3-5 『いつまで女装ですか?』
「んげ、ミルキィーってあんなヤツだったのか……」
「あらぁ……昴のことからかって悪かったわねぇ……あんなのがミルキィーだったなんてあたし達知らなかったもんだから」
「……もういいんだ……もう……」
目の前に現れた元ギルドメンバーを見て、ゲーム内での素性を知るいっくんらは口々に昴を同情した。
そして自分たちが行ってきた「ネカマだと知っていたけど黙っていた」行為に対して心から謝罪した。
それほどミルキィーという男の容姿は醜かった。原因のひとつは女装にあったわけだが……
「誰でござるか?」
「昴さんの元相方なんですけどね……実はネカマさんで、しかも昴さんにいろいろと貢がせてたみたいで……」
「悪人でござるか!?」
事情をまったく知らないモンジが、横に立つ桃太へと小声で問う。桃太は簡潔且つ解りやすい内容で答えると、モンジは先ほどよりも少し大きな声で叫んだ。
キッっと睨みつける女装男。モンジと桃太は尻尾を丸めてカミーラの後ろへと隠れた。
「それにしても……基本はゲームのキャラメイクなのに、どうしてあんな事になってるのかしら」
「基本的にデブが存在しないキャラメイクだからな。それでも強引に横に引き伸ばすとあぁなるんだろ」
「あー、俺去年からジム通っててよかったぜ」
カミーラが首を傾げる横ではいっくんが感慨深げに自らの腹をさすった。
二人の視線の先には、ゲーム内でNPCでしか存在しなかった「肥満」体型のミルキィーが映る。
「カミーラは――」
月がそう言いかけた時、焦った表情のカミーラが全力で言葉を遮る。
「やめてよ! あたしはデブってるんじゃないわよ! 肉体美を保つ為にジム通いしてたらちょっと筋肉が付いちゃっただけよ!」
「いや、逞しくて男らしいからいいじゃない」
「いやよぉ! あたしのハートは乙女なんだから!」
焦りを一層強めてカミーラは叫んだ。背後に隠れていたモンジと桃太が慌ててなだめると、カミーラもいくらかは落ち着きを取り戻す。
「おい、お前らこっちの話を聞けよ!」
今だ扉の前に陣取るミルィーとその仲間達。
完全に無視された状態に苛立ったように怒鳴り始める。
「あ、すっかり忘れてた。すまんすまん」
クリフトは冷たい視線をミルキィーに向けると、ケロっとした口調で突っ込んだ。
「ギイィィィィイィィィィィィィィィ!」
クリフトの冷酷な突っ込みに頭を掻き毟るようにして取り乱すミルキィー。
その姿はまさに「豚」そのものだった。
「で、何の用なんだ?」
暴れるミルキィーの姿も見るに耐えなかったクリフトが、すかさず用件を聞き出すと、我に返ったミルキィーが咳払いをひとつ入れて答えた。
「その鎧を頂きに来たに決まってるだろ!」
「ってかなんで女装なの?」
「そこは今関係ないだろぉぉぉぉぉぉ!!」
「大事な事なのに……」
ニャモとアーディンが茶々を入れることで、ミルキィーは再び発狂しそうになる。
そこへ、ミルキィーの背後に立っていた男がひとり、灯台内部へと割り込んできた。
「おい、どけ! 馴れ合いなんかする気はないんだ。実力行使あるのみ!」
灯台内には既に昴ら11人とタンスに一名、神様が一名入っている。扉の前にミルキィーと数人の男、おそらく外にはまだ仲間が居るようだった。
この状況で更に男が灯台内に入り込もうとするのだから、内部は更に狭さを強調させることになる。
「大体、装備権限付いてるのに奪えるわけないじゃない!」
「っへ、甘いな。こっちにはキース様がいるんだぜ? 権限解除のアイテムぐらい簡単に作れるんだ」
先頭に立った重装備の男が、カバンの中から小さなアイテムを取り出す。
昴らにとっては見覚えのないアイテムだった。
『いけません。あれは権限を確実に解除するアイテムです!』
これまでプレイヤー同士のやりとりを、どこか喜劇でも見ているかのように微笑ましく傍観を決め込んでいたフロイだったが、男が取り出したアイテムを見ると顔色を変え、慌てたように叫んだ。
「っな!? ずるいぞてめーら!」
「っけ、何がずるいだ。乗合馬車を乗り継いでここまで来たてめーらだってずるいだろ!」
いっくんの「ずるい攻撃」に、男は自分も同じように「ずるい攻撃」で応戦に入る。
馬車を乗り継ぐ事のどこがずるいのかとアーディンに突っ込まれると、男は言葉に詰まって後ずさりした。
「なんで馬車使ったことを知ってるんだ?」
「あ……もしかして……」
馬車を乗り継いできた事を知っているという事は、どこかで見ていたか、もしくは後をつけてきたかのどちらかだろう。
どちらにしても、初めから昴たちの行動を監視していた事に違いはない。
命がわざわざ情報提供をしてきて、賭けまで一方的に出してきたのは、初めから昴らに「まさる」を探させるためだったのかもしれない。
「つまり俺達はまんまと乗せられて、こいつらをここまで案内したってことなのか……」
「はーっはっはっは! その通り!」
ミルキィーが勝ち誇ったように笑うと、邪魔だと言わんばかりに後ろに立つ男達によって押しのけられ、灯台の外側へと転がった。
権限解除のアイテムを所持する男が、階段下へと駆け出す。
「さて、鎧は頂くぜ!」
「くっそ! そうはさせるか!」
狭い灯台の中、男は階段へ向かって走り出すが、あっさりといっくんらによって進路は塞がれた。
その間に昴は慌てて自身の持つチケットを使用する。
カバンから取り出したチケットを真っ青な鎧に押し当てると「カチャリ」という、不似合いな音を立てて消滅した。
「あ、解除できた……」
「おい、一発成功かよ!?」
呆然と鎧の前で立ち尽くす昴に、いっくんがまさかの事態にツッコミを入れる。
鎧を奪い取ろうとした男たちにも動揺が走った。
「さっさと装備しろ!」
カバンからいくつかの装備を取り出したアーディンは、それらを素早く身につけると、鎧の前で呆然とする昴の頭を平手打ちにして叫んだ。
「そ、そんな事急に言われても」
たいした痛みはないが、条件反射的に頭をさすると昴は目の前の鎧を見つめなおす。
装備しろと言われても、ローブと違って、鎧は簡単に脱ぎ着できるものではない。
ゲームの頃の仕様であれば、装備欄にクリック&ドラッグすれば済む話なのだが、妙な所で異世界仕様となっている為、装備に関しては実際に脱ぎ着することとなっていた。
「時間稼ぎするから早く着てしまえ! 着るまではロックが掛からないからな!」
「餡コロちゃん、ありったけの状態異常スキルで足止めよ!」
「は、はい!」
アイテムロックの存在を思い出すと、流石に昴も慌てるように自身が装備する鎧の留め金を外しに掛かった。
灯台内部での戦闘はすぐに終わった。
餡コロが「チャーム」や「パラライズ」等の状態異常を引き起こすスキルを使って、進入してきた男たちの動きを止めてしまうと、残りのメンバーで男達を引きずって灯台の外へと出て行ったのだ。
全員を追い出したのを確認すると、出入り口の扉を閉めその前で全員が武器を構えた。
ミルキィーたちのPTは24人。2つのPTでやってきていた。
互いが睨み合う中、再び開け放たれた扉の向こうから、真っ青な鎧に身を包んだ昴が登場する。
「よし! 装備完了!」
気合を入れるように、拳を力強く握り締める昴。
男たちは一瞬たじろぐが、数の上で優位なのは変わらないとみると、勢いに乗って襲い掛かってきた。
「こうなったらこいつらみんなぶっ飛ばして奪い取るまでだ!」
「っけ、ウィザードの居ないPTになんざ負けねーぜ」
次々と武器を構えて突進してくる男たち。
ミルキィーはプリーストらしくなのか、怖気づいただけなのか、一番最後尾で「やれぇ!」「いけぇ!」などと叫んでいる。
強力な範囲攻撃を得意とする職業のウィザードが居ない昴らのPTに、勝利を確信した男たちは迷うことなく昴らへ向かって突進を進めた。
誤算があるとすれば、既に装備を整えたアーディンとワールド最強クラスと言われたモンジがいた事だろう。
「ふっふっふ。そうか……ならば食らうがいい! 『天空より降り注ぐ星々を前に跪け! メテオストライク!』」
至近距離で放たれた「メテオストライク」によって、全員の視界が隕石と炎に包まれる。
もちろん、敵には大ダメージを与えるが、味方には僅かに感じる熱と炎のエフェクトしか存在しない。
「っな! なんでプリーストがあぁあぁぁぁ」
「え? なんでアーちゃんが?」
敵味方から疑問の声が上がる。本来、プリーストがウィザードのスキルを使えるなんて事は無いのだから。
「あの人のレア装備舐めたらダメだ……無駄なものも多いけど、すげー物も持ってるからな……」
「は〜っはっはっは! あと二発くぞぉ〜」
アーディンが持つレア装備の中でも最強最悪な装備が「メテオリング」だ。
1日に3回という条件はあるものの、ウィザードが使用する最大攻撃魔法「メテオストライク」を使用することが出来る優れものだ。
スキルレベルが3と、最高レベルではないものの、数値だけ見ればプリーストも高い魔法攻撃力を持っている。
「では拙者はガマを召喚して止めを刺すでござるかね」
モンジが奥義使用宣言を行うと、「メテオストライク」でダメージを受けた男達から悲鳴が上がる。
このとき二発目の「メテオストライク」が天空より飛来した。
「あ、俺もスキルの試し撃ちしたいんだけど」
「では先にどうぞでござる」
「あ、どうも」
モンジと昴が譲り合いの精神で会話をする中、三発目のメテオストライクが発射されようとしていた。
「ジャスティスだ! 昴!! ジャスティィィッス! って叫んでくれよ!」
「叫ばねーよ!!」
いっくんのリクエストには一切答える気のなかった昴だったが、この後、昴にとって悪夢のような現実が突きつけられた。
「ジャスティスブレイド」はスキル名を叫ぶ魔法タイプの部類に入っていたのだ。
既に三発目の「メテオストライク」は放たれていた。昴がスキル名を叫ぶ事に躊躇していては、男達に与えたダメージが回復されてしまう。
迷っている暇は無い。そう覚悟を決めた昴が剣を掲げて大声で叫ぶ。
「ジィャスティスブレェェェェェェイド!!」
対象に選んだのは、中間距離で武器を構えた男だった。
一気に駆け寄ると、手にした剣で男を剥ぎ払い続けざまに剣を地面に突き刺した。
強烈な真空波が放たれると、男達は次々と倒れていった。
近接攻撃職たちは辛うじてHPの残量があったが、後衛職の男達の中には昴の攻撃で戦闘不能状態になった者も出ていた。
彼らの敗因はPT構成にあった。
肝心要の回復要員が、ミルキィーひとりしか居なかったこと。
そしてミルキィーはいまや戦闘不能状態にあること。
「くっそ! 覚えてやがれ!」
辛うじて戦闘不能を免れた男達が、気絶している仲間たちを引きずるようにして逃げ帰ってゆく。
「うっわ! 僕はじめて生で聞きましたよ。あんな王道な逃げセリフ」
「うんうん、よかったね〜桃太」
「え、えっと……はい……」
ニャモに頭を撫でられた桃太は、逃げセリフを見たことに感動している訳でもないが、とりあえずここはニャモに合わせて返事を返すしかなかった。
『とにかく、これで一件落着ですね。では僕はこれで失礼します』
灯台内で様子を見守っていた少年フロイは、呆気なく存在を消し去ってしまった。
後に残ったのは生気の抜けたNPCの少年だけ。
「って……このNPC少年どうするのよ……」
「動かないし……息してないし……怖い……」
フロイが憑依していたときには、幾分か生気も感じられたのだが、今目の前に立つ少年からは一切の生気が感じられない。
呼吸すらしていないのだから当たり前ではある。
「マネキン人形みたいですねぇ〜」
相変わらず方向性の違う発言の餡コロは、生気の抜けた少年NPCの頭を撫でると自身のカバンから取り出したリボンを髪に結んでやった。
●
「じゃ、まさるくんは放置ってことで」
「意義なーし!」
再び灯台に静寂が訪れたのは、スバルらが昼食を済ませたあとだった。
この先、灯台で引篭もる者はまさるの他に、動かぬ少年NPCが加わる事になる。