2-14 『ここからはじめる1』
大規模戦から一ヶ月。
投票によって2つの砦は、名乗りをあげた中規模ギルドが交代で管理することになった。
大手ギルドではないのは、プレイヤーの大半が反対したからだ。
そして、管理を担当するギルドには、加入空枠に未所属プレイヤーの一時加入を認めるというのも条件に入れられた。
っというのも、砦の地下にはギルドダンジョンというものが生成されるシステムになっており、ここに登場するモンスターは一般フィールドや通常ダンジョンに比べると、EXPが若干多いのが特徴で、レベリングを行いたいプレイヤーにとっては都合の良い狩場だった。
「で、お前ら結局ギルドはどうするんだ?」
昴はこの一ヶ月間、毎日のように城壁の修繕などの重労働を繰り返してきた。食事時になると元ギルドメンバーらと集まって食事をし、寝泊りもいつも一緒だった。
今も目の前にはいつもの顔ぶれが並んで食事をしている。
「ギルマスもいなければサブマスもいない。ギルドシステムが一切機能しないところに居ても仕方はないんだがな」
「だからぁ、クリフトあんたギルマスしなさいよぉ」
「面倒なのは嫌だ」
ギルドマスターかサブマスター、どちらから居なければギルドシステムの一切が利用できない現状では、同じような境遇のギルドは次々とメンバーが脱退し新規でギルドを立ち上げるか、もしくは別ギルドへと集団移籍を行うという状況になっていた。
昴がログイン当日に抜けたギルドも同様にギルドマスター、サブマスターの両方があの日ログインをしてこなかった。
「別ギルド作るのか?」
昴は気になる事があって尋ねてみた。自身もギルド未所属ではあるが、この世界に来てからこれまでの事を振り返ってみて思うのは「仲間」という存在の大きさ。
「まぁ、考えてはいるんですけどね。でも皆ギルマスやるのが嫌だっていうんで……」
桃太がいつもはピンと立った耳を、やや倒れ気味にして溜息まじりで呟いた。
かくいう桃太もギルドマスターに指名されて拒否した口である。
「だって禿げそうだしなー」
いっくんにもギルドマスターの話は来た。要は全員がギルドマスターの押し付け合いをして全員が拒否したというわけである。
「あんたたちこそどうするのよ?」
ニャモは昴と、そして餡コロを指差して言った。二人とも揃って今だギルド未所属だった。
「私は……前のギルド抜けちゃったし、どこか新しいギルドに入るにしても……ひとりじゃ寂しいし……」
以前所属していたギルドでは、この世界にログインして早々、数名のメンバーによって人気のない場所まで連れて行かされ襲われるという経験をしている。
もっとも、昴によって強姦は未遂に終わり、その後ギルドを脱退してからは元メンバーと顔を合わせる事もなかった。
「ほらぁ、餡ちゃんが寂しいって言ってるじゃない昴ぅ。男ならしっかりしてあげなさいよぉ!」
カミーラは餡コロの気持ちを察して、二人の仲を後押ししようと張り切る。他の女性陣もここぞとばかり頷いて昴を凝視してきた。
「はぁ? 言ってる意味判らないし」
昴は本当にわからないという様子でカミーラへ反論を行った。
「餡コロちゃんは、昴に一緒に来てほしぃのよねぇ〜?」
月が声を掛けているのは餡コロに対してだが、視線は昴を見つめたままだった。
緩んだ口元が、昴をいじって楽しんでいることを証拠づけつ。
「え? え? あ、はい! 昴さんが一緒のほうがいいです」
餡コロは一瞬戸惑った様子だったが、すぐに平静さを取り戻して元気に答えた。特別恥しいという様子も見受けられない。
「え!? ……そ、そうなの?」
「はい!」
昴はおおいに戸惑った。今まで現実世界でもこんな事を言われたことは一度もない。
それが、今突然に、仲間達の前で告白めいた事を言われて戸惑わないわけがない。
「ひゅーひゅー! モテるねお兄さん!」
「や、やめろよ!」
(餡コロさん、俺の事を……そんな風に思ってくれて……あれ? なんだ? 同じような事が前にもあったような?)
昴の頭の中に、春の風が吹いたような気がしたが、一瞬のうちにして生暖かいものへと変わり、次に――
「昴さんのキャラメイクを見てるだけで幸せになれるんです。なかなか居ないんですよね、そのタイプのキャラメイクって」
吹雪のような冷たい風が昴と、その他の背中を吹き抜けていった。
「「……」」
静寂がしばらくの間続く。はじめに静寂を破ったのはカミーラ。
「餡ちゃん、昴の顔っていうか、キャラグラに惹かれたの?」
「はい! もし私が男キャラ使うなら絶対昴さんの顔タイプです! 髪型やフェイスタイプだけじゃなく、色も全部好みなんですぅ」
青い髪に青い目。別段珍しい組み合わせでもない。フェイスタイプにしてもパターンの先頭にある物で、面倒くさがりなプレイヤーだとよく選ばれる種類だ。
ただ、細かい設定もできるためまったく同じフェイスタイプの人がぞろぞろいるかと言えば、おそらく「居ない」だろう。
餡コロは昴の顔をまじまじと見つめながらニコニコと笑いかけている。
他人の目から見れば、どう考えても「恋愛感情」は無さそうにしか見えない。
「……昴、俺達が悪かった」
「……何も言わないでくれ。これ以上は何も言わないでくれ」
肩を落として呆然としている昴にいっくんが慰めの言葉を掛けるが効果は無かった。
「じ、じゃあさ、昴とまったく同じ顔の人がおったらどうするん?」
月が恐る恐る尋ねる。返ってくる内容次第では、昴に留めの一撃を加える事になるが、聞いておかなければならないという使命感が月にはあった。
誰かが命令したわけではない。しかし、一部のメンバーはある種の尊敬の念を月に送る。
「え? そ、そんなぁ……困っちゃいますぅ」
困るということは、昴以外にまったく同じ顔パターンがいれば、そっちに付いて行く可能性もあるということだろうか。
既に昴の顔からは生気が失われていた。
「完全に『昴』という人間にではなく、『この顔グラ』と一緒にいたいだけみたいだな」
「だな」
クリフトのセリフによって、昴は黒い煙を上げて四散するモンスターのようになりたいとさへ思った。
「頼むから……これ以上つっこまないでくれ」
ある事を思い出した昴は気力を振り絞って顔を上げると、物凄い形相で餡コロ以外の全員に詰め寄った。
「お前ら、あの人にはこの事絶対言うなよ」
「あの人?」
昴は思った。絶対知られてはいけないと。必ず鼻で笑ってくるあの人にだけは知られてはいけないと。
「あぁ、アーディンさんだよ」
だが、こういった事は思えば思うほど現実となることが多い。
「よし、わかった。内緒にしておいてやろう」
昴の背後で女性の声がした。
「っほ、頼むぜまったく……あ?」
昴は女性の言葉にほっと胸を撫で下ろす。いや、撫で下ろそうとした所で思い出したかのように振り向いた。
「この私、ハイエロフのイケメン、アーディン様が内緒にしておいてやろう!!」
そこに立っていたのは銀髪ロン毛のエルフ。黒と白を基調としたロングコートに身を包んだ、一見すると「悪の大神官」のようないでたちをした女性。
腕組みをしたまま高笑いを続けるアーディンに恐怖する昴は、周囲を気にする事も忘れて頭を抱え込んで蹲った。
「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
昼下がりの午後、響き渡る男の悲鳴。
「「ご愁傷さま……」」




