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4-10 『都の開放-光と影』

『レイドボス:宰相カーソスバイゾンの討伐に成功しました。これによりマイアナ中央地区の脅威が排除されました』


 プレイヤーたちにだけ見えるシステムメッセージは、項垂れる昴の視界にも現れていた。だが、昴は微塵も動こうとはしない。


 マイアナの都。

 王城にある王の間で、彼は右手を血に染めたまま、床にひれ伏すようにして蹲ったままだった。


「昴さん……」


 餡コロは昴の元へと駆け寄ったが、蹲った体の隙間から見えた彼の表情には生気が感じられず、掛ける言葉すら思いつかなかった。餡コロはただじっと昴の傍らに立ち、見守る事しか出来ずにいた。


「ここは我々が……あなた方は一旦ここを離れてください」

「陛下のお命は魔物と化した宰相によって奪われた……いいですね?」


 親衛隊らは、皇帝の亡骸を帝国紋章が刺繍された布に丁重に包むと、黙祷を捧げた後昴らへと声を掛けた。彼らの言葉は皇帝が口にした「英雄の手に掛かって死ぬ」という内容に反したものだった。


「初めからこうなる事を知っていて、我々を案内したのか?」


 アーディンは帝国の象徴たる獅子に包まれた皇帝の亡骸に視線を落としながら、親衛隊の面々へと問う。彼らは頷き、こう弁明した。


「……申し訳ありません……全ては陛下が望まれたことなのです」

「我々とて何度お考えを改めるよう進言したか……」


 何人かは堪えきれず、目に大粒の涙を浮かべて訴えた。彼らは彼らなりに苦しんだのだろう。どんな言葉を掛けようと、皇帝の意思を変えることは出来なかったのだ。今の昴らと同様に。


「これから……帝国はどうなるんですか?」


 泣き崩れて、目を腫らしたライトが親衛隊に尋ねた。その隣でニャモは今も顔を伏せ嗚咽を上げながら泣き続けている。


「崩壊するでしょう。しかし、それこそが亡き皇帝陛下の望みです。帝国としてではなく、公国としてマイアナを建て直します」


 人々を苦しめてきたマイアナ帝国の、それほど長くも無い歴史を終わらせ、新生国としてやり直すのだと親衛隊隊長は答えた。古き忌まわしき時代を終わらせ、明るい未来を作る。その為に必要だったのが、表向きの最高権力者である皇帝の死。

 自らの命を賭して尚、国の未来を想った皇帝に対して、この場にいる誰もが涙し、その死を悼んだ。


「人が来るぞ!」


 王の間の扉前で警戒していた親衛隊のひとりが小さく叫んだ。


「っさ、お早く!」


 隊長が急かすように言う。皇帝の亡骸の前で昴たちの姿を外部の者に見つかるわけにはいかなかった。皇帝は魔物化した宰相によって殺された事にしなければならないからだ。


 アーディンは頷くと、振り返って帰還魔法の詠唱を指示した。


「桃太、帰還魔法を。昴、お前はここに居ても使い物にならん。さっさと砦に帰れ!」

「ちょっと! そんな言い方ないでしょ!」


 月が昴を庇うように抗議の声を上げた。クリフトが制し、月はそっぽを向いて不貞腐れる。

 その間にも桃太は指示されたように「聖堂帰還」の魔法詠唱を終わらせていた。しかし、昴は消える所か動く気配すら無い。


「スキル使いましたが、昴さんの反応が……」


 PTメンバーが『聖堂帰還』のスキル効果を得るためには、視界に現れる「承諾」の文字に触れなければならない。茫然自失状態の昴はスキルを承諾する事無く、いまだ蹲った状態だった。


「だぁ〜!! 昴!」


 痺れを切らせたアーディンが昴の元へと駆け寄ると、蹲った彼の上半身を無理やり起こすし、その頬に向かって右手を思い切り振り下ろした。


 ――ッパン――


 アーディンは精一杯の力で平手打ちを叩き込むと、昴を見下ろしたまま短く叱咤する。


「とっとと帰れ!」


 一瞬顔を歪めた昴は、『聖堂帰還』を承諾したのだろう、一瞬にして姿を消した。

 桃太がアーディンに言われて昴同様に『聖堂帰還』でアナロアの砦へと向かい、不貞腐れたままの月もスキルを受け入れ消える。

 もうひとり、餡コロも後を追うようにして消えた。


 残った六人は親衛隊の案内で玉座の裏にある隠し通路から城外へと出て行った。




 城下町はお祭り騒ぎになっていた。

 都を闊歩していた魔物達は駆逐され、魔物の支配以前に傍若無人の限りを尽くしていた帝国兵らもほとんどが縄で縛られた状態のままだ。

 システムメッセージに流れたレイドボスの名に、「宰相」という文字が含まれているのを怪訝に思ったプレイヤーが、住民に宰相の名を聞くと「カーソスバイゾン」だという事を知った。

 宰相が魔物化し、それが都を救った英雄らによって討ち取られた。英雄らは都の開放に成功したと、戦いは終わったのだと話す。

 皇帝の生死は不明のまま、それでも都の住民たちは歓喜した。


 城下の一角に現れたアーディンら六人と数人の親衛隊は、町の様子に複雑な表情を見せた。

 魔物や宰相を倒し、都の開放に成功した。本来喜ぶべき事なのだが、その裏では悪の根源とされたままの皇帝の死があった。

 彼らは知っている。皇帝の真の人柄を。ほんの僅かな会話でしかなかったが、それでも心から国民の平和を望み国民の為ならば命も惜しまない、真に王として相応しい人物だった事を。

 

 親衛隊が再び城内へと戻ろうとした時、二人の少年がやってきた。


「あ、変なおねーちゃんだ!」


 振り向いたアーディンの視界に、自分らを秘密の階段へと案内した少年たちの姿が映った。

 二人は元気良く駆け寄ると、息を切らせながらも瞳を輝かせて次の言葉を待った。


「変ではない。イケメンと言え、イケメンと」

「イケメン? 何それ? ところでさ、皇帝のおじさんは助かったの?」


 アーディンの言葉は期待はずれだったらしく、軽く流すと聞きたかった内容を質問した。

 少年の質問を聞いたいっくんは言葉を詰まらせた。

 話さなければいけない。しかし、どう話せばいいのか思いつかなかった。


「……それが……その……」


 真っ直ぐ見つめる少年の瞳から、逃れるように視線を泳がせる。


「ごめんね。間に合わなかったんだ。皇帝はね、最後まで立派に戦ったんだよ」


 アーディンは珍しく、いつものとぼけた男口調からやや女性らしい口調へと変えると、姿勢を低くして少年へと言葉を掛けた。


「え? 何言ってるの?」


 少年らにとって最も判り易く、そして最も残酷な言葉は流石のアーディンでも直ぐには口に出せなかった。それは他の五人も同様だった。誰一人としてアーディンの変わりに説明する者はいない。

 アーディンは深く息を吐き捨てると、今度こそ少年らに皇帝の死を伝える為に重い口を開いた。


「皇帝は……」


 アーディンはここまで言うと、もう一度深く息を吐いた。

 再び口を開こうとしたとき、親衛隊隊長がやってきて彼女の肩に手を置く。


「陛下はお亡くなりになったのだ」


 隊長は短く、そして判り易く少年らに皇帝の死を伝えた。

 少年達にとって予想外の言葉だったのだろう。二人は親衛隊隊長から発せられた言葉を理解するのに、暫く時間を有した。しかし、それは到底理解の出来る言葉ではなかったのだ。


「え? 親衛隊の隊長さん」

「う、嘘だ!」


 二人は口々に叫んだ。


 そんなはずはない。絶対に嘘だ。おじさんが死ぬはずがない。約束したのだから。


 そう叫び続けた。


「嘘じゃない。魔物になった宰相が皇帝を……」


 親衛隊隊長が泣きじゃくる少年二人へと「偽りの真実」を話すが、二人は聞く耳を持たなかった。

 少し離れた場所で、彼らの会話は耳に届いていなかった住民やプレイヤーらも、この喜ばしい時に泣き叫ぶ子供らの姿を訝しげに見つめている。


「助けてくれるって約束したじゃないか!」

「嘘付きいいいいいい!!」


 遂に少年二人は身近にいたアーディンといっくんを殴り、蹴り、そして走り去っていった。その光景を都の大人たちも不振そうに見送る。


「……結構……きついな」


 足を蹴られたいっくんは、すね当てについた泥を見つめながら言葉を洩らした。内心、鉄で出来たすね当てを、思い切り蹴った少年の足の方を心配する。

 自分の足はもちろん痛みなど一切無い。変わりに胸が締め付けられるような痛みに襲われている。


「申し訳ありません……でもこれでよかったのです。陛下の願いだったとはいえ、ナイト殿の手に掛かったなど子供たちには言えませんから」


 顔を殴られたアーディンに自身のハンカチを手渡した親衛隊の隊長は、悲痛な面持ちでそう言った。

 皇帝が介添えしたとはいえ、実際に彼の剣によって皇帝は命を落とした事になる。少年たちにどう説明しようと、昴が皇帝を殺したと思い込むだろう。そうなれば少年たちは昴を恨み、昴を案内した自分らを恨む事になるやも知れない。

 そうなってはいけないのだ。

 だからこそ、隊長は皇帝の遺言とも言える言葉を無視してでも「偽りの真実」を作ったのだ。魔物を憎む心が都を復興させる為の希望に変わるように……と。


「そう……だよな……」


 隊長の真意を感じたいっくんには、そう言う事しかできなかった。それが昴の為でもあり、少年らの為でもあるのだから。


「都の事は我々にお任せください。きっと建て直して見せますから。だからあなた方は――」


 いっくんは隊長の言わんとする事を理解して、最後まで言わせることなく力強く叫んだ。


「わかってる! 絶対に……絶対にこの国からモンスターどもを一匹残らず追い出してやるさ!」


 いっくんの言葉に全員が頷いた。頷いたあとでクリフトは神妙な面持ちで隊長へと問う。


「しかし、建て直すにしても誰かが王位を継がなきゃならないだろう?」


 帝国の国政を担っていた重臣らはほとんどが宰相に殺されてしまっているだろう。生き残りがもしいたとしても、これまで帝国国民を苦しめた政をするような人間が新国王になっても、歴史が繰り返されるだけに違いない。

 親衛隊から国王を選出するというのは難しい事だろう。国民から誰かを選ぶというのも波乱が予想されるだけだ。

 しかし、国である限り象徴たる王は必要だろう。


「大丈夫です。陛下にはご子息がいらっしまいます」

「皇子が? 初耳でござるな」


 親衛隊の言葉にモンジは驚いた。ゲームだった頃の設定では、皇帝には妻子はいたが子は全て女だったからだ。


「はい。正室の子ではございません。真に愛した女性との御子でございますが、あまりにも身分が違いすぎる故、公にはされていないのです」

「そっか……難しい事はよくわかんねーけど、良い王様になってくれればいいな」

「大丈夫でございましょう。陛下に良く似た方でございますから」


 クリフトなどは正直、亡き皇帝の子が王に即位することを、今の国民が歓迎するとも思えなかった。何故なら、国民は皇帝の真の姿を知らないままだからだ。

 税金を搾り取り、歯向かう者は容赦なく処刑してきた帝国の歴史。それを亡き皇帝も自らの意思で続け、国民を貧困させてきた。

 これが民の抱く皇帝像なのだ。真実は皇帝ではなく宰相を筆頭とした重臣らが全てやっていた事。

 これから必要なのは、民が皇帝に抱く誤解を解く事だろう。


(だから皇帝は宰相によって殺された……ってことか)


 クリフトは、城内へと引き返す親衛隊へと視線を送った。

 この先、彼らの戦いが容易でない事は十分予想できる。

 クリフトはそっと、心の中で神への祈りを捧げた。彼らの勝利を願って。

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