3-8 『スプーンを求めて』
「砦のほうに行ってきます!」
早朝から餡コロは慌しく外出の準備をしていた。大広間で食後の休憩を満喫していた一同は、餡コロの言葉に一抹の不安を抱えたる。
ひとりで行かせて大丈夫なのか。道中、どこかで襲われたりしないか、知らない人に付いていったりしないか。誰もがそう思った。
「ひとりで行くのか?」
アーディンの言葉に頷いた餡コロは、いつもの明るい表情で返事をした。出かける準備は整ったようで、既にギルドルームを出ようとしている。
「昴、付いて行ってやれ」
クリフトが慌てて餡コロを引き止めると、振り返って昴を凝視して同行するよう促した。
丁度、冷たい果汁飲料を口にしていた昴は、面倒くさそうに顔を上げると抗議を行った。
「何故俺が?」
昴のささやかな抗議は全員一致で却下されることになる。理由は――
「「ギルドマスターだろ」」
というものであった。
●
フォトリアルから伸びる街道を西に進む事数時間。道中、これといった出来事も無く無事に二人はフォトンの砦へと到着した。
フォトンの砦は昴らが引越し先候補のひとつとして偵察した砦だ。
砦には現在、いくつかの中規模ギルドが滞在していた。交代制で滞在ギルドが入れ替わっていたのだが、生産を主な活動内容にしているギルドは、とりでを利用するプレイヤーの為に長期滞在をすることになっていた。
今回、餡コロが砦に行く理由も生産に関わる物だ。
「すみません昴さん」
「でもどうして砦に?」
「はい、あちらにいる木工師さんにお願いしていたものがありまして。たぶんもう出来上がってると思うから様子をみに」
「木工師?」
木工師は、魔法職の武器である杖やハンターが持つ弓、一部楽器を製造することができる。恐らく武器の製造依頼をしたのだろう。
「はい! スプーンの形をした杖を作って貰ってるんです!」
「……そ、そう」
餡コロは嬉しそうに答えたが、昴は木製の巨大スプーンを想像し困惑した。いつだったか、スプーン型の杖を作って貰いたいだのなんだのと話していたことはあったが、まさか実行に移すとは思ってもみなかったのだ。
「先端には可愛いトカゲの飾りも付けて貰う予定なんです」
「……あ、アーディンさんが見たら喜びそうだね」
「えへへ、トカゲの可愛さを解ってくれる方がいて嬉しいです」
トカゲまで出てきた所で、真面目に答えるのは辞めようと決めた昴は、彼女の言葉に合わせて返答することにした。
(俺にはわからない……この子やアーディンさんの美的感覚が)
二人が木工師の工房まで到着すると、草原の民である小さな少女が出迎えてくれた。少女は餡コロの手を取ると奥の部屋へと案内する。
奥の部屋ではヒューマンの青年が、木片を削って細工を施している最中だった。
少女が青年に声を掛けると、青年は壁に備え付けられている棚から長細い包みを持ってやってきた。
「昨日出来上がったところさ」
布をほどくと、そこには1メートルほどの木製のスプーンが現れる。スプーンといっても実用的とは言えないバランスで、柄の太さのわりに先端の楕円形部分は小さかった。
大人の掌よりやや大きい程度だ。楕円形の部分が下にくるようで、反対側にはなんと、コミカルなエリマキトカゲがくっついていた。襟を広げ口をパカっと開いた姿。大きな襟には極小さなエメラルドらしき石がいくつか埋め込まれていた。瞳はルビーを使っている。
「えへへ〜。かぁ〜わいぃ〜」
受け取った杖に頬ずりする餡コロの姿を見て、昴と木工師の青年は互いに小声で会話を行った。
「頼まれて作ってみたものの、なんか凄いデザインだなって我ながら思うよ」
「だろうね……」
依頼されたからには全力でお客の要望に応える。それがポリシーだと青年は口にした。だが、まさかスプーン型でエリマキトカゲの彫り物をくっつけた武器を作らされることになるとは思いもしなかっただろう。
餡コロは依頼料を支払って工房を後にした。工房から出る際には草原の民の少女が元気良く手を振って見送ってくれた。
「お姉ちゃんまたね〜」
「またね〜」
回廊の角を曲がるまで、少女はずっと手を振っていた。餡コロも少女が見えなくなるまで手を振って応えた。
「知り合い?」
「いえ、先ほどの木工師さんの妹さんです」
ゲーム内キャラクターの種族は違うが、現実での本当の兄妹だと餡コロは昴へと説明する。
「へー、兄妹でゲームしてたのか」
「昴さんはご兄弟いるんですか?」
「うん、妹がひとり。もちろんゲームはやってないけどね」
昴はふいに、現実世界にいる妹の事を思い出していた。3つ下の高校生になる妹は、一緒に歩く餡コロと違い、少し勝気な所もあるがしっかり者でいろいろと気配りのできる妹だと昴は思っていた。
妹は今どうしているのだろうか、自分の体はどうなっているのだろうか。昴は現実世界の事を思い出すと不安ばかりが溢れてくるので、普段はあまり考えないようにしていたのだ。
「きっと心配してるでしょうね……」
「そうだといいな……」
曖昧に答えた昴だったが、妹はきっと心配してくれるという確信はあった。その程度には兄妹仲は良かったからだ。
「心配してますよ絶対! だってたった一人のお兄さんなんですもん」
「うん。ありがとう。餡コロさんは兄妹とかは?」
餡コロの言葉は昴にとって正直に嬉しいものだった。笑顔で答えると昴は餡コロの事について尋ねてみた。
「私はひとりっ子です。でも従兄弟のお兄ちゃんがこのゲームをやってたんです」
「え? じゃーこの世界に?」
「いえ……わかりません。2年前に突然消えちゃって……アパートから居なくなったって叔母さんが言ってました」
「え……今でも行方不明なの?」
昴はあまり深く聞き出すべきでは無いと思いながらも、話題を変えることも出来ず率直に聞くしかなかった。
「はい。お兄ちゃんのパソコンにこのゲームのクライアントが入っていたって聞いたから、ゲームの中で知ってる人居ないか探そうと思って始めたんですが……」
餡コロの以外なほど重いプレイきっかけに言葉を無くしてしまった昴は、掛ける言葉も見つからず押し黙ってしまう。
そんな昴を察したのか、餡コロはいつものような元気のある口調で慌てて話を続けた。
「でもゲームを続けていればお兄ちゃんと会えるかもしれないから、遊んで待ってたんです」
彼女のいつもの口調に救われた昴は、苦笑いを浮かべると自分たちの今の状況を口にした。
「そしたら異世界に連れて来られた……か」
「ビックリですよね〜」
ビックリというレベルではない。御伽話のような事が現実に起きたのだから。しかし、それも餡コロらしいところだなと昴は思った。
「従兄弟のお兄さんの事、慕ってたんだね」
昴は優しく語りかけた。自分が妹に対して抱く気持ちと、餡コロが従兄弟に対して抱く気持ちが同じものである事を理解して。
「いつもぼ〜っとしてる私の面倒を見てくれてて、優しい人だったんです。ちょっと人との付き合いが苦手な人でしたけど」
たしかに餡コロはぼ〜っとしている事が多い。本人はそのつもりは無いようだが、他人の目にはぼ〜っとしているように見えるのだ。
そして彼女はよく床に足を取られてこけていた。ギルドルームでも何度こけた事か。
彼女の面倒を良く見てくれていたという従兄弟の男性も随分苦労したんだろうな、と昴は不思議と親近感を感じたりもした。
「見つかるといいね……ってのも変か。この世界に居ないほうがいい……よね」
「そうですね〜。でもこの世界で会えるってのでもいいですよ、私は」
「あはは、会えるならどっちの世界でも同じか」
「はい」
再会できるのであれば現実でもここ異世界でも喜ばしい事に変わりは無かった。
それがどんな形であったとしても……餡コロは受け取ったばかりのスプーン武器を握り締めて、大好きな従兄弟との再会を夢見るのであった。