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2-10 『第2次レイド戦-3』

 ガンツたちが地下通路へと駆け込んですぐに、最初の敵集団と遭遇した。

 モンスターたちは駆け寄ってくる人影を見つけると、怒りの咆哮を上げながら先頭を走るガンツに向かって走り出す。

 ガンツは交戦することなく、10体のモンスターを引き連れてそのまま走り続ける。


「俺のHPが減ってもヒールするなよ!」

「そんな自殺行為しねーから安心しろ!」


 ガンツの声に即答するビタミンA。ヘイトスキルを一度も使っていない状況でヒールを撃てば、モンスターたちはあっさりとヘイトをプリーストに向ける事になる。

 遭遇時のヘイトなどは簡単に剥がれてしまう程度にしか無い。


「でもやばそうになったらどうするの?」


 最後尾、つまりモンスターから一番近い位置で移動をするパールが、不安そうに先頭を行くガンツに声を掛けた。


「そんときは上手くまとめて『ブロック』するから、そんときにヒールくれ! また走る前に足元に『スロー・スウォップ』を掛けてくれ」

「わかった!」


 「スロー・スォップ」は移動速度減少効果のある地面設置型のデバフスキル。5秒程度しか効果は無いが、大量のモンスターたちと数メートルの距離を取る為なら十分すぎる効果だ。

 

 先へ進むごとに遭遇するモンスターを、全て抱え込んで突き進むガンツ。

 モンスターの移動速度はそれほど速くはない。引き離してしまうと、ヘイトがリセットされてモンスターたちの本来の目的行動に戻ってしまう恐れもある。

 この場合だと、フィールド方面へと向かってしまう。そうなれば後ろから追ってきている地下突撃部隊と鉢合わせになってしまうだろう。

 ガンツらのように少人数なら無視して通り抜けられるが、30人以上が固まっていれば狭い通路で上手くモンスターとすれ違うのは難しい。

 だからこそ、先行したガンツが敵を上手く抱え込んだまま先を走り、脇道まで安全ルートを築こうとしているのだ。


 走り続ける事4分強。ガンツは一度も止まることなく脇道まで到着した。

 彼らの後ろからは8セット分、約80体のモンスターが唸り声を上げながら追いかけてきている。


「……シュールだな」


 ガンツが脇道に入っていくと、少し先で立ち止まり踵を返して盾を構える。

 ビタミンAはガンツの後ろからコガモのように付いてくる、大量のモンスターを見て感想を洩らした。


「だよなだよな! なんかもう……恐怖とか通り越して笑いが出るぜ」


 やや引きつった笑みを零したガンツ。「ブロック」の体勢で敵からの攻撃をしっかり防いでいる。


「笑う前にしっかり位置取りしないと即死するわよ!」


 「ブロック」は優秀は防御スキルだが、欠点としては真正面からの攻撃しか防げない。ということだった。

 位置取りを失敗して左右や後ろに回られると袋叩き状態になる。

 モンスターの行動パターンがゲーム仕様のままだったのが不幸中の幸いだろう。


「いやー死なないって。ま、突撃部隊が追いついてくるし、マヌケな姿晒すのもなんだし、よっしゃ! きばっていくぜ!!」


 無数のモンスターが蠢くその奥で、暗がりを照らす為の光が微かに見えた。

 突撃部隊が灯した魔法の明かりだろう。

 明かりが通り過ぎるのと同時に、モンスターの威嚇する声に混じって、人の声が聞こえてくる。


「絶対死ぬなよ!」

「心配しなくたって、女神さまのおかげで死なねーよ!」


 そう。女神フローリアと弟神フロイの魔力マナを与えられているプレイヤーたちには、「死」が存在しなかった。

 しかし「戦闘不能」は存在する。HPがゼロになれば倒れて、制限時間以内に蘇生されなければ、大聖堂へと強制帰還させられる事になる。


「解ってるけどなー、でも死ぬな!!」

「本当にわかってるのかよ。ったく」


 段々と離れ行く声にガンツは胸が熱くなるのを感じた。


「突撃部隊、私で最後です!! ありがとう〜!」


 最後尾らしい女性の声が聞こえると、ひしめくモンスターの背後から覗く小さな明かりもじょじょに小さくなり、後には暗闇だけが残った。


「さて、こっからだぜ。流石に80匹に捕まってると身動きも取れなくなるもんだな……『ブロック』解くと次に上手くスキルが打てるどうか怪しいな」


 ここまででガンツのHPは1割ほども削られていない。1匹あたり1回の攻撃でダメージは20未満、強力なスキル攻撃ですら50程度だ。

 しかし、数が増えれば攻撃される回数も増えてくる。走っている間は後ろからのスキル攻撃にずっと晒され続けてきた。

 今は「ブロック」で防いでいるから良いものの、ヘイトスキルを使用するときには当然「ブロック」が解除される。

 その瞬間に80匹からの攻撃を一斉に受ける事になる。まさに「ハメ技」のような状態になる恐れが出てくる。


「足元に『サンク』敷くから、その瞬間にヘイトを使え!」

「あたしも『スロー・スウォップ』展開させる。『サンク』でヘイトが一瞬移動するから、モンスターが動いて立ち位置取り直さなきゃダメっしょ?」


 ヘイトの少ない「サンクチュアリ」でも、ここまでヘイトスキルを一発も入れていない状態なら、ヘイトは簡単に移るだろう。

 ガンツがフリーになった瞬間を狙ってスキルを入れろとビタミンAが指示を出す。パールも速度を減少させるスキルを使って援護すると言ってきた。


「おう! サンキューな!!」


 ガンツは短く礼を口にすると、一呼吸して身構えた。


「じゃーいくぞ!……『サンクチュアリ』」

「スロー・スウォップ!」


 ガンツの足元に白い癒しの光と、緑色の半透明な無数の泡状のものが現れる。

 ビタミンAのスキルが完成すると、それまでガンツにだけ攻撃を行っていたモンスターたちが、一斉にビタミンAに向かって動き出した。

 しかし、足元にある緑色の泡地帯に足を踏み入れた途端に動きは鈍くなり、その隙にビタミンAは後ろへ逃げ、ガンツはビタミンAが先ほどまで居た位置で再び身構えて深く呼吸をした。


「うりゃああぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁ!!」


 ガンツが勇ましい雄たけびを上げると、『サンクチュアリ』によってヘイト移動しようとしたモンスターたちが、再びガンツへと戻ってきた。

 「スロー・スウォップ」によって移動速度が激減したモンスター。それを利用してガンツが一旦モンスターから距離を取って上手く自分の正面に敵が集まるように仕向ける。

 しかし、あまりにも敵の数が多すぎる為、Uターンする場所もなく、脇道の奥へと向かう方向に進むしかなかった。


「さーて、どうやって地上に戻る道へ行くかな……」


 ヘタにモンスターのひしめく中をすり抜けようとすれば、確実に捕まってしまうだろう。

 「スロー・スウォップ」を使っても、移動速度を遅くさせるだけのスキルなのだから捕まってしまう事に変わりは無い。


「兎に角、奥のほうへ進んでみるか? 他にも枝道があれば上手くUターンできるかもしれないし」


 背後に続く暗がりの道をビタミンAがじっと見つめる。せめて通路に明かりが点っていれば先の状況も少しは解るのだろう。

 偵察部隊も無関係な道までは調べなかったようで、報告書にも脇道の先がどうなっているのかは書かれていなかった。


「だな。少しずつ移動する。パールは先行して様子みてくれないか? 敵がいたら戻ってきてくれ。んで行き止まりでもやっぱ戻ってきてくれ」


 三人で同時移動して、その先にあったのが行き止まりだったとすれば、状況は更に悪化する。 


「わかった!」


 パールは奥へと向かって走り出す。唯一の光源である杖を持ったパールが遠ざかると、辺りには暗闇が押し迫ってきた。

 しかし、ビタミンAが既にランタンを取り出して明かりを灯す。

 ランタンの光に照らし出されたモンスターの大群は、更にも増してその異様さを掻き立てた。




「ここまで敵の姿無し……か。フィールド側のPTに感謝しなくちゃな」


 昴ら一行、総勢24人は城内側から地下に潜入して10分ほどが経った。

 徒歩で地下へと降りてきた一行は、ここまで一度も敵と遭遇することなく進んできた。

 目指す進行方向から戦闘音が木霊して聞こえてくる。


「そろそろ目的地よ。準備はいい?」


 孤月がギルドメンバーからの連絡を受け、既に戦闘が始まっている事を告げたのはつ先刻。

 進む先から聞こえる戦闘音が、目的地が近い事を物語る。その証拠に、隊の先頭付近を歩くメンバーの目には、開けた空間から差し込む光が見えていた。


「昴は装置周辺の敵を引き付けたら『奥義』を発動させてくれ」

「装置から少し離れてくれたほうがいいが、離れすぎると新しく出てくるモンスターのヘイトが取れないんで、その辺りはお前の判断に任せるよ」


 ラム酒と殲滅担当PTのナイト、コラッタが代わる代わる昴へと作戦を確認するように話しかける。


 装置の周辺にモンスターが出てくるカプセツのような物がいくつか並んでいる。もちろん機械的なものではなく、生物的な見た目だというのが報告書に書かれていた。

 それを破壊するのが作戦の目的なのだが、装置から出てくるモンスターを相手にしていては、装置の破壊に時間が掛かってしまう。

 そこで、昴には出てくるモンスターを常に抱えて貰い、その隙に他のメンバーで装置破壊を行う。という方法だ。


「わかった」


 緊張した昴が短く答えると、後ろから餡コロが同じように緊張した口調で会話に混じる。


「私は昴さんへ『ライフソウル』を優先すればいいんですね?」


 昴は「奥義」以外にもヘイトを安定させる為に、ヘイト上昇スキルをフル回転させていかなければならない。防御力が大幅に上昇するため「ブロック」を使用する必要はないだろうが、それでもMP消費は少なくは無いだろう。


「あぁ、君とそっちのプリーストがひとり付いて昴君の支援を優先させてくれればいい」


 餡コロと桃太が昴の支援優先メンバーに決められたのは、大規模レイド戦が始まる前から決まっていた。

 忘れてしまったわけではないが、緊張からか、自分の記憶が間違っていないかが不安で餡コロは確認を行ったのだ。


「たまに私にもMP頂戴ね〜」

「解りました、楓さん」


 同じPTパーティーにいるウィザードの楓が、緊張をほぐす様に笑顔を向けると、餡コロの肩をポンと叩いた。

 餡コロもまた笑顔で返す。


 大規模レイド戦が初めてとなるメンバーの緊張は、どうあっても収まる事は無かった。

 そしてついに、彼らの戦場へと到着する。


「来たか!」


 狭い通路から一転、サッカーグラウンドほどの大きな空間が突如広がる。

 昴らが入ってきた通路と反対側、地上へと向かう通路の近くでは戦闘は行われていた。

 地上側へ敵を引き付ける事で、城内側へは敵を向かわせないという作戦は見事成功したのである。


「俺達が今抱えてるのは無視してくれ! とりあえず新しく出てくるのを『奥義』持ちで抱えてくれれば俺達も手が空いたヤツから装置破壊に周る」


 戦闘中のプリーストらしき男から声が掛けられた。彼らが戦っているモンスターの数は30体ほど。

 会話の間にも続々と黒い煙となって四散してゆく。


「わかった! 昴、やってくれ!」


 殲滅用PTのリーダーから指示が送られる。昴らに同行している殲滅用PTは、バーサーカー四人、アサシン二人、ウィザード二人、ソーサラー二人、プリースト二人という、攻撃に特化させたPT構成になっていた。

 彼らは全員、大規模レイド戦経験者の大手ギルドメンバーからなっていた。

 PTリーダーのバーサーカーのグレミアは「奥義」持ちでもある。


 指示を受けた昴は、急いで装置付近まで走ると、生み出されたばかりのモンスターに囲まれた。

 まったく気にした様子もなく、昴は「意思」を高めて「奥義」を発動させる。


「はああぁぁぁぁ!『クルセイダーディフェスト!!』」


 昴の気合を入れた声が戦場に響くと、昴を中心とした空間に半透明な波紋が広がり、彼自身も淡く輝きだす。


「5分の勝負だ! 兎に角全力で行くぞ!!」


 誰とも知らず声が上がる。まっさきに攻撃を仕掛けたのはニャモ。この広い空間に入る前から弓弦に矢をつがえていた。

 ライトは攻撃よりも補助支援に徹する。自分の低火力では殲滅に参加するよりも、火力の高いウィザードを支援するほうが効果的と判断したのだろう。


「いくばぁ〜い!『ラピドリィズ・ララバイ!』」


 月の持つ琴からの調べが、スキルの詠唱時間とCTクールタイムを短縮させる。詠唱時間の短縮はヒーラーを含めた魔法職には有り難い。

 CT短縮は全ての職業において、攻撃の回転速度を上げる、この場では非常に有効な支援スキルだ。


「おっしゃあぁ! ぐるぐるばんばん!!」


 いっくんは、手にした重量級の斧を振り回すと、遠心力を利用し回転速度を上げ生物にも似たモンスター生成装置へと突っ込んだ。

 斧がめり込んだ場所から、半透明の黄色い液体が大量に噴出す。


「メテオが使えないのが残念よね。『バーストフレア!!』」


 月のスキル効果によって詠唱速度が短縮された今、スキル名を叫ぶだけで魔法が具現化される。

 ウィザードの攻撃スキルのうち、強力なものは全て範囲攻撃。「バーストフレア」は「メテオストライク」に次ぐ攻撃力を持った範囲スキルだった。

 範囲攻撃を横目で見るカミーラは、敵単体にのみ高い攻撃力を誇るアサシン。

 羨ましそうに見ながらも、ある心配ごとを軽く口にする。 


「結局は範囲攻撃するのね……昴からヘイト取っちゃダメよぉっと、くたばりやがれぇぇぇ!」


 最後は装置に向かって叫んだものだったが、一瞬場が凍りついた。


「ちょ! オカマが凄んだら普通に男って王道じゃねーかよ!」


 殲滅PTの男からツッコミが入れられる。彼もまたアサシン。カミーラと同じスキルで装置に対して大ダメージを与えてゆく。


「いやだわぁ、気のせいよぉ」


 カミーラは、同じアサシンの男へウィンクを送ると、既にCTの消えたアサシン最強のスキルを再び叩き込む。


「殺・陣!!」




 城内側からのメンバーが戦闘を開始したのを見て、敵ヘイトを引き付ける役のひとりのナイトが口を開く。


「早く終わらせて、あいつらを助けに行くんだ……」


 あいつらとは、自分たちの進行をスムーズにする為、通路の半分までの工程で遭遇するモンスターを、一手に引き受けてくれたガンツら三人の事。

 外にいる仲間からのギルドチャットでは、彼らがまだ地上に戻ってきていないことを確認している。

 何かあったに違いない。わずか三人で数十匹のモンスターを相手にして無事でいられる保障も無い。


 ―死ぬな―


 そう言ったのは自分であるが、今はそう言った事を後悔している。

 せめて自分ともうひとりだけでも援護に向かえば助けられるハズだと計算した騎士ナイトの男は、ありったけのMPを使って出来うる限りの攻撃に出た。

 ほんの僅かでも戦闘を早く終わらせるために。


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