2-13 『新しい我が家』
大規模戦が終わって三日後。
多くのプレイヤーは今だ休む間もロクに取れず働き尽くめだった。
ある者は砦や城の周辺を巡回して取り逃がしたモンスターが居ないか捜索し、またある者は近隣の町や村へ赴き安全確保に努める。
他にも城下町や城内、砦の中などの清掃に追われる者たちもいた。
モンスターによって占拠されていた間は草木の手入れもされず、また家屋なども破壊され放題になっていたのだ。
「こりゃーまともに使えるようになるのに2〜3ヶ月はかかるな……」
とは、現実世界で建築関係の仕事をしていたプレイヤーの見識だった。当然、日本で修繕する際に使えるような道具などは一切ない異世界の事を考えれば、完全に修復が完了するまで彼が口にしたのより倍近くの期間を要するかもしれない。
プレイヤーの仕事はこれだけではなかった。
3つの戦場で繰り広げられたレイド戦を、3つ全てが一回の会戦で決着をつける事に成功すると、その事を報告するためにウエストルの都へと戻ったメンバーがいた。
メンバーはそれぞれのレイドボス戦に参加した数名ずつ。その中にアーディンの姿もあった。
以前昴らが、この世界の住人であるキルリアスという人物が、アーディンの事を知っている様子だったのをカイザーに話した。
するとカイザーからだけではなく、他の大手ギルドからもアーディンを橋渡し役にと、なかば強引に都行きメンバーに彼女も入れられてしまった。
「こういう面倒な場は嫌いなのに……レイドボス戦といい今回といい、踏んだり蹴ったりだ」
アーディンの機嫌はレイド戦後からずっと悪かった。
それもそのはず。
「こいつ、ボスの攻撃で即死つーか、即戦闘不能になりやがって、4回も床ペロしやがったんだ」
三日振りの再会になった昴らとカイザー、そしてアーディンとモンジ。
プレイヤーたちの拠点となる城の城下町には、ギルド施設が建っており各ギルドのギルドマスターらが、施設利用の為の手続きに訪れていた。
カイザーもそんなギルドマスターらのひとりで、3日目にしてようやく施設利用の手続きにやってきた所に、今ここにいるメンバーらと再会したというわけだ。
そして開口一番に口にした言葉がさきほどのアレである。
「なんで貴様がそれを知っている!?」
アーディンのほうは疲れきった様子だったが、カイザーの笑い声には過剰なまでに反応して見せる。
彼女とモンジは城攻めでPTは違ったが同じ戦場に居て、カイザーは昴らが偵察に向かった砦のレイドボス戦に参加していた。
戦場が違えばその時の状況を知るはずがないと思っていたアーディンは迂闊だった。
そして今、目の前にいるカイザーは悪びれる様子も無く、冷ややかに笑う視線をアーディンへと向けている。
「あ? モンジに聞いた」
短く、簡潔に答えると、横に立つ黒銀色の毛皮を持つ狼人間を指差す。
モンジはぎょっとしてアーディンのほうを見ると、口だけを歪めて笑っているのか、怒り狂っているのか解らない表情をしたアーディンがいた。
「モ〜ン〜ジィ〜〜〜〜」
ついにアーディンが口を開くと、呪いの言葉でも発しているかのようなドスの利いた声でモンジを威嚇する。
「は! 殺気でござる! どろん!」
モンジはわざとらしく忍者特有の印を結ぶような仕草をすると、「影渡り」のスキルを使って姿をくらませたまま出てこなくなってしまった。
「影」に潜るスキル「影渡り」なだけに、アーディンは自分やカイザーらの影を足蹴にするように地面を踏みつけるが、モンシにはまったくダメージは伝わらない。それどころか、彼が既に離れた場所で様子を伺っていたことさへアーディンには気づけなかった。
「ムキー! 大体な〜、私はあの場で唯一レベル80以下だったんだぞ! ボスとのレベル差が7だったんだぞ! 普通に考えればスキル攻撃食らえば即死することだって解りきってるだろ!」
「だからさっさとレベル上げろっつってるだろ」
「い・や・だ。私はのんびりまったりやるほうが好きなんだ!」
「この世界でのんびりもまったりも無理な話だろ」
アーディンがこう言えばカイザーはあー言う。それに対して更にアーディンが反論すれば、カイザーもまた反論する。
終わり無き無意味な戦いは、見兼ねた昴の一言によって終止符が打たれようとした。
「あはは……でもレベルダウンしなくてよかったですね」
4回の床ペロは即ち、4回戦闘不能。経験値(EXP)が存在するこの世界では、当然のように戦闘不能1回につきデスペナルティがEXPマイナス10%も存在する。
4回の戦闘不能でマイナス40%。昴がUIで確認したところ、アーディンのレベルは77のままだった。
しかし、彼女から帰ってきた答えはあまり良いものではなかった。
「あ? あと1回床ペロすれば下がるぞ」
「え……」
「フ……EXP現在7%だからな!」
「……やばいじゃないっすか!?」
『ワールド・オブ・フォーチュン』では、珍しくレベルダウンのシステムが採用されていた。ただし1日に下がるEXPの上限はマイナス200%までとされている。
尚、一般フィールドや町などではレベルダウンは発生せず、ダンジョンや大規模戦の戦場でのみ起こる現象だった。
この先、レイド戦は続くだろう。アーディンの持つ支援スキル「聖杯」の効果を期待して、レイドボス戦に参加させられるのは目に見えている。
このままだとレベルダウンし続けることになりかねない。
「じゃーアーちゃんのレベル上げにあたしたちが人肌脱いであげなきゃねぁ」
カミーラが「ウフッ」っとウィンクして見せてると、昴も笑って頷いた。
機嫌があまりよろしくなかったアーディンだったが、気を良くしたのか、いつものようにニヤリと笑うとカミーラに絡みはじめた。
「脱ぐのか。そうか、では脱げ! 今すぐ脱げ!!」
アサシン特有の体にピッタリフィットした装備の留め金部分を掴むと、それをカチャカチャと鳴らして外しに掛かる。
「いやぁぁぁ、セクハラよぉー」
見た目的には、細身のエルフ女が筋肉質な長身の男に迫っている……といったところか。
「は〜っはっはっは、よいではないかよいではないか」
「あーれぇー」
時代劇に出てくるお代官様コントを繰り広げだす二人。
カミーラはくるくるとその場で回転し、アーディンが帯紐を解くような仕草で遊ぶ。
「誰か止めろよこの変態どもを」
カイザーがうんざりした様子で呟いたが、返ってきた答えはカイザーも予想できるものだった。
「いや、無理です」
「うん、無理だね」
「無理だな」
「触ったら負けやとおもうっちゃ」
「へたに止めようとしたら、引き込まれそうで怖いです」
「楽しそうですもんね」
「いや、そういう意味じゃないんよ餡コロちゃん」
餡コロのみが斜め上な回答をしただけだった。
●
「つまり、結局のところここ以外の2つの砦も拠点代わりに使うってことですか?」
ギルド施設の利用手続きを済ませたカイザーを含め、彼らは軽い昼食を一緒に行っていた。
食事の面では、既にいくつかの生産クラスをメインに上げているギルドが好んで食事配給などを行っており、大部分は都から調達されたものだが、炊き出し専用ギルドなどが既に出来上がっていたりもした。
「そうだ。放置すればまたモンスターが占拠してくるだろうしな」
「王様んところに返却しなきゃならないのかと思ったら、一度モンスターが住み着いてしまったうす汚い砦はいらんとさ」
カイザーとアーディンは、ウエストルの都に住む国王に謁見し、そこで決定された内容を昴らに話した。
元々は王国が管理していて、兵士達が駐屯していた砦ではあるが、あちこち破壊された跡もあれば卑しい魔物が住んでいたという事もあり、国王以下大臣や地方領主達ですら砦の所有権を放棄してしまったのだ。
「なんっつーか、我がままっつーか……」
いっくんが苦笑いをして感想を洩らすと、カイザーも同じ意見だと言わんばかりに頷いた。
「でもそんな大人数は住めないでしょ? 砦なんて」
ニャモが食べ終わった包み紙を綺麗に折りたたみながら口を挟んだ。
実際にひとつの砦内部を見た感想としては、1000人が寝泊りするのが限界という規模だったのだ。
「まぁな、だからどうするか決める為に各ギルドマスターをまた集めて話し合いだ。つーてもどうするのか意見を出し合って、良いと思う案に票を入れるっていうやり方にするんだがな」
カイザーがこれからの予定について話だす。すでに会議の日時などは決まっている様子だった。
「それってギルマス連中だけでやっちゃうの?」
「意見出しはな。全プレイヤーでやるのは無理があるだろう。ギルマスだけ集まるってのも何百人って集まるんだ。それだけでも会議場はカオスなのによ」
「まぁ、そうだよね……じゃ〜投票とかは全プレイヤーでやるんだ?」
ニャモには不安があった。ギルドマスターもサブマスターの居ない自分たちのようなギルドは、完全に蚊帳の外にされてしまうのではなかろうかという不安が。
ニャモの不安は他のギルドメンバーも抱えているものだった。当然、ギルドに所属していない昴もそうなのだろう。
「正確には投票したい人たちでござるな。ウエストルとこっちのギルド施設に投票箱を置くので、そこに票を入れるでござる」
アーディンから離れた位置で食事を済ませたモンジが、ニャモの質問に答えた。
それを聞いたニャモは安堵するように胸を撫で下ろした。
しかし、昴には他にも不安材料がある。
「二重投票とかの不正は?」
投票後に、まだ未投票だと言ってひとりが何度も繰り返し投票するのではないだろうか。そういった不安を昴は考えていた。
「投票用紙は俺らのギルドが管理する。紙を渡す時にキャラ名を明記していくから同じヤツが何度も投票ってのは出来ないだろ」
「UIでキャラ名見れるから成りすましもできないね。そういう意味では現実世界より不正しにくいかも」
言われてみればその通りである。現実世界であれば選挙などの投票には自治体から送られてくるハガキを持参するだけの本人確認であるが、この世界ではUIを開くだけで名前はおろか、所属ギルドも職業もレベルも全て見えてしまうのだ。
誰かに成りすますなんてことは不可能でしかないし、投票用紙を受け取る際に名前を明記して照合していけば、面倒ではあるが不正防止はできるだろう。
「ま、談合とかはこの先気にしないで置こうってことで。意見を募るときに明らかにどこかのギルドが得をするような内容は会議の場で却下すればいいわけだ」
そこはプレイヤー同士のモラルに任せるしかないのだろう。
これからいろいろと決めて行かなければならない事が山ほどある。カイザーはそう言うとげんなりした様子で肩を落とした。
「えへへ〜、なんだか楽しいですね」
カイザーの様子を見ていた餡コロが、ニコニコと明るい笑顔で脈絡のない事を言い出した。
全員が言葉の意味を理解できない様子で首を傾げていると、餡コロはあせった様に言葉を続ける。
「だって、この世界に来て、これから住む私達みんなのお家の事を、みんなで考えるって……わくわくしませんか?」
餡コロには不正だとか談合だとかは耳に入ってない様子だった。
ただ何かをみんなで決める。それだけ彼女が理解した内容だったのだ。
「皆の家……か」
「それに、お家候補はまだたくさんあるんですよ!」
両手をいっぱいに広げた餡コロが、更に楽しそうに語りだす。
「え? 何それ?」
月は意味が判らず、微妙な反応を返す。カイザーやアーディンなどは餡コロの言わんとしたことが解った様で、餡コロとは違った笑みを浮かべ始めた。
「レイド戦か。そうだな、ゲームだった頃とこの世界の事情を考えても、まだ魔物に占拠された城や砦はいくらでもあるだろう」
「つまり、それらをひとつひとつ攻略していくと、お家がどんどん増えていくって事だな」
「楽しいですよね!」
カイザーとアーディンが理解できていないメンバーに向かって補足説明をしてやる。餡コロにとってはその過程は別問題として結果だけを想像して楽しんでいるようだった。
カイザーは逆にそこまでの過程が楽しいのだろう。
「そっか。ここで満足してちゃダメなんだよな。まだまだ攻略するべき所がいっぱいあるんだ」
「たしかに、またレイドボスと戦いたいぜ!」
昴もいっくんも、2度のレイド戦を経験はしたものの、その程度で満足できるのであればオンラインゲームのプレイヤーなんてものはとっくの昔に卒業していたはずだ。
楽しいというよりも、大勢の仲間との協力で何か大きな事を成し遂げる。という達成感が二人を興奮させた。
「攻略を続けていけば例の夢に出てきた女神が言っていた闇の魔王ってのと戦う事にもなるだろうな」
クリフトがふいにプレイヤー達の真の目的である事に触れる。
彼らがこの世界に召喚されて一ヶ月すら経っていない。
この先何ヶ月、何年掛けて元の世界に戻れるのか……ゲーム時代には「闇の魔王」というボスは実装されていなかった。
完全に名前だけの存在としてプレイヤーたちの記憶には残っている。
「っけ、そん時は気合いれてぶっ倒すまでのことさ」
カイザーは、彼らしい言い方で簡潔に答える。アーディンは溜息をつき、モンジはカイザーの言葉に頷く。
昴は複雑な心境でもあった。
闇の魔王は倒さなければいけない。元の世界に戻る為。しかし――
(命さん……)
自分をギルドに拾ってくれたギルドマスター。彼女の事がやはり気がかりだった。
「今考えても仕方がない」
昴の考えている事を察してか、アーディンが昴の横までくると囁く様にして言った。
「そうですね」とだけ答えると、昴はこれから始まる新しい「家」での生活を考える事にした。
(家……か。MMOでの家といえば『ギルド』ってイメージだったけど……ギルドの事もそろそろ考える時かなー)
新しい生活に新しい環境。
彼らを取り巻く世界が少しずつ動き始める。




