3-4 『灯台の引篭もり』
一ヶ月ぶりにフォトリアルへと戻った『冒険者』ギルドの面々だったが、翌日には早々と出立することになった。
約一名はブツクサと愚痴を洩らしながら。
愚痴を洩らす一名ことアーディンが昨夜見た夢の内容を、朝食のときに軽い話題として提供すると、全員が「そこだ!」と声を揃えて叫んだ。
夢で聞いた少女の声は女神フローリアのものだったのだ。
そういわれてみればそうかも? というような曖昧なアーディンを他所に、早速地図を持ち出してアーディンの言う「自殺の名所」がどこなのかを聞き出した。
「西大陸最南端のモリアーナ岬だ」
こうして昴たち『冒険者』一行は、大陸最南端の岬へと出発した。
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途中までの工程は「聖堂帰還」を駆使して移動する。一度でも訪れた事のある大聖堂や教会のある町などは、回復職であればスキル一発で移動が行える。
いくつかの町へ足を運んだことのあるアーディンが「聖堂帰還」を使えたが、それも地図上で見ると岬までの距離の4分の1程度までだった。
街道を歩く事数日。運よく乗合馬車に拾って貰えた一行は、馬車の御者に教えて貰った乗り継ぎルートを使って、モリアーナ岬からほど近い町までたどり着くことが出来た。
日数にするとフォトリアルを出発してから7日後の事だった。
一行は町で一泊すると、翌朝早くに岬へと向かった。
岬までは数時間の距離で、灯台が視界に入ったのは昼食時の少し前だった。
「たぁーのもぉー!」
灯台の入り口は扉で閉ざされており、中からは鍵が掛けられているのか開く事は出来なかった。
静まり返った周囲には、いっくんが扉を叩く轟音が鳴り響く。
「道場破りかよ」
「っへっへっへ」
いっくんと昴が顔を見合わせて内部の反応を待つ。
扉を叩いてから一分以上経過したが、誰かが出てくる気配はまったく無い。
「……誰も居ないんですかね?」
「いるだろ。ほれ、灯台の上のほう」
桃太の声にアーディンは目線を上に向けて答えた。彼女の視線の先には、灯台に不釣合いな光景が映ってる。
「洗濯物……」
灯台の先、見張り用の外通路となる場所には何枚かの衣服が干されていた。
ここには誰かが住んでいる。そう確信したいっくんは、扉を蹴破る為に足を上げたが、既に餡コロが「アンロック」の魔法で扉を開けたあとだった。
「だ、誰だおま、おまま、おまえたちは!?」
扉の向こうは昴らが想像する灯台内部とは随分と違っていた。
小さなタンスにベッド、簡易的な調理場も備え付けられていた。一見すると普通の部屋と変わらない空間がそこにはあった。
ただ丸い形の部屋は、あまり便利が良さそうには見えない。そしてその丸い壁際にひとりの男が身を潜めるようにいて座り込んでいた。
滑舌が悪いのか、それとも緊張か恐怖の為か、男はガチガチと歯を鳴らしながらしどろもどろに叫んだ。
叫ぶといっても声は小さく、扉の前に立ったいっくんと後ろにいた昴、餡コロぐらいにしか聞こえないほどの声量だ。
「俺達はプレイヤーだ!」
いっくんは仁王立ちになって堂々と宣言する。同じプレイヤー同士だと意思表示をしたかったのだが、どうやら失敗したようで男は余計に身を縮めて怒鳴った。
相変わらず声量は小さい。
「……み、見れば解るよ、そ、そ、そんなこと!」
頭を抱えるように身を縮める男の姿を目にした一行。問答無用とばかりに灯台内に足を踏み入れ扉を閉ざす。
「なんかイラっとする喋りかたっちゃねぇ」
月が男に対する感想を洩らすと、他のメンバーらもそれに頷いて同意した。
現実世界での体格が、この世界でのプレイヤーにも影響を与える事が最近になって知られるようになってきたが、昴らの目の前にいる男の体格は一言でいえば「もやし」だった。
肌の色も海辺で暮らしている男とは思えないほど白く、不健康さが伝わってくる。
「あなたが俺達一般プレイヤーより、三ヶ月前にこの世界に召喚された……プレイヤー?」
昴は自分が言った事が相手に上手く伝わるか不安に思いながらも、簡潔に言葉を選んで口にした。
その途端、男は慌てたように首を振りだすと昴の言葉を全力で否定しはじめた。
「ち、ちが、ちがが、違うぞ!だだだだ、断固として、ちちちち違うぞ! ぼぼぼぼぼぼくはずずずっとこここここに住んでいい、いるいるんだ!」
ろれつの回らない言葉に、昴たちは顔をしかめるしかなかった。
呆れて溜息しか出ない者までいる。
「よし、決定」
「まままままままま待ってよ! ぼぼぼぼぼぼぼくはモンスターとなんか、たた戦いたくななななな無いんだ!」
アーディンが結論付けると、男は更に慌てて這うように壁際から出てきた。
手を合わせて懇願する姿はなんとも情けない。
すがられたアーディンは口元を引きつらせながら、その拳はしっかりと握り締められている。
「……殴り飛ばしてもいいか?」
「ダメですアーディンさん」
「あたしは蹴りたい」
「辞めてくれ月」
「ひぃぃいいぃ! 怖いよおぉおぉぉぉぉ」
男はアーディンの足元から逃げ出すと、タンスの扉を開けて中へと潜り込んでしまった。
扉は内側から閉められ、出てくる気はないらしい。
いっくんが少し力を加えてタンスの扉を開くと、あっさりと扉は開いた。
扉の内側には何故か取っ手が取り付けられており、どうやら男は常習的にタンスへと隠れていたことが伺える。
いっくんが扉を開けた時には、取っ手にしがみ付いた男も転げ落ちるようにして出てきた。
クリフトがUIを開き、男のキャラクター情報を確認すると、そこには不思議なステータスが表示されていた。
男の名前は「まさる」。職業はナイト。レベル80。
昴とひとつしか変わらないレベルであれば、ステータスもそれほど差が生じるはずは無いのだが、「まさる」の全ステータスは10前後になっていた。
これはレベル1状態のキャラクターに匹敵する数値だ。
どうやら「戦う意思」を放棄した彼はこの世界の住民たちがそうであるように、戦う力そのものを失っているようだった。
ゲームシステムとこの世界の理が妙なところで交わった結果なのだろう。
「どうするよこいつ?」
「これは予想外な展開でござるな」
いっくんがタンスから手を離すと、まさるは再びタンスの中へと潜り込み先ほど同様に内側から扉を閉めてしまった。
「もしかしてずっとここに引篭もってたとか?」
生活感溢れる灯台内部を見たニャモが、高い天井を見上げて呟いた。
灯台としては珍しく、内部はいくつかの階層に分かれている風だった。
「それで噂のうの字も出てこなかったのね」
ここまでの道中、昴らは立ち寄った町でモンスターと戦う冒険者の噂を探していた。
しかし、聞きだせる情報は全て、ウエストル地方を中心にして活動している現プレイヤーたちの話ばかりだった。
「この様子だと放っておいても命の戦力にはならんだろうな」
アーディンはタンスの扉をノックしつつ、彼が闇の軍勢に加わった際の脅威について口にした。
「そうですね……先に見つけたのは俺達みたいだし、次に命さんにあったらこの場所の事を話せばいいでしょう」
一応、命が提案した勝負には勝ったのだ。仲間を賭けとして奪われる事もないだろう。そう判断した昴は、長居する気にもなれなかったので、灯台を後にして帰還する気でいた。
そこへ餡コロが、帰還することに反対してきた。反対理由について彼女はこう切り出した。
「アーディンさんのすっごいスキルは、ローブにくっついてるスキルなんですよね?」
くっついているというのはおかしな表現だが、餡コロにとってはそういった認識なのだろう。
「あぁ、そうだが」
「じゃ〜、あの鎧にも凄いスキルがあるんですかね?」
「え?」
アーディンの持つ「ローブ・オブ・ジャッジメント」には二つの特殊スキルが備わっていた。スキルは装備者のみが使用できる仕組みだ。
今タンスの中に引篭もっているまさるはこの世界の一般的な服装でしかなく、鎧は着用していなかった。
だが、餡コロが指差す先に鎧はあった。
「うわっ! すっげ真っ青な鎧!」
階段の下に空いたスペースにやや埃の被った冑以外の鎧一式が、まるでオブジェのように置かれている。
全てが青で塗られた鎧は、どこかオモチャのようにも見えた。
「そ、それは、ロロロログインしたときに、ははははじめからカバンにあああああった装備だよ」
タンスの中で、状況を把握したようにまさるが叫んだ。
いっくんは早速UIを開いてアイテム情報を確認する。
アイテム名は「ブルークリスタル・アーマー」。防御力などはレア物と比べてもそれほど高いというわけでもない。
しかし、そこはチート装備。
「っぶ! チートスキル付き!?」
スキル名「守護の輝き」。一定時間、味方対象が受けるダメージを自身が身代わりとなって受ける。同時に五人まで可能。また、効果時間中は回復スキルによる回復量が普段の2倍になる。
スキルは更にもうひとつ。
スキル名「ジャスティスブレイド」敵対象を中心に半径5M以内の敵に対して聖属性攻撃。範囲内に敵が多ければ多いほどダメージが増える。また対象となった敵のMPを吸収。
「ぜぜ、全部青なんて、かかかかかカッコ悪くて、ききき着れないよ」
「んむ。頭も目も青ければ尻も青い昴にはピッタリだな」
「勝手な解釈しなくていいです。それに断っておきますが、もうこ斑はとっくの昔に消えてますよ」
MMOではキャラクターの髪色や瞳の色に青を選ぶプレイヤーは比較的多い。
だが、装備の色まで青にすると、まさに全身青尽くめとなり、流石にそこまで青に拘るプレイヤーは少ない。
「それにしても『ジャスティスブレイド』……まんまって感じのスキル名だけど、絶対叫びたくない名前だよな」
いっくんの言葉に昴も頷く。餡コロとアーディンだけは「カッコいい」と意見が揃っていた。
「まだ装備してないんだったら、トレードすれば着れるんじゃね?」
いっくんは、重装備であれば自分も着れると思って期待していた。
「ナイト専用装備だぞ?」
「なんだってぇ! また昴かよぉ」
再度アイテム情報を確認すると、たしかに職業限定項目に「ナイト」と書かれていた。
「いや、トレード出来ないよ。『まさる専用』って書いてあるから」
「あ、本当だ」
いっくんが3度目となるアイテム確認で、説明欄の一番下に「まさる専用」と書かれている事に気づいた。
つまり、トレードは不可能というわけである。
「んじゃやっぱ鎧のほうも魔王側には使えない品物なら、このまま放置でもいいんじゃね?」
半ば残念そうに、残りは安心したようにいっくんが提案する。
全員がそれに頷くと、今度は別の所から意見があがった。
『そうとは限りません』
昴らの背後、閉め切られた扉の前に少年が立っていた。
扉を開け閉めするような音は聞こえていない。どうやって灯台内に入ったのか、それとも初めから少年は灯台内にいたのか解らない。
『僕はフロイ。今はNPCの体を借りて君達に語りかけています』
「っぶ。神様登場」
少年は自身のことを「フロイ」と名乗った。
この世界の女神フローリアの弟神にして、MMORPG『ワールド・オブ・フォーチュン』を作った張本人である。
『時間があまりないので簡潔に言います。魔王側にゲームデータを解析する人間がいるので、ヘタをするとアイテム権限を解除することが出来るかもしれません』
少年は慌てたように口早に内容を告げた。
「キースか……」
『そこで僕がアイテム権限をリセットするチケットを昴さんに送りますので、なんとかそれでリセットさせて貴方が装備してください』
「神様なら直接権限解除すればいいじゃない?」
『それが出来ないんです……ゲームシステムをこの世界に上書きしたのは僕ではないので、間接的にしか手を出せなくなっているんです』
女神フローリアと弟神フロイが行ったのは、プレイヤーらをこの世界に召喚する行為のみで、現在のようなゲームシステムが存在する状況までは想定外だったのだ。
第三者による召喚術の関与によって、フロイは完全なゲームの創造者から逸脱してしまった。
「権限解除って簡単にできるんですか?」
『アイテムロックの解除と同じ方法ですので、確率の問題になります』
ロック機能のついた装備品は、MMOであった頃にはある課金チケットを使用することで、ロックを解除できるシステムがあった。
しかし、チケットを使ってもロックが解除される確率はかなり低い。100枚使って解除できるかどうかという確率だという噂もあった。
「うへぇ、無理ゲーくせー」
『とにかく解除チケットを100枚ほど送りましたのでそれで試してください』
少年フロイが既にチケットを送ったことを告げると、昴はUIを開いてチケットの存在を確認した。
少年の言うとおり、昴のカバンにはチケットが100枚送られてきている。
「わかりました――」
昴がカバンからチケットを取り出そうとしたその時――
「ちょぉーっとまったあぁー!!」
閉じられた灯台の扉は、今度は外側から激しい音と共に開け放たれると、そこに数人の男達が立ち尽くす姿があった。
「ここここ、こんこんこここここ今度は、だだだだだれだ!」
タンスの中に引篭もったままのまさるが叫ぶ。
「誰だ!?」
昴も叫んだ。
扉の前に立った屈強そうな男たち。そんな彼らを押しのけて別の人物が姿を現した。
ショッキングピンクの髪。頭部から生えたウサギの耳。そして太めな体型。
「久しぶりだねぇー昴」
極め付けが男の服装である。
彼は何故か女装していた。
「…………ミル……キィー」
驚きと、そして嫌悪感が入り乱れた表情の昴。
二度と会うことはないと思っていた人物。再び昴の目の前に現れた女装の男は、昴のMMO時代の元相方にして、昴を騙し続けていたネカマプレイヤーのミルキィーだった。