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1-4 『ネナベ』

 昴が『ワールド・オブ・フォーチュン』をプレイし始めたのは5年前。

 いくつかのタイトルをプレイしてみたが、ゲームの操作になれる前に辞めるというのを繰り返していた。

 何作目かになるMMOだったこのゲームで、プレイ初日に声を掛けてきたプレイヤーがアーディンだった。


「何かお困りかね子猫ちゃん?」


 今でも昴は覚えている。アーディンという名の「男」エルフの言葉を。

 そう。昴の記憶にあるアーディンは、男キャラだった。


 初心者支援を趣味にしていた司祭プリーストである彼は、低レベルの狩場で右往左往していた昴を見つけて声を掛けてきたのだ。

 昴が警戒しながらも、クエスト対象が生息する位置を訪ねるとアーディンは親切にその場所まで案内し、その後も何かと親切に戦闘指南やシステムの使い方などを教えてくれた。

 はじめて他人から声を掛けられたことで『ワールド・オブ・フォーチュン』でのプレイに楽しさを見出した昴は、自分から他人に声を掛ける勇気を身につけることが出来るようになった。


 しばらくして、昴がとあるダンジョン攻略PTパーティーに入った時、PTリーダーだった女性からギルドに誘われた。

 ギルドに誘われたのは初めてで戸惑いもしたが、人からギルド誘われる事など滅多にあることではないと思った昴は、ふたつ返事でギルドへと参加した。


 昴がはじめて入ったギルド『フォーチュンライフ』にアーディンはいた。


 昴をギルドに誘った女性はギルドマスターで、アーディンとはギルド内で一番長い付き合いがあると以前彼女は話した。

 ギルドマスターは人当たりの良い人物で、多くのギルドメンバーから慕われていた。中にはギルドマスターとしてではなく、ひとりの女性として慕っている男性メンバーもいたようだ。


 昴がギルドへ参加してから二年半ほどが過ぎた頃、ギルドマスターが何日かログインしない日が続いた時に事件は起こった。 


「アーディンがギルマスに『さっさと引退しろ』って言ってるのを聞いたぜ」


 この話はギルドマスターを慕う男性メンバーから出たものだった。

 これがきっかけとなってアーディンは全ギルドメンバーから非難を受け、そして全員一致でギルドを追放された。


 ギルドマスターがログインしてきた際には、メンバーが口裏を合わせて適当に誤魔化すと、落ち込むギルドマスターはその後引退宣言をしてゲームを去った。

 理由は明かされていないが、昴はその理由を知っていた。


「みんなには内緒にしててね。私さ、ずっと持病抱えてたんだ。最近は体調の悪化が激しくなってきちゃって……大きな病院で治療入院することになったの」


 ギルドマスターともうひとりだけがスカイプルームにいる時、偶然チャット入室した昴が二人の会話を聞いてしまった。

 その後の会話内容で、ギルドマスターの持病の事を知っていたのはアーディン唯一人で、彼にも口止めをしていたらしく、事あるごとに治療に専念しろと彼が話していたことを知った。 




「なんでマスターの事、話してくれなかったんですか?」


 昴は2年前の事を思い出してアーディンを責めた。今更彼、いや彼女を責めても仕方の無い事だとは解っている。

 それでも、あの時アーディンが真実を話していれば、彼女自身をギルドから追放することも無かったし、ギルドマスターも気持ちよく引退できただろう。

 昴自身が抱える罪悪感もなかったはずだ。

 そう思えばこそ、言わずにはいられなかったのだ。


「あ? そんな個人情報、ほいほい喋れるか。大体あいつからも口止めされていたんだし」


 彼女の言い分は尤もだった。風邪やその程度の病気であれば簡単に口にも出来るが、治療入院が必要な持病ともなれば安易に口には出来ないだろう。

 この様子だとアーディンはギルドマスターの病気についても知っている様子だったが、決して話してはくれないと判断した昴は、別の話題を振った。


「んで、なんで女なんですか?」


 今昴が抱える最大の疑問だ。

 知っているはずのアーディンは確かに男キャラだったし、女性だと感じさせるものも一切無かったのだ。


「あ? 何を言っているんだ。私はイケメンだ」


 当のアーディンは女である事を認めないらしく、いつまでも「イケメン」で逃げ通すつもりでいるらしい。


「ネナベだったなんて……」

「ネナベってなんですか?」

「あー、えっと。男キャラ使って男になりきってプレイする女の人の事だよ」


 餡コロの素朴な疑問に答えつつ、昴は数日前ネカマに騙されていた事を思い出す。ある意味、自分はネナベにも騙されていた事になるのだろうか……とも思った。


「いや、私はイケメンだ」

「はぁ……相変わらずなんですね」

「まぁな。昔から男口調が身に染みてたもんで、違和感無く喋れるんだぜ」


 この時代のMMOだとボイスチャットが主流なのだが、何らかの事情でボイスチャットを使わないプレイヤーは少なくは無く、アーディンもそういった文字チャットのみを使用したプレイスタイルだった。

 文字でのコミュニケーションであれば、男性か女性かなど解るものではない。

 それでも、文脈から多少は性別を判断することは出来る。

 今のアーディンは口調だけは男っぽいが、声はどう聞いても女性のもの。にもかかわらず、不思議と違和感を感じさせないのはイケメンが染み付いているからだろうか。


「すっごいですねぇ! カッコいいです!」

「はっはっは。そうだろうそうだろう」


 純粋に感動する餡コロの態度に、機嫌を良くしたアーディンは気前良くカバンから甘い香りが漂う果実を取り出して二人に振舞った。


「ところで、アーディンさんはどうやってスキルを使っているんですか?」


 久方ぶりに「美味しい」ものを口にした昴は、果実を味わいながら先ほどの出来事についてアーディンに尋ねた。

 自分も散々探したスキルの使用方法だが、なかば諦めかけていた所だったのだ。


「あぁ、そうだな……隠しコマンドがあるんだ」

「え? 隠しコマンド?」

「まぁ、これを設定した所でスキルは使えないんだがな」


 コマンド設定をやっても下準備にしかならず、実際にスキルを使う為にはひたすら練習するしかない。とアーディンは説明した。

 更に、この世界は元々「意思」が力となる事から、それが影響してかスキルを使用する際には、しっかりと意思を固めていないと発動しないことを補足する。


「なんか面倒くさそうですね……餡コロさん言ってる意味判ってる?」


 アーディンの説明を聞きながら、ゲームのようにボタンひとつでスキル発動という訳にはいかないと思った昴だったが、横を見ると小首をかしげる餡コロの姿があった。


「え~っと……」

「うむ。考えるのはやめておけ。とりあえず教えるとおりにやっとけ」

「はい!」


 説明するのが面倒だったアーディン。考えるのを辞めた餡コロは明るかった。


 二人はアーディンに指示されてUIユーザーインターフェイスを開くと、システム設定画面の丁度真ん中あたりまで画面をスクロールさせた。


「無駄に空行があるだろ?」

「あー、ありますね」


 アーディンの言うとおり、他は行間が空くことなく説明文が詰め込まれているにも関わらず、画面中央部分にだけ一行分ほどの空白があった。


「とにかく空行の先頭あたりを触りまくってろ」

「触りまくるって……」


 昴は言われるがまま、他人には見えない自分のシステム画面に手をかざしてあちこち触れてみる。

 他人からは相手のUIなどは見えない仕組みになっているので、見ため的には何もない空間で怪しい動きをしているように映る。


「あ、なんか出てきましたぁ」

「おぉ~、餡コロは要領いいな」


 ものの数秒で、餡コロはあっさりとアーディンが指示した内容をクリアしたようだった。


「え? マジかよ……………………やっとでてきた」


 焦った昴が必死でもがく様に手を動かすと、ようやく視界のUIに文章が浮かんだ。文章の先頭には四角いマスがあり、どうやら先ほどの動作でチェックが付いたようだった。


「相変わらず要領悪いなお前は」

「ほっといて下さい」


 昴の視線には「全てのUI呼び出しを音声認識によって行う」という文字が薄っすらと表示されている。先ほどまでは表示されていなかった一文だ。


「出来たら一番下までスクロールさせて、決定ボタンを押しておけよ」

「「はい」」


 二人はいわれた通りに決定ボタンを押す。これでスキルが使えるようになるための第一歩が完了した。


「じゃ、残りはまた後でな」

「えぇ!? 今教えてくれないんですか!?」


 昴はこの世界にログインして初めて「楽しい」と感じていた。ネカマに騙され孤独に旅を始め、自分は不幸だと思うようになっていた。

 久々に他人と会話した事でテンションの上がった昴だが、この数日の間で自分ではどうにも出来なかった事がひとつ解決しようとしているのだ。

 スキルが使えるようになれば、この世界での旅も楽になることは間違いない。それ以外にも、はじめてプレイしたときのように期待に胸を躍らせたのに似た感覚もあった。


「だって、飯の時間だろう」


 誰かの腹の虫が鳴った。

 太陽は既に頭上まで来ており、思い出したかのように昴にも空腹感が襲ってきた。

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