4-11 『それぞれの想い』

 マイアナの都攻略作戦から一月半。

 王の間での出来事からずっと、昴はアナロアの砦にあるギルドマスター専用の個室に引篭もったままだった。

 昴の横には常に餡コロが付き添い、ニャモや月が二人の為に交代で食事を運んだりしていた。


 マイアナ領内は怒涛の速さで攻略されていった。その背景には人情家と言われる何人かのギルドマスターらにだけ、他言無用が前提として王の間での一件が語られたことがあった。

 真実を聞かされたギルドマスターらは皇帝の決意に涙し、昴に対しても深く同情した。そして、亡き皇帝の為にも一刻も早くマイアナ全土を開放する為に、全力で戦場を駆け抜けた。

 付き従うギルドメンバーらにも事情は話されなかったが、人情家と他人からも言われるだけあり、誰一人文句ひとつ零さず連日の強行軍に従軍した。


 こうしたマイアナ領域開放作戦中にも、昴は部屋に閉じ篭ったまま出てくることは無かった。


「はぁ……昴大丈夫かな〜」


 ギルドメンバー専用の居間として儲けられた小さな客間にニャモとライトの二人はいた。昴の個室は客間から少し離れた場所にあった。

 二人はこの一月半の間、昴や餡コロを心配して戦闘には参加せず、ずっと砦内に身を置いていた。


「どうかな〜……自分のせいじゃないにしても、なんていうかな〜、皇帝の胸に剣を突き刺しちゃった感触は手に残ってるだろうし。私でも昴みたいに引篭もりになるだろうな〜」


 月の言葉にニャモが答えた。気持ちは月にしても同じだろう。自分が昴の立場だったら、やはり同じように自分の殻に閉じこもってしまうに違いない。

 異世界に来て多くのを倒してきたが、それは全て魔物であり、たとえ敵方となったプレイヤーですら止めの一撃を刺した事はなかった。

 人を殺した事など、元の世界でもこの異世界でも一度も無い。この事が戦闘続きの自分たちにとって、自我を保つための大事な要素にもなっていた。

 昴はその大事な物を失ってしまったのだ。


「それにしてもアーディン……酷くない? あれから一度もこっちに戻ってきていっちゃろ?」


 月が唐突に愚痴を洩らした。

 アーディンはあの一件からずっと、唯の一度も砦に帰還していない。連絡すらしていなかった。


「昴とは結構長い付き合いみたいなのに、見舞いにも来ないってさぁ」

「そうだよね……モンちゃんもいっくんも、ここんところあんまり戻ってこないし」


 モンジやいっくんは、たまに顔を出す事はあったが、大抵はその日の内にまた居なくなっていた。


 月とニャモが愚痴を溢していると、客間の扉が開かれカミーラが入ってきた。

 二人の声は客間の外まで聞こえていた。


「何言ってるのよ二人とも。アーちゃんはずっと戦場。モンちゃんもね。二人はカイザーちゃんのギルドと一緒にずっと北の極寒の地でレイド戦やってるわよ」

「……戦ってばっかりじゃない」

「そうよ。戦ってるのよ。誰のためだと思ってるの!」


 やや語気を強めたカミーラは、二人に向かってこの一ヶ月間の行動を教えた。


 アーディンとモンジが幾人かのギルドマスターを集めて全ての事情を説明し、他言無用のままマイアナ全土の開放を急ぐよう、頭を下げて頼んだ。

 集められたギルドマスターたちは二人に同調して、惜しむことなく力を貸してくれた。そのお陰でマイアナの開放は今に至っている。


 あれほど毛嫌いしていたレイドボス戦にもアーディンは率先して参加し、休むことなくいくつもの戦場を駆け回っている。モンジはレイド戦の合間に砦へと戻って来ては昴の様子をアーディンへと伝えていた。


「いっくんだってそう。あの子はレイド戦には出ていないけど、そこら中の町や村を魔物から開放する為に毎日走り回ってるのよ」


 いっくんは『シャイニング・バード』に身を寄せ、町や村の開放に努めていた。

『ジャイニング・バード』はマイアナの都以降、一度もレイド戦には参加せず、事情を知ったギルドマスターのマークが、亡き皇帝の為にと言って一刻も早い国土の開放を急いだ。

 ひとり奮闘するいっくんをマークが見つけ、助勢する形で行動を共にしている。大低ギルドのマスターであるマークがいっくんと行動を共にしていた理由として、ひとつにはマイアナの都攻略においてこちらの作戦が筒抜けだった事が、やはり『シャイニング・バード』に体験加入していたプレイヤーが情報を流していたことが発覚したというのがあった。

 それ以外にもマーク自身の男気というのもあっただろう。結果的に、マークが行く所にはギルドメンバーも付いてきたため、強力な軍隊となって魔物達を一掃していった。


「……この国の……ために?」

「亡き皇帝のためでもあり、昴のためでもあるわよ」

「……」


 アーディンやモンジ、いっくんら以外のクリフト、桃太、カミーラの三人も時折砦を出てはどこかの開放作戦に参加し戦っていた。

 月とニャモは自分たち二人だけが何もせず、ただじっと砦に居ただけであったことを恥しく思った。




「昴さん……今日もたくさんの町や村がモンスターの手から開放されましたよ」


 昴の個室にあるベッドの脇に餡コロは立っていた。ベッドの上には昴が膝を抱えるようにして座っているのだが、シーツを頭からすっぽちと被った状態なため表情は伺うことができない。


 餡コロの言葉が届いているのかいないのか、昴はピクリとも動かなかった。


「昴さん……早く元気になってください」


 餡コロは消え入りそうなほどか細い声で顔の見えぬ昴へと声を掛ける。

 丁度その時、扉を小さく叩く音が聞こえると僅かに開いた扉の隙間からカミーラが顔を出して、それに気づいた餡コロへ向かって手招きをしてきた。


「餡ちゃん、ちょっといらっしゃい」

「はい?」


 小声で言葉を掛けたカミーラの元へと餡コロが向かった。

 カミーラが部屋の外へと手招きすると、餡コロは振り返って昴の様子を伺う。動く気配のないのを確認すると、悲しげに瞳を閉じて小さく溜息を溢すと部屋をあとにした。


 餡コロが部屋の外に出てくると、カミーラは突然彼女の真っ直ぐ伸びた長い髪をかきあげた。


「あなた最近お風呂にも入ってないでしょ?」


 髪の毛の触った感触は幾分ごわついていた。髪は女の命よ……とカミーラは言う。


「えっと……」


 突然何を言い出すのだろうかと思い、返答に困っている餡コロ。昴同様にずっと部屋に閉じこもっていたのもあって、思考がやや麻痺しているのだろう。


「女の子なんだからダメよ、そんなんじゃ」

「でも……」

「でもじゃないわよ。このままだと昴の鼻が折れちゃうわよ」


 カミーラはわざと昴の名を出したのだが、これには餡コロも大きな反応を見せた。


「え!? そ、そんなに匂いますか?」

「えぇ、えぇ、匂うわよ」


 餡コロは慌てて自分の腕を顔の前に持ってきて匂いを嗅ぐような仕草をした。

 カミーラは片手で鼻を押さえて「くさいくさい」ともう片方の手を振ってみせる。


「た、大変……私、お風呂行ってきます」


 パタパタと慌てて廊下を走り出す餡コロ。彼女は昴の隣にある自室に入ると、着替えやタオルを抱えて再び廊下を駆け出した。


「はい、いってらっしゃい。昴はあたしが見ててあげるからゆっくり浸かってらっしゃい」


 走り去る餡コロの背中に、カミーラは声を掛けた。一度だけ振り返った餡コロはお辞儀をして再び廊下の奥へと走り去った。




 餡コロが浴室へと向かう角を曲がる時、ある人物とぶつかりそうになった。


「ん? どうしたそんなにバタバタと走って。ころぶぞ」

「あ、アーディンさん。お帰りなさい」


 ぶつかりそうになった相手はアーディンだった。


「おぅ。昴はどうだ?」

「……」

「そうか、腐ったままか」


 無言だということは変化無しと受け取ったアーディンは、大きく溜息を付くと頭を抱えた。

 アーディンの様子を見た餡コロは、自分より昴の事を良く知る彼女に対し、もしかしたらと思う一心でアーディンの手を掴み顔を寄せて大声を立てた。


「アーディンさん、昴さんを元気付けてあげてください!」


 耳元で叫ばれたアーディンは、顔を引きつらせて餡コロの手を引き剥がすと、頭をとんとんと叩いてから口を開いた。


「ん〜、無理だな〜」

「そんなぁ〜」


 アーディンのぶっきらぼうな口調に、餡コロは深い溜息と共に肩を落とす。その溜息が移ったのか、アーディンは二度目となる溜息を吐き捨てると、腕を組んだ。


「皇帝もどうせなら、私みたいな図太いのにやらせればよかったのになぁ」


 やらせる――とは、皇帝が死ぬ為に必要だった介添えの事だろう。しかし、プリーストであるアーディンは刃物を持っておらず、例え皇帝の真横にいたとしても介添え役にはなれなかっただろう。


「……アーディンさん、優しいんですね」


 アーディンの言葉の意味を理解した餡コロは、潤んだ瞳で微笑んだ。餡コロの言葉を聞いた方のアーディンは焦って首を左右に力いっぱい振る。


「は? いやいやいやいや、私は子猫ちゃんにはいつだって優しいつもりだぞ。昴が子猫ちゃんかどうかは置いといてだな」

「ふふふ」

「……まぁ、とりあえず。腐ったままなのも困るからな〜、ちょっとあの人のお願いしてみるか」


 顔を赤らめたアーディンは、そそくさとその場をあとにしようと歩き出した。しかし、アーディンの腕を掴んだ餡コロによって、彼女は逃げる事に失敗する。


「あの人? 誰なんですか? 昴さんを立ち直らせてくれるんですか?」


 矢継ぎ早に問いかけてくる餡コロは、食い入るようにしてアーディンの表情を見つめた。先ほどのアーディンのセリフが照れ隠しの為の口から出た出まかせなのか、それとも意味ある物なのか、それを確かめようと餡コロは必死だった。


「判らん」

「えぇ〜」


 アーディンのあまりにも短い答えに、餡コロは一瞬「出まかせ?」という考えが頭に浮かぶ。しかし、餡コロの考えを覆すかのようにアーディンはすぐさま次の言葉を続けた。


「判らんが、これで昴のヤツが立ち直れないならそれまでだ」

「それまで?」

「昴はここでこの旅を終えるってことだ。魔王が倒されて元の世界に戻れるようになるまで、ずっと部屋に引篭もることになるだろう」

「そんな……」


 餡コロはアーディンの言葉に意味がある事を知ったが、同時に、それが昴に元気を取り戻す為の唯一の手段であることも知った。アーディンの言う方法で昴が自分を取り戻せなかったら、この異世界にいる間ずっと彼は閉篭もったままになる。

 餡コロはなんとしてでも昴には、元の彼に戻ってほしかった。何故だかは自分でもわからないが、とにかく以前の彼でいてほしかったのだ。


 自分に出来ることは他にはないだろうか?

 どうすれば救えるだろうか?


 餡コロが必死に思案していると、アーディンが思い出したかのように言った。


「ところで何か急いでいたんだろう」


 ぶつかりそうになるほど慌てていた餡コロ。昴の事を口にしてスッカリ忘れていたが、餡コロ自身もその事を思い出すと、アーディンの鼻先に腕を伸ばして必死な表情で質問した。


「私、匂いますか? カミーラさんが臭いって言うんです。だからお風呂に」


 それほどまでに気になるのか、餡コロは脇の下に自分の顔を寄せると自分の匂いを確認する。右の脇を匂ったあとは左の脇も同じようにした。

 小首を傾げたアーディンは、餡コロの頭を鷲掴みすると、自分の方へと手繰り寄せて匂いを嗅いだ。


(匂わないけどな……まぁカミーラが気を利かせたんだろうなぁ)

「うむ。臭いぞ! ツーンとする刺激臭が漂ってるぞ!」


 実際は臭くもないのだが、アーディンは大袈裟に体を仰け反らせ鼻を押さえて「くさいくさい」と連呼する。


「やだぁ〜〜」


 アーディンの仕草を見た餡コロは、顔を真っ赤にして浴室へと駆け込んだ。

 その姿を笑いながら見ていたアーディンの元へとモンジがやって来た。


「さて、そんじゃま久しぶりに都に行くか」

「アーディン殿、休んでいかないのでござるか?」


 二人はつい先ほど砦に戻ってきたばかりだった。アーディンについては一月半ぶりとなる帰還だ。にも拘らず、アーディンは再び外出しようとしている。


「あぁ、野暮用。二、三日中には戻ってくるから次のレイド戦までの下調べしとけよ〜ってカイザーに言っといてくれ」


 呆気らかんと答えるアーディンに、何かを察したモンジは深く追求することなく伝言を受け取った。


「ふむ。なるべく早く戻ってきて体を休めるでござるよ」


 モンジの気遣いに片手を上げて応えたアーディンは「聖堂帰還」を唱えて、目的の場所へと飛んだ。

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