2-7 『皆の意志』
昴たち東の砦調査PTがウエストルの都に戻ってきてから6日目。
ようやく全てのPTが都へと帰還し、それぞれが調べた内容を報告すると同時に、今後の拠点を決める会議が行われた。
会議にはそれぞれの調査PTメンバーの一部と、大手ギルドのギルドマスター、及び幹部数名、更にいくつかの中小規模のギルドからもギルドマスターが参加した。
ギルド施設にある大ホールには、300人近いプレイヤーたちが集まり、会議の内容もギルドチャットを使って逐一他プレイヤーへと伝えられた。
当然、ギルド未所属プレイヤーの為に、口頭による伝達も行われている。
「デカさから言えば、やっぱりというか、城が一番みたいだな」
今回の偵察ミッションには不参加だった「クリムゾンナイト」のギルドマスター、カイザーが、全ての報告書を見比べて感想を洩らす。
卓上に置かれた数枚の紙には、それぞれの大雑把な面積や在中しているモンスターのレベル、モンスター名、そしてレイドボスの情報などが書かれていた。
最も、レイドボスのレベルが解ったのは城塞のみだったが。
「そうですね。城下町的なのもありましたし、しかもギルド施設も完備されてましたから」
「ギルドルームが使えれば、飽和状態も見た目的には緩和されるな」
城塞に忍び込んで偵察してきたのは、モンジを含め三人のレベルカンスト忍。
高さ5Mほどの城壁に囲われた内部は、居住地が半分以上の面積を占め、中央に城を構えるという構図になっていた。
その居住地部分には、ウエストルの都にあるギルド施設と同様の建物が存在した。
試しに建物内に入ると、そこにはギルド施設専門のNPCまでおり、どうやら特殊な空間の為か、モンスターの姿も一切無かった。
レイドボスはいわゆる「王の間」に鎮座していたが、「王の間」に備え付けられた高い位置にある窓のおかげで、敵に見つかることなくレイドボスの情報を掴む事もできた。
「城に巣食ってるレイドボスがレベル84か。流石に高いな」
「まぁ、そのあたりは数の暴力でなんとかするしかないな。レベルが81になってる連中も結構いるし、その辺りを中心にして人員を揃えれば……」
アップデート前のカンストレベルが80。現在、このレベルのプレイヤーは全体の3割ほどがいて、一部では既に81に上がっている者もいた。
これは、アップデート前にEXPが99.9%溜まった状態で、尚且つギルドクエストを受諾して、残りは報告するだけ。
という状態でアップデートを迎えたプレイヤーが、ウエストルのギルド施設でクエスト報告をしレベルが上がったというものだ。
「あのー、ちょっといいっすか?」
大手ギルドが話し合いに参加する中、東の砦偵察メンバーだったいっくんが会話に割り込んできた。
「なんだ?」
「俺、東の砦PTの『いっくん』っていいます」
「知ってるわ。『クリムゾンナイト』の演説の時に出てきたぱんつ男でしょ」
「うはっ! 女の人にそんな覚え方されてるなんて……トホホ」
あの事件以来、いっくんはちょっとした人気者になっていたのだが、本人はまったくその事実を知らない。
いっくんとしては、女性の前では多少は紳士でいたい。という気持ちもほんの僅かながら持っている。
しかし、現実は自身の言動が間逆のことをしていた。
「で? 何を話したいんだ?」
「あ、あのですね。俺ら砦に到着したとき、モンスターに捕まって砦に連行されてる人たちを見たんっすよ」
いっくんは、自分たちが見たことを全て話した。
昴たちがモンスターに捕まって砦へと連れて行かれそうになっている数人を発見し、救出したという事。
その後、彼らを安全な場所まで送り届けている間に、近隣の村がいくつも襲撃され、死人も多数でているという事。
そして、自分の気持ちをこの場に居る全員に話した。
「どこを拠点に決めちゃってもいいんだけどさ、出来れば東の砦は確実に潰してほしいんっすよね。じゃないと、せっかく助けた人たちが、また捕まって……今度こそ殺されるかもしれないんすよ」
自然といっくんは拳に力が篭る。
いっくんや昴らが立つ位置から少し離れた場所で、一人の女性が列から一歩前に踏み出して険しい表情で口を開いた。
「南東の砦でも同じような状況でした。近隣の小さな村が襲われ、家畜を根こそぎ奪われたり、最近では人も襲われているとかで……」
彼女の周辺に居並ぶプレイヤーたちは、ウエストルから最も遠い位置にあった南東の砦の偵察PTのメンバー。
いっくんの話を皮切りに、彼らも自分たちの意見を口にし始める。
「俺達、モンスターから子供を助けたら、すっげー感謝されて、つい……」
「援軍を連れて砦を落として見せますって、言っちゃったんです。もし拠点候補から外れる事になっても、有志を募って行くつもりです!」
南東偵察メンバー全員が頷く。
それに呼応するかのように、同ギルドのメンバーたちから名乗りを上げる者もでていた。
「うお! お前らかっけー!! よし俺も! 誰が何と言おうと東の砦を開放するぜ!!」
自分のように「他人を助けたい」と思っているプレイヤーが、他にもいる事に感動したいっくんは、便乗して勢いに乗る。
「あらぁ、いっくんだけに任せてたら心配だわぁ。仕方ないからあたしも付いていってあ・げ・る」
おネエ口調で腰をくねらせたカミーラは、いっくんの勢いを挫いた。
組まれた腕を必死で払いのけようとするいっくんに、周囲からは笑いが起こる。
「ちょ、ちょっと勝手に決めないでよ!」
進行役でもあった大手ギルドの女性幹部が、いっくんや他のメンバーを嗜めようと声を上げたが、同時に彼らの頭上から別の声が張り上げられた。
ギルドホールは吹き抜けになっており、1階に大手ギルド連合、2階から上に中小規模のギルドマスターらが会議の行く末を見守っていた。
声はその中小ギルドから出たものだった。
「全部同時に落とせばいいんじゃね?」
「南東の砦落とすなら協力するぜ」
「そういうことなら、砦とか城だけじゃなく、周辺の町や村も警備したほうがいいんじゃないか?」
様々な意見が飛び出してくる。
中には心の雄たけびのような、意見にもならない事を叫んでいる者までいた。
「な、なんだよ突然!」
それまで聞き専のように黙って見ていただけの中小ギルドが、一気に発言権を持った事で、驚きの声を上げる大手ギルドの幹部。
この会議での内容は、全て自分たち大手に決定権を委ねられていると思っていただけに、弱小と見下していたギルドから上がる声に苛立ちすら感じている様子だった。
「ギルチャを使って、外のプレイヤーにも会議内容を伝えて貰ってるけど、今の所は全砦攻撃に賛成っていう意見が多いよ」
「うちんところも同じ事やってるけど、こっちでも同じような意見ばっかりだね」
「どこかだけ落として、残りは放置。自分たちの選択次第で生きるか死ぬかが決まってしまう大勢の人がいるってことだからね」
「3つ落とせば済む話だろ? 大手のギルドさんたちは大規模戦したいんじゃなかったっけ? 取り合いしないで協力して3つを責められる今までにないイベントじゃんか」
彼らは彼らなりに、各砦や城の情報をメモし、それをギルドメンバーや近くに居る他のギルドマスターらと協議し、今この世界にログインしているプレイヤー数やカンストレベル者数、高レベル者数などを憶測から計算し、どの砦に何人ぐらいを送ればいいか、周辺警備にどのくらいの人員が必要かなどを話し合っていた。
そこから導き出された答えが、「同時に3つを落とす事は可能」というものだった。
「はーっはっはっはっは! その通りだぜ! 俺達はいつだって競うようにして大規模戦に掛かってたじゃないか。今度は取り合う所か、全員で協力プレイができるんだ。面白れーじゃねーか!」
「クリムゾンナイト」のカイザーが豪快に笑う。彼の言葉に賞賛の声が頭上から降り注いだ。
「……ッフ。そうだな。大手以外のギルドからも協力者が集められるなら、3つ同時攻略もいけるだろう」
大手ギルドのひとつ「青龍騎士団」のギルドマスター、小竜がカイザーや中小ギルドに同意する。その場にいる彼のギルドメンバーも頷いた。
2つの大手ギルドがやる気を出している中、他の大手ギルドが動かなければ今後この世界で大きな顔をする事も出来なくなるだろう。
結局、全ての大手ギルドがこれの同意することとなった。
「では……3つ全てを落とす……ということで? 拠点は城で決定しますか?」
進行役の女性幹部がざわめきを沈めるように片手を大きく上げて、声が収まるのを待ってから結論を述べた。
「「OK」」
「「意義なし」」
1階から、そして2階3階からといくつもの声が重なり合う。
「では、それぞれの攻略メンバーを考えねばなりませんね」
女性幹部の言葉と同時に、いくつかの大手ギルドが名乗りを上げた。初めての大規模戦を「クリムゾンナイト」に取られてしまっているのだ。
ここでその差を埋めようという事なのだろうが、3つの砦を同時に攻めるにあたって、更に周辺への安全確保も必要とあれば、大手ギルドだけでも人では足りないだろう。
大手ギルドを3箇所に別け、更に中小ギルド、そしてギルド未所属プレイヤーから志願者を募って周辺の警備と、各大規模戦の戦場周囲に集まるモンスターを中に入れさせない為の、フィールド戦場を任せる事となった。
各自のレベルや経験を考慮した配置が必要となる。志願者の募集も必要なため、ひとまず会議はお開きとなり、早速大規模戦への志願者の募集がはじめられた。
ただし、「奥義」持ちのプレイヤーだけは、それぞれがどこを攻めるメンバーになるかだけ決定された。
ケタ外れの能力を持つ「奥義」なだけに、より有効な戦場に配備されることになる。
「俺達は城攻めか」
この会議で、昴のもつ「奥義」の能力が公表された。
大きなざわめきのあと、すぐさま城塞偵察メンバーから「彼は城攻めに必要だ!」と声が上がった。
城塞内にはモンスターを無限に生み出す装置のようなものが置かれており、そこから生み出されたモンスターが、このウエストル地方に放出されているらしいという事を、近隣の住民からの情報で得ていた。
偵察メンバーが、それを確認する為に数日間砦に張り込んだ結果、城内の敷地内に地下へと続く階段があるのだが、そこへ何人も足を踏み入れてないのに、続々とモンスターたちが出てきているのを目の当たりにした。
更にそことは別の、城壁よりも外側、フィールド側にも地下へ続く階段が設けられており、ここまらもモンスターが出てきていた。
昴の一行は、モンスターを生み出す装置の破壊メンバーに選ばれた。
「昴の『奥義』の効果を考えると、城が一番有効っていうか、それ前提で作戦を練られてるしな」
「っう……なんか肩がいっきに重くなった気がするな」
「まぁ仕方ないだろう。攻撃面ではまったく活躍できない『奥義』だが、ナイト職としては最高のスキル効果だしな。特にこういった乱戦が予測される戦闘では、重要度が格段に上がってくるぞ」
装置破壊の為に、城側と外側の両方から攻める作戦になる。
装置に出来るだけ近づいてから「奥義」を発動させ、モンスターを昴に集めてから、他PTで装置を破壊する。
5分間という制限時間内でやりぬかなければならない。
もし5分以内で装置を破壊できなければ、その後は地獄絵図になるだろう。
大きな作戦を前に、自分たちに課せられた使命が重くのしかかる。
しかし、それは時として自らの力を奮い立たせる材料にもなり得るもので、特に男性メンバーにとっては嬉々とした感情さへも湧き上がる。
「なんか、ワクワクしてくるな」
「だよな」
昴といっくんの二人は顔を合わせてにんまりと笑う。クリフトと桃太がその後ろで頷いた。
「もう、男ってばこういう大事な時に子供みたいになるんやけ〜」
「ほっんとう! あたしらが失敗したら、城攻めも失敗するんだからね!」
ニャモと月は男性陣とは逆に、ギルド施設を出た時から緊張していた。
月にとってははじめての大規模戦でもあるし、ニャモにしても初戦の時に比べると、今回はちゃんとした戦略が必要な戦いとなれば、作戦失敗を懸念したくもなる。
「わかっているさ。だからこそやり甲斐があるんだろ」
クリフトが二人の女性陣に自分たちの今の心境を簡潔に説明した。
だからといってニャモと月が納得できるものではない。
不安は残るものの、考えても仕方がない……そう結論付けた二人は作戦に向けて、僅かにある時間を無駄にしないよう、スキルの向上させることについて話し合うことにした。
そんな女性陣のもう一人、餡コロが唐突に口を開くと、とんでもない事を言い出した。
「私、今度スプーン形の杖を作って貰おうかなって思ってるんです!」
「「は?」」
全員の顔が硬直する。
まったく気にした様子のない餡コロは、更に続けた。
「なんだか、スプーンの時のほうが、スキルの成功率が高い気がしたんで」
スプーンを使って敵モンスターに「チャーム」を使用した際の成功率を言っているのだろう。
その事実を知るのは昴のみだ。
「そ、そう……」
ニャモが昴に視線を送りながら曖昧な返事を返す。視線を投げられた昴は苦笑いしながら軽く頷いた。
「でも餡コロちゃん、誰にそれを作ってもらうの?」
戦闘クラス以外にも、生産クラスが存在するMMOだったのもあり、この世界でもしっかりと生産技術を使用することができた。
ただし、戦闘クラスとしてのスキルを磨くのに必死なプレイヤーは、生産クラスのスキルなど、全て未習得のままである。
それを知っているのか知らないのか、餡コロは考え込むようなポーズをを作ると、キラキラ輝く瞳で言葉を続けた。
「えーっと、絶賛製造者さん募集です!」
昴らは聞かなかったことにしようと、前を向いて歩き出し、早速スキル向上の為の訓練を始めることにした。
ハッとなって餡コロが彼らの後ろを必死に追いかけていく。
彼らの後姿をじっと見つめる人物が居た。
黒い髪に黒い瞳のエルフ男性。
ぎらついた視線の先には昴の背中があった。




