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3-9 『闇に染まりし者たち』

 暗い闇の中。広大な空間に一角だけ明かりが灯されている。


「もう! 装備を奪えないなんて……おバカ! 使えない奴らねお前達は!」


 明かりの正体は一軒の建物から洩れるものだった。建物は中世風の屋敷で、闇の中ではそこだけが別空間のような違和感を漂わせている。

 建物内部では数人の男達と、彼らを見下ろすように立つひとりの女、傍らに苦笑いを浮かべる男がいた。


「ははは、そう責めてやるなよメイ


 金色の長い髪を振り乱し、怒りに任せて叫ぶ女を傍らに立つ男が宥める。


「キース様……仕方ないわ。今回は許してあげる。さっさと次の作戦の準備に入ってよね!」

「は、はい! 命様」


 女は狐の半獣人リーフィンメイだ。キースと呼ばれた男は黒い髪に黒い瞳の、以前フォトリアル城に現れたキース・エッジだった。

 命の前で跪く男たちの中にミルキィーの姿がある。灯台で惨敗を記した面々だ。


 男達が命やキースに対して頭を下げた後、踵を返して部屋から出て行った。豪華にあしらわれた部屋には命とキースの二人だけになる。


「君は人に好かれやすいんだね」


 キースは命の肩を宥めるように優しく叩くと、命を賞賛するように声を掛けた。

 この屋敷には先ほどの男達以外にも、何人かのプレイヤー達が身を寄せている。皆、まともなプレイヤーではない。BOTと呼ばれる自動プログラムを使って不正操作を行っていた者や、ゲーム内アイテムを外部の取引サイトでゲーム内通貨ではなく現実のお金で取引する者など、いわゆる不正行為プレイヤーだ。

 そんな不正プレイヤーに声を掛けて集めてきたのが命だった。


「そ、そんな事ないですよ……」


 頬を赤く染めた命は、肘を抱えるようにして腕を組むと恥らうように視線を落とした。


「羨ましいな。ボクには君のようなカリスマはないから」


 命の長い髪に手を伸ばすキースの瞳は、羨む気持ちと愛しむ気持ちに溢れていた。

 髪をかき上げそっと口付けをする。

 

「カリスマだなんて……女だっていうだけでチヤホヤされてるだけですわ」


 身悶えるように体を震わせる命。キースは彼女の表情を見てクスクスと笑う。


「そうなのかな?」

「そうですよ。それに、キース様だってとっても優しい方じゃないですか」


 キースの手を取り、命は優しく彼の手を包み込んだ。いくつものクッシュンが置かれたソファへと腰を下ろす二人。


「ボクが? まさか……」


 キースの言葉を遮るかのように、命は人差し指をキースの口元に押し付けた。


「お優しいです。だって……私の願いを叶えてくださったもの」

「…………」

「元の世界に戻ってしまったら、私また、あの病室のベッドの上だもの。死ぬのをただ待つだけのベッド……」


 命の体が小刻みに震えた。現実世界の自分の姿を想像して。キースはそんな彼女を優しく抱き寄せると、大きな狐の耳元から優しく撫でた。


「そんなに重いのかい?」

「はい……ここ1年ほどで病状が悪化してしまって……まぁ歳っていうのもあるんですけどね」


 命のかすれる様な声が、静まり返った部屋にかすかに響く。キースは少しだけ間をおくと、表情を変え明るく振舞う。


「え? ボクはてっきり15歳ぐらいのお子様だと思ってたよ」


 目の前の少女、命をからかうように頭をぽんぽんと二度叩く。途端に顔を真っ赤にさせた命は、抗議するように彼の胸を押しのけた。


「もう、キース様ったら。この姿はゲームでのキャラですよ!」

「あー、そうだったね。スッカリ忘れてた」


 忘れていた――というのはあながち嘘でもない。今の彼らにとってこの姿こそが本物だったから。


「んふふ。可愛い人」


 くすくすと笑う命に、今度はキースの方が抗議する。


「え? ボクは男だよ? 可愛いだなんて、落ち込むなー」

「あら、ごめんなさい」

「ははは。……」


 暫く笑ったあと、キースは突然黙り込んで物思いにふけるようにうつむいた。命は心配してキースの顔を覗き込むと、彼は慌てて顔を上げた。


「どうかなさいました?」

「あ、うん。従兄妹の女の子にも、昔同じ事言われたなと思って」


 キースの脳裏に幼い少女の姿が浮かぶ。小学生になる少し前ぐらいの女の子だ。


「唯一ボクを必要としてくれた子」

「可愛がっていらっしゃったんですね?」


 キースはうっとりとした様な瞳で話した。その様子から命が、彼にとって少女の存在が小さいものではない事を察する。


「あぁ、そうだね。その子が大好きだった餡ころ餅を喉に詰まらせて死に掛けた事があってね。必死になってその子を逆さまにして吐き出させたんだよ。それからずっとボクに懐いてくれるようになったんだ」

「まぁ、御餅を喉に詰まらせるなんて……どんだけ口に頬張ってたのかしら」


 くすくすと笑う餡ころの目は穏やかだった。彼女は今幸福だったのだ。彼の過去を僅かでも聞けた事に幸せを感じていた。


「小さい子なのに、2個も口に入れてたんだよ」


 キースは二本の指を立てて口を大きく開けて見せた。二人は互いに顔を回せて笑う。


「随分と欲張ったんですね〜。かわいらしい」

「まったくだよ……でも……この世界にあの子は居ない。唯一ボクにとって大事な存在が……」


 ふいにキースの表情に影が差した。人付き合いが苦手で友人は少なく、やることなすこと失敗続きだった彼。受験に進学、就職。全て失敗した。

 元々高学歴な家庭だった彼の家では、彼の存在を消すかのようにキースを家から追い出した。そんな彼を唯一人の少女だけが心配して何通もの手紙を寄こしてくれた。

 少女の心配を他所に、キースは次第に引篭もるようになると定職にも付かずネットゲーム三昧の暮らしを始めた。

 幼かった少女が、自分の卒業式だから見に来てくれと言ってキースを連れ出したのは良く覚えている。コンビニへ行く以外久方ぶりの外出でもあり、その日の夜、この異世界に強制召喚されたからだ。


 キースにとって思い出したくない過去と忘れたくない過去が同居している。苦しみ喘ぐキースを、命がそっと抱き寄せた。


「……私が……私がお傍にいますわ」

「命……」


 震えるような命の声には、不安の色が混じっていた。彼女にとってキースは全てであった。自分が生き続ける為にはこの世界に留まらねばならない。それを叶えてくれたのがキースであり、キースは命の為にゲームシステムを異世界に実装してくれた。

 キースにとっても元の世界に戻りたくない理由があるからこそそうしたのだ。命の為ではない。その事は命自身も解っている。

 それでも二人は、互いに必要な存在になるまで深く関わってきた。


 だが、命の不安はそれだけではなかった。もし万が一、キースの従兄妹である少女がこの世界にたとしたら……その時自分はどうなるのだろうという恐怖だ。

 もし少女が、共に元の世界へ帰ろうとキースを誘ったならば……自分はまた病室に戻ることになるのだろうか。

 キースに捨てられるのだろうか。

 命の不安は膨らむ。

 

「大丈夫。今のボクには君しか居ないんだ。君を失いたくないから……だからこのゲームは決して終わらせないよ」


 壁に掛けられたランプの炎に照らさせて、二人の影が重なった。



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