2-4 『敵地に乗り込む為に捕まってみました』
朝食後、昨日同様に監視チームとスキル練習チームに別れた一行。
夜中の監視で眠気もあり、クリフトが砦の監視チームに加わった。
スキル練習チームが砦から距離を取るための移動を終えたとき、少し離れた場所でモンスターの一団を発見した。
昴らにはまだ気づいた様子もなく、一心不乱に砦の方へと向かって歩いていた。
このまま気づかれないように、その場を立ち去ろうとした時、モンスターたちが歩く輪の中に人影を見つけた桃太が声を洩らす。
「見てください! 大変だ……人間が捕まってますよ」
桃太の声を聞いて他の四人は、揃ってモンスターの一団に目を凝らす。よく見ると、4〜5人程の人間が捕らえられ連行されているのが見て取れた。
「助けてあげないと!」
餡コロは杖を握り締め、今いる林から一歩踏み出そうとした。それを昴が慌てて止める。
「いや、待って餡コロさん。今出て行ったら俺達も捕まる可能性が!」
「で、でも……あの人たち、砦に連れて行かれたら食べられちゃうかもしれないんですよ?」
「そうだよね、放っておいたらそうなるかも。例えあの砦を攻めることになっても、その時にはもう……手遅れになっとるよ、きっと」
「昴さん、行きましょう?」
月も加わって救出ムードは高まる。
昴は考えた。敵の数は20体ほど。レベルはここからだと解らない。低レベルであれば勝てるだろう。
もしレベル60以上のモンスターであれば、習得したスキル数の少ないメンバーにとっては厳しい戦闘になるだろう。
まして、回復の要である桃太がそのメンバーに含まれているのだ。
(救出するのは難しいことじゃない。俺が『雄たけび』でヘイトを取ってる間に、あの人たちに逃げて貰えばいいんだから。問題はその後)
もし自分たちが捕まってしまったら、内部の偵察はどうなるんだ?
どうやって脱出するんだ?
昴が考え込んでいる間にも、モンスターの一団はどんどん砦へと近づいていく。
(内部? ……そうか!)
「わかった。助けよう。ただし……」
昴は自信たっぷりの表情で仲間達を見た。
「彼らを助けて、代わりに俺達が捕まる」
「「えぇ〜!?」」
昴以外の四人の声が林に響き渡る。
流石に今の声でモンスターたちは彼らの存在に気づき、荒ぶる声を上げて数匹が向かってきた。
「内部を調べるなら、内部に入らないとダメだろ? 捕まってしまえば簡単に中へ入れるじゃないか」
昴は林から飛び出すと、武器を構えて走り出した。進行を止めて待機しているモンスターたちに対してもヘイトを取る必要があるからだ。
「ぇ〜、そうだけど……どうやって脱出するつもりよ!?」
ニャモが慌てて昴の後を追いながら、手にした弓に矢をつがえた。
他のメンバーも後に続く。
「桃太、帰還魔法覚えてたよな?」
昴は走り様、振り返ることなく付いてきているであろう桃太へと声を掛ける。同時にこちらへと向かって来ていたモンスター数匹に向かって『雄たけび』を使う。
スキルの効果によって、モンスターたちは昴へ向かって一直線に走り寄って来るが、昴はそれを無視して待機中のモンスターのほうへと向かっていた。
「そっか! その手があったわ!」
「はい! 大丈夫です。帰還はアーディンさんに言われて昨日のうちに使えるようになりました!」
「帰還魔法」とは「聖堂帰還」スキルのことで、スキル詠唱後に一度訪れた大聖堂や教会へと瞬間移動できるスキルの事だ。
このスキルはPTメンバーも便乗できるタイプなので、砦に潜入して必要な情報を得るか、脱出が優先される事態になった時に使用すれば、安全に逃げられる。昴はそう考えたのだ。
「月、この事をギルメンのほうに伝えてくれ」
「OK!」
月は砦監視チームにギルドチャットを使って状況を報告する。チャット使用にはUIからチャット方式を呼び出す事になるので一度足を止めてから、再び走り出す。
「それじゃー、敵を倒してしまわない程度に戦って、その間に彼らを逃がすんだ!」
「はい!」
昴がモンスターの一団全てが『雄たけび』の有効範囲に到着したときには、1度目のCTが終わっていた。
再び『雄たけび』を発動させた昴に、そこにいた全てのモンスター約20体が唸りを上げて襲い掛かってきた。
●
「は? 敵に捕まりにいくって?」
クリフトは突然入ってきた月からのギルドチャットに、つい声に出して返答を送った。
ギルドチャットはUIで設定後、頭の中で「ギルドチャットとして発言する」ことを意識していれば極小さな声でもギルドメンバー全員に届く。
ここにいるアーディン以外は聞こえている内容だが、あまりの突然すぎる内容に、クリフトはUIでの設定を行う前に返事をしてしまった。
「どうした?」
クリフトの慌てようと見て、唯一ギルドチャットの見えないアーディンは、訝しげに様子を見た。
「なんか昴たちが、敵を見つけて、ついでに捕まってる人も見つけて、助けるから自分たちが捕まりにいくって」
「……ちょっと意味が判らない……」
いっくんはギルドチャットを聞きつつ、内容を整理する前にアーディンの疑問に答えた。やや説明不足なのもあって、アーディンが理解するのは難しかった。
「砦の内部を偵察するのに丁度いいからって、連行されてる人たちを助けた後、自分たちがわざと捕まるんですって。脱出は『聖堂帰還』を使うから大丈夫とか言ってるわぁ」
カミーラがいっくんの言葉を補足する。
「大丈夫なのか? いや、たしかに帰還魔法使えば脱出も楽だが……どうせならカミーラが一緒のほうがいいんじゃ?」
アサシンであるカミーラは、シノビ同様に姿を消して動けるスキルを持っている。偵察任務を行うに当たって、この数日で「シャドウウォーク」を習得させていた。
姿を消し、闇に紛れて移動を行うスキルだが、移動速度は通常の半分程度になり、更にスキル使用中は1秒毎にMPが1減るという仕様だ。
安全な場所で姿を現し、MP回復ポーションを飲み、再びスキルを使って内部を偵察する。
今回カミーラに与えられた任務はこうだったのだが、昴たちの突然の行動で白紙に戻る事になる。
「うーん……もう手遅れみたい……捕まってる人たちを逃がして、戦闘態勢に入ってるわ。今からあたしが出て行ったら伏兵がいるのを気づかれちゃうもの」
「だな……単眼鏡でここからでも見える……」
カミーラの言葉に頷いたクリフトは単眼鏡を通して、遠くで行われている戦闘を見つめた。
「あ〜〜、くそっ! 仕方が無い、こっちは逃げた人たちを安全な所まで連れて行こう」
アーディンが苛立ちながら立ち上がると、クリフトが逃げた人々が走る方向を確認する。
「OK! モンスターのヘイトを昴が捕ってるから、追いかけていったヤツはいないらしい」
いっくんは地面に置いた巨大な斧を持ち上げると、クリフトの指示する方向へと走り出した。他のメンバーもそれに追従する。
林の中へと逃げ延びた人々は、物陰で自分らを救った一行を見守った。
「大丈夫だろうか?」
彼らの中の一人がそう呟く。誰もが不安そうな表情の中、巨大な斧を抱えた戦士が彼らの前に現れた。
「大丈夫っすよ。あいつらならわざと捕まりにいってるっすから」
「だ、誰ですか!?」
突然現れた人物に戸惑う彼らに、クリフトが聖職者らしい振る舞いで前に出る。
「っし! 我々はあの砦を偵察にきた……『冒険者』です。ひとまずあなた方を安全な場所まで送りますので」
自分たちの事を「ゲームのプレイヤー」だとは紹介できなかったクリフトは、当たり障りの無い言葉を選んで「冒険者」だと名乗った。
「偵察……やっと王様は砦を魔物から奪い返す気になったんですか?」
神官服を纏ったクリフトに、少しは安心感を抱いた一人が質問をする。
「う……ま、まぁ、そういう感じなのかな?」
いっくんは返答に困りながら曖昧に答えた。
この砦か、もしくは近くにある城塞か、どちらかにプレイヤーが引っ越すことになれば「奪い返す」事になるだろう。しかし、もうひとつの砦に引っ越すことを決めた場合には、ここの砦はこのまま――
そうなった場合、彼らはまた襲われる事になるのだろうか。いっくんは複雑な心境になった。
モンスターから無事逃げる事に成功した人々を安全な場所まで送り、いっくんらが再び砦近くまで戻ってきには、太陽が真上に昇った正午過ぎ。
当然だが昴たちの姿は無い。
ギルドチャットで「なんとか無事に捕まった。今から砦の中に入るね」という返事があってからは、なんの連絡もなかった。
●
話は数刻前に戻る。
無事にモンスターに捕まって砦内部に連れて行かれた昴たちには、ある大きな誤算が生じていた。
ひとつは、砦内に入ると同時にギルドチャットの使用が出来なくなった事。
もうひとつは、武器とカバンが奪われたことだ。
昴たちは牢獄に閉じ込められたが、直ぐには殺されるような雰囲気ではなかった。
人間の言葉を話す魔物によると、
「お前達はガイナディウス様が腹を空かせたときの非常食だ」
ということで、その時までは無事に生きていられるということだった。
しかし、武器が無いのでは牢獄からの脱走も難しい。せめてカバンがあれば予備の装備を取り出せたのだが……
昴がそう思っていると、餡コロが思いがけない事を口にした。
「さて、ここから出て内部を調べましょう! 私がこの鍵を外しますね〜」
能天気な彼女の声は、一切の迷いのない声だった。
「餡コロちゃん、杖がないのにスキルが使えるの? それとも……鍵明けの特技でも?」
「えっへ〜、杖は無いですが代わりのものならあります!」
そう言って餡コロはポケットから1本のスプーンを取り出した。
「この世界は『意思』が強く働く世界でしょ? だったら、スプーンでスキルを使う事も『出来る』って思い込めば出来るはずですから!」
ゲームだったなら全員の頭上にクエスチョンマークが飛び出しただろう。
そもそも、何故スプーンを持ち歩いていたのか。
それすら謎だった。




