2-15 『ここからはじめる2』
アーディンがひとしきり笑い転げたあと、傷心しきった昴へ最後の一撃を叩き込む。
「っぷ」
口を押さえるような仕草で短く一言だけ吐き出す。顔はこの上なく楽しげであった。
「……現実に戻りたい……」
昴は小さく呟くと、大きな溜息を付いて膝を抱え込んでしまった。
見兼ねたいっくんが話題を逸らそうと身を乗り出す。
「そ、それよりどうしたんすか? アーディンさん」
「あ? 今逃げてるんだ」
「何から?」
「ギルド勧誘」
いっくんとアーディンの押し問答。
アーディンは思い出したかのように周囲を見渡し、いっくんやカミーラを壁のように立たせて自分はそこに身を隠す。
「なんで逃げるんです?」
桃太はキョロキョロとあたりを見回すアーディンと同じように、自分もキョロキョロとあたりを見回して彼女を探していそうな人物が居ないか確かめた。
「大手ギルドなんかに入ってたまるか! ガツガツしたプレイスタイルは嫌いなんだよ。なのに大手なんかに入ってみろ、特殊スキル目当てにこき使われるのが目に見えてるだろ」
握り拳を作ったアーディンが、愚痴を吐き捨てるように言う。
前回の大規模戦で4回のデスペナを被ったアーディンだが、その時に使用した「聖杯」スキルの効果が大手ギルド内に広まると、いくつもの大手ギルドから誘いを受けていた。
どのギルドも誘い文句はほぼ同じで、「レベルの引き上げを手伝う」「立ってるだけでいい『聖杯』さへくれれば十分だから」といった内容だった。
「あー、『聖杯』っすか。強力ですもんね」
「レイドボスの時だってそうだ。はじめからただの『聖杯』要員としてしか見られてなかったんだ。私はヒーラーだっちゅーの」
「まぁ、そういう使われ方って確かに楽しくないかもね」
本来、味方の回復支援が役目のプリースト。状況に応じて戦いに参加することもあるが、ただ突っ立っているだけの存在ではない。
絶えず動き回り、味方のステータスをしっかり監視し、敵の範囲攻撃を食らわないよう注意をする。
何より、PTを決壊させないためにも戦闘不能に陥ってはならない職業なのだ。
「聖杯」スキルだけ使用して、あとは立ってるだけの仕事はアーディンにとっては苦痛でしかなかった。
「アーディンさんは適当に狩りが出来て、適当にのんびり出来て、目的もなくただ歩き回ったり、景色を楽しんだり、そういうのが好きな人でしたよね」
膝を抱えたままの昴が、昔を懐かしむように語る。
初めてのギルドで、昴も良くいろんな所に連れて行かれたものだった。その時みた風景をスクリーンショットに収め、今もパソコン内に保存したままだ。
「そうだな。うん。そういうのが良い。私だってたまには必死になってダンジョン攻略したいときもあるが、でも無言のまま黙々と作業するようなのは嫌いだな。あ〜してこ〜して、話合いながら進んでいくのが好きだ」
時には無駄話も交えて……彼女はそう付け加えた。
せっかくのゲームなのだから、いついかなる時も楽しみたい。そういうプレイスタイルをアーディンは望んでいたし、異世界に来た今も、その思いは変わらない。
昴は暫く考え込んだ。
自分がどうしたいのか、どうするべきなのか。
既に答えは出ていたのだが、なかなか切り出せないままこの数日間を過ごしてきた。
切り出すなら今。そう考えた昴は、少し自信無さ気に話し出す。
「ですよね……俺もそういうのが好きです。そういう事ができるギルドを作りたいです」
ギルドを作る。
昴が大規模戦のあとにずっと考えていたことだった。
大勢のプレイヤーと協力して戦っていくうちに、同じ身内同士で連携している姿を見て羨ましく思えていたのだ。
もちろん、ギルドに所属していなくても誰かと協力して戦う事はできる。
それでも、大規模戦のたびに、毎回違うギルドへ一時加入をして過ごすというのは味気ないと思ったのだ。
「あー、俺もそういうの好きー。俺もそういうギルドに――」
「す、昴?」
昴の言葉の意味を理解するのに若干時間が掛かったいっくん。喋っているうちに理解したのか、言葉を詰まらせた。
他のメンバーも目を大きく見開いて驚いたように昴を見つめた。
「俺、ギルド作ってみようかと思ってるんだ」
出来ればここにいる仲間達と。そうは思ったが言葉には出さなかった。
彼らが別ギルドへと移住、もしくは新しく作るのであれば無理強いはできない。気を使わせたくないという思いと、断られることへの恐怖も少しはあった。
「うおおぉぉぉぉぉ!! マジで!?」
「どうしたの昴!?」
「急成長してるじゃない!?」
「いや、もしかしたら中身が違うやつかもしれないぞ!?」
「実は初めから別人だったりですか!?」
言いたい放題に言われ、昴ははにかむ様に笑った。
「お前ら……酷くねーか?」
「っぷ」
「笑わないでくださいよ……」
アーディンだけは相変わらず短いツッコミを入れてくる。溜息をついたものの、昴はそれにも笑って返した。
「は〜い! 私、昴さんがギルドマスターするなら入りま〜す」
餡コロが元気に手をあげると、ギルドメンバー第一号へと立候補した。
昴は素直に喜んだ。誰かが仲間になってくれることが嬉しくて。
昴が立ち上がって餡コロへとお礼の言葉を口にし掛けたとき、別方向から彼に対して声を掛ける人物が現れた。
「へぇ、昴さんギルド作るんですか。おめでとうございます」
振り向いた昴の目には、黒い髪に黒い瞳のエルフの男が立っていた。
若干幼い感じが残るこのエルフは、右手を昴に差し出して握手を求めてきた。
「え? あ、どうも?」
条件反射的に昴も右手を出しだすと、二人が手を握り合って挨拶を交わした。
「ボクも皆さんと一緒にログインできていたら、昴さんのギルドに入りたかったんだけどな」
エルフの男はそう言うと、さも残念そうに小さな溜息をついた。
「誰だ? お前」
クリフトが突然現れて馴れ馴れしく接する相手を警戒して質問した。
エルフの男はクリフトの質問を耳にすると、目を細めて笑い、そして声にならない言葉を語りだした。
『みなさん始めまして。ボクの名前はキール・エッジといいます。もちろんこの名前はキャラクター名ですけどね』
それは奇妙な光景だった。
キール・エッジと名乗ったエルフ男の口は動いているのにも関わらず、声は出ていない。変わりにプレイヤー達の視界に突然現れた黄色いメッセージとなって伝わってくる。
「は? なんであいつの喋ってる事が告知メッセージで流れてくるんだよ……」
そう。それはゲームであったときに運営からのお知らせとして画面内に流れた「告知メッセージ」。
異世界に召喚された時点で、運営会社とのネットワークとしてのつながりは消えているハズだった。
『ビックリしてるよね? ふふふ。別の自己紹介の仕方をすると……』
昴らの周囲にもプレイヤー達は何人もいた。しかし、昴の目の前にいるエルフ男こそが、今視界に流れている告知メッセージを「喋っている」人物だと気づくものはいない。
それでも、周囲からは突然流れ出した告知メッセージに驚く声がいくつも聞こえてくる。
『初めにこの世界に召喚された英雄……それがボク』
ゲームの設定にあった、はじめに召喚された「死亡」した英雄。
女神フローリアのは「生きている」と話したが、同時に闇の魔王側の人間になったとも言っていた。
『みなさん、ゲームを楽しんでくれていますか? この異世界にMMOのゲームシステムを取り込んだのはボクなんですよ』
「女神さまじゃなかったのか?」
辺りからは告知メッセージに対する疑問の声が聞こえてくる。
その声を聞きながらキースは満足そうに笑う。
『二人の神は君達をただ召喚しただけです。あぁ、死亡しない便利な体にしてくれたってのはあるか』
『ボクがゲーム仕様にしてあげなかったら、君達は凄く困ったと思うよ。ギルド施設もカバンも無ければ、倒したモンスターからのドロップ品も無い。そんな世界だったんだから』
ゲームのシステムが存在するのは、彼の仕業だという。システムの存在は便利な一面もあれば不便な面もあることは、プレイヤー自身がそれぞれに感じているだろう。
『まぁ戦闘に関してはゲームにした方が面倒な事もあるみたいだけど……でも君達には馴染みのあるシステムだから構わなかったよね?』
おそらく、純粋な異世界のままであったならばステータスなどは一切存在せず、HPやMPの数字化も無ければCTも無く、魔法や技の連続使用も可能だったのだろう。
ゲームシステムがあるために、この点は不便だと感じる要素にもなっている。
『これからもみんながゲームを楽しめるよう、襲撃イベントなんかも企画してるからよろしくね』
昴らの目の前で語る男は、にこやかに笑いかけると自信に満ちた表情でこう続けた。
『砦やお城はいくつ攻略して貰っても構わないよ。ゲームだった頃に比べて倍以上の砦をもう占拠してるから頑張ってね』
『あ、でも……魔王様は倒せないから……ね。倒させないよ。魔王様が居なくなってしまったらゲームが終わっちゃうからね』
それまで終始笑顔だった男の顔がわずかに歪み始める。
焦っているのだろうか、怯えているのだろうか、それとも別の何かだろうか。
『君達だって元の世界になんか帰りたくないだろう? ボクは嫌だねあんな世界。ゴミ溜めのようなあんな世界になんか、二度と帰るものか!』
男の声は次第に語気を荒げ、その表情にも恐怖の色が伺えた。
昴らの視線に気づいた男は、小さくし深呼吸をすると平静さを取り戻し、再びにこやかに笑顔を作った。
『今日は挨拶をしにきただけなんだ。大規模戦の勝利のお祝いも兼ねてね。ってことでおめでとう。新しい第一歩だね』
『ボクもこの世界で新しい一歩を踏み出した時はワクワクしたよ。君達も同じだといいな』
男は小さく細く笑う。その笑みはどこか卑屈な雰囲気にも感じる。
『それじゃ、みなさん。次に会える日を楽しみにしているよ。またね』
男がお辞儀をするように頭を垂れると、その姿は一瞬のうちにして消え去った。
「きえ……た……」
「なんだよ? さっきのが一番初めに召喚されたヤツだってのか?」
昴といっくんが交互に口を開くと、呆気に取られていた残りのメンバーも、ようやく我に返ったように次々と口を開いた。
「っていうかぁ、なんであたしたちの前に現れたのよ?」
「知らないわよ! たまたま居合わせただけでしょ?」
「なんだか、怖い感じの人でしたね」
「……」
「GM気取りか……だったらBOTの駆除を……は居ないか」
それぞれがそれぞれの思いを口にしている中、昴だけは青ざめた表情で最初の一言以降、口を閉じてしまっていた。
(どこかで見覚えがあるような、無いような……気のせいか?)
昴は記憶を辿って思い出そうとするが、先ほど見た男の顔も名前もハッキリとは出てこない。
昴の様子に気づく者もなく、彼らをはじめ全てのプレイヤーの間では、しばらくの間キール・エッジなる人物の話題で持ちきりとなった。
2章の最終話です。




