2-5 『スプーンで始まる何か』
「だ、大丈夫なのか?」
「大丈夫です♪」
昴の不安な声にも餡コロは明るく答えた。
手にはスプーンをしっかりと握り締めている。
彼らが押し込められた牢獄の周辺に、モンスターの気配はなかった。
今の昴らにとって幸運なのはこの事だろう。
「思い込みでなんとかなるなら大助かりやけど……スキル発動に必要な武器じゃないと無理でしょ?」
「そ、そうですよね……普通に考えたら無理ですよね……」
月と桃太が小声で会話を交わす。
昴ははらはらしたように餡コロを見つめている。
「皆さんに教えて貰った、『やれば出来る!』っていう意思でお役に立って見せます!」
スプーンをかざした餡コロは、迷いの無いキラキラと輝く瞳を一同へと向けた。
「「いろいろと勘違いをしているよね」」
誰もがそう思ったが口にはしなかった。
「鍵を開けるって、『アンロック』のスキルだよね? 習得してたの?」
ニャモが確認の為に尋ねた。
「いいえ、これから習得します。大丈夫! すぐ開けますから」
餡コロは自信たっぷりに答えると、目を閉じて「アンロック」を使う自分の姿をイメージしはじめた。
その様子を見たニャモと月が声を揃えて不安を洩らす。その不安を昴へとぶつけた。
「「昴ぅぅ」」
「な、なんで俺を見るんだよ!?」
昴は一歩後退すると、二人から視線を外して鍵を開けようとする餡コロへと向きなおる。
そんな最中も餡コロは気にした様子もなく、マイペースに事を進めていた。
「えっと〜……鍵穴は〜……よし、『アンロック!』」
―カチャリ―
餡コロ以外の全員が固唾を呑む中、まさかの「音」が小さく聞こえた。
「「「え!?」」
目が点になるとは正にこのこと。誰もが「無理」だと思い込んでいた事が目の前で起こったのだ。
「きゃ〜、やったぁ〜♪」
スプーン片手に喜び跳ねる餡コロの姿を、何か眩しい存在でもあるように見つめる。
「お、思い込みの勝利……」
「ボクたちでも思い込めばできるんですかね?」
「無理……じゃない? だって既に武器なしだとスキルは使えないって思い込んでるし……」
「ですよね……」
桃太が自分たちの可能性について口にしてみたが、あっさりとニャモによって否定された。「出来ない」と既に思い込んでいた自分たちが、今更「出来る」と思い込むのは難しい事は桃太にも解った。
それでも、誰かに「出来るよ!」と言われれば、出来るようになるんじゃないかと、少しだけ期待する気持ちがあったのも確かだった。
「さ! 行きましょう皆さん」
そっと鉄格子を開いて出て行こうとする餡コロ。彼女の手を取りニャモが静止させた。
「待った! 行くのは昴と餡コロちゃんだけね」
「え? なんで?」
昴は全員で出て行くものと思っていた。だからこそニャモの言葉に驚き振り返る。
「全員が居なくなったら逃げたと思われて、砦中の騒ぎになるじゃないですか」
桃太もニャモの意図を理解しており、それに賛同するかのように昴へと説明をする。
「だから、二人はアイテム回収。私達はここで捕まった振りを継続。いなくなった二人の分もどうにかして誤魔化すわ」
「それに、昴さんならヘイト系スキルが武器無しでも使えるでしょ」
ニャモと桃太が交互に話を進めていく。その間に月は通路に出て敵の気配が近くに無いか注意を払っている。
「あ、そうか」
「ヘイトスキルを射程ギリギリから使って敵をおびき寄せ、気づかれないうちに餡コロちゃんの「チャーム」スキルで錯乱させてから通り過ぎれば、いけると思うんだよね」
「雄たけび」や「挑発」はスキルの有効射程がそこそこ長く、離れた場所におびき寄せるという使い方もできる。
そして、ソーサラーのスキルには「一定時間敵を魅了。スキル効果消失時に全ヘイトをリセット」というものがあり、ダンジョン攻略などで面倒な雑魚をまとめて放置する時などに使われた。
ただし、魔法職のスキルでは珍しく、射程が短い上に術者周辺にしか範囲がないというものだったのでおびき寄せる必要があった。
「わかった。それで行って来る」
昴は作戦の意図を理解して餡コロと打ち合わせを行った。
「問題は武器とか、どこに持って行かれたかだよね」
「あ、私知ってます」
「え? マジで餡コロちゃん?」
餡コロの意外な言葉にニャモは驚いた。先ほどから驚かされてばかりだ。
天然で頼りない子。
それがニャモの餡コロに対するイメージだったからだ。
「はい、私達を捕まえたモンスターが荷物を持って、中庭を挟んだ向かい側の部屋に入っていくの見ましたので」
「OK! 偉いよ餡コロちゃん!」
月も餡コロを見直し、彼女の頭を撫でてやる。餡コロは照れくさそうに、しかし心地良さそうに月の手の触感を堪能した。
「よし、それじゃー行こう餡コロさん」
「はい!」
昴と餡コロは、出来るだけ音を立てずに通路へと出て行った。
●
「じゃ、手筈通りに」
「はい」
昴と餡コロが地下から地上へと繋がる階段を登った所で、はじめのモンスターを発見した。
通路を見張るような位置にいたモンスターは2体。
昴の「挑発」がギリギリ届く距離だった。
呼吸を整えると、昴は意識を集中させて2体のうち1体に「挑発」を仕掛けた。
見事「挑発」に載せられた1体が昴らのほうへ向かってくると、残り1体も何事かと思い付いて行く。
階段の壁際に身を潜めた二人の下に、2体が到着するタイミングにあわせて餡コロが「チャーム」の詠唱に入る。
「『私とお友達になりましょう♪ チャーム』えい!」
スプーンから零れるピンク色の光が、2体のモンスターを包み込む。
光が消える頃、うつろな目をしたモンスターたちは、その場で呆然と立ち尽くした。
「よし! 成功だ。今のうちに行こう」
「はい! 一回で成功してよかった〜」
昴がモンスターを軽く叩いたが、反応はまったく無い。「チャーム」が効いたのを確認して二人は走り出した。
「チャーム」の有効時間は10秒。効果が切れる前に、モンスターの視界に入らない位置まで走る必要がある。
2体が見張っていた通路の先を曲がると、昴と餡コロは一旦息を整えて次に備える。
同じことを何度か繰り返したあと、二人はようやく目的の部屋の前へと辿りついた。
横切った中庭は「チャーム」の効果で動けないモンスターが数匹いる。効果が切れる前に部屋へと入らなければ見つかってしまう。
昴は確認を怠った。
それが二人にとって最悪な形となって目の前に現れる。
「くそ! 中にモンスターがいたか!?」
部屋の中に居たのは1体のモンスター。やや大型のモンスターはそれほど広くは無い部屋で彼らの武器をじっと見つめていた。
「私が足止めします! 昴さんは中に入って武器を取って!」
餡コロはスプーン片手に戦いを挑んだ。
「チャーム」のCTは開けていない。攻撃スキルよりも状態異常スキルを選んで詠唱を開始する。
その姿を見た昴は、目で合図を送ってモンスターの背後からその奥へと跳躍した。
「きゃあぁぁぁ!」
突然悲鳴が上がる。
昴の耳には先ほどまで状態異常効果のあるスキルを詠唱する餡コロの声が届いていた。
ひとつ目の効果はなかったのか、スキルは2つ目に入っていたようだった。
「餡コロさん!?」
振り向いた昴の視界に、部屋の入り口で倒れこむ餡コロの姿が映った。その手前ではモンスターが魔力の痕跡が残る腕を餡コロへと伸ばしている。
「だ、大丈夫です」
壁に寄りかかるように立ち上がった餡コロは、なんとか敵をその場から引き剥がそうと奮闘した。
武器を奪い返すだけなら簡単だが、それを装備する為には戦闘状態になってはならないのだ。
ゲームの仕様がここで面倒な状態を作り上げていた。
「昴さんは手を出さないでください! 私がなんとかこいつを……」
餡コロは懸命にスキルを繰りだすが、状態異常のスキルは一切効果がなかった。
昴は慌ててUIで確認すると、そこに映し出されたモンスター属性は――
「ボス属性!?」
UIを凝視したまま昴は叫んだ。その叫びは餡コロの耳にも入る。
「え? そんな、まさかこいつがレイドボスですか!?」
「いや、ダンジョンなんかにいる……中ボスだ!」
昴が叫ぶその間にも、モンスターの攻撃は続いている。
失ったHPは「ドレイン」の魔法で補うが、攻撃力の低いソーサラーでは、ソロで倒すのは難しい。
(くそ! 俺達二人で、しかも武器のない俺には何もできないじゃないか! このままだと餡コロさんが!)
餡コロが背にした部屋の扉。その扉が突然開くと別のモンスターによって餡コロは捕獲されてしまった。
「いやあぁぁぁぁ!!」
「庭にいた連中か!? くそ! どうしたらいいんだ!?」
(俺が……俺がどうにかしないと! 俺が彼女を護らないと!)
足をじたばたともがく餡コロ。中ボスは次の獲物、昴に向かって腕を振り上げる。
ギリギリの所でそれを交わす昴。
しかし、狭い部屋の中では敵の攻撃を交わし続けることも難しい。
餡コロが必死でモンスターから逃れようと、手にしたスプーンで「エネルギーボルト」を発動させた。
しかし、そのダメージは悲惨なまでに低く、与えられたダメージは1桁にしかならなかった。
「スプーンじゃ倒せないの!?」
悲鳴にも近い餡コロの言葉が響く。羽交い絞めされた手に力が込められると、激しい苦痛に襲われる。
「いたあぁぁい! は、離してぇえぇぇ!!」
華奢な体が今にもへし折られてしまいそうな光景を昴は目にした。
恐怖と焦りが生まれる。
(俺は……何もできないのか? 騎士になったのは、誰かを護る職業に憧れてたからだろ? 餡コロさんひとり護れないのか俺は!?)
焦りが昴の思考を麻痺させる。
麻痺した頭で唯ひとつの意思だけがハッキリと浮かび上がる。
(対した知り合いでもない俺の事を、泣きながら引き止めてくれた彼女を……)
「俺が護らなきゃいけないんだ!!」
昴の力強い『意思』の叫びと共に眩い閃光が迸った。
その光は棚に置かれた誰かのカバンから発せられていた。




