2-1 『都事情』
全てのプレイヤーが同じ夢を見てから三日目を迎えていた。
この三日間で起こった出来事は、彼らプレイヤーにとって、この世界での今後に関わるものだった。
ひとつは、プレイヤー全員が同じ夢を見たという事件。
ふたつめは、闇の魔王を倒す為にはレイドボスの討伐が大前提になっている事。
余談であるが、夢に出てきた女神フローリアの愛くるしい姿のせいか、一部プレイヤーの間では、既にファンクラブが結成されていた。
みっつめ。
プレイヤー全員が同じ夢を見た翌日。『クリムゾンナイト』からの知らせで、ウエストルの都に滞在する多くのプレイヤーが都の外に集められた。
ここでは、先日の大規模戦の話が発表された。ギルドマスターのカイザーは大規模戦発生の状況、メンバー外の人物の依頼で助っ人をした事。メンバー外の人物とは昴の事で、さらにレイドボス討伐にも貢献したと、そう話した。
一通りの説明のあと、いっくんの出番となり、初めての大舞台でいっくんは見事に受けを取る事に成功した。
「ご紹介されました、俺が『いっくん』です。グランダム・ガウル討伐の証拠の品はこれ! この篭手です!!」
先日に獲得した篭手は、既に装備されており、いっくんは拳を高々と掲げて集まったプレイヤーへと見せた。本来ならば、UIを開き、対象相手をクリックしてからプレイヤー情報を開く事で、装備を覗くことも出来るのだが、覗かれたくない人の為に、非公開設定というものがあり……
「ちょw おまw 非公開じゃねーか!」
「焦らしてんのか!? そうなんだろう!」
「ひっこめー!」
「うひぃー! ちょー待って! 今……今見せてあげるからあぁぁぁ!」
「何見せてくれんだよ! パンツか!?」
いっくんがUIを開いて再設定している間にも、下ネタ交じりの野次は続き、公開設定したあとも「ぱーんーつー! ぱーんーつー!」という大合唱が続く。その大合唱に答えるかのように、いっくんは手持ちの「破れたショートパンツ」をカバンから引っ張り出し盛大に振りかざした。
当然、その場に集まったプレイヤーたちは大盛り上がりになったのは言うまでも無い。
しかし、公開設定となったいっくんの「黒鱗のガントレット」を見たプレイヤーらは、次々と歓声が沸き起こり、「ぱんつ」コールを上回ると勢いになった所で、準備されていた「メテオストライク」が発動。プレイヤー達から少し離れた場所に隕石郡が落下すると、「ぱんつ」と歓声からなる大音響は一瞬にして静まり返り、後日再び重大発表がある事をカイザーが告げると、その場は解散となった。
翌日、再び集合したプレイヤーの前には、『クリムゾンナイト』以外にもいくつかの大手ギルドのマスターが壇上に上がっていた。
彼らはスキルの使用方法を説明すると、実際にスキルを使ったPVPを実演してみせた。
早速、音声認識を行うプレイヤーも多数いたが、それらを無視して大手ギルドのマスター一行は、今後のプレイヤーについて話を移した。
「皆さんも見たあの夢は、ここが『異世界』であることを示唆したものです。そして、我々には今すぐ元の世界に戻る手段がありません」
「元の世界に戻るには、闇の魔王を倒すしかないってことだ」
「ログアウト……元の世界に戻る方法は示された訳だが、古参プレイヤーの記憶に頼ると、先日のレイドボスは一番初めに登場したボスだと言う事だ。この先も次々に大規模戦が行われる事になるだろう」
つまりは、全員で協力して各地の大規模戦場を攻略すれば、ラスボスまでの道のりも早くなる……という内容だった。
これには異論が多数上ったが、それは計算の上だった。壇上での話が終わると、共感したプレイヤーから歓声が起こる。MMOのプレイヤーの中には、協力プレイだとか友情プレイだとかに憧れを持つ者も多い。そういったプレイヤーを焚き付ける……言い方は悪いが、この話の目的はここにあった。
そして三日目の今日。
昴はこの数日の間、大規模戦に参加したメンバー、及び『クリムゾンナイト』内での笑いの種になっていた。
獲得した『奥義書』はいまだ真っ白なままで、一日の始めには「昴の紙に文字は出て来たか?」という質問で始まっていた。
「もう3日になるんだから……いい加減そっとしておいてほしいよ……」
昴のカバンには、今尚真っ白な「奥義書」が収められている。流石に真っ白だからといって捨てる気にはならない。何かの拍子にスキル名が浮かび上がってくるかもしれないのだ。そう思って肌身離さず持っていた。
幸運な事に、例の夢から3日目となった今日、更なる出来事が起きた。この件のお陰で昴の「真っ白奥義書事件」は霞むことになる。
「失礼……ギルド施設内に出入りしている姿を拝見いたしまして、折り入ってお願いがございますが、よろしいでしょうか?」
突然、昴たちは見知らぬ中年男性から声を掛けられた。パっと身、プレイヤーでないことが解る。服装からしてゲーム内NPC風であったからだ。しかし、UIで確認しても情報は出てこない。
(この世界の住民……か?)
昴は何事を依頼されるのかと不安を抱いたが、その内容は自分自身に直接関係するものではなかったので、承諾することにした。
内容は――「ギルド施設の責任者とお話したい」というものだった。
しかし、まず「責任者」というものが存在しない事を思い出して、昴は焦った。いっくんらと話し合っても答えは出てこない。
施設は何十、いや何百というギルドが利用しているもので、中はビジネスホテルのように、通路の両サイドに扉が備え付けられていた。その扉の向こうがそれぞれのギルドルームなのだが、これは専用フィールドという構造になっている。
つまり、ルームの責任者はギルドマスターとなるが、施設全体の責任者は居ないのだ。
「そうですか……多くのギルド様が共同で使用している……わかりました。では内容を改めて、今都に大勢来ている、貴方方のような……冒険者とお呼びしてもよろしいかな? その冒険者の方々に影響力のある方をご紹介いただきたい」
「影響力?」
「はい。私はこの『ロナウエストル公国』の大臣、パウロク様の補佐官を勤めておりますキルリアスと申します。国王様からのご命令で、都に滞在する冒険者の皆さんの処遇をお伝えに上がりました」
「「し、処遇!?」」
あまりにも都に増えすぎた冒険者=プレイヤーに対して、都の住民からの苦情が殺到した。国王にしても大臣たちにしても、国民からの苦情を無碍に出来ないだけでない。それ以上に得体の知れない者たちが、大勢で押し掛けて来たのだから、当然、武力で排除しようという会議が開かれた。
しかし、会議の議案が可決されるよりも前に、都の大聖堂に勤める巫女の訪問で事態は急変した。
「わたくしは女神フローリア様よりお言葉を頂きました。今、都に集まりつつある大勢の『英雄」たちが、世界を救ってくださる……と」
巫女は古くから女神フローリアの言葉を伝える代弁者として、この国では国王すらも、その言葉に従ってきた経緯がある。
巫女の言葉を受け、会議の内容は変更。冒険者=プレイヤーとの対話を試みるという事で決着が付いたのだ。
昴たちは結局、キルリアスのいう「影響力」のある人物で思い浮かぶのが『クリムゾンナイト』のギルドマスター、カイザーしか出てこず、ひとまずキルリアスにカイザーを紹介することにした。
「アーディンさんがいれば、あの人最古参プレイヤーだから、その手の知り合いが他にもいたんだろうけどな」
「アーディン殿でございますか? 大聖堂に賓客としてご滞在の?」
「……なんでこっちの住民があの人の事知ってるんだよ?」
「俺が知るわけないだろ! こっちが聞きたいぐらいだ」
「なんだかミステリアスねーあのイケメンさん」
キルリアスから出た意外な人物の名。昴らは簡単に「知り合いです」とだけ明かすと、ギルド施設内へと彼を案内した。
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「っという訳なのです。国側と致しましても、国民の声を無視するわけにも参りませんし、しかし皆様の事も横暴にはできませんし……」
キルリアスはカイザーを前に、事の成り行きを説明した。カイザーにしては、何で自分がこんな事を聞かされなきゃならないんだという気分だっただろう。とはいえ、内容が内容なだけに無視することもできなかった。
要は、増えすぎた冒険者たちに、なるべく穏便に都を立ち去ってほしい。という事だった。
「一方的に出て行けというわけではございません。数百人規模でしたら我々としてもさほど影響のある人数ではなかったのですが、何分数万人となると……衣食住のうち、食と住の面でどうにも周らなくなりますので……」
キルリアスの言葉はもっともな所ばかりな為、カイザーと同席者達は何も言えなかった。たしかに、何の準備もないまま数万人が町へやってきたら、数日はいいだろうが数週間もすれば食料不足に陥ることは予想できる。
住む所にしても、ギルドルームの使えるギルドメンバーはいいが、そうでないギルドに在籍しているメンバーや、無所属メンバーは宿屋に泊まるか、野宿である。
現在、いくつかのシステムが初期化されているのが確認されており、ギルドシステムもそのひとつ。全ての権限がギルドマスターと、サブマスターにのみ与えられている初期状態になっていた。
そして権限の中には「ギルドルームの借り出し権限」等もあり、初期化されたことでギルドマスターやサブマスターにしか借り出し申請が出来ない状態にあった。
ログイン祭りのあの日、ギルドマスターもサブマスターもログインして来ていないギルドは、事実上ギルドシステムがまったく機能していないのと同じ
つまるところ、ギルドルームを使えず、徘徊するプレイヤーのほうが上回っているのが今の現状だ。
「そこで国王陛下は、みなさまに対して一部領土をお与えくださるとの仰せでして。今は使われていないお城や砦がいくつかございます。それらを無償でお譲りするとのことでございます」
(つまり、砦攻略イベントってことだな……)
(でしょうね。お城にも砦にも魔物が住み着いているから使えなくなった……押し付けみたいなもんか)
カイザーと昴は、キルリアスには聞こえないよう小声で会話をした。
ゲームだったときに、各地の砦やお城は大規模戦の戦場になっていた。ある程度攻略が進むと、次のアップデートでは魔物から砦やお城を奪還したことになり、次はギルド対抗戦の戦場になった。
「更に、皆様の働き次第で、食料やその他物資の援助も行うという事でございます」
この件に関してはありがたいものだと二人は思った。砦やお城に関しても、敵を駆逐して自分たちだけの拠点と出来るなら、それに越した事は無い。
食材や生産などの素材は、ある程度フィールドやモンスターから得る事ができるが、NPCから買うものも多かった。そのNPCはこの世界のれっきとした住人ばかり。売買用NPCは「NPC」であればよかったのだが、全てこの世界の住人だったこともわかっている。
「わかった。いや、わかりました。兎に角俺ひとりで決定できるおはなしじゃーないですから、他のギルドなんかにも話をして意見をまとめます」
カイザーが精一杯の敬語で返事をすると、キルリアスはにっこりと笑ってその場を後にした。
「さてヤローども。ギルドルーム持ちの全ギルドにこの事を伝えろ。んでどうするか考えろとも」
「ギルマス、それ他力本願って――」
「うるさい!さっさと行け!!」
カイザーに指示されて、その場に居た数名と、ギルドチャットで事情を聞かされたメンバー数十人がルームを出て行った。
「昴たちは外の連中にこの事を教えてやれ。方法は任せるからよ」
そういってカイザーは自室へと帰っていった。何か言われる前に逃げた風にも見えた。
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「んで、どうするのよぉ?」
「んー……張り紙でもしとく?」
昴の提案に、他に名案があるわけでもない一同は、簡潔にまとめたものを書き込むと、それをギルド施設前に張り出した。
その内容はこうだった。
[都の住民から、増えすぎたプレイヤーへの苦情が多数寄せられています。これを打開するべく、王様が未使用の城や砦を使わせてくれる事になりました。
皆で協力して拠点を作りましょう]
結果、ギルドルーム持ちギルドの意思を聞く間もなく、大多数のプレイヤーたちによって、引越し案は容易に可決された。
「「「「「「引越しだああぁぁぁぁぁぁぁ!!!」」」」」
2章スタートです。
いきなり状況説明ばかりですが……
次から冒険らしくなるかと思います。思うだけかもしれません。




