3-12 『今後を考える会議』
モンスターイベント襲撃を見事圧勝で飾ったフォトリアルのプレイヤーたちは、数日後、再びフォトリアル城にて会議を開く事となった。
会議の内容は、攻略済みの各砦等の防御体制の強化と、敵側に寝返ったと見られるプレイヤー数の把握。闇の魔王を倒す為の最短ルートを話し合う。 この3つが議題だ。
「まず各砦の防御体制についてですが……」
進行役の女性の声が会議室に響く。
意見を求める場面では多数のプレイヤーらが手を上げ、自身の考えやギルドメンバーらとの合同意見を述べる。
結論としては、これまで各砦に滞在していたギルド数を今以上に増やし、ギルド内の平均レベルを考慮して配置するという事でこの案件は終了した。
ただし、滞在ギルド数が増えればその分食い扶持も増える事になる。補給用の食料に関してはウエストルの国王に算段しなければならない。
「次は、先日の襲撃イベントに居た敵側のプレイヤー達に関連することですが……」
プレイヤー側で解っている事は、パール・ウェストを中心に戦う意思もなく、安全地帯でのらりくらりと過ごしていたプレイヤー達のうち、実に多くのプレイヤーが姿を消していたという事。
一部、不正プレイヤーとして有名な者達がいなくなっていること。このぐらいである。
まさか、居なくなっていた者が魔王に就いていたとは誰もが予想しなかった事態だ。
「あの場にいた敵側の中に、自分の知っているヤツがいました。知っているといっても、相手はこっちを知らないんですけどね」
会議の参加者から声が上がった。どうやら中堅ギルドの男性マスターのようだ。
「知ってるっていうのは?」
進行役の女性が発言者に問う。
「BOTですよ」
発言者である男性は、敵側で見た相手の顔を思い浮かべて憎々しげに言う。
不正ツールの代表でもあるBOTは、ある程度の行動をプログラムによって自動で行えるようにしたもので、実際にキーボードやマウスを使って操作する事も無く、勝手に狩りをし、勝手にアイテムを売却することができる。
中には他人が攻撃中の敵にも問答無用で攻撃を行う「横殴り」をするBOTもいるため、多くのプレイヤーからは忌み嫌われる存在だ。また、BOTが集めるアイテムのせいで市場の価格も大荒れすれば、BOTが稼いだゲーム内通貨はRMTの温床ともなっており、MMOを運営する企業にとっても不正対策で最も力を入れるべき存在でもある。
「BOTとして動いてるのか? 肉入りなのか?」
「VR化実装初のログインで自動ログイン出来なかったとかじゃね?」
「だろうなー。他にもBOTキャラは居そうだな」
他の参加者達からも様々な憶測が飛び交った。
BOTは通常の定期メンテナンスであれば自動ツールでログインしてくる物もあるが、異世界召喚となった大型アップデートなどの際には、不正対策が仕込まれている為手動でのログインが行われる。
今異世界に居る「BOTだったキャラクター」はたまたま手動ログインさせていた人物なのだろう。大抵の場合は、ひとりで複数のBOTを起動させている。海外の大掛かりなRMT業者などがアルバイトをやとってモニター監視をさせている事もある。
「そういや、なんか日本語のおかしいのが居たような気がするな」
警備担当だったギルドのマスターがぽつりと洩らした。戦闘が始まる前の、まだ比較的静かだった時に敵側プレイヤーたちの騒ぐ声を聞いていたのだろう。
「とにかく、人数の把握はしておきたい。それと今度寝返るヤツが出てこないとも限らないし、各砦や拠点になってる町なんかに滞在するプレイヤー数の把握をしておこう」
情報収集役を好んで引き受けるギルドがいくつかある。そういった隠密行動のRPを行っているのだ。彼らがどこのギルドがどの地域の人数調査を行うか決めている間にも会議は進む。
「で、今回最も難しい議題ですが、何も全レイドボスを倒さなくても闇の魔王は倒せるんじゃないかという話が出てまして」
参加者の間でどよめきが上がった。ゲーム時代でも未実装だった闇の魔王だ。度々クエストなどに名前が見られるだけで、姿はおろかシルエットさせプレイヤー達は知らない。
「強さ次第だよな。レイドボス1匹倒せばその分魔王の力は弱まるってのが女神の話だし」
今、プレイヤー内で最高レベルとなっているのはレベル88だ。人数的にも決して少ない人数ではない。そしてプレイヤーがこれまで倒したレイドボスでの最高レベルは89だった。
レイドボスを生み出した魔王がレベル89前後であるはずがない。ただし、人数によるゴリ押しも可能ではあるため、プレイヤー達よりレベルが5つほど上であれば倒すのは十分可能だと思われる。
「魔王の居場所はゲームだった頃のマップ見る限りだと、西大陸と東大陸の北側で交じり合ってる部分だよな」
「黒い霧で隠されてた場所だね」
異世界で入手できる地図には霧で覆われたような場所は無い。単純に大陸の形を描いただけのものだ。その地図にも西と東の大陸が細長い大地によって繋がっている場所があった。
それぞれの大陸の最北だ。ゲームでのマップだと、この部分は黒い霧のようなもので隠されていた。そしてサービスが開始されて14年が経過していたが、未だにこの地域は進入不可地帯になっていた。
「いかにもって感じだしなー」
誰かが言った言葉に一同頷く。そして誰もがゲーム時代だった頃から「ラスボスがいる場所」として認識していたのだ。
「西大陸側で未攻略な砦は、あと20ぐらいだっけか?」
プレイヤーたちが攻略しているのは、西大陸でも特に西側地方ばかりだ。ログインした場所が西北の初期村パール・ウェストなのだから仕方が無い。そのパール・ウェストがある西の王国ウエストル地方は完全に攻略されている。
ウエストル地方の南側にはドローク公国が広がり、この地はウエストル同様にまだ闇の軍勢に完全には支配されていない。ドローク地方の北側、ウエストルに近い砦の幾つかも攻略は終わっていた。
プレイヤーたちは西大陸の各地へとPT単位で冒険し、そして各地の攻略可能な砦や城の場所を探っていた。多くのプレイヤーたちの功績により、大部分の攻略可能な砦の位置や数は把握されている。
「えぇ、そのぐらいです。もっとも、どこにレイドボスが居るかってのはハッキリとは解りませんが」
実際に砦内を偵察できればレイドボスの有無もハッキリするのだが、流石にそれはかなり難しい。
姿を消すスキルを使えるシノビにしろアサシンにしろ、姿を消せる時間に制限があるのだ。シノビのスキルは持続時間3分と長めだが、スキル使用中は喋る事も出来なければ他スキルを使う事もできない。さらに影の中に潜り込むスキルゆえ、影の無い所では使用できないうえに使用者より小さな影には潜り込めないという条件付きだ。
アサシンに関してはスキル使用中は1秒間にMPがマイナス1されてゆく。MPが無くなれば当然姿を隠せなくなる事になる。スキル使用中に他スキルが使えないのはシノビと同じだ。
姿を隠すスキルを持たない他プレイヤーが忍び込むのはまず不可能だろう。こういった理由から攻略ポイントの内部偵察は行われていないのが現状といえる。
「一旦さ、西大陸側の攻略に全力で当たって、それから魔王が居そうな霧の部分に殴りこんでみたら?」
会議への参加者から提案が出された。今のプレイヤーたちのレベルから見て、今すぐに魔王が居るであろう場所に乗り込んで行っても、流石に勝てる見込みは無さそうだ。それについては大部分のプレイヤーが自覚している。
「俺達は死なない事になってるしな。それでもいいんじゃないかな」
魔王の強さを把握するにも、誰から乗り込まなければ何も始まらない。強さを確認した後だれば、本格的に攻略を開始するか、レイドボスを引き続き討伐して力を削ぐとともにプレイヤー自身のレベル上げをするか決める事も出来る。
「そんなら、いっそゾンビアタックすればいいんじゃね?」
「セーブポイントがあればいいだろうけど、まさか敵の本拠地にセーブポイントなんて無いだろう」
「あ、そうか……」
戦闘不能になると直ぐにセーブポイントで復活し、再び敵に向かって突撃を繰り返す。こういった戦法をMMOプレイヤーたちは「ゾンビアタック」と呼んだ。ただし、誰かが言ったように対象となる敵の近くにセーブポイントがあればこその戦法だ。
敵本拠地にセーブポイントが無い可能性のほうが高く、その場合、敵本拠地に乗り込んで戦闘不能になり遠く離れたどこかの大聖堂で復活して再び本拠地に殴り込む事になる。プレイヤーたちが敵本拠地に到着する頃には魔王も体力を回復しているだろう。
魔王戦でゾンビアタックは恐らく不可能な戦法だ。
「じゃあ、西大陸攻略後に高レベルを集めて魔王討伐に行くってことで。第一目標は敵の強さを知る事。レベル次第ではそのまま倒すってのもありだけど、ま、無理だよね」
「だな。敵の強さを調べた後、あとどのくらいレイドボス倒せばいいかとか考えるのが目的でいいんじゃね?」
遂に魔物が完全に支配する地方へと進行を開始するプレイヤーたち。
局地的に強力なモンスターが徘徊していただけのウエストル地方と違い、マイアナはどこに行ってもレベル70以上の高レベルモンスターが数多く存在する。
ウエストルでは街道沿いなどは比較的安全だが、マイアナでは街道であってもモンスターが我が物顔で闊歩していた。最悪なのは町すらもモンスターの生息区域であることだ。
「まずは拠点に出来そうな砦を潰す所からはじめよう」
会議に参加していた昴が、この先の戦いを意識して高揚した口調で言う。
いくつかの砦の名前が挙げられた。多少小さくてもとにかく物資を蓄えられる場所さへあればそれでいいのだ。
攻略情報や物資輸送方法などが次々に話し合われてゆく。
会議は日が暮れたあとも続いた。
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「っち、俺達は会議の除け者かよ」
「PKプレイヤーは仲間はずれってな。いつもの事じゃねーか」
人気の無い通りでひそひそと会話をする人影がふたつ。
PK。プレイヤーキラーもしくはプレイヤーキルとも呼ばれる行為は、承諾無しにプレイヤーを突然襲うという事から嫌悪する日本人プレイヤーは多い。
しかも、その多くは自分よりレベルの低い相手のみを狙う攻撃を仕掛ける。中にはフィールド内にある復活地点で待ち構え、プレイヤーが現れ、一定の無敵状態が解除されると同時に問答無用で襲い掛かるのもいる。
こそこそと話すふたりは、こういった悪質なPKを繰り返すプレイヤーだった。
「PKの何が悪いってんだ。仕様なんだからいいじゃねーかよ」
たしかにゲーム内ではいくつかPK可能なエリアがあり、そのエリアでは問答無用なPK行為が許されている。それはあくまでもゲーム仕様であり、多くのプレイヤーが善しとする行為ではなかった。
「なぁ、いっそマジでPKしねーか?」
「どういうことだよ」
「向こうに行くんだよ」
「まさか、魔王軍か?」
片方の男の提案に、もうひとりの男が目を丸くして答えた。
「そうそう。向こうに行けばPKし放題じゃね?」
「殺人者は流石に……」
「何言ってんだ。こっちの世界の人間殺すんじゃねーよ。プレイヤーに決まってるだろ!」
「あぁ、そういう事か」
目を丸くしていた男は、提案者の答えに平常心を取り戻すと、納得したように頷いた。
「魔王の配下になれば、何かいい装備貰えるかもしれねーじゃん」
「おぉ! 俺『奥義』とかほしい!」
「だろ、だろ! そうすりゃさ、PKし放題じゃね?」
「いいねー、それ」
レア級の装備も『奥義書』も全てモンスターから獲得するものだ。ということは、魔王側につけばそういった物が苦労するなく手に入るのではなかろうかと男は考えた。
「知り合いにも声掛けてさ、別々に狩りに出発する振りしてどっかで合流して行こうぜ」
「どこに行くんだよ?」
PKプレイヤー同士の繋がりはそれほど多くは無い。それでもふたりだけで魔王軍の所に行くのは恐ろしい。だから少ない人数でも寄せ集めれば不安も減るというのだ。
「まずはマイアナかな。魔物が支配してる砦に人間が居ないか確認して、居たら交渉すればいいだろ」
「居なかったら?」
「他の砦に向かう。もしくは頭の良さそうなモンスターでも居ればな……そのうち俺らの噂が伝われば向こうから出てくるだろうしよ」
「それもそうだな」
ふたりはここまで話すと、すぐさま行動に移した。敵側に寝返ったプレイヤーの存在を知ったフォトリアルでは、日を追うごとに問題児的プレイヤーの監視が厳しくなると考えたからだ。
フォトリアルの門を潜った数組のPTが、その後消息を絶った。
3章「一応」終わりです。




